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第四章 下賤にして野蛮だがへっぽこではねえ!
第二十話
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「いらない」
「は?」
「だから、いらないって。どうして、今日初めて会った見ず知らずの爺さんの形見を、私が貰わなきゃいけないのよ。意味わかんない」白けた表情をしたアリーネが、吐き捨てるように言った。
それまで悠然と構えていた老人は、その表情に急に焦りの色を見せて、
「あ、いや、形見はまあ、どうでもよい。とにかく、お前がこのメイスを持てば、その支援する剣士は優れた強化魔法により、強大な力を発揮するだろうし、時に負傷し倒れても、強力な回復魔法がこれを直ちに救い、また立たしめるだろう。それこそ、向かうところ敵無しになる。お前の名声はいやがうえにも高まり、同時に、その愛用するメイスの製作者として、儂の名も後世まで――」
「知らないわよ、そんなこと。そもそも、三倍程度の効果がなんだってのよ。そのぐらいの物、実家の蔵を漁れば、いくらでもあったわよ。中には三なんて数字、端数でしかない、伝説中にその名を見るようなチート武器だって」
「なんでそれ、持ってこなかったんだ?」ティルザが口を挟んだ。
「かさばるから。あと、他のにしたって、どれも無骨で古臭くて、私みたいな若い娘が持って似合いそうなのが一つも無かったの」
「そういえばお前、杖もメイスも持っておらぬな。どこかに置いてきたのか?」老人が訊いた。
「杖ならあるわよ、ここに」アリーネは巾着から木製の短い棒を三本取り出し、組み合わせてみせた。
「……それは杖とは言わんだろ。せいぜい指揮棒だ。よくそれでゴーレムを倒せるほどの魔力を剣に付与できたな」老人が驚き呆れて言った。
「本当の達人は、どんな道具を使っても達人なのよ」
「ところでお前いま、伝説中の武器さえ実家の蔵にはあった、とか言ったな。このあたりの地域で、そんな物のある実家といえば……お前、もしかして――」
「ごめん。それは嘘。伝説の武器なんて、持ってるわけない。実家の自慢をするつもりで、つい大袈裟に言っちゃっただけよ。本気にしないで。実家は骨董屋だったから、その類の物がゴロゴロしてたのよ、数だけは」アリーネが声をちょっとうわずらせて言った。
「……まあいい。ところでお前は、やはりこのメイスを持っていくべきだ」
「しつこいわね」
「いいか、よく聞け。儂がこれを作ったのは、何より人助けの為だ。この杖でもって、一人でも多くの人間が救われれば良いと思っている」
「嘘くさい。あんたさっき、自身の名声がどうのこうのって言ってたじゃない」
「……そういう気持ちも無きにしもあらずだが、元々の動機は純粋な善意じゃ。いや、正確には罪ほろぼしじゃな」
「罪ほろぼし?」
「儂は長年、ハッチマーンの先代の君主に仕えておった。為に、その命じるところを全て忠実に実行した。幸い、儂の主人は君主としては比較的善良なおかただった。しかしそれでもその命令の中には、その対象となる相手にとって、理不尽きわまる残虐なものもないではなかった。儂はそれらを断れなかった」
「あんたの罪ほろぼしに、私が付き合わなきゃいけない義理はないでしょ」
「だがお前には――いや、あなた様には、この大陸に居住する幾万の信徒をすべからく救済せんと努める義務がおありでしょう。前の教皇のご息女にしてその正統後継者たる、アリーネ・ウィスタリア・マッカローンティヌス様」
「……よくわかったわね」
「前教皇の娘と騙る詐欺師に対する手配書が、この辺りまでにも回ってきておるからな。気にも留めていなかったが、今の話と合わせて、そう合点した」
「あんた、この家にずっと引き籠っていたんじゃなかったの?」
「情報は定期的に仕入れておる。小舟で運ばせている食料品と一緒にな。さあ、このメイスを受け取れ、アリーネ・マッカローンティヌス。もし嫌だと言うなら、やはりお前は偽物だということで、この場で取っ捕まえて賞金に替えることにする」
「そんなこと、できると思ってるの? あんたが何かを唱える間も無く、そこの彼女から真っ二つにされるのが落ちよ」
「フッ、老いたりといえど、そんなへっぽこ剣士の手にかかるほど、耄碌してはおらぬわ」
「てめえ!」
ティルザは剣を抜こうとして困惑した。なぜか、鍔と鞘が溶接されたように引っ付いて、どんなに力を入れても離せないのだ。
「何をした!」
「そういう魔法をこっそり掛けておいた。さっきお前から剣を見せてもらった時に、念の為にな。ちなみにアリーネ、お前には、呪文封じの魔法を掛けておいた。気付かなかったろ」
