53 / 65
先発、田中
しおりを挟む三回戦の空は曇りだった。
雨は降っていないが、いつ降ってもおかしくない天気。
灰色の雲を見上げながら、トウシは、ゆっくりと肩をまわす。
「……すぅ……はぁ」
静かに深呼吸。グーパー、グーパー。指先の感覚を確かめる。
「トウシくん」
ツカムに声をかけられ、トウシは、ゆっくりと振り返った。
「なんで、先発するんですか?」
「……」
「悪魔たちの真の狙いは三分の未来だった。なんてこったい、こりゃまいったな、お後がよろしいようで、ちゃんちゃん。――確かに、気分はよくないですけど、別にいいじゃないですか。悪魔や神に逆らってどうしようっていうんですか。素直に従っておけばいいじゃないですか。下手にタテついたら、存在を消されるんですよ?」
「……ツカム」
「はい?」
「今日は初回にポテンヒット一本打つだけでええ。あとは全打席三振せぇ」
「……はい?」
「今日は、ワシの球を捕る以外、なんもせんでええっちゅうこっちゃ」
「聞く耳なし、って感じですね、やれやれ」
ツカムはため息をひとつはさんで、
「……一つだけ質問させてください」
「なんや」
「勝てるんですか?」
「ああ」
「そうですか。じゃあ、まあ、お好きにどうぞ。頑張ってください」
★
「え? 向こうの先発、三分じゃないのか?」
オーダーを見て、西教の主砲である清崎は、
「田中ぁ? んーっと、たしか、田中って、キャッチャーじゃなかったか? ……田中東志? ……あれ、この名前、どっかで……あ、そういえば、田中東志って、春の練習試合を見に来ていた女共が言っていた名前だ」
「ん? ああ、そういえば……清崎くん、よく覚えているね」
「嫉妬が混じった記憶は消えないタチでな」
「いいのか悪いのかわからない性質だね」
「……そんなにイケメンじゃねぇな。なんで、あの女は、あの程度の男に入れ込んでいたんだ?」
「頭がいいんじゃないかな? 一・二回戦のビデオを見る限り、サインを出しているのは、間違いなく彼だからね。アカコーは、三分と彼のチームと言っても過言じゃない」
「アカコーで野球しようって考えるヤツは、頭よくねぇだろ」
「はは、確かに」
★
ほどなくして、試合が始まった。
先攻は西教高校。
マウンドに立つトウシは、ロージンを、一度ギュっと強めにつまんで、ズボンの後ろポケットに戻した。
そして、サインを出す。堂々としたサイン。右手の人差指で右肩、中指で左肩、親指で帽子のツバに触れる。
もちろん、サインを出しているというのは打者にも分かる。
(なんで、投手がサイン出してんだよ……解析されたら終わりじゃねぇか。バカか?)
ギュっとグリップに力をこめて、フっと抜く。力まず、ゆるやかに、しなやかに、体をグネらせて、重心のベストを探す。
その様子を一通り確認してから、トウシは、ゆっくりとふりかぶる。
足を上げて、ビュっと腕をふる。
クセのない素直な直球がミットに収まった。
西教の先頭打者・加藤は、じっくりと球筋を見てしまったことを後悔した。
(見る必要なんて全くなかったな。120そこそこの純正ストレート。これ以上なく合わせやすい速度と回転。一年としては合格ラインだが、甲子園大会のレベルじゃねぇ。こんなんでよく先発する気になるな。というか、なんで三分を出さないんだ? ケガでもしたのか?)
二球目はカーブ。ブレーキが一切かからない、空気抵抗を受けておじぎするだけのションベンカーブ。
加藤は、じっくりと引きつけてから、腕をたたんで、素直に合わせにいった。
しかし、トウシのションベンがあまりに遅すぎたため、タイミングがコンマ一秒遅れてしまい、打球は高く上がってしまった。
(ちっ、だせぇ……力んで上げちまった)
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――
金斬 児狐
ファンタジー
ある日、優秀だけど肝心な所が抜けている主人公は同僚と飲みに行った。酔っぱらった同僚を仕方無く家に運び、自分は飲みたらない酒を買い求めに行ったその帰り道、街灯の下に静かに佇む妹的存在兼ストーカーな少女と出逢い、そして、満月の夜に主人公は殺される事となった。どうしようもないバッド・エンドだ。
しかしこの話はそこから始まりを告げる。殺された主人公がなんと、ゴブリンに転生してしまったのだ。普通ならパニックになる所だろうがしかし切り替えが非常に早い主人公はそれでも生きていく事を決意。そして何故か持ち越してしまった能力と知識を駆使し、弱肉強食な世界で力強く生きていくのであった。
しかし彼はまだ知らない。全てはとある存在によって監視されているという事を……。
◆ ◆ ◆
今回は召喚から転生モノに挑戦。普通とはちょっと違った物語を目指します。主人公の能力は基本チート性能ですが、前作程では無いと思われます。
あと日記帳風? で気楽に書かせてもらうので、説明不足な所も多々あるでしょうが納得して下さい。
不定期更新、更新遅進です。
話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。
※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?
カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。
次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。
時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く――
――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。
※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。
※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる