12 / 12
竜人
しおりを挟む
細波《さざなみ》のように、相談の声が伝播する。親戚の隊商か?この辺りで商売するものはいなかったはず。野盗か?のんきに焚き火はしないだろう。とどのつまり、怪しい連中と結論づける他ない。
ウルバットが一際大きな狼鳥にまたがり、ギアの後ろからついてくる。人間ならば死角の位置だが、真横にも目がついているギアにしてみれば視界の隅にいるだけである。ギアを盾にして自身も偵察に赴くつもりであろう。
彼は若輩ながらも一族でかなり高位の実力者であったが、それには勇気と行動力を示す対価が要る。ヴァルナとしても雇われの手前、突撃してあるもの全て吹っ飛ばすわけにはいかない。鳥の足に合わせて、彼女からすればゆっくり歩く。
次第に泉で休んでいる集団の全容が見えてきた。こちらにもあるコガネムシ形の蟲が6体。荷車はまだ新しいもののようで、骨材の金属は砂に削られた跡が少ない。他に5共通尺くらいのバッタのような蟲が2体。バッタといっても草食動物の雰囲気は欠片も無い。強靭な後脚に鋭い爪の付いた前足は、こちらの金属の骨組みに天幕を張っただけの荷車など、あっという間にぼろきれにしてしまえるだろう。
だがそんなものは結局機士であるヴァルナとギアにとっては些細な違いに過ぎない。戦い慣れていないギアにしても、彼我の圧倒的なサイズの差はわかる。あのバッタにしてみたところで、跳びかかってきたならはたきおとせば一発で破壊できる自信があった。機士の恐れるべき天敵はただ一つ。己と同種の存在、すなわち機士のみである。
「いましたか?」
それは商人であるウルバットにしてみても自明の理である、だからこそそれだけを聞いた。
「いや……。それらしきものはおらんな。どこかに出かけているとも思えん。戦力は飛蝗のみだろう」
「それは有難い。わたくしとしましても、機士様方のお話合いの下は肝が冷えますれば」
おどけてはいるが本心のようであった。無理もない。人と蟻の縮尺では歩いている後に続くだけでも命の危険がある。まして戦闘ともなれば。この世界で管理職には就きたくないな、とギアは取り留めのないことを考える。
身長20共通尺から眺める景色とは、当然それなりの距離が隔たっている。しかしこの辺りは大きい岩も見られず、起伏も大陸の中ほどにきたためかほとんど無いため直線で進める。しばらく進めば人の動きまで詳細に見て取ることができた。あちらも紅い巨人の出現に慌てたようで、切り立った崖の側にしいていた野営地を引き払おうと動いているようである。戦うにせよ話し合うにせよ、即決が必要なのは明らかであった。
「やるか!商人!」
ウルバットは口をへの字にして考え込んだが、息をつぐ前には決断していた。
「討ちましょう!うちの補給地を勝手に使う連中だ。言葉は無用!やられる前に殺ります!」
”いやあれ、ただ知らないで使ってただけじゃ”
「よう言った!そうとなれば先にいくぞ!」
「ご武運を!」
心を決めれば体は動く。狭い地形に陣取っているため水晶翼は展開せずに、鋼血の収縮で手足を駆動。巨像の体内からの熱が蒸気となって関節から噴き出す。踏みにじった石くれが圧力で砂と化し、岩盤がひび割れる音を隠しもせずに駆けだす。
ウルバットが懐から骨に穴を開けた小さな笛を取り出し、呼気の限りに吹き鳴らした。商隊から数十騎の狼鳥に乗った兵たちが飛び出し、ギアマゾーダの後ろで泉を押し包むように横隊を形作る。平坦といっても高速道路ではない。石も転がれば凹凸もある。そんな障害など問題にもせずに、見事な連携で半包囲を完成させていた。二足歩行のため馬と比べて体勢が斜に傾いているが、後ろが高く突き出た鞍と鐙に体重を分散させ、鳥を前傾させて傾斜をゆるめることで高速かつ安定した走行を実現していた。
羽ばたきながら走る鳥たちを置き去りにして、低地に続く坂を駆け下る。いよいよ混迷を極める泉の旅団であるが、その中でも特に豪華な服を着た恰幅の良い男が誰かを呼ぶような仕草をしていた。だが目の前にあるのは無機質な岩肌だけである。
そして崖の一点に異常を見つける。ギアから見て手前は坂、奥に崖があり、左にブルーハワイのように真っ青な湯溜り。これはそう大きくないが深さはありそうだ。ゆったりと上下する大地の一部が急に隆起した地形のようで、幅は500共通尺もないか。
