威界史記ギアマゾーダ

娑婆聖堂

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第八話 村

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 煙る風が吹きよせて、機体の表皮に水滴が凝る。肌に微かな不快感が流れるのは、水に溶けた硫黄分に反応したせいか。粗末な石組みの奥に螺旋を描いて立つ物見の塔。土壁の家屋が不格好な馬蹄状に並んでいる。日が傾いてきた時間帯、中央の広場にだんだんと人が集まり始め、市を建てる準備をしていた。

 物見の塔に立つ番人がこちらに気づいたあたりで、敵意が無いことを示すため速度を緩め、ゆっくりと歩きだす。これでも大きさが大きさのために常人の全力疾走程度の速度がある。
 驚愕と恐怖の入り混じった顔を見せた番人であったが、突撃してくる様子はないと見ると、ほっとした表情になって鐘をゆっくり鳴らす。残り3つの塔も合わせて鐘をなり響かせ、来訪者の存在を告げ知らせた。
人々は手を止めると、指示を出していた者は門の前に集まって機士を迎え、労働者は気のせいか先ほどよりのんびりと仕事を続ける。

石垣は高く積んではあったが、いかんせん20共通尺の鉄人に比しては、ちょっとした柵にしかならない。荒野にいくつも走る亀裂が合流した窪地。そこに築いた村は温泉の煙が湧き上がり、極端な日光の幾ばくかを遮っている。こんな暑苦しいと住みづらかろうと思っていたが、湯気が流れてこないようにヤシの木が植えられ、建物の土壁も厚く外気から室内を隔離してある。釣り下げた棒つきキャンディのように房いっぱいに小さい実がなっているヤシは、貴重な栄養ももたらすのであろう。たくましく灼熱の地に棲む者達の知恵である。

"しかし……、言っちゃ悪いが造りが適当過ぎないか?突っついたら崩れそうなんだが"

「下手に頑丈にしたところで、年とし初めの嵐に持っていかれるのがオチだからな。壊れたらさっさと建て直す!これが知恵と言うものだ」

視界はほぼ全方位にも関わらず観光客のようにキョロキョロしている姿は異様だったのか、鉄製の門の前に立つがっしりとした老人が不安そうにこちらを見る。
ギアとしても、見上げるほどの巨大ロボットが複眼を輝かせながら首を回していたら即座に足を切り返して逃げる自信があるので不快にもなれない。

老人とはいえ、現代日本では壮年でも通用するくらいの歳だ。刈り上げた頭も長いヒゲも真っ白だが、刻まれた皺しわは仏師が渾身のノミを打ち込んだように深く、荒々しい生き様を感じさせた。浅黒い肌も荒れてはいるが脂が浮かび、未だ枯れてはいないと主張している。袈裟衣、あるいは古代ローマのトーガのような服とターバンを巻いて、傾いてもまだ針のように鋭い陽射しから身を守っていた。
老人は背筋を伸ばして、ギアと目が合うよう首が痛くなりそうな角度まで見上げる姿勢をとると、割れ鐘のような声で叫んだ。

「旅の機士様、いかようなお心でこのようなさびれた村に来なされたのですか!?我が村はこの通り硫黄にまみれ、とれる石は鉄くらいのもの。ヤシの実をかじって細々生を繋ぐ貧しい場所にございます!機士様に差し上げられるような品は何一つございません!」

"なにこの地方ディス。埼玉県なのここ?"

光年を隔てた惑星の大陸の端の島、その地方の事など知るよしもないヴァルナは当然無視して村長らしき男に答える。

「安心せい!私は見ての通り旅の身、機士の美徳である清貧に則り、蜜と腹に入れるものの他は欲さぬ!道を開けい!」

その真意がどこにあれ、双方の意思が硬ければ退くのはより小さな方である。老人と後ろに控えていた男達は慌てて門の脇によける。人の5、6人が手をつないで入れるような巨大な外開きの扉だが、ギアからすればそれこそお隣りさん家のちゃちなアルミのドアのようなものだ。防犯よりも土地の所有を伝えるくらいの価値しかない。

"つーかこれよく動かせるな。やっぱり威力ってやつか?"

「うむ!鋼血を繊維にして蝶番を動かしておる。あの若いのはそのための威力要員だな!機士ならぬ者が動かすには30人ばかし要るだろう」

U字型の集落は、開口部を正面にして奥の温泉から広場を隠すように家を配置している。広場には一際大きな、おそらく倉庫であろう高床の建築が奥にある。
屋根は陽光で乾かしただけの瓦か石でふいてある。石ぶきの家は数が少なく他より少し大きいので、高位の者が住んでいると察せられるが、といってもその差は観察してどうにか分かるもので、貧富の差は大きいとは思えない。いかにも自給自足の閑村の雰囲気であった。
広場は巨人の到来に怯えて隠れる者と、珍しさに見物に来る者に分かれ、騒然とした気配が漂っていた。

あたりの建物が膝のあたりにくる深紅の機士は、下でうろちょろする人間を踏まないように、器用な足取りで広場の真ん中で止まると、鏡のような胸甲を十字に開いた。
中から現れた少女は、銀色のケーブル群が体から離れると同時に機体から飛び降りる。普通なら最低でも骨折はしそうな高さだが、着地の前にふわりと速度を落とし、一握りの砂煙を舞わせて降り立った。
人々はその紅玉のような長い髪、赤銅の肌を胸と腰以外惜しげも無く日の下に晒す衣服に、特段目を奪われず、その喉元を凝視した。

「刺さっとる」
「すげえ刺さってる」
「ものすごい突き刺さっとるぞ……」
「なんで刺さってるんだ……?」

その少女の首、銀色に隙間から紅の光が染み出す威力腺を、黄金の柄の大剣が貫いていた。下を向こうとすれば顎に刃先が届きそうな位置である。物が拾いにくそうだ。カイラギの王女といえばそこそこに名の知れた機士であり、顔は知らずとも噂から推測する者もいただろうが、このあまりに目立つ特徴に目を奪われて村長を含め誰一人彼女の正体に思い至れなかった。
久しぶりの日光に目を細め、しなやかな弓のごとく体躯を反らすと、村長の前に歩き出す。

「それで、飯はでるのか?」

「あ、ええ、ええ。勿論ですとも。どうぞ我が家にお入りを!」


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