だが剣が喋るはずがない

娑婆聖堂

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動地剣惑星 (どうちけんまどいぼし)

前提が正しいかは分からない

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「お前ら、分かってるだろうが、熊だ」
「熊」
「熊ですか」
「熊ねえ」
「パスタ食いてえ。油ぎったペペロンチーノ的なやつ」
「芦屋あ!お前人の話聞け!あとパスタなんてシャレオツな単語を使うな!スパゲティでいいだろ!」

 教師が微塵も関係ない意見を頼まれもしないのに垂れ流す堂馬に雷を落とす。どことなく別方向の怒りも追加しているように感じるのは気のせいであろうか。
「スパゲティは語呂が悪いんですよ。スパゲティって噛まずに10回言えますか?スパって略すと温泉だし。その点パスタなら3文字で済むから楽ちんだ。3つは良い。安定している」
 非モテ的八つ当たりに対し、芦屋堂馬余裕の反論。筋が通っているような単なる電波な戯言のような、とにかく自信だけは溢れていた。

「エリッサちゃん判定は?」
 羽咋礼が伸び切ったカップ麺を見るような目で不毛な争いを観察する。
「審議の結果芦屋さんに一理あるとみますね。あと私はトマトソースこそが至高であると信仰しています」
「スパゲティモンスター教は異端じゃないの?」
「パスタは神の肉ではないのでセーフです」
「そういう問題?」
「やかましいわ!羽咋とエリッサ!リア充には分かるまいこのシャレオツへのアレルギーは!モテない俺のために祈ってくれい!」
 遂に神にすがり始めた教師。そのまま洗礼を受けそうな勢いである。
「先生、残念ですがジーザスクライストうちのかみさまは中東の方と違って、女の子の問題までは面倒を見てくださらないのです」
「ちきしょー!」
「で、熊がどうしたんすか」
 堂馬がどんどん脇に逸れていく話題を強引に戻す。空気の読めなさは力でもある。

「どっかの山で目撃されたらしい。まあそれだけならよくある話だが、そいつが食事中でな。犠牲者の身柄は捜索中だ」

 教室がどよめき、テンションが一段上がる。人死にに対して不謹慎ではあるが、その不謹慎を好む年ごろでもある。途端に数を増すひそひそ声を打ち消すように教師が叫ぶ。

「うるせいぞお前ら!確かに珍しいがあり得ないほどじゃない。まず夜遅くまで外にいない!寄り道しない!できるだけ固まって帰る!そんくらいすりゃあ襲われるなんてこたあ無い。要するに健康優良に生活しろってことだ。この話終わり!以上!」

 生徒たちも学校で権力者の言い分に逆らうほど無邪気ではない。しかし表に出さないだけで、最近とみに多い怪事件は不安と共に後ろ暗い高揚をもたらしていたのも確かである。
 心の闇ばかりは文明の光で取り除くことは出来ないのであった。





「芦屋、時間ある?」

羽咋礼はくい れいが話しかけてきたのは、授業が終わり、気の早い冬の夜空が顔を覗かせる時分であった。
 普段ならむしろ上から申し付けるくらいの勢いで話しかける、気の強い女子の見本であったが、今回はやけに殊勝である。

「勘弁してくれ。お前がそんなに大人しいと雪で屋根が潰れちまう」

「要するに時間あるのね。無かったら屋根雪落として首の骨折るわよ」

「へいへい、で、どうしたんだ?」

「いや、ちょっとさ、親父がね」

 その言葉で堂馬はなんとなく合点がいった表情をした。

「あーそうか。熊出たって言ってたもんな」

「羽咋さんのお父様は猟師さんなのですか?」

 エリッサが話に加わる。狩猟は欧州では一定の人気を持つが、日本ではそうでないことも彼女は知っている。

「ああ、そうだな。兼業で殺し屋もやってる」

 堂馬の適当な返事にエリッサが目を丸くする。礼は不機嫌そうに顔を歪めたが、直ちに否定はしない。
 元猟師が優秀なスナイパーになるというのはよくある話ではあるが、それで殺し屋を始めるものか。第一子供やそのクラスメイトに知られて良いものでは無いだろう。
 エリッサの困惑を払うように、礼が少し強めに話しかける。