濃い影に塗りつぶされていた岸壁が身じろぎした。否、よくよく焦点を合わせると自然物としては粗がない。それは巨大な壁、と思えるほど重厚な盾であった。黒鋼に縁どられた下部の左右2辺が長い六角形。
武骨だが正面に紋章が彫られている。正六芒星の左右斜め上と下の頂点に細長いニ等辺三角形。家紋か何かであろうか。盾というより壁。壁よりも箱。箱の中で最もそれらしいのは棺桶。そんな不吉な武装であった。
高さはざっと16共通尺。機士ギアマゾーダの胸まで達する障壁である。そんなものを持ち上げ、布団をはぐようにどかすなど、神でなければ機士の仕業に他ならない。盾に遮られていた威力がギアの10ある眼に映る。翡翠のごとき優しい緑。春の早朝にフキの葉から陽光をすかせばこんな色にもなるだろうか。
だが、通常は装甲の全面に流れるはずの威力がなぜか弱い。放射する威力自体の薄さと、あの分厚い盾によってその存在が感知できなかったのだ。
"うお!かっけえ!ドラゴンかよ"
「知らん型の機士だ。近くの都市ではないな」
竜人。例えるならば正にそれである。漆黒の鱗が全身を覆い、その隙間から新緑の燐光が吹きこぼれる。三角の頭部は、隆々とした手足にふさわしく大きい。
以前戦った量産型らしき機士は、一枚板を作る手間を省くために胴は鱗状であったが、全体像は蟲のものであった。しかしこの機士はそのような予算の都合で造られたものではない。爬虫類をモデルにしたのであろう全身の小札は、それぞれの構造的弱点を吸収するよう計算されて配置されている。
樹齢千を数える巨木じみて太い四肢は、機動より馬力を重視する思想を機体で表していた。ギアが初めて見る獣士型の機士である。
ウルバットが一際大きな狼鳥にまたがり、ギアの後ろからついてくる。人間ならば死角の位置だが、真横にも目がついているギアにしてみれば視界の隅にいるだけである。ギアを盾にして自身も偵察に赴くつもりであろう。
彼は若輩ながらも一族でかなり高位の実力者であったが、それには勇気と行動力を示す対価が要る。ヴァルナとしても雇われの手前、突撃してあるもの全て吹っ飛ばすわけにはいかない。鳥の足に合わせて、彼女からすればゆっくり歩く。
次第に泉で休んでいる集団の全容が見えてきた。こちらにもあるコガネムシ形の蟲が6体。荷車はまだ新しいもののようで、骨材の金属は砂に削られた跡が少ない。他に5共通尺くらいのバッタのような蟲が2体。バッタといっても草食動物の雰囲気は欠片も無い。強靭な後脚に鋭い爪の付いた前足は、こちらの金属の骨組みに天幕を張っただけの荷車など、あっという間にぼろきれにしてしまえるだろう。
だがそんなものは結局機士であるヴァルナとギアにとっては些細な違いに過ぎない。戦い慣れていないギアにしても、彼我の圧倒的なサイズの差はわかる。あのバッタにしてみたところで、跳びかかってきたならはたきおとせば一発で破壊できる自信があった。機士の恐れるべき天敵はただ一つ。己と同種の存在、すなわち機士のみである。
「いましたか?」
それは商人であるウルバットにしてみても自明の理である、だからこそそれだけを聞いた。
「いや……。それらしきものはおらんな。どこかに出かけているとも思えん。戦力は飛蝗のみだろう」
「それは有難い。わたくしとしましても、機士様方のお話合いの下は肝が冷えますれば」
おどけてはいるが本心のようであった。無理もない。人と蟻の縮尺では歩いている後に続くだけでも命の危険がある。まして戦闘ともなれば。この世界で管理職には就きたくないな、とギアは取り留めのないことを考える。
身長20共通尺から眺める景色とは、当然それなりの距離が隔たっている。しかしこの辺りは大きい岩も見られず、起伏も大陸の中ほどにきたためかほとんど無いため直線で進める。しばらく進めば人の動きまで詳細に見て取ることができた。あちらも紅い巨人の出現に慌てたようで、切り立った崖の側にしいていた野営地を引き払おうと動いているようである。戦うにせよ話し合うにせよ、即決が必要なのは明らかであった。
「やるか!商人!」
ウルバットは口をへの字にして考え込んだが、息をつぐ前には決断していた。
「討ちましょう!うちの補給地を勝手に使う連中だ。言葉は無用!やられる前に殺ります!」
”いやあれ、ただ知らないで使ってただけじゃ”