アリーネは答えず、ティルザの近くに寄った。そして、指揮棒呼ばわりされた組み立て式の杖の先を、ティルザの剣の鍔に当てて、何か口の中でモゴモゴ言った。
ティルザが改めて、手元に力を入れた。剣は何の抵抗も受けずに、今度はするりと抜けた。老人が思わず「あっ」と声を上げ、驚きの目つきをアリーネに向けた。
「嘘ばっかり。何が呪文封じよ」
「そんな馬鹿な……どうして……」
「知らないけど、魔力に対する耐性が強いのよ、私、たぶん。さて、それじゃ戻るわよ、ティルザ。とっとと賞金を貰って、何か美味しいものでも、食べにいきましょ」
アリーネはそう言うと、一人でさっさと部屋から出ていってしまった。
「……信じられん。儂の魔法が効かぬなんて。今まで生きてきて、そんな相手、一人もおらなんだのに……」
老人はドアの向こうに視線をやったまま、呆然としていた。
「おいっ」ティルザが、老人を我に返すべく、呼びかけた。
「なんじゃ?」
「お前さっき、そのメイスでもって魔法を掛けられた剣士はめっちゃ強くなる、みたいなこと言ってたな」
「ああ、それが何か?」
「そのメイス、寄越せ。あたしがアリーネに渡してやる」
「おお、そうか! それはありがたい。それでは頼……いや、ちょっと待て。お前、そんなこと言って、このメイスを奪って、すぐに金に替えるつもりじゃなかろうな?」老人は目を細め、ティルザの面にじっと視線を据えた。
「……そんなこと、しねえよ」ティルザは不快を堪えて静かに言った。
「いや、きっとそうじゃ。あの娘と違って、お前は見るからに卑しく下賤な感じがする。あの娘に付き添っているのも、きっと銭の臭いを嗅ぎつけてのことに違いない。うむ、このメイスはお前には渡さぬ。お前に渡すぐらいなら、ハッチマーンの今の君主に献納して、彼のお抱えの然るべきクレリックに――」
「黙って聞いてりゃ、てめえ、あたしを何だと思っていやがる! いいから寄越せ、この野郎!」
「うおっ、貴様、何をする! かよわい老人を相手に――ああっ!」
ティルザは老人を蹴飛ばし、メイスを奪うと、あとは後ろを見ずに、とっととその家を出ていった。すぐにアリーネに追いつき、メイスを差し出すと、彼女は案外にもそれを素直に受け取った。
「どういう心境の変化だ? あいつに言われて、教皇としての自覚でも芽生えたか?」
「……信者の救済なんて、正直、知ったこっちゃないわよ。ただ、私の家来の剣士が怪我した時に、もし治せないようじゃ、主人のメンツにかかわるからね。なんせ彼女、へっぽこだから」
「あたしはお前の家来じゃないし、へっぽこでもねえ!」
青い草原を渡ってくる風が、汗ばんだ肌に心地よかった。
「は?」
「だから、いらないって。どうして、今日初めて会った見ず知らずの爺さんの形見を、私が貰わなきゃいけないのよ。意味わかんない」白けた表情をしたアリーネが、吐き捨てるように言った。
それまで悠然と構えていた老人は、その表情に急に焦りの色を見せて、
「あ、いや、形見はまあ、どうでもよい。とにかく、お前がこのメイスを持てば、その支援する剣士は優れた強化魔法により、強大な力を発揮するだろうし、時に負傷し倒れても、強力な回復魔法がこれを直ちに救い、また立たしめるだろう。それこそ、向かうところ敵無しになる。お前の名声はいやがうえにも高まり、同時に、その愛用するメイスの製作者として、儂の名も後世まで――」
「知らないわよ、そんなこと。そもそも、三倍程度の効果がなんだってのよ。そのぐらいの物、実家の蔵を漁れば、いくらでもあったわよ。中には三なんて数字、端数でしかない、伝説中にその名を見るようなチート武器だって」
「なんでそれ、持ってこなかったんだ?」ティルザが口を挟んだ。
「かさばるから。あと、他のにしたって、どれも無骨で古臭くて、私みたいな若い娘が持って似合いそうなのが一つも無かったの」
「そういえばお前、杖もメイスも持っておらぬな。どこかに置いてきたのか?」老人が訊いた。
「杖ならあるわよ、ここに」アリーネは巾着から木製の短い棒を三本取り出し、組み合わせてみせた。
「……それは杖とは言わんだろ。せいぜい指揮棒だ。よくそれでゴーレムを倒せるほどの魔力を剣に付与できたな」老人が驚き呆れて言った。
「本当の達人は、どんな道具を使っても達人なのよ」
「ところでお前いま、伝説中の武器さえ実家の蔵にはあった、とか言ったな。このあたりの地域で、そんな物のある実家といえば……お前、もしかして――」
「ごめん。それは嘘。伝説の武器なんて、持ってるわけない。実家の自慢をするつもりで、つい大袈裟に言っちゃっただけよ。本気にしないで。実家は骨董屋だったから、その類の物がゴロゴロしてたのよ、数だけは」アリーネが声をちょっとうわずらせて言った。
「……まあいい。ところでお前は、やはりこのメイスを持っていくべきだ」
「しつこいわね」
