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学園生活 その2
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ずず、と黄色い縮れた麺をすする音。大きい訳ではないが、近くにいればはっきりと聞き取れる絶妙な音量だ。いわゆる麺類を食する際のマナーに合致している。
大ぶりのチャーシューが三枚。かなり贅沢だ。トッピングなのか、将来の上位層たち向けの高級志向なのか。後者なら自分も注文してみるか、などと考えながら、余は総カロリー四桁を軽く越える油と肉の塊を消費していく。
朝から摂取するにはあまりに濃いエネルギー。二人の立場を考慮しなくても、近寄りがたいことに違いは無かっただろう。
ごま油の蒸気に煙る三大栄養素地獄。群衆が電磁場に弾かれたように避ける無人の野の内に、一人の学生が迷い込んだ。
明るい茶色の髪。少数派であるが珍しがる程ではない。半世紀前あたりから増加し始めた移民は、今となっては区別する意味もないところまで同化している。ラテン系ヨーロッパの血が入っているのだろう。
顔も、偏見かもしれないが楽天的に見える。少なくとも物怖じしないことは確かだった。あるいは鈍感なのか、自身を囲む人壁からの無言の警告をまるで気にすることもなく、空いた席に易々と身を収める。
「睦美、睦美!出なさいって。そこはダメ」
後ろから、今度は苦労人そうな眼鏡の少女が手招きする。友人のようだが、友情を維持するのに少なからぬ対価を支払っているようだった。
「え?どうしたの三弥子ちゃん。空いてるよ?」
「そうじゃなくて」
「構いません」
ぴしり、と、眼鏡少女が動きを止める。睦美と呼ばれた少女の方は、突然話に割って入った声に反応し、スープを掬っている一欠に目を止めた。
「わ!綺麗。初めまして。わたし、海江田睦美っていいます」
「新入生序列103番でしたね。私は九十九一欠。あなたと同じく新入生であり、私の前で虎狼のごとく肉をむさぼっているこの犯罪予備軍の監視者です」
「最後の余計じゃないですかね?」
「必要な情報です」
「え!?ひょっとして、今年入って来た元レジスタンスの?」
ようやく気づいたようだった。見れば分かるのが普通だろうが、あまり外見を重視しない種類の人間らしい。
しかし理解すれば自然と離れて行くだろう。悪いことではない。利より害が多ければ避けるのは正常な感覚だ。
「凄い!有名人!レジスタンスの人、初めて見ました」
「父母の愛を多く受けて育ってきたのかな?まあ悪いことじゃないが」
どうも危機意識が壊れている類のようだった。余の感心の入った皮肉にも、照れたように笑ってみせる。
「えへへ、そうなんです。三弥子ちゃんからも親離れできてないっていっつも言われて」
「泊三弥子。新入生序列65番。優秀ですね。内戦を経験していない者の中ではトップクラスと言っていいでしょう」
いきなり矛先を向けられて、お下げの黒髪を震わせ硬直する。秀才然とした容貌に恥じぬ実力者のようだったが、それだけにイレギュラーを相手するのは苦痛らしい。
とにかく自分の理解できる世界に戻れるよう、話を打ちきって逃れようと試みる。
「い、いえ。偶然入試が上手くいっただけなので。では!これで」
「構いません。こちらで頂かれても結構」
「え、えーと」
三弥子の額が見る間に汗で光り始める。友人の方を振り向けば、もうベーコンレタストマトサンドを噛っていた。
無駄な真似をしたと後悔が渦巻いているのが分かる。頼れるのは己のみ。
「え、えーと。き急用を思いだしましたので!」
立ち上がる少女の背中へ、一欠は抑揚の乏しい声で告げる。
「泊三弥子さん。無論本質的に平等たる制職者に対して強制はしません。真実、要件があるならば優先すべきでしょう」
「は、はい」
「ただ、私はここにいる救いがたい低級市民を学園に馴染ませる義務を負っています。分かりますね」
「そんなに低いの俺の扱い」
華麗に無視。
「仲良くなれなどとは言いません。ただ一般の生徒と同等に、それより下でもいいので交流して欲しいのです。それが社会に対する貢献になると、政府は考えております。お願いできますか?」
そう言って、軽く頭を下げる。神経を尖らせていた野次馬らが静かにどよめいた。
