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このままはイヤだ
しおりを挟む「まさか、三分くんが、あそこまで伸びるとは思っていなかったわ」
翌日の放課後、三人だけでミーティングをしようと呼び出されたファミレスで、トウシは、興奮した古宮の話に、イライラしながら耳を傾けつつ、ドリンクバーの氷をボリボリとかみしめていた。
続けて、樹理亜も、
「確かに、異様な迫力があったように思う。あそこまでの球が投げられる男だとは思わなかった」
「左の一年でMAX145をマークするなんて前代未聞。さっそく、全球団のスカウトが動き出したわ。このまま成長すれば、全球団ドラ一どころか、メジャーからの即戦力期待指名もありうる」
「そうなれば、年俸にして数十億、裏では数百億? はっ、そりゃすごい。アホな女がこぞって寄ってきそう」
二人して、夕刊を見ながら、三分に賞賛の声を送る。それが、よけいに気に入らない。
ぶっちゃけ、古宮はどうでもいい。
ジュリアが三分をほめる発言をするたびに、トウシは顔をゆがめる。
「で、なんなん? 話て」
「三分くんが、あそこまでの投球ができるとなると、彼を使うのは、あなた的に、ハンデにはならないのではないかと思ったのよ。あれほどの球を投げる投手の陰に控えているのは、単にあなたの存在感をなくす結果にしかならないと思うの」
「はぁん……で?」
「次の西教との試合、あなたが先発しない?」
「……」
「あなたの思いも分かるけれど、でも、このままだと、正直、あなたが埋もれてしまうような気がするのよ。そんなのはいや。だから――」
そこで、ジュリアが、古宮の腕を掴み、
「あんた、いい加減、ちょっと黙れ」
「え? な、なに、時雨さん?」
「こいつが困ってんの、わからない? あんたの訳わかんない妄想に付き合わされて迷惑してんの」
「わかっていないのは、あなたのほうでしょう」
「……トウシの統制力や先を見通す目は人外のレベル。三分があの領域までたどり着くことがわかっていたからこそ、この前、あたしにあんな宣言をしたんだろう。それは素直に感嘆する。こいつは、並の男じゃない。それは真実」
「なにがいいたいの?」
「ほめるべきところを間違えていると言っている。別に、褒めたかないけど、この男が為したことは驚愕、もっといえば尊敬にも値する偉業。それを無視して、わけのわからない妄想を押しつけるのは負担でしかないと、どうして、あんたは――」
「樹理亜」
「あんたからも、いい加減、ハッキリ言ってやれ。あんたは――」
「樹理亜、黙れ」
「……ぇ?」
「西教にはワシが投げる」
「……なに……言って……」
「どいつもこいつもナメ腐りやがって……ほんま、ええ加減にせぇよ、クソが」
★
家に帰ったトウシは、いつものように、自室のベッドにダイブし、
「樹理亜も……三分みたいな投手の方がえんやろうか……」
思わず、まくらを抱きしめる。
いつもより数段深いため息をつく。
「速球は確かに魅力や。このままやったら、あいつは、左で160出せる投手になる。絶対的エース。救世主。天に二物を与えられた文武両道の天才イケメン……ワシが、あいつに植え付けたかったイメージが、全部、現実のものになる。……ええことやないか。望み通りや。望み……通り……」
ギュゥっと奥歯をかみしめる。
「なんで」
ギシギシと、歯の軋む音がする。
「なんで、あいつ……なんで、あいつばっかり……なんで、あいつなんや……」
頭を抱え、小さく、丸くなる。
「ワシにはない強靭な背筋……ワシにはない高身長……ワシにはない掌の大きさ、ワシにはない手足の長さ……なんでや……」
心が潰れそうになる。ギュウっと抑えつけないと、爆発しそうになる。
ギュっと閉じた目を、ゆっくりと開く。
視点が一点に定まる。
ジュリアと古宮が集めてくれた、西教のデータ。
それを手に取り、パラパラとめくる。
「……このままは、嫌や…………厭や!」
固い決意をする。心にニトロがぶちこまれる。ブチブチと音を立てて炸裂する。
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