「あー、勘違いしないでね?いや、勘違いするの当たり前なんだけど。じゃないの。芦屋!あんたも誤解させんじゃないわよ!」

 鋭いチョップが堂馬の脳天に見舞われる。しかし運動に精を出してもいない女子の攻撃。鋭くはあっても重さが足りない。

「おめーもっと肉食うか豆乳飲めよ。身長160弱なら50㎏はいるだろ」

「乙女に体重増やせとかいうな!悪魔《マーラ》よ去れえ!」

 チョップを打ち込んだ右手をそのままに半歩踏み込み、反動で曲がる肘をそのまま打ち入れる。顔の中心に炸裂すれば堂馬とて人間。鼻を赤くして涙目になっていただろう。
 しかし、そこは流石の動体視力。礼の肘をたたむ動作に合わせて額を盾にする。言うまでもなく人体で最も堅固な部位であり、さらに言えば軽くとはいえ何度も木刀で叩き上げられた板金のごとき骨である。涙目になったのは礼の方であった。

「小魚も食えよ」

「うるしゃい」

「あの、人間の殺し屋でない、というのは?」

 エリッサもそういった職に就いている者を知らないわけではない。むしろ彼女自身そういう分類に入っていてもおかしくはない。だがそれらは、そこらへんの殺し屋よりもよほど深い所に潜らなければ存在さえも感知出来ない類の人種であるはずだ。
 そういぶかしむエリッサに、慌てて礼が言葉を継ぐ。

「いや、違うのよ。殺し屋っていうけれど、言葉の綾というか、動物専門なの」

 またもやエリッサが目を丸くする。それでは言葉の綾と言うより、そのまま猟師でいいではないか。

「まあどんなところでもあると思うけど、野生動物に殺されちゃう人っているじゃん。大抵動物は射殺されるけど、逃げて行方が分からなくなったりした奴とかがいて、そうなると恨む人もいるわけでしょ?そんな依頼を受けたりしてるわけ」

「なるほど……。しかしそれはやはり猟師さんで良いのでは?」

 いまいち要領のつかめないエリッサに今度は堂馬が答える。

「人食い殺したド畜生だからな。流石に食う訳にもいかんだろ。食うわけでも無いのに殺すならそりゃ殺し屋だろうってことよ」

「はあ……。何と言いますか、日本的ですね」

「そうかもしれんね」








 赤々と燃える灯油ストーブの上に、小ぶりの鍋が乗っかっている。中身は独特の酸っぱい匂いを醸す甘酒であった。それをときおり焦げ付かないようかき混ぜる傷跡だらけの指。太い。一本一本に酷使の跡が刻まれている。無垢材を使った背もたれだけついた椅子に座る体躯もまた巨大である。
 高校生、いや成人男性の枠にあてはめてもかなりの長身を誇る堂馬だが、この男はさらに頭一つ抜けていた。白の目立ってきた髪と、顎と口を覆う灰色のひげ。顔の彫りは深く、ゲルマン人と言っても通用しそうである。
 もちろんただ濃い顔なだけで西欧人種というわけではない。羽咋礼の父、羽咋久作《はくい きゅうさく》である。マグカップについだ甘酒を一口飲むと、喉の奥からうなるような声音で話し始める。別に怒っているのではない。普段通りの喋り方である。

「光間の奴は、やはり連絡はつかんか」

 堂馬の父親の話題であった。もともと久作が高校の先輩で、片や職業、片や趣味で狩りをすることになってからは、家族ぐるみの付き合いとなっていたのである。
 銃があっても相手は人食いの猛獣。相方に光間の力を借りるのはよくあることであった。当然危険が伴うが、そこを軽く引き受けてしまうのが堂馬の父の妙な人望を作り出す元であり、周囲を辟易とさせる所以でもある。息子としては迷惑以外のなにものでもないが。

「ああ、サンタさん家からかけた方がはやそうだ。シベリアのクレーターに埋まってるかもな。おっちゃんも今回は止めといたほうがいいんじゃないか?いくらなんでも雪が多すぎる」

 ちらりと窓の外を見ると、青い空気が雪を透過して、空色にきらめいていた。大陸からの寒波は最高潮に達し、海気を雪に変えて大地をしんしんと押しつぶしている。十年来の大雪である。
 言うまでもなく雪は登山者の大敵であり、その体温を奪う毒であり、その進路を塞ぐ壁、その背を曲げる鈍器だ。熟練であっても、否経験に富むからこそ冬の雪山には出来るだけ近づかない。文学にある通りトンネルを抜ければ別世界なのだ。
 めずらしく純粋に心配するような堂馬の意見に、しかし久作は首を振る。

