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ライズとスプリット。もはや、それすら……
しおりを挟む(打者の目が、最も苦手とする球は、ちゃんとした縦の変化。本物が投げられるなら、スプリットとライズが一番打ちにくい。それは、投手・打者の位置と、人間の目の構造的に確定されとる事実。なんで、フォーク系がたまに打たれるかといえば、ゴリゴリのマグレと、あとは、大半のフォークが、ちゃんとまっすぐ落ちとらんから)
フォークは、超スローで見れば、基本的にブレており、つまりは、左右のどちらかにズレて落ちる。
本来、完全にまっすぐ落ちれば、人の目は、遠近感がなくなり、どこを振ればいいのかわからなくなる。
だが、シームが人の手で縫われており、かつ、完全な球体ではないという事実と、マウンドからキャッチャーまでの間が真空ではないという地球上における当然の物理が、投じられた球に当たり前の変化を与える。
まっすぐ落ちなければ、遠近感が働く。だから打てる。ならば、すべてを計算して、まっすぐ落とせばいい。きわめて複雑な流体力学の知識を要する計算も、彼の頭ならコンマの単位で正解を導き出すことができる。
結論は単純。田中東志のライズとスプリットは、マグレ以外では打てない。
「ストライッ、バッターアウゥ!」
審判が叫ぶ。十二個目の三振。
120台しか投げられなくとも、高校生程度が相手なら、三振を量産できる。
★
「わけわかんねぇ」
0が続くスコアを見て、清崎は眉をひそめた。
すでに七回。一点負けたまま、試合は、ズルズルと終盤に向かって、のんびりと進んでいる。
「なんで打てない? いや、コントロールがすげぇのはわかった。速度を微妙に調整しているのも、もうさすがに分かった。だが、それだけだろ? 120台だぞ。一番打ちやすい速度だろ。なんで、ここまで打てない?」
「裏の裏は表じゃないってことだよ」
「あ? 桑宮、お前、なにいってんだ?」
「誘導されているんだ、すべて……すべて。つけいる隙もあるはずだと思って食らいついてはみたけれど、無意味だった。無理だよ。勝てない。絶対に。……やっている野球の次元が違う」
「……マジでなにいってんだ?」
「駒の動かし方ぐらいしか知らない素人が名人と互戦で戦っているようなもの。いや……サインで球種を教えてくれているから、飛車角落ちなのかな。それでも、当然のように、ぶっちぎりで負けている。それが現状なんだよ」
「……いいかげんにしろ。横綱はこっちだ。相手はアカコーだぞ。俺らからすれば、クソ以下のチームだ。強いのはおれたちだ。勝つのは俺たちだ。そうだろ!」
「パーフェクトで負けているんだよ……現実問題」
「……」
「勝てる気がしない。気づかないのか? 回を増すごとに、田中の凄みがどんどん増していることに」
「……」
「最初は明らかにチャレンジャーの顔をしていたのに、今はマウンドに君臨している。理解したんだよ。僕らのレベルを。――話にならない、と」
「なにいってんだ、お前。だいじょうぶか?」
「ど真ん中のまっすぐしか投げていないよ」
「あ?」
「目をそらしたところで、現実は変わらない。三回以降、あいつ、田中東志は、どまんなかのまっすぐしか投げていない。それが僕らと彼の差なんだよ」
「……」
「勝てるわけないだろ。球種をさらし、変化球とコースへの投げ分けを縛ったうえで、楽にパーフェクトできるのが、彼と僕らの実力差だ」
「……開き直ってやけくそになっているだけだろ。失うモノがないやつはこれだからタチが悪い。打者は良くても三割しか打てないんだから、こんなマグレもある。マグレを実力だと勘違いするほど愚かなことはねぇぞ、気をつけろ」
(清崎くんは打撃の天才だが頭が悪い。とても理解できないか……)
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