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退屈
しおりを挟む(つまらん)
トウシは、ため息をつきながら、ボリボリと頭をかいた。
(アホと将棋やっとる気分や。クセを突かれて誘導されとることくらい、さすがにもう分かっとるはずやのに、まったく対処できてへん。そこからが勝負の醍醐味やないか。いかに裏をかくか。裏の裏をかくか。せやのに、こいつら、裏をかかれた段階で手も足も出てへん)
匂い、気配、空気。
流れや雰囲気から、あらゆるすべてを見通し対策を練る。
一投一打に価値と魅力を与える。その積み重ねが、美しい試合を形成する。
(美しくない。面白くない。クソつまらん)
また、溜息がこぼれる。
(神との試合は、楽しかったな……ボコられたけど、美しい試合やった。すべてが完璧で、一投一打がキラキラと輝いとって)
論理の究極。思考の最終形態。技術の最果て。
「ハッキリわかった。カス相手に投げてもおもろない」
一時的に人間にもどったのは、存在証明が最大の理由だが、しかし、どこかで思っていた。
神に投げた時のように、美しい試合がしてみたい。
非力な人間に戻り、高校野球としては史上最高の現西教を相手にすれば、あの日と同じ、極上の快感を得られるのではないだろうか。
そんなことも思っていた。しかし、現実は違った。
(話にならん。クソどもが……晒した上で、どまんなかに速球系を投げとるだけやのに、なんで打てへんねん。クソすぎるやろ)
三回からずっと、トウシは、ド真ん中速球のサインを出したうえで、本当に、ド真ん中に速球系を投げ込んできた。
だが、まだパーフェクト。
トウシの球は、前に飛ぶことすら、ほとんどない。
(スコアやビデオを見るだけでは分からん事がある。ええ勉強になったわ。高校野球のレベルがここまで低いとは思わんかった)
データの解析や外野からの観戦では分からないこと。
(棋譜を見たって、そいつらがその時、どれだけ深く潜っとったかまではわからへん。ワシは勘違いしとった。もっと深く考えてやっとるもんやとばかり……けど、なんてことない。こいつら、なんにも考えてへん)
実際に浮いているハイスピンと、それよりも初速と終速の差が少ないのに沈むジャイロを軸にした究極の投球。
思考の誘導と四次元上の幾何学的錯視が、打者の眼を完璧に狂わせる。
才能あふれるとはいえ、所詮高校生でしかない彼らに、トウシの球が打てるわけがない。
(ほんま、おもろない……もうええわ。はよ、終わらせよ)
★
「完成した」
「は?」
投神の唐突な発言に、ミシャンドラは首をかしげる。
「田中東志に、唯一足りなかったのはアレだ。彼は、私たちとの試合の後、現世に戻った時、こんなことを言った」
――ワシかて、結構ビビってんねん。達成できるかどうか不安でしゃーない――
「投手にはふさわしくない思考形態だ。投手は、常に、ふんぞり返っていなければ、君臨していなければならない。王様として、神様として、マウンドの上でふんぞりかえっていなければならない。危機的状況下に平伏すようでは話にならない。何を前にしても、決して屈しない魂こそ、投手に求められる最大にして必須の条件」
ニコリとほほ笑み、
「世界一といわれる高校野球の歴史上でも最高峰と評されている現在の西教、そのレベルの低さを肌で感じ取った彼は、ついに、相手を見下し、ねじふせることにすら飽きるという絶対的な豪気の極地にたどり着いた。今後、どれほど絶望的な危機を前にしたとしても、彼の中に芽生えた絶対者としてのプライドが、否応なく彼を奮い立たせる」
――ワシほどの男が、この程度の状況を、どうにかできんはずがない――
「心はもろい。わずかでも隙間があれば、そこから簡単にヒビ割れていく。田中東志の心は純度の高いプライドで満ちた。神を背負うにふさわしい投手の誕生。圧倒的デビュー。彼は――」
「しゃべり方がチャラくなくなってんぞ」
「田中ちゃん、マジでパなくない?」
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