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たとえば、こんな『復讐劇』
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そのサイフに関するエピソードは決して美しいものではない。
どちらかといえば、痛々しい大恥。
しかし、センにとっては大事な思い出。
そのサイフを見てセンが思い出すのは、はじめて母親に全力で殴られた記憶。
『人の財布から金を抜いても得られるものは何もない。この財布はあんたにやる。肌身離さず持ち歩いて、今日、わたしに言われた事を定期的に思いだしなさい』
愛情とは、相手を甘やかす事ではなく、相手の全てを真剣に考える事。
センの母親は、センを全力で愛してくれた。
だから、叱る時も全力だった。
センを殴った母の拳は、中節骨が折れて、少し腫れていた。
決して言葉にはしなかったが、しばらくは痛そうにしていた。
だから、本当は知っていたんだ。
人を殴る痛みくらい――
「……『自分が周りに与えている恐怖の度合いを確認するため』かなんか知らんけど……お前が踏みつけたものは、そういうものだ」
「心から謝罪します。本当に申し訳――」
「蝉原、お前さぁ……」
そこで、センは、いつもの冷めた目で、
「この場の切り抜け方しか考えてないだろ」
「……」
「別にいいんだ。仕方ないよ。信念に従って生きているヤツに『反省』を促すほど、俺は狂っていない。いるさ、この世には……結構な数で、何を言われたって絶対に改心なんてしないヤツが。どんな目にあっても、必ず繰り返すやつ……お前はソレだ。ここを無事に切りぬけられたら、また……まあ数日は、『警戒のため』に大人しくしているかもしれないけれど、また、きっと……いや、必ず、同じことを始める……」
そこで、蝉原は、グっと奥歯を噛んだ。
そして、
「センくん、おれは本当に、『君には』、謝罪をしたいと思っている。『君には』、忠誠を誓おう。今後、おれは、『君にとっては、とても便利な蝉原勇吾』で在り続けると誓う……それでいいんじゃないか、センくん」
「蝉原」
そこで、センは、
「時計仕掛けのオレンジって知ってるか?」
蝉原の顔が一気に青くなった。
センの問い、その意味が理解できたらしい。
「センくん……それは――」
「死ぬよりマシだろ」
「……」
「神様」
センは言う。
「そこに転がっているバカ女と蝉原に、『呪い』をかけてほしいんですけど、できますか?」
「できる。内容は?」
「死ぬまで、善人としての行動しか取れない呪い。……改心はさせないで、行動だけを縛ってほしいんです……思考はそのままで、絶対に悪い事はできないように……頭の中ではどう思ってくれてもいい……けど、今後、永遠に、『犯罪者ではない大多数の人間』が『善行と認識している行動』しか取れないようにしてください……」
「ふむ。非常に慎重で、実に好感が持てる提案だが……ヌルいな。このバカどもに相応しい罰ではない。――けれど、望むなら叶えよう」
「一つだけ条件があります。絶対に、『抜け道』を残さないでください。あの映画みたいな、気分の悪いオチはいらない」
「……くく……」
神は、楽しげに笑って、
(間違いなく、お前は俺だな……セン……)
心の中でそうつぶやいてから、
「了解した。それでは、これより、『閃せん 壱番えーすの復讐』を執行する」
こうして、契約は交わされた。
蝉原とユズに対する復讐という報酬と引き換えに、
センは、神に導かれ、異世界に旅立つ。
そして、全てが動き出す。
どちらかといえば、痛々しい大恥。
しかし、センにとっては大事な思い出。
そのサイフを見てセンが思い出すのは、はじめて母親に全力で殴られた記憶。
『人の財布から金を抜いても得られるものは何もない。この財布はあんたにやる。肌身離さず持ち歩いて、今日、わたしに言われた事を定期的に思いだしなさい』
愛情とは、相手を甘やかす事ではなく、相手の全てを真剣に考える事。
センの母親は、センを全力で愛してくれた。
だから、叱る時も全力だった。
センを殴った母の拳は、中節骨が折れて、少し腫れていた。
決して言葉にはしなかったが、しばらくは痛そうにしていた。
だから、本当は知っていたんだ。
人を殴る痛みくらい――
「……『自分が周りに与えている恐怖の度合いを確認するため』かなんか知らんけど……お前が踏みつけたものは、そういうものだ」
「心から謝罪します。本当に申し訳――」
「蝉原、お前さぁ……」
そこで、センは、いつもの冷めた目で、
「この場の切り抜け方しか考えてないだろ」
「……」
「別にいいんだ。仕方ないよ。信念に従って生きているヤツに『反省』を促すほど、俺は狂っていない。いるさ、この世には……結構な数で、何を言われたって絶対に改心なんてしないヤツが。どんな目にあっても、必ず繰り返すやつ……お前はソレだ。ここを無事に切りぬけられたら、また……まあ数日は、『警戒のため』に大人しくしているかもしれないけれど、また、きっと……いや、必ず、同じことを始める……」
そこで、蝉原は、グっと奥歯を噛んだ。
そして、
「センくん、おれは本当に、『君には』、謝罪をしたいと思っている。『君には』、忠誠を誓おう。今後、おれは、『君にとっては、とても便利な蝉原勇吾』で在り続けると誓う……それでいいんじゃないか、センくん」
「蝉原」
そこで、センは、
「時計仕掛けのオレンジって知ってるか?」
蝉原の顔が一気に青くなった。
センの問い、その意味が理解できたらしい。
「センくん……それは――」
「死ぬよりマシだろ」
「……」
「神様」
センは言う。
「そこに転がっているバカ女と蝉原に、『呪い』をかけてほしいんですけど、できますか?」
「できる。内容は?」
「死ぬまで、善人としての行動しか取れない呪い。……改心はさせないで、行動だけを縛ってほしいんです……思考はそのままで、絶対に悪い事はできないように……頭の中ではどう思ってくれてもいい……けど、今後、永遠に、『犯罪者ではない大多数の人間』が『善行と認識している行動』しか取れないようにしてください……」
「ふむ。非常に慎重で、実に好感が持てる提案だが……ヌルいな。このバカどもに相応しい罰ではない。――けれど、望むなら叶えよう」
「一つだけ条件があります。絶対に、『抜け道』を残さないでください。あの映画みたいな、気分の悪いオチはいらない」
「……くく……」
神は、楽しげに笑って、
(間違いなく、お前は俺だな……セン……)
心の中でそうつぶやいてから、
「了解した。それでは、これより、『閃せん 壱番えーすの復讐』を執行する」
こうして、契約は交わされた。
蝉原とユズに対する復讐という報酬と引き換えに、
センは、神に導かれ、異世界に旅立つ。
そして、全てが動き出す。
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