「いいか、よく聞け。儂がこれを作ったのは、何より人助けの為だ。この杖でもって、一人でも多くの人間が救われれば良いと思っている」
「嘘くさい。あんたさっき、自身の名声がどうのこうのって言ってたじゃない」
「……そういう気持ちも無きにしもあらずだが、元々の動機は純粋な善意じゃ。いや、正確には罪ほろぼしじゃな」
「罪ほろぼし?」
「儂は長年、ハッチマーンの先代の君主に仕えておった。為に、その命じるところを全て忠実に実行した。幸い、儂の主人は君主としては比較的善良なおかただった。しかしそれでもその命令の中には、その対象となる相手にとって、理不尽きわまる残虐なものもないではなかった。儂はそれらを断れなかった」
「あんたの罪ほろぼしに、私が付き合わなきゃいけない義理はないでしょ」
「だがお前には――いや、あなた様には、この大陸に居住する幾万の信徒をすべからく救済せんと努める義務がおありでしょう。前の教皇のご息女にしてその正統後継者たる、アリーネ・ウィスタリア・マッカローンティヌス様」
「……よくわかったわね」
「前教皇の娘と騙る詐欺師に対する手配書が、この辺りまでにも回ってきておるからな。気にも留めていなかったが、今の話と合わせて、そう合点した」
「あんた、この家にずっと引き籠っていたんじゃなかったの?」
「情報は定期的に仕入れておる。小舟で運ばせている食料品と一緒にな。さあ、このメイスを受け取れ、アリーネ・マッカローンティヌス。もし嫌だと言うなら、やはりお前は偽物だということで、この場で取っ捕まえて賞金に替えることにする」
「そんなこと、できると思ってるの? あんたが何かを唱える間も無く、そこの彼女から真っ二つにされるのが落ちよ」
「フッ、老いたりといえど、そんなへっぽこ剣士の手にかかるほど、耄碌してはおらぬわ」
「てめえ!」
ティルザは剣を抜こうとして困惑した。なぜか、鍔と鞘が溶接されたように引っ付いて、どんなに力を入れても離せないのだ。
「何をした!」
「そういう魔法をこっそり掛けておいた。さっきお前から剣を見せてもらった時に、念の為にな。ちなみにアリーネ、お前には、呪文封じの魔法を掛けておいた。気付かなかったろ」
アリーネは答えず、ティルザの近くに寄った。そして、指揮棒呼ばわりされた組み立て式の杖の先を、ティルザの剣の鍔に当てて、何か口の中でモゴモゴ言った。
ティルザが改めて、手元に力を入れた。剣は何の抵抗も受けずに、今度はするりと抜けた。老人が思わず「あっ」と声を上げ、驚きの目つきをアリーネに向けた。
「嘘ばっかり。何が呪文封じよ」
「そんな馬鹿な……どうして……」
「知らないけど、魔力に対する耐性が強いのよ、私、たぶん。さて、それじゃ戻るわよ、ティルザ。とっとと賞金を貰って、何か美味しいものでも、食べにいきましょ」
アリーネはそう言うと、一人でさっさと部屋から出ていってしまった。
「……信じられん。儂の魔法が効かぬなんて。今まで生きてきて、そんな相手、一人もおらなんだのに……」
老人はドアの向こうに視線をやったまま、呆然としていた。
「おいっ」ティルザが、老人を我に返すべく、呼びかけた。
「なんじゃ?」
「お前さっき、そのメイスでもって魔法を掛けられた剣士はめっちゃ強くなる、みたいなこと言ってたな」
「ああ、それが何か?」
「そのメイス、寄越せ。あたしがアリーネに渡してやる」
「おお、そうか! それはありがたい。それでは頼……いや、ちょっと待て。お前、そんなこと言って、このメイスを奪って、すぐに金に替えるつもりじゃなかろうな?」老人は目を細め、ティルザの面にじっと視線を据えた。
「……そんなこと、しねえよ」ティルザは不快を堪えて静かに言った。
「いや、きっとそうじゃ。あの娘と違って、お前は見るからに卑しく下賤な感じがする。あの娘に付き添っているのも、きっと銭の臭いを嗅ぎつけてのことに違いない。うむ、このメイスはお前には渡さぬ。お前に渡すぐらいなら、ハッチマーンの今の君主に献納して、彼のお抱えの然るべきクレリックに――」
「黙って聞いてりゃ、てめえ、あたしを何だと思っていやがる! いいから寄越せ、この野郎!」
「うおっ、貴様、何をする! かよわい老人を相手に――ああっ!」
ティルザは老人を蹴飛ばし、メイスを奪うと、あとは後ろを見ずに、とっととその家を出ていった。すぐにアリーネに追いつき、メイスを差し出すと、彼女は案外にもそれを素直に受け取った。
「どういう心境の変化だ? あいつに言われて、教皇としての自覚でも芽生えたか?」
「……信者の救済なんて、正直、知ったこっちゃないわよ。ただ、私の家来の剣士が怪我した時に、もし治せないようじゃ、主人のメンツにかかわるからね。なんせ彼女、へっぽこだから」
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