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簡潔に
しおりを挟むトウシは、渋い顔で頭をかきながら、一つため息をはさみ、
「……人間の視界や聴力なんかは、基本的に、二割以下の性能でしか作用してへん。理由は単純。必要がないから。人間の機能の大半は、必要ないという理由でサビついとる。マサイ族でも、視力5とか6とかあるんは、それが必要な環境におるヤツだけで、マサイ出身でも、都会で携帯電話の販売とかやっとるヤツの視力はそれほどでもない。才能とか生まれとかではなく、人間というんはそういうもんなんや」
「ぴよぴよ(なるほど、言いたいことがなんとなくわかったわ。つまり、野球を好きになるという事は、脳みそに対し、『これから、野球の能力が必要な世界にどっぷりつかるつもりだから、覚悟しておけ』と宣言する行為だと言いたいわけね?)」
「そういうことや。そうなれば、適応するために、神経の質が変わる。シナプスとニューロンの性質が環境や状況によって変化するんは、周知の事実。中枢のシステムが変化すれば、筋肉の動きにも当然変化が生じる。となれば、もちろん、技術が劇的に進化する」
「それが、三分くんの件となんの関係が?」
「あいつ、たぶん、今まで、野球を面白いと思ったことがない」
「は? え、いや、それはないでしょう。プロを目指しているんですし」
「肩を大事にするという目的が第一にあるあいつは、試合で投げるという行為を拒んで、こんな高校にまできた。つまり、あいつは、今まで、試合で投げたことがないんや。壁やネットに球を投げてきただけ。それがあいつにとっての野球のすべてやった。そんなもん、なんもおもろない。あいつは、野球の面白さなんか知らんでここまできた。けど、ワシのリードで投げたことによって、あいつは、投手の面白さを、ほぼ百パーセント理解した。初戦、ワシは、投手が一番気持ち良くなれるリードをしたからな。あいつの脳は、今、投手中毒の初期状態にある。見てみぃ。落ち着いた演技しとるけど、ウズウズしとるやろ。初戦の直前までは、『やっぱり試合では投げたくない』とかぐずぐず言っとったくせに、今では、もう、投げたぁて投げたぁて仕方ないってオーラがあふれ出とる」
「ああ……まあ、確かに、そう見えますね」
「投手やるやつで、たまに、壊れるまで投げ続ける奴がおるんは、この症状のまま抜け出せんようになったヤツや。ワシが制御したるから、あいつの肩は壊れへんけど、このまま放置したら、あいつ、腕がへし折れるまで投げ続けるで」
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