威界史記ギアマゾーダ

娑婆聖堂

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竜人

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 細波《さざなみ》のように、相談の声が伝播する。親戚の隊商か?この辺りで商売するものはいなかったはず。野盗か?のんきに焚き火はしないだろう。とどのつまり、怪しい連中と結論づける他ない。

 ウルバットが一際大きな狼鳥にまたがり、ギアの後ろからついてくる。人間ならば死角の位置だが、真横にも目がついているギアにしてみれば視界の隅にいるだけである。ギアを盾にして自身も偵察に赴くつもりであろう。
 彼は若輩ながらも一族でかなり高位の実力者であったが、それには勇気と行動力を示す対価が要る。ヴァルナとしても雇われの手前、突撃してあるもの全て吹っ飛ばすわけにはいかない。鳥の足に合わせて、彼女からすればゆっくり歩く。

 次第に泉で休んでいる集団の全容が見えてきた。こちらにもあるコガネムシ形の蟲が6体。荷車はまだ新しいもののようで、骨材の金属は砂に削られた跡が少ない。他に5共通尺メートルくらいのバッタのような蟲が2体。バッタといっても草食動物の雰囲気は欠片も無い。強靭な後脚に鋭い爪の付いた前足は、こちらの金属の骨組みに天幕を張っただけの荷車など、あっという間にぼろきれにしてしまえるだろう。

 だがそんなものは結局機士であるヴァルナとギアにとっては些細な違いに過ぎない。戦い慣れていないギアにしても、彼我の圧倒的なサイズの差はわかる。あのバッタにしてみたところで、跳びかかってきたならはたきおとせば一発で破壊できる自信があった。機士の恐れるべき天敵はただ一つ。己と同種の存在、すなわち機士のみである。

「いましたか?」

 それは商人であるウルバットにしてみても自明の理である、だからこそそれだけを聞いた。

「いや……。それらしきものはおらんな。どこかに出かけているとも思えん。戦力は飛蝗のみだろう」

「それは有難い。わたくしとしましても、機士様方のお話合いの下は肝が冷えますれば」

 おどけてはいるが本心のようであった。無理もない。人と蟻の縮尺では歩いている後に続くだけでも命の危険がある。まして戦闘ともなれば。この世界で管理職には就きたくないな、とギアは取り留めのないことを考える。
 身長20共通尺から眺める景色とは、当然それなりの距離が隔たっている。しかしこの辺りは大きい岩も見られず、起伏も大陸の中ほどにきたためかほとんど無いため直線で進める。しばらく進めば人の動きまで詳細に見て取ることができた。あちらも紅い巨人の出現に慌てたようで、切り立った崖の側にしいていた野営地を引き払おうと動いているようである。戦うにせよ話し合うにせよ、即決が必要なのは明らかであった。

「やるか!商人!」

 ウルバットは口をへの字にして考え込んだが、息をつぐ前には決断していた。

「討ちましょう!うちの補給地を勝手に使う連中だ。言葉は無用!やられる前に殺ります!」

”いやあれ、ただ知らないで使ってただけじゃ”

「よう言った!そうとなれば先にいくぞ!」

「ご武運を!」

 心を決めれば体は動く。狭い地形に陣取っているため水晶翼は展開せずに、鋼血の収縮で手足を駆動。巨像の体内からの熱が蒸気となって関節から噴き出す。踏みにじった石くれが圧力で砂と化し、岩盤がひび割れる音を隠しもせずに駆けだす。
 ウルバットが懐から骨に穴を開けた小さな笛を取り出し、呼気の限りに吹き鳴らした。商隊から数十騎の狼鳥に乗った兵たちが飛び出し、ギアマゾーダの後ろで泉を押し包むように横隊を形作る。平坦といっても高速道路ではない。石も転がれば凹凸もある。そんな障害など問題にもせずに、見事な連携で半包囲を完成させていた。二足歩行のため馬と比べて体勢が斜に傾いているが、後ろが高く突き出た鞍と鐙に体重を分散させ、鳥を前傾させて傾斜をゆるめることで高速かつ安定した走行を実現していた。

 羽ばたきながら走る鳥たちを置き去りにして、低地に続く坂を駆け下る。いよいよ混迷を極める泉の旅団であるが、その中でも特に豪華な服を着た恰幅の良い男が誰かを呼ぶような仕草をしていた。だが目の前にあるのは無機質な岩肌だけである。

 そして崖の一点に異常を見つける。ギアから見て手前は坂、奥に崖があり、左にブルーハワイのように真っ青な湯溜り。これはそう大きくないが深さはありそうだ。ゆったりと上下する大地の一部が急に隆起した地形のようで、幅は500共通尺もないか。
 濃い影に塗りつぶされていた岸壁が身じろぎした。否、よくよく焦点を合わせると自然物としては粗がない。それは巨大な壁、と思えるほど重厚な盾であった。黒鋼に縁どられた下部の左右2辺が長い六角形。
 武骨だが正面に紋章が彫られている。正六芒星の左右斜め上と下の頂点に細長いニ等辺三角形。家紋か何かであろうか。盾というより壁。壁よりも箱。箱の中で最もそれらしいのは棺桶。そんな不吉な武装であった。

 高さはざっと16共通尺。機士ギアマゾーダの胸まで達する障壁である。そんなものを持ち上げ、布団をはぐようにどかすなど、神でなければ機士の仕業に他ならない。盾に遮られていた威力がギアの10ある眼に映る。翡翠のごとき優しい緑。春の早朝にフキの葉から陽光をすかせばこんな色にもなるだろうか。
 だが、通常は装甲の全面に流れるはずの威力がなぜか弱い。放射する威力自体の薄さと、あの分厚い盾によってその存在が感知できなかったのだ。

"うお!かっけえ!ドラゴンかよ"

「知らん型の機士だ。近くの都市ではないな」

 竜人。例えるならば正にそれである。漆黒の鱗が全身を覆い、その隙間から新緑の燐光が吹きこぼれる。三角の頭部は、隆々とした手足にふさわしく大きい。
 以前戦った量産型らしき機士は、一枚板を作る手間を省くために胴は鱗状であったが、全体像は蟲のものであった。しかしこの機士はそのような予算の都合で造られたものではない。爬虫類をモデルにしたのであろう全身の小札は、それぞれの構造的弱点を吸収するよう計算されて配置されている。
 樹齢千を数える巨木じみて太い四肢は、機動より馬力を重視する思想を機体で表していた。ギアが初めて見る獣士型の機士である。
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