「よう言った!そうとなれば先にいくぞ!」
「ご武運を!」
心を決めれば体は動く。狭い地形に陣取っているため水晶翼は展開せずに、鋼血の収縮で手足を駆動。巨像の体内からの熱が蒸気となって関節から噴き出す。踏みにじった石くれが圧力で砂と化し、岩盤がひび割れる音を隠しもせずに駆けだす。
ウルバットが懐から骨に穴を開けた小さな笛を取り出し、呼気の限りに吹き鳴らした。商隊から数十騎の狼鳥に乗った兵たちが飛び出し、ギアマゾーダの後ろで泉を押し包むように横隊を形作る。平坦といっても高速道路ではない。石も転がれば凹凸もある。そんな障害など問題にもせずに、見事な連携で半包囲を完成させていた。二足歩行のため馬と比べて体勢が斜に傾いているが、後ろが高く突き出た鞍と鐙に体重を分散させ、鳥を前傾させて傾斜をゆるめることで高速かつ安定した走行を実現していた。
羽ばたきながら走る鳥たちを置き去りにして、低地に続く坂を駆け下る。いよいよ混迷を極める泉の旅団であるが、その中でも特に豪華な服を着た恰幅の良い男が誰かを呼ぶような仕草をしていた。だが目の前にあるのは無機質な岩肌だけである。
そして崖の一点に異常を見つける。ギアから見て手前は坂、奥に崖があり、左にブルーハワイのように真っ青な湯溜り。これはそう大きくないが深さはありそうだ。ゆったりと上下する大地の一部が急に隆起した地形のようで、幅は500共通尺もないか。
濃い影に塗りつぶされていた岸壁が身じろぎした。否、よくよく焦点を合わせると自然物としては粗がない。それは巨大な壁、と思えるほど重厚な盾であった。黒鋼に縁どられた下部の左右2辺が長い六角形。
武骨だが正面に紋章が彫られている。正六芒星の左右斜め上と下の頂点に細長いニ等辺三角形。家紋か何かであろうか。盾というより壁。壁よりも箱。箱の中で最もそれらしいのは棺桶。そんな不吉な武装であった。
高さはざっと16共通尺。機士ギアマゾーダの胸まで達する障壁である。そんなものを持ち上げ、布団をはぐようにどかすなど、神でなければ機士の仕業に他ならない。盾に遮られていた威力がギアの10ある眼に映る。翡翠のごとき優しい緑。春の早朝にフキの葉から陽光をすかせばこんな色にもなるだろうか。
だが、通常は装甲の全面に流れるはずの威力がなぜか弱い。放射する威力自体の薄さと、あの分厚い盾によってその存在が感知できなかったのだ。
"うお!かっけえ!ドラゴンかよ"
「知らん型の機士だ。近くの都市ではないな」
竜人。例えるならば正にそれである。漆黒の鱗が全身を覆い、その隙間から新緑の燐光が吹きこぼれる。三角の頭部は、隆々とした手足にふさわしく大きい。
以前戦った量産型らしき機士は、一枚板を作る手間を省くために胴は鱗状であったが、全体像は蟲のものであった。しかしこの機士はそのような予算の都合で造られたものではない。爬虫類をモデルにしたのであろう全身の小札は、それぞれの構造的弱点を吸収するよう計算されて配置されている。
樹齢千を数える巨木じみて太い四肢は、機動より馬力を重視する思想を機体で表していた。ギアが初めて見る獣士型の機士である。
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
悪役令嬢は処刑されました
菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
最後に言い残した事は
白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
どうして、こんな事になったんだろう……
断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。
本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。
「最後に、言い残した事はあるか?」
かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。
※ファンタジーです。ややグロ表現注意。
※「小説家になろう」にも掲載。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる