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24:悪役令嬢ブラック

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「お、覚えていやがれ!?」

 何を覚えていろっていうんだろうか。そもそもあいつら、パーティーの勧誘じゃなかったのかよ。
 吹っ飛んだ男を引きずって冒険者たちがいなくなると、黒髪の女がくるりと振り返った。

「さ、災難でしたわね。もう大丈夫ですわ」
「はぁー、どうも……」

 おいブラック。顔引きつっているぞ。

「え? わたくしですか? わたくし、ただの通りすがりの乙女ですわ。どうかお気になさらずに」
「は?」

 いや、何も聞いてないし。
 もしかして……自分の正体がバレてない……なんて思ってる?

「な、なんですの? わ、わたくし、どこかおかしいでしょうか?」

 そういってブラックドラゴン人間バージョンは、自分の身なりを確認するように見た。
 漆黒の髪に褐色肌。着ている服も黒く、なかなか徹底している。

「お、おかしいところは、ございませんよね?」
「あ……うん、別にないよ」
「はぁ~、よかったですわぁ。結構難しいんですのよ、姿を変えるの──ん、んんっ。なんでもありませんわ、オホホホホホ」

 ……嘘だろ。こんなん、バレない訳ないじゃないか。
 なぁ銀次郎。

『変な人間の女だな。おい主よ、我は腹が減った。キャンプ飯がダメなら、屋台で何か買ってくれ』
「え……おい銀次郎。お前、気づいてないのか?」
『何がだ?』

 き、気づいてない?
 いや、確かに見た目は全然違うけどさ。でも同じドラゴン同士なんだ、気配とかそういうので分かるもんだろ?

「タック、どうしたの? この人と、知り合い?」
「え、い、いや知り合いじゃないよ」

 ってことはアイラも気づいてないのか。いやまぁ彼女は仕方ないんだけどさ。

「そう、よね。タックに知り合いがいるはず、ないもんね。しつこい連中をおっぱらってくれて、ありがとう」

 アイラがブラックドラゴンに笑顔を向ける。すると何故かブラックドラゴンの眉間に皺が寄った。

「ホ、ホホ。どういたしましてですわ。と、ところであなた。雌、ですわよね?」
「え、雌? あの、女って意味よね?」
「そそ、そ、そうですわ。えぇ、女ですわよね?」
「え、えぇ。女だけど……」

 完全に不審者だろ、このブラックドラゴン。
 アイラを睨むように見つめて、独り言のようにブツブツ言っている。
 その内容は、この雌も銀さまをどうとかこうとか。
 アイラにも恋のライバル認定なのか。

「ふふ。わたくし、負けませんわ」
「え?」
「ふふ、なんでもございませんのよ。ところでみなさんは、これからどちらへ行かれるのかしら? わたくし、実はひとりでして。よろしかったらご一緒させて頂けませんか?」
「えっと……タック、どうする?」

 いったい何を考えているんだこいつ。
 でも……この前みたいに銀次郎を襲おうとする気はないようだ。

『飯じゃ!』
「まぁ、腹を空かせてる奴もいるし、食事でも一緒にどうですかね?」
「お食事ですの!? えぇ、ぜひっ」





 市場の屋台通りで各々好きなものを物色。
 ブラックドラゴンは当然お金なんて……

「申し訳ございません。わたくし、お金は……」
「だよねぇー。まぁ想定内なんで構わないよ」

 ただ心配なのは、人間の姿になっても胃袋はドラゴンのまま……ってやつだ。
 銀次郎が小さくてもよく食べてたし、もしかして──。

「あ、あれ……お好きですか?」

 一羽丸ごと串に刺して焼いた鶏肉を指差す。
 その視線は俺に向けられているようにも見えるけど、銀次郎に注がれている。

『おぉ、なかなか美味そうではないか。あの娘、役に立つな』
「あぁ、好きっぽい。うん」

 銀次郎が身を乗り出し、俺の肩から首を伸ばす。
 ブラックドラゴンは顔を赤らめ、嬉しそうに笑みを浮かべた。

「で、ではこれを一つお願いしますわ」
「一つでいいの? あんたの分は?」
「え、わたくしの? えぇっと、で、ではわたくしはこちらを」

 とう言って掴んだのは、普通の焼き鳥串だ。

「一本?」
「はい。一本で十分ですわ」

 ほっ。一本でいいのか。
 銀次郎の前だし、お淑やかを演じるためだったりして。
 
「お前も少しは見習えよ。喰い過ぎなんだって」
『うるさいわい。我は力を取り戻すために、栄養が必要なのだ。元通りになれば、我とて一日にあの程度喰えば事足りるようになるのだ』

 そう言って銀次郎は、ブラックドラゴンが持つ焼き鳥を指差した。
 ってことは、ブラックドラゴンは淑女を演じているんじゃなく、本当にあれで十分なのか。

 一羽丸ごと串焼きを手に、屋台通りにあるベンチへと腰掛ける。
 ブラックドラゴンが串を手に、俺の肩に乗る銀次郎へと差し出した。
 銀次郎はかぶりつき、その姿をうっとりとブラックドラゴンが見つめた。

「タック。ねぇ、タック」
「ん、どうしたんだアイラ」

 アイラは視線を泳がせ、それから立ち上がって手招きする。
 銀次郎をベンチに残し、だけど万が一のことも考えて視線は二頭の方へと向けた。

「タック。彼女……彼女とは本当に知り合いじゃないの?」
「ぁ……知り合い、ではなけど……誰かは知っているって感じかな」
「やっぱり知り合いなんじゃない! 彼女ずっとタックのことを見つめてるわ。しかも熱を帯びたような視線よっ」

 それは誤解だ。見つめてるのは俺じゃなくって、銀次郎なんだから。
 あ、そうか。銀次郎が俺の肩の上にいるから、視線の位置がそう見えてしまっているのか。

「誤解だアイラ」
「ど、どう誤解なのよ。彼女絶対、あんたのことが好きなのよっ」
「え……」

 いやぁ、それはないと思うんだけどなぁ。
 ない……よね?
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