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三話 白のA

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 入学式は滞りなく終了した。やることなどほとんどない。この極限まで効率化を求める世の中で、なぜ来賓やら校長の話は長くなるばかりなのだろうか。立ちながらうたた寝をしていた余はそんなことをつらつら考える。

 普通の学校なら、この後は端末で学校生活のあらましを聞いて帰宅、なんなら通信授業だけで卒業できるコースまである。だが仮にも政府の望む秩序の番人を、通信空手で作ったりはできない。
 統制学園は全寮制、常時評価され順位付けされる、プライバシーもへったくれも無い制度で運営されている。
    要は巨大な収容所でもあるのだ。戦略級の危険人物を入れても安心な。

 小指の爪ほどもないレンズがこちらを睨む。気のせいではない。学園内の監視リソースの半分近くが、余一人のために割り振られていた。
 少しばかり地味になった制服をなびかせながら、寮の方へと急ぐ。部屋の整理までは終わらせないと、面倒なことになりそうだった。

 しかし、結果としてその努力は報われない。遠巻きにされていた周囲から抜け出てくる、真っ白な人影。身長はそう高くない。しかし姿勢の美しい女の子だった。
 青も多少混じっていた本来のデザインを潔しとせず、まさに一点の曇りもない純白に身を包む。髪も白銀。眼球上に取り付けたコンタクトカメラも、鏡のように輝いていた。
    細心の注意を払って結晶化されたミネラルの立方体のような、精緻な容姿。これに比べれば今までの生徒たちなど薄汚れた灰色でしかない。

「生徒一年、久世余ですね?」

「まあ、はい」

 なんとなく敬語になる。歪みを許さない空気を持つ少女だった。

「本来学園の生徒要件を満たさない特例入学者のために、模範としての共同生活を仰せつかりました。九十九一欠つくもいちかです。今後久世余の監査と指導を行います。付いてきなさい」

 微塵にも聞き違えようのない発音、文章。ただ人を従わせるための感情に欠けている。昔の余ならあえて従わないという手段も取っただろうが、今や彼は体制への造反者ではなく国家の犬予備軍。従うのもやぶかさではない。
 一欠は足早だったが、歩幅の問題で互いの速度はほぼ同じである。黙っているのもなんなので、情報の収集に努めることにした。

「監査といっても何をやるんだ?こんな所まで来て反乱よもう一度、なんてゆるふわなことをする気はないよ」

「全てです」

 抑揚がほとんどない。しかし、顔の中心から頭を貫くような、よくとおる声だった。存在を構成する全てが、私は近寄りがたい人間ですと告げているようだ。
 
「はあ」

「思想、生活、交友、学習。あなたと学園生徒との間には一人の努力ではどうにもならない乖離があります。それを物心両面で叩きなおすのが私の役目です。これから努めて心身を統制しなさい」

 まさに役人仕事。一切の情を見せない、鉄壁の如きガードである。そして背後を取らせながらも、付け入る隙が微塵たりとも見えない。
 新エースというのは宣伝倒れではないらしいと、格付けを済ませる。面倒な人枠だ。

「え、いやでもさ」

「くどいですよ。直接の処罰はできませんが、久世余の進退に関わる評価は私が握っていることをお忘れなく」

「いや、思想とか教育は分かるけど、交友関係は無理じゃあないですかね。誰もこっちに目を向けさえしてませんよ」
 
 一欠がぐるりと首を回す。その眼光に致死量の放射線でも含まれているのか、生徒たちは流れるような動きで遮蔽物に隠れ、逃げるように距離をとった。
 当たり前だ。生徒会長から強力な権限を与えられているだろう、融通のきかなそうな優等生に、学園史上最大の不発弾がセットになっていて、どうして友好的な関係を築こうと思えるだろう。余が彼らの立場なら目も合わせたくないはずだ。

「……」

「……」

 二人の間に空しげな気配が漂う。その間も歩調に乱れが無いのは互いの高い能力を示していた。

「……同僚との交友は重要ではありますが、最重要ではありません。任務に支障が出なければよいのです」

「でも俺たち、多少距離取った方がよくない?」

「よくない」

「はい」

 言われてしまえばしかたない。同級生であっても同等の立場ではないのだ。
 内戦前のような明白に区分された階層は、講和時に撤廃された。それでも、長年積もりに積もってきた差別心が消えうせるわけでも、社会がギアを変えるように変革するわけでもない。

 かつてのΑクラス、高位の公務員、あるいは政治家、他にいわゆる上流の人間が入る階級は、未だ多くの特権を保持している。他のクラスはほとんど制度上の差異は消えているが、精神の上では厳然たる上下関係があった。
 ちなみに余の戦前の階級はOオメガ。基本五階位の制度外。最上位抹殺対象である。

 軍事施設でもある学園のため、普段は不必要なほど広い道路を二人だけで歩く。寮まで前方に人影は無かった。




「広いな」

 光触媒の守りによって、未だ無垢の輝きを放つ建築。横にも縦にも広い。高級な集合住宅といったたたずまいである。

「人数から言えば適正です。生活も中流階級程度でしょう。行う任務を考えれば、環境で能力を減じるわけにはいきませんから」

「まあもっともか。公務員の待遇悪くして反乱がおこった結果の統制政府だしな」

 なんとはなしに呟いた語句。一欠の眉がぴくりと跳ねた。余は自らの失敗に気づいて口をもごもごさせる。

「反乱ではありません。時代に即しない経営に固執した旧政府の無能と、既得権益層の増長による行政破錠。その結果、国民の総意より正式に国家運営を委任されたのです。レジスタンスの悪質なデマゴーグを神聖なる学び舎で垂れ流すなど言語道断ですよ」

「ああ、はい。分かってる。分かってますよ。文句をつけるわけじゃない。現代史の勉強はまだやってないんでご勘弁を」

 仮にも生殺与奪の権を持つ相手に、投げやりな返答。白い少女は怒りもせず、ただ冷たい。庭師が張り出た枝をどう切るか見定めるような、色の無い目をしていた。

「入学者に対する裁定・処分の権は私に与えられていません。しかし、現在の久世余の階級は反逆予備軍、制度外のため一部人権停止のFクラスであり、矯正要領の大部分は適用可能ということを忘れないよう」

「了解。監視官殿」

 軽く敬礼。修羅場をくぐった者でなければ思わずたじろぐ余の無意識の気迫。だが、対する者と同じく、彼にも感情の動きは無かった。天体の運航のような、力と力の方程式だけが働いている。
    二人の間に人間の関係は存在せず、危険物質と観測機器が、お互いを観察し合っていた。
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