7 / 12
第七話 旅路
しおりを挟む
ギアとヴァルナはよく話した。退屈しのぎの意味もあるし、会話をしているうちに、互いの常識が著しく乖離していることが分かってきたので、そのすり合わせの意味もあった。もっともギアは最初の30秒でおかしいと分かっていたが、ヴァルナがそこに気づくまで5時間ばかり消費した。
言葉は通じる、というよりなんとなく掴めるのだが、どちらかの常識には存在しない概念はただの