余の悪名ほどではないが、一欠もまた鳴り物入りで入学した超の付く優等生。しかも政府の肝いりである。暗黙にしようとしてもし切れぬ格があるのだ。
熾烈な試験戦争、さらには本物の戦争さえくぐり抜け、良くも悪くもエリートの振る舞いが染み付いた生徒たちには考えられない態度であった。
「つ、九十九さん。分かりました。私、貴方のことを誤解していたみたいです」
「分かってくれましたか」
美しきは言葉の力か。真摯な説得により体制と反動の融和を実現する。九十九一欠がその性能、能力だけを見込まれて学園にねじ込まれたのでないことはこの場で証明された。
政府は確かに本気なのだ。プロパガンダではなく、真実力を尽くしてレジスタンスを模範的市民にしようとしている。
一欠の行動は、食堂にいた年齢性別も様々な若人の胸を打った。力だけではない。心あってこその統制である、と。
「それでは、私は用事を済ませないといけないので~」
三弥子が早足に立ち去ろうとする。感動で飯は食えない。たゆまぬ研学によって学年上位におさまっただけあり、彼女はひどく実際的であった。
「泊三弥子さん。私は貴方にお願いしています」
一欠の声掛けはあくまで静か。
「は、はい。ですから」
「お願いが、命令に変わらぬ内に、決めていただきたいのですが?」
こん、と箸で丼の中心を突く。陶器の上に木製の棒二つが立った。
手品ではない。残りの長さから算出するに、刺突は盆にまで達していると、余は結論する。
「喜んでご一緒させていただきます!」
「ありがとうございます。優しい方で良かったです」
ふわり、と白い顔に微笑み。ろくな目に会わされていない余さえ引き寄せられる。ほぼ初対面の女子二人はなおさらだろう。
「さあ、座って。食事を」
その隙を腐らせることなく活用し、自身の隣に三弥子を押し込む。
「やはり力か」
「まあ、結局は力よね」
「最終的には力になるわな」
学生たちはその鮮やかな手並みに唸る。
力が全てではない。世界には力だけでは成し得ないこともある。
だが、その真理は力の重要性をいささかも損なうものではない。力無くして秩序無し。九十九一欠は統制政府の意思そのものであった。
弱き者はただ流されるまま、餌を詰め込むのみである。泊三弥子の不幸はここから始まった。
大ぶりのチャーシューが三枚。かなり贅沢だ。トッピングなのか、将来の上位層たち向けの高級志向なのか。後者なら自分も注文してみるか、などと考えながら、余は総カロリー四桁を軽く越える油と肉の塊を消費していく。
朝から摂取するにはあまりに濃いエネルギー。二人の立場を考慮しなくても、近寄りがたいことに違いは無かっただろう。
ごま油の蒸気に煙る三大栄養素地獄。群衆が電磁場に弾かれたように避ける無人の野の内に、一人の学生が迷い込んだ。
明るい茶色の髪。少数派であるが珍しがる程ではない。半世紀前あたりから増加し始めた移民は、今となっては区別する意味もないところまで同化している。ラテン系ヨーロッパの血が入っているのだろう。
顔も、偏見かもしれないが楽天的に見える。少なくとも物怖じしないことは確かだった。あるいは鈍感なのか、自身を囲む人壁からの無言の警告をまるで気にすることもなく、空いた席に易々と身を収める。
「睦美、睦美!出なさいって。そこはダメ」
後ろから、今度は苦労人そうな眼鏡の少女が手招きする。友人のようだが、友情を維持するのに少なからぬ対価を支払っているようだった。
「え?どうしたの三弥子ちゃん。空いてるよ?」
「そうじゃなくて」
「構いません」
ぴしり、と、眼鏡少女が動きを止める。睦美と呼ばれた少女の方は、突然話に割って入った声に反応し、スープを掬っている一欠に目を止めた。
「わ!綺麗。初めまして。わたし、海江田睦美っていいます」
「新入生序列103番でしたね。私は九十九一欠。あなたと同じく新入生であり、私の前で虎狼のごとく肉をむさぼっているこの犯罪予備軍の監視者です」
「最後の余計じゃないですかね?」
「必要な情報です」
「え!?ひょっとして、今年入って来た元レジスタンスの?」
ようやく気づいたようだった。見れば分かるのが普通だろうが、あまり外見を重視しない種類の人間らしい。
しかし理解すれば自然と離れて行くだろう。悪いことではない。利より害が多ければ避けるのは正常な感覚だ。
