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16:今すぐチェルシーの前に出てこい

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 アンデッド総出での捜索が始まった。
 掃除のときと真逆で、今回はゴースト軍団が大いに役に立っている。
 逆にゾンビ、スケルトンはダメだ。

 まずゾンビ。
 川に足を踏み入れると、死肉が魚によってご馳走なのか突かれる。
 
 スケルトン。
 骨が軽すぎるのか、足の骨が水に流されて行く。

 よって、ゾンビ、スケルトンには川辺の捜索を担当させることに。
 同じ骨でも、なんで竜牙兵は流されないのか。
 あ、こいつらブーツ履いてるし、鎧も着てるから重いのか。

 そしてゴーストたち。
 死んでいるので呼吸をしなくても済む。
 だから水面に顔を付けたまま、ずぅっと川底を探せるっていうね。

 それにしてもこの川――。

「チェルシーたちが生きていた時代に比べると、かなり川幅も狭くなって水量も減ってるな」
『そうですねぇ。私が自殺した時は、深い所だと私がすっぽり沈むぐらいありましたからぁ』
『カラカラカラ』
『あ、私どもの時代でも、やっぱりそのぐらいでしたですよ。はい。ただ――』
「ただ?」

 上流に水を堰き止める施設の建設が始まっていた、とモンドは話す。
 更にモンドたち以降の時代に生きていた連中に話を聞くと、それの完成と同時に川の水が減り、今のようになった、と。
 水を堰き止めるってことは、ダムかなんかだろうな。

 それにしても……チェルシーの無念を晴らす=探してやるとは言ったが、無茶なことを言ってしまったかもしれない。
 まず、彼女が死んでから何年たっているのか。
 時間が経ち過ぎれば、当然恋人の遺体も土に還っているだろう。
 そして地形だ。
 当時とは川の大きさも変わっているし、何より下流に流されてしまっているかもしれない。
 そうなると、川幅が狭くなってるのも考えたら、川ではなく陸地に埋まっている可能性もある。
 見つけるのは限りなく不可能に――近い。

 安請け合いし過ぎたか……。
 いやでも、あのまま放置してたらチェルシーが怨霊化したかもしれないし、それは避けたい。

 そういえば……霊媒師だったひいばあちゃんは、除霊だけじゃなくて幽霊を呼ぶ――口寄せってのもやってたな。
 突然家族を亡くして悲しんでいる人のために、その死んだ人の霊を呼んで最後の別れをちゃんとさせてやるためだとか言ってたけど。
 もしかして、呼べたりしないか?
 やり方は教えられてないけど、霊媒体質な俺なら出来るんじゃないだろうか。
 しかも今の俺って、死霊使いなんだ。

 霊媒体質で死霊使い。

 きっと……。

「チェルシー!」
『は、はい勇者様』

 彼女に声をかけながら、俺はひいばあちゃんが口寄せしていた時のことを思い出す。
 ひいばあちゃんは、ただひたすら呼んでいた。
 呼び出したい幽霊の、生きていた頃の名を。

「チェルシー。サナドの名前を呼ぶんだ。出てきて欲しいと一心に願って、彼を呼ぶんだ」
『サナドを? ど、どうしてですか?』
「いいから、呼ぶんだ! そうすることで彼のほうから出てきてくれるかもしれない」

 でもこれは賭けでもある。
 ひいばあちゃんはこうも言っていた。

 ――その人がね、死んだその場所から離れられない状態だったら、呼んでも来て貰えないからねぇ。

 ……と。
 地縛霊になっていたらということなんだと思う。
 もしそうなっていたとしても、何かしら合図でもあればいいんだけどな。

 俺の肩に憑りついたチェルシーが、祈るようにサナドの名を呟き始める。
 憑りつかれているからか、胸が締め付けられるような、切なくて、悲しくて、そして愛おしいと思う感情が込み上げてくる。

『サナド……お願い、出てきて』
「サナド、今すぐ出て来てくれ」
「私も手伝うわ。二人の声がより遠くまで聞こえるよう……"風の精霊シルフ、二人の声を届けて"」

 ソディアが精霊に呼びかけているのがわかった。
 優しい風が周囲を駆け巡る。

 何十回と彼の名を呼んだ。
 陽がすっかり暮れ、みんなが集めてきてくれた薪木に火を点け呼びかけを続ける。
 その火でソディアが晩御飯を用意してくれた。
 ご飯を食べる間も、チェルシーは頭上でサナドを呼び続けている。

「さて、腹ごしらえもしたし、俺も続けるか」
『勇者さま……ごめんなさい。ご迷惑おかけしちゃって』
「気にするなよ。俺としてはチェルシーに怨霊化されるほうが困るんだからさ」

 一度だけ頷いた彼女は両手を胸元で組み、そして祈った。
 死霊が祈るって……不思議だよな。
 ふいにソディアと目が合い、彼女の柔らかな笑みに癒される。
 あの笑顔があれば、いくらでも頑張れそうだ。

 さ、俺も負けてられない。
 気合入れて呼びかけるぞ!
 すぅーっと大きく深呼吸し――。

「サナド、今すぐ……今すぐチェルシーの前に出てこい!!」

 ――と、めいっぱい声を張り上げた。
 夜の森を、風が俺の声を運んでいく。
 
 そしてあちこち散らばって捜索していたアンデッド軍団が何故か全員、戻って来た。
 竜牙兵まで戻って来てるよ、なにしてんだ?

『チェ、チェルシーの前に……出てきましたー!』
「は? いや、お前らじゃないし。なんで?」
『なんでっすかねぇ? なんかこう……物凄い強制力が働いたっていうか?』
『カラカラ』
『ラッカさんも私も、どうしてもチェルシーさんの前に出て行かねばと思いましてですね、はい』
「無意識に死霊術を使っていたのかも……ね」

 えぇ、そんな。
 チェルシーが憑りついたことで狭い思いをしているアブソディラスは、

『主のさっきの叫びは、死者にとって強烈じゃったんじゃよ。それはもう、コウの言った強制力そのものじゃ。抗うことも出来ぬほどのな』
「じゃあ、アブソディラスも?」
『ふんっ。儂は伝説の古代竜じゃぞ。そんじょそこらの強制力に屈するものか』
「へぇ」

 ドラゴンの死霊だと、さすがに人間のそれとは違うんだな。
 そう思って一瞬感心した。
 なのに……。

『アブソディラス様、最初からチェルシーの横にいるからじゃないっすか? 俺たちもチェルシーの前までやってきたら、強制力が解除されたっすし』
『あ、貴様っ。余計なことを言うんじゃない!』

 感心して損した。
 はぁ……こんだけアンデッド軍団には呼びかけが間違った方向に効いてるってのに、なんで肝心の本人には効かないんだよ。
 いったい、どこにいるんだ?

 暗い森をぐるっと見渡し、サナドがいないかと探す。
 いるわけない。
 そう思った。
 実際にぐるっと見渡してもいなかった。
 いなかったけど……声が聞こえた。

『チェ……チェルシー……の前……に』

 小川ではない、木々の生い茂る森の奥からその声は――サナドの声は聞こえてきた。
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