落魄聖女の逃避行録

小鷺田涼太郎

文字の大きさ
上 下
10 / 42
第三章 聖女失禁

第十話

しおりを挟む
 季節はそろそろ夏へと差しかかり始めていた。
 森のあいだの荒れた道を北へと進むティルザとアリーネの顔中に汗が吹き出ている。繁った枝葉に遮られて陽はあまり差さないが、風もほとんど届かない。ティルザなどは上半身裸になって、胸に巻いた白布を平気で晒していた。
「あんた、恥ずかしくないの?」アリーネがティルザの、くっきりと谷間を刻んだ豊かな乳房の膨らみを睨みながら恨めしそうに言った。
「あたしらの他に誰も居ないのに、何を恥ずかしがる必要がある?」ティルザが額の汗を手で拭いながら言った。
「誰か来るかもしれないでしょ」
「来ねーよ」
 東の平原にこの道に並行して、良く整備された新街道が延びている。それに対しこの道は、かつてまだ諸侯のあいだで縄張り争いの盛んだった頃に間に合わせの迂回路として通されたもので、最早その役割を終えている。今回二人が敢えてこの森の中の旧街道を採ったのは、やはり、人目に付くのを避ける為であり、特に、今や血眼になってアリーネを探しているに違いないパスチラーラの追手から逃れる為であった。
「おっと」ティルザが散り積もる朽葉に足を滑らせて、思わず声を出した。
「ダサッ。かっこわる。アッ」言ったそばからアリーネも、地表に頭を出した石に躓いて、転びかけた。
「ちょっと休もう。水くれ」
「さっき飲んだばかりじゃない。まだ先は長いのよ」
「もう少し行けば、豊かな泉があるんだろ。そこでまた水筒に汲めばいい」
「確かに地図にはそう書き込んであるけど、この地図自体、相当古いものだから……」
 書き込みの場所に着いた。豊かな泉は無かった。代わりに、瘴気でも放っていそうな、暗緑色に濁った沼が広がっていた。
「マジか……」ティルザが膝からくずおれた。
「だから言ったじゃない、全部は飲むなって」アリーネが嘆く声でティルザを責めた。
「お前だって、一緒に飲んでたじゃねーか」
「私も飲まなきゃ、あんた、一人で飲み干してたでしょうが」
「……今更言っても仕方ねえ。どうするよ?」
「……上澄みをすくえば、飲めないことも無いかも」
「無理だろ。見るからに水が腐ってる」ティルザが、ねばっこい水面を見て、顔をしかめた。
「いえ、きっと大丈夫。あんた、試しに飲んでみなさい」アリーネはほとりにしゃがんで巾着から水筒を取り出した。
 そのとき突然、二人の面前に激しい水しぶきが立った。水の下から大きな何かが跳ね上がり、すぐ近くの浅瀬にじゃぶんと飛び込んだ。アリーネは驚き、尻もちを突き、ティルザは身構え、目を見張った。
 大きな何かは、その場で身体を起こした。それは、直立可能な二本の太い脚を持った大きな鰐のような怪物だった。
 その怪物がアリーネに襲いかかってきた。長く大きな顎を開き、たくさんの尖った歯がむき出しになる。
 アリーネは横に転がり、その歯を避けた。しかし、身体は避けられたものの、スカートの裾に噛みつかれた。どんなに引っ張っても放してもらえない。
 怪物は顎をしっかりと閉じたまま、四本の手足で地面をしっかりと掴むようにしつつ徐々に後退しはじめた。アリーネは水の中へと引きずられながら、怪物の頭の辺りを繰り返し蹴とばしたが、ごつごつと硬い皮膚に対し、そんなものは無駄な足掻きでしかなかった。
「スカートを脱いで逃れろ!」ティルザがアリーネの身体を慌てて抱き押さえながら叫んだ。
「これ、ワンピース!」アリーネが叫び返した。
「だったらワンピースごと脱げ」
「嫌。私、この一着しか持ってないもの。それにこの服、ボロながら結構気に入ってる」
「そんなこと言ってる場合じゃねーだろ」
「無理ったら無理。私はあんたと違って露出狂じゃない」
「誰が露出狂だ!」
 怪物の力は強く、二人を悠々と引きずっていく。ティルザはまず、アリーネの肩から彼女の巾着を抜き取り、自分の首に引っかけた。それから腰の剣を抜き、アリーネの服の後襟から、刃を外側にして、中に突っ込んだ。
「なにすんのよ!」
 ティルザはアリーネの抗議を無視して、ワンピースを背中から下へと切り裂いた。剣を放り、アリーネの素肌の腰に両腕を回し、思いきり引っ張る。ワンピースから半裸のアリーネが滑り出て、二人は一緒に後ろに倒れ込んだ。
「こらっ、放せ!」
「どうせあれはもう着れない。諦めろ」
「服なんてもうどうでもいい。ただあの鰐、私をこんな目に合わせて、許せない。ぶっ殺して、生きたまま皮を剥いで、チキンステーキにしてやる!」
「頭を冷やせ。お前、今、馬鹿になってる」
 ティルザは、もがくアリーネを構わず肩に抱え上げ、さっさと沼から離れていった。泥に汚れたワンピースを顎から垂らした怪物は再びその足で直立し、逃げる二人を見ていたが、すぐに諦め、沼へと戻っていった。途中、ティルザが置いていった剣を、口でくわえて、持っていった。
「ここでちょっと待ってろ。剣を取り返してくる」アリーネを肩から降ろして、ティルザが言った。
「諦めなさい。水の中で鰐と戦って勝てるわけないでしょ。あんた、何時でも何処でも常に馬鹿ね」冷静さを取り戻したアリーネが呆れた様子で言った。
 二人はその夜を森の中で明かした。幸い、夜は過ごしやすい暖かさで、草の上で寝るには良い気候だった。もっとも、どちらも喉が渇いて、結局、よく眠れなかったが。
 それでも明け方、ティルザがウトウトしていると、道の方から人の気配がした。すぐに目を覚まし、足音を忍ばせて近づいてみると、大きな荷物を背に負った美しい青年が歩いていた。
「すまん、水をくれないか」ティルザは身体を立て、いきなり青年に言った。
「――痴女か!」突然人の声を聞いて驚いた青年がティルザを見て言った。ちなみにこの時ティルザは、上着もズボンもアリーネに取られて、胸と腰に白布を巻いているだけだった。
「何だと、てめえ! あたしのどこが痴女だ!」
「いや、その格好……」
「びっくりさせて、ごめんなさい」いつの間にかティルザの後ろに、袖と裾を折り曲げて彼女の服を着たアリーネが立っていた。「私たち、旅の者です。水が尽きて困っています。もし余分があれば、分けて頂けませんか。お代ならあります。ちなみに彼女が半裸なのは事情があってのこと。別に変態というわけでは、たぶん、ありません」
「ああ、そうでしたか。これは失礼いたしました。水はあいにく、私も切らしてしまっています。ただ、この先、もう少し歩けば、私の住んでいる村があります。そこまで行けば、水はいくらでも。ご案内します」
 改めて青年を見ると、耳の上の方が長く尖っている。どうやら彼はエルフであるらしかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...