「凄い!有名人!レジスタンスの人、初めて見ました」
「父母の愛を多く受けて育ってきたのかな?まあ悪いことじゃないが」
どうも危機意識が壊れている類のようだった。余の感心の入った皮肉にも、照れたように笑ってみせる。
「えへへ、そうなんです。三弥子ちゃんからも親離れできてないっていっつも言われて」
「泊三弥子。新入生序列65番。優秀ですね。内戦を経験していない者の中ではトップクラスと言っていいでしょう」
いきなり矛先を向けられて、お下げの黒髪を震わせ硬直する。秀才然とした容貌に恥じぬ実力者のようだったが、それだけにイレギュラーを相手するのは苦痛らしい。
とにかく自分の理解できる世界に戻れるよう、話を打ちきって逃れようと試みる。
「い、いえ。偶然入試が上手くいっただけなので。では!これで」
「構いません。こちらで頂かれても結構」
「え、えーと」
三弥子の額が見る間に汗で光り始める。友人の方を振り向けば、もうベーコンレタストマトサンドを噛っていた。
無駄な真似をしたと後悔が渦巻いているのが分かる。頼れるのは己のみ。
「え、えーと。き急用を思いだしましたので!」
立ち上がる少女の背中へ、一欠は抑揚の乏しい声で告げる。
「泊三弥子さん。無論本質的に平等たる制職者に対して強制はしません。真実、要件があるならば優先すべきでしょう」
「は、はい」
「ただ、私はここにいる救いがたい低級市民を学園に馴染ませる義務を負っています。分かりますね」
「そんなに低いの俺の扱い」
華麗に無視。
「仲良くなれなどとは言いません。ただ一般の生徒と同等に、それより下でもいいので交流して欲しいのです。それが社会に対する貢献になると、政府は考えております。お願いできますか?」
そう言って、軽く頭を下げる。神経を尖らせていた野次馬らが静かにどよめいた。
余の悪名ほどではないが、一欠もまた鳴り物入りで入学した超の付く優等生。しかも政府の肝いりである。暗黙にしようとしてもし切れぬ格があるのだ。
熾烈な試験戦争、さらには本物の戦争さえくぐり抜け、良くも悪くもエリートの振る舞いが染み付いた生徒たちには考えられない態度であった。
「つ、九十九さん。分かりました。私、貴方のことを誤解していたみたいです」
「分かってくれましたか」
美しきは言葉の力か。真摯な説得により体制と反動の融和を実現する。九十九一欠がその性能、能力だけを見込まれて学園にねじ込まれたのでないことはこの場で証明された。
政府は確かに本気なのだ。プロパガンダではなく、真実力を尽くしてレジスタンスを模範的市民にしようとしている。
一欠の行動は、食堂にいた年齢性別も様々な若人の胸を打った。力だけではない。心あってこその統制である、と。
「それでは、私は用事を済ませないといけないので~」
三弥子が早足に立ち去ろうとする。感動で飯は食えない。たゆまぬ研学によって学年上位におさまっただけあり、彼女はひどく実際的であった。
「泊三弥子さん。私は貴方にお願いしています」
一欠の声掛けはあくまで静か。
「は、はい。ですから」
「お願いが、命令に変わらぬ内に、決めていただきたいのですが?」
こん、と箸で丼の中心を突く。陶器の上に木製の棒二つが立った。
手品ではない。残りの長さから算出するに、刺突は盆にまで達していると、余は結論する。
「喜んでご一緒させていただきます!」
「ありがとうございます。優しい方で良かったです」
ふわり、と白い顔に微笑み。ろくな目に会わされていない余さえ引き寄せられる。ほぼ初対面の女子二人はなおさらだろう。
「さあ、座って。食事を」
その隙を腐らせることなく活用し、自身の隣に三弥子を押し込む。
「やはり力か」
「まあ、結局は力よね」
「最終的には力になるわな」
学生たちはその鮮やかな手並みに唸る。
力が全てではない。世界には力だけでは成し得ないこともある。
だが、その真理は力の重要性をいささかも損なうものではない。力無くして秩序無し。九十九一欠は統制政府の意思そのものであった。
弱き者はただ流されるまま、餌を詰め込むのみである。泊三弥子の不幸はここから始まった。
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