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3章

第──46

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「空だけずるい!」
「抜け駆けなんて、許せませんっ」

 俺と同じタイミングで風呂へと向かったはずの二人は、俺が部屋で寛ぎ始めて30分以上も経ってからようやく戻って来た。
 その時ちょうど、酸素リラックスタイムをしていたわけで。
 部屋に入って来るなり、俺が寝ているベッドに二人して飛び込んできてぎゅーぎゅーだ。

「せまっ」
「酸素! 酸素濃くして!」
「早くうぅ」
「くっ。この酸素中毒者どもめっ。分かったよ! 濃くすればいいんだろ! "空気操作"」

 といっても28%。
 そのうえで空気中の埃やちょっとした湿気の臭い。あと大事なのは花粉。そういったものを空気清浄で排除すれば……

「あぁぁ、癒されるぅ」
「いや、そんな具体的な効果はないと思うんだけどさ」
「いいえ、癒されますわ。こうして空さんの温もりを感じているだけで、幸せです」
「あ! ちょっとリシェル、ずるい!!」
「ふふふ」

 横になっている俺に腕と足を絡ませてくるリシェル。
 風呂上がりの火照った彼女の体が、これでもかと密着する。

 俺──
 どうすればいい?
 誰か教えてえろい人。

「わ、わたしだって癒されたいんだからっ」
「うぐっ──」

 今度は左側からシェリルが密着してくるっ。
 この二人、体形はほとんど同じで、どちらもそれなりに胸がある。
 カップサイズなんて俺には分からない。でもTVに出てる推しアイドルの子より大きいと思う。
 そのアイドルはDカップだ。それより大きいんだからEか? それともFか!?

 俺は、うん、そうだな。
 小さいより大きいほうが好きだ!!!

 いや、別に胸が大きいから二人を好きになったわけじゃないぞ。
 二人が俺を慕ってくれるから……突然現れた異世界人の俺を、受け入れてくれて優しくしてくれて、それに可愛いし。
 だから好きになったんだ。

 そういえば二人は、俺のどこに惚れてくれたんだろう?

 ぎゅうっと体を密着させる二人の間から腕を外し、彼女らの頭の下へと潜り込ませる。
 するとすぐに二人は俺の腕を枕代わりにした。

「空……あったかい」
「二人の方が風呂から上がったばっかりだし、温かいよ」
「体温のことだけじゃありませんよ。ふふ」
「じゃあ……どこなんだよ」

 むしろ今の俺、緊張と羞恥心でめちゃくちゃ顔が熱い。
 なんだよ。両腕で女の子に腕枕って。
 ちょっとカッコつけすぎた。
 こんな幸せあってもいいのか?

「ふ、二人は……どうして俺のこと、好きになってくれたんだ? 俺、いつもくしゃみで鼻水ずるずるだし、涙ぼろぼろで瞼が腫れてることもあるし。汚いってよく言われて──」

 そこでシェリルが俺の口を塞ぐように、指で触ってきた。

「それは元の世界にいた時のことでしょう? それに鼻水も涙も、ただの生理現象じゃない。そのせいで空は体調を悪くしたり、辛い目にあっていたのでしょう?」
「それを好きになるかどうかの判断材料にするのは、間違っていると思います。私たちは、空さんの中身で判断したのですよ」
「そう。空は突然召喚されてこの世界に来たわ。そんな世界や、ここの住人であるわたしたちを憎まなかった」

 え、そんなの当たり前じゃないか。
 だって二人は俺を救ってくれたんだ。

「そればかりか、私たちエルフのために瘴気を浄化してくれたわ」
「そ、それは助けて貰った恩だし」
「知らない世界に放り出されて、それでも前向きな空さんでした」
「……そ、そうなのかな。自分じゃよく分からないよ。むしろ俺、空気清浄のスキルのおかげで、今までずっと苦しんできたアレルギーから解放されて……それで、ハイテンションだったのかもな」
「ふふ、よかったわね空」
「これまで苦しんだ分、解放されて幸せになれってことですね」

 もう十分幸せです。

 その日、酸素リラックスタイムが終わるまで、二人とたくさんのことを話した。

 この世界でエルフがどういう扱いをされているのかとか、他の種族のこと。自然のことなんかも聞いた。
 エルフが差別を受けている──という訳ではないが、やっぱり普通の目では見られていないらしい。
 特に女性は。
 その外見の美しさから襲われたり、捕まって奴隷にされることもあるという。

「ただこのフォートサス王国は、それを禁止している国なの」
「禁を犯せば処刑もありうることなので、この国では比較的安全です」

 比較的っていうのは、エルフに限らず女性が夜に独り歩きしていたら、そりゃまぁ危ないよってことで。

「この国はエルフと密接な関係に?」
「はい。この国は建国350年。その際に大森林も手中に収めようと、エルフの里に攻めてきたこともあったとかで」
「えぇー、その話を聞いて、密接とかそんな気配ないんだが」
「ふふ。その時にですね、人間を退けるために戦いに出た長老のお嬢様がいまして」

 長老と言ってもフロイトノーマ長老ではなく、もう少し年配の長老の娘さんなんだそうな。
 そのお嬢様と出会ったのが建国王。
 で、一目惚れ。

 すぐさま戦争は終わり、建国王はエルフのお嬢様に愛の告白をした。
 だが森に攻め入った事実が消えるはずもなく。
 お嬢様はあっさりお断り。

「でもね、ぜーんぜん諦めなかったそうなの」
「フロイトノーマ長老も、建国王が結界の外で愛の告白を叫ぶのをしょっちゅう見ていたのですって」
「しょ、しょっちゅう……王様なんだろ?」
「森にテントを張って、泊まり込みだったみたいよ」

 凄い王様だな。いや家臣がかわいそうだ。
 そして5年が過ぎると、お嬢様はついに折れた。
 というか、命の短い人間が、そこまで自分を一途に想ってくれることに、絆されたようだ──と、フロイトノーマ長老は話していたそうだ。

「一途ねぇー……え? じゃあこの国の王族って?」
「えぇ。わたしたちエルフの血が混ざっているわ」
「王妃であらせられたテュリーナさまは、健国王が寿命を迎えてお亡くなりになると、寂しさのあまり後を追うようにお亡くなりになられて」

 長寿であるエルフが、愛する夫を失った失意から生きる力を失い、そして寿命が縮まる。
 それをエルフが知ったのは、その時なんだとか。

 二人も……俺が人間としての寿命を全うして死んでしまったら──

 それは、嫌だな。
 二人にはエルフとしての寿命を全うして欲しい。
 俺のせいで死んでしまうなんて、そんなのは嫌だ。

 そう思うのは、俺のわがままなんだろうか。

 そんなことを考えていると、二人が愛おしく思えて。二人の頭の下に回した手をきゅっと閉じ、俺のほうへと引き寄せた。

「はぅん」
「ひゃう」
「死んで欲しくない。二人にはちゃんと長生きして欲しい」

 そんな俺の訴えに、二人は「やっ」「お断りします」と答える。

「一緒にいる時間が長いのは嬉しい。だけど、空がいない時間が長くなるのは……いや」
「失って、その後のことを考えるだけでも辛いです」
「でも──」

 左右から細く白い指が俺の唇を押える。
 二人が身を起こして、俺の顔を覗き込む。

「でもでもだっては、ダメ」
「私たちが早死にするのが嫌なのでしたら、空さんが長生きしてくださいね」

 そう言って二人は、俺の頬にキスをした。
 
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