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トロけるアダム

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 シューリのもとから帰ってきたセンに対し、




「おかえりなさいませ」




 アダムは、ハッキリとした声でそう言った。




 ここが、この場所こそが、

 『自分の隣』だけが、センの帰ってくる場所だと強調するような迎えの言葉。

 日常における注意力が決定的に足りていないセンは、

 当然、『アダムの想い』に気付かない。

 ゆえに、




「ああ」




 と簡素に答える。

 0点の解答。

 どれだけの高みに至っても、コミュニケーションの満点は取れそうにない至高のボッチ童貞。

 それがセンエース。




 ――そんな童貞に、アダムは、




「シューリと、どんな会話をしてきたのですか?」




 言いながら、センに近づく。

 すると、センの体からシューリの香りがした。




 柑橘系の柔らかい薫り。




 胸がザワついた。




(これほど香りが残るほど……)




 近づいたのだろう。

 もしかしたら、抱き合ったのかもしれない。




 想像するだけで、頭部の至る個所が熱くなった。




「まあ、ちょっとな」




 スルーされて、眼球に血が走った。

 血管が爆裂しそうになっている。




 ワナワナと震える。




 そんなアダムに、センが、




「で、アダム、シューリはどうだった?」




 無遠慮が過ぎるノンキさで、




「あんな簡素なメッセージでは何も伝わらない。ちゃんと、お前の言葉で、あいつと闘ってみてどうだったかを伝えてもらいたい。さあ、教えてくれ」




「ぇ、あ……はい」




 アダムは、急いで、意識をセンとの会話に戻し、




「つ、強かったです。とても」




 言いながらも、頭の中では、センとシューリが何をしていたのかを考えていた。




「とても、とても強く……ほんとうに、とても……今のままでは、どうあがいても、殺せそうにないほど……」




 つい、そんな事をくちばしってしまう。




 それを受けて、センは、




「いや、殺さんでいいんだよ。本当に、なんで、お前の頭は、そう常に危なっかしいんだ?」




「し、失礼し……ごほん……言葉のアヤです、どうか、お忘れください」




「どんなアヤ?!」




 言いながら、センは、




「で、どうだ? 今はともかく、将来的には……頑張ったら勝てそうか?」




「勝てます。勝ちます。必ず、なんとしても」




「その意気だ」




 そこで、センは、ニっとイタズラに笑い、




「一つ聞いておこうか。前にも言ったが、あいつの戦闘力は、俺に匹敵する。つまり、あいつを超えるという事は、この俺にも限りなく近づくという事になる訳だ――で……それを踏まえて答えろ。どうだ? 俺もこえられそうか?」




「不可能です。主上様を超える事は誰にもできません」




「おベッカはいらない。ちゃんと答えろ。あいつに勝てるってことは、やはり、どうしても、そういう事に――」




「いえ、違います」




 ハッキリとした否定。

 絶対に譲ゆずれないという気概がうかがえる声音。




「シューリと闘ってみて思いました。彼女は強い。とてつもなく強い。しかし、距離を感じました。遠いけれど、確かに『見える距離』を。しかし、主上様は見えません。『どこか遠い場所』としか思えない……それが、はたして、雲の上なのか、海の底なのか、それすら分からないどこか、『強さの質』すら掴めぬ果て、としか思えなかったのです」




「はは……まあ、俺は、シューリを助ける時に、だいぶ無茶をしたからな。ちょっと質が違うんだよなぁ」




 遠くを見ながら、ボソっとそう言ってから、




「90点と100点。俺は、前に、自分とシューリの差をそう表現したが、どうやら、その差の大きさが、お前にも、少し見えてきたみたいだな。それだけでも大分違うぞ。お前は確実に近づいてきている。誇っていい」




「ありがとうございます」




 言いながら、アダムの感情は、グラグラと揺れていた。




(……あの女のために無茶を……あの女を守るために得た力が……その、輝く『武の極み』……)




 理解すると同時、心に、『痛みを伴う電流』が走った。

 全身が『ズンと重くなる苦しい鈍痛』で包み込まれた。




(憎い……あの女が憎い……)




 激烈に膨れ上がっていく憎悪。




(もう理解できている……主上様は、あの女を愛している……)




 アダムはバカじゃない。

 難聴系の鈍感女でもない。




 激しい恋をしている一人の女。




 だから理解できる。

 したくないけれど、出来てしまう。




(くぅ……ぬぅうう……ゆ、許せ……ない……)




 奥歯が砕けるほどの憎しみ。

 心が壊れてしまいそうな情動。




(殺す……殺す……殺す)




 限界なく、情動が湧き上がり続け、




(強くならなければ……はやく、あの女を殺さなければ、自分が何をするかわからない……はやく、強くならなければ! どうにかして、殺さなければっ!!)




 と、ブルブル体を震わせる。

 尋常じゃなく気負っているアダムに、
















「おちつけ、アダム」
















 言いながら、アダムを自分の胸に抱き寄せるセン。

 フワっと、その無上なる逞たくましさと優しさで包み込む。

 そして、センは、アダムの頭をソっとなでた。




「ぁ、ぁあ……」




 心そのものを、撫でられているような気がした。

 アダムの心が驚くほど満たされている。

 触れあっているだけで、ただ、満たされていく――




「お前は強い。そして、強くなれる。だから、焦るな」




「主上様……」




「一つ、約束をしようか」




「やく……そく?」




「俺はお前の前から消えない。永遠にお前の想いが届く場所にいる。永久に、お前の目標として、道標として、咲き誇る桜華として、無限の閃光として、お前の目の前で輝き続けると誓おう。だから、焦るな。みっともくアタフタするな。俺の女なら、常に、凛としていろ。どんな時でも、『楽勝だ』と笑ってみせろ。難しいか? 当然だ。今のところ、それが出来るのはあの女だけ。しかし、お前は、俺に、『あの女を超えられるかもしれない』と想わせた女。それは、他の誰にも出来ないこと」







 異常なほど高い理想。

 しかし、センが望むのはそういう女。

 果てなき領域に至った女神をも超えた究極の美少女。







「アダム。命令だ。今後、常に、自分が誰の隣にいるのか、誰に選ばれているのかを想いながら生きろ」




 センは、アダムの額に、己の額をコツンとあてて、




「停滞は許さない。だが、焦る必要はない。俺はここにいる」
















「……なんと……なんと、もったいない……」
















 暴力的な恍惚の中で、トロトロにとろけながら、アダムはそうつぶやいた。




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