「俺も流石に断ろうとしたんだがな、だが今度は断れん。事情がある」

「事情?」

「生存者がいるかもしれん」




 依頼者は、高い学歴の者が家族を大事にしつつ成功すればなれる程度に裕福な家の、善良そうな夫婦であったという。だが久作に依頼をするものの常として、顔はやつれ、表情は今も現実を掴めずに妄念の狭間をあるいている者のそれであった。
 依頼内容は一人娘を探して欲しい、とのことで、当初場所が違うのではないかと尋ね返したものだ。しかしよく聞くと少し毛色が違うようである。
 
 ことの起こりは娘がなんの前触れもなしに家に帰らなくなったことであったという。悩みの相談や書置きなどもなしに、本当にふい、と帰らなくなったのだ。友達の家に遊びに行くくらいは笑って許す家だったし、娘も事前に連絡を入れる素直な子であったので、驚き慌てて学校に連絡を入れた。
 学校の方もすぐに対応するとのことで、一安心かに思えたが、問題はそこから難しくなる。

 教師の一人が連絡がつかない。というのだ。
 教師と生徒一人ずつ行方不明。まさか駆け落ち?などと良からぬ考えが頭をよぎる。しかし三回目の連絡がドラマじみた展開をパニックに変える。
 教師が発見された。正確にはその下顎部と脊椎の一部が。雪の日の夜にジョギングをしていた奇矯な女子高生が、それを喰らっていたなにかと一緒に見つけたそうだ。
 体長は最低でも170以上。恐ろしいスピードで林道の奥に消えたという。明らかにヒトではなかったそうだ。ショックを抑えるために犠牲者の本名や行方不明者などの情報は差し止められ、学校と警察の関係者しか知られていないそうだ。
 まあいかにもマスコミ受けしそうな内容ではある。ここで取材攻勢が加われば本格的に不安定になるだろうと分かる程度には、両親は憔悴していた。

 彼らの依頼は、娘が生きていれば何としてでも探し出して欲しい。もし、万が一、娘が食い殺されていたのなら、その畜生を殺して欲しい。とのことであった。

「そんなことになってたんかよ」

 呆れたように堂馬が呟く。

「俺も普段殺してばかりの仕事だからな。生かして欲しいという依頼には弱い」

「いや、だけどな、このクソ雪の中で女子一人はな。親父なら匂いで分かりそうなもんだが」

「ああ、俺も奴の嗅覚には期待していた」

 むろん両者とも冗談である。顔は真面目であるが。

「警察は警察でやってるだろし。師匠ももう爺さんだしなあ。あとはそのけったいな女子高生の目撃者に話を聞くとかか」

「うむ。だが何分また聞きだからな。地道に林道の方から探るしか」

 

 堂馬の携帯から軽快な音楽が鳴り響く。久作に断ってから画面を見ると、風花からのものである。遅い時間でもないが、理由が分からない。通話ボタンをタップする。

「おう!なんじゃあお前どうしたお前」

『堂馬さん聞いてくださいよ!私熊見たんですよ熊!それもキリングマシーンな奴!フカシじゃないですよ!ほんとに昨日の夜走っている時に』

「ようし分かった今すぐ来い!」

『なぜサドゥンリイ!?』

「説明は後だ住所は送る。いいよなおっちゃん」

 頷く。

「いいか有用な情報があればお前の刑期750年から20年差っ引いてやる」

『いつの間にそんな狩りゲーみたいな事に!?』

「みたいじゃねえ本物《マジ》だ。メール送るぞ。じゃあな」

 すぐに電話を切って久作に向き直った。

「ツイてるぜおっちゃん」

「電話の向こうはそうでもなさそうだがな」

 堂馬はマグカップに一杯の甘酒を一気に飲み干した。灯油ストーブは赤々と燃えている。
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みんなの感想(1件)

津嶋朋靖(つしまともやす)

第一章まで読み終わりましたが、いや面白いです。
弟一話から不気味な雰囲気で登場した妖刀が「剣が喋るはずがない」と無視されと後の間抜けぶりが笑えました。
これからも続きを読ませていただきます。

解除

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