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第五章 姉を訪ねてダンジョンに
第二十九話
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蛇女は追ってきた。振り返らずとも、床をジャラジャラと引きずる鎖の音でそれがわかる。どんなにティルザらが急いでもその音が消えることはなく、むしろ少しずつ大きくなってくる。
「このままじゃ追いつかれる。足の速くなる魔法か何か掛けてくれ」ティルザが、並んで走るアリーネに言った。
「私の魔法はしばらく売り切れよ。さっきの戦闘でかなり消耗しちゃったから」走りながらも眠たげな表情をしたアリーネがしんどそうに言った。
「ニナ、ショックだったのはわかるが、そろそろ正気に戻って自分で走ってくれ。魔法で軽くなってるとはいえ、やはりお前を担いでいては走りにくい」ティルザが、ニナの胴に回した腕に力を入れて言った。しかしニナは、だらんと身体を二つに折ってティルザの肩に預けたまま、何の反応も示さなかった。
「かわいそうだけど仕方ない。ニナはここに置いていきましょ。大好きな姉さんの手に掛かるのであれば、彼女も本望でしょ」
「……あれはもう、大好きな姉さんではないだろ」蛇女はちょうど壁灯りの真下を通り過ぎつつあり、ちらと振り返ったティルザの目に、その頭に飼われた無数の小蛇が、それぞれ逆立ち、活発にうねっているのが、特に照り映えて良く見えた。
アリーネがだしぬけに、壁沿いの扉を叩いて過ぎた。何の部屋の扉かはわからない。しかしティルザはすぐにその意図を察し、彼女もまた次に現れた反対側の扉を叩いて過ぎた。二人はその後もノックを欠かさず、新たな扉を見つけては全てにその音のみを残して、駆け去っていった。
それを十回以上繰り返した後で、ようやく一つの扉が開いた。わざわざ応対に出てきたのは一匹のゴブリンで、その律儀なゴブリンは、ちょうど彼女らを追う半人半蛇の怪物に出くわして驚いた。そして、驚いた次の瞬間には噛みつかれ、石に変えられ、砕かれた。
それから蛇女は、その部屋の中に入っていった。他に何匹か仲間が居たらしく、それらも餌食にする気らしい。混乱を極めた怒声と悲鳴が通路にも響き、その凄惨さが思いやられた。
この間余裕を得て、アリーネが足を止めた。両肩が大きく上下し、辛そうに息を切らしている。
「止まるな!」ティルザが叫んだ。
「もう嫌。これ以上、走りたくない」アリーネが嘆いた。
「きついのはわかるが、今の内に距離を稼がないと」
「地上まで先はまだ長いんだから、いずれどこかできっと追いつかれる。結局戦闘を避けられないなら、もう今やっちゃっても同じじゃない。どだい、たかだか蛇一匹に、あんたが負けることはないでしょ」
「それはわからない。なにせ、ちょっとでもしくじれば、すぐに石にされてしまうわけだからな。そうなればもう、お前のヒールも役には立たないだろ。あとは砕かれるばかりだ」
「あんたそんなに臆病だったっけ?」
「あたしは元々、慎重な性格なんだ」
「ニナの眼前でその姉を斬るのは流石に忍びないと、変に気づかってない?」
「……」
その時、ピクリとも動かずティルザの肩に担がれっぱなしだったニナが、もぞもぞと身体を動かした。そして、自ら地面に降りて、静かながらも確かな声で言った。
「あれはただの怪物で、それ以上の何者でもありません。姉は元来、心も姿も美しかった。あんなグロテスクな生き物にその面影を見るのは、却って侮辱でしかない。ここで私が、きちんと始末をつけます」
しっかりと上げられた彼女の面には悲壮な覚悟が見て取れて、ティルザは哀れに思いつつも、掛ける言葉を見つけられなかった。
「何か手伝ってほしいことはある?」とアリーネが訊いた。
「いえ、何も」とニナは答えた。
「このままじゃ追いつかれる。足の速くなる魔法か何か掛けてくれ」ティルザが、並んで走るアリーネに言った。
「私の魔法はしばらく売り切れよ。さっきの戦闘でかなり消耗しちゃったから」走りながらも眠たげな表情をしたアリーネがしんどそうに言った。
「ニナ、ショックだったのはわかるが、そろそろ正気に戻って自分で走ってくれ。魔法で軽くなってるとはいえ、やはりお前を担いでいては走りにくい」ティルザが、ニナの胴に回した腕に力を入れて言った。しかしニナは、だらんと身体を二つに折ってティルザの肩に預けたまま、何の反応も示さなかった。
「かわいそうだけど仕方ない。ニナはここに置いていきましょ。大好きな姉さんの手に掛かるのであれば、彼女も本望でしょ」
「……あれはもう、大好きな姉さんではないだろ」蛇女はちょうど壁灯りの真下を通り過ぎつつあり、ちらと振り返ったティルザの目に、その頭に飼われた無数の小蛇が、それぞれ逆立ち、活発にうねっているのが、特に照り映えて良く見えた。
アリーネがだしぬけに、壁沿いの扉を叩いて過ぎた。何の部屋の扉かはわからない。しかしティルザはすぐにその意図を察し、彼女もまた次に現れた反対側の扉を叩いて過ぎた。二人はその後もノックを欠かさず、新たな扉を見つけては全てにその音のみを残して、駆け去っていった。
それを十回以上繰り返した後で、ようやく一つの扉が開いた。わざわざ応対に出てきたのは一匹のゴブリンで、その律儀なゴブリンは、ちょうど彼女らを追う半人半蛇の怪物に出くわして驚いた。そして、驚いた次の瞬間には噛みつかれ、石に変えられ、砕かれた。
それから蛇女は、その部屋の中に入っていった。他に何匹か仲間が居たらしく、それらも餌食にする気らしい。混乱を極めた怒声と悲鳴が通路にも響き、その凄惨さが思いやられた。
この間余裕を得て、アリーネが足を止めた。両肩が大きく上下し、辛そうに息を切らしている。
「止まるな!」ティルザが叫んだ。
「もう嫌。これ以上、走りたくない」アリーネが嘆いた。
「きついのはわかるが、今の内に距離を稼がないと」
「地上まで先はまだ長いんだから、いずれどこかできっと追いつかれる。結局戦闘を避けられないなら、もう今やっちゃっても同じじゃない。どだい、たかだか蛇一匹に、あんたが負けることはないでしょ」
「それはわからない。なにせ、ちょっとでもしくじれば、すぐに石にされてしまうわけだからな。そうなればもう、お前のヒールも役には立たないだろ。あとは砕かれるばかりだ」
「あんたそんなに臆病だったっけ?」
「あたしは元々、慎重な性格なんだ」
「ニナの眼前でその姉を斬るのは流石に忍びないと、変に気づかってない?」
「……」
その時、ピクリとも動かずティルザの肩に担がれっぱなしだったニナが、もぞもぞと身体を動かした。そして、自ら地面に降りて、静かながらも確かな声で言った。
「あれはただの怪物で、それ以上の何者でもありません。姉は元来、心も姿も美しかった。あんなグロテスクな生き物にその面影を見るのは、却って侮辱でしかない。ここで私が、きちんと始末をつけます」
しっかりと上げられた彼女の面には悲壮な覚悟が見て取れて、ティルザは哀れに思いつつも、掛ける言葉を見つけられなかった。
「何か手伝ってほしいことはある?」とアリーネが訊いた。
「いえ、何も」とニナは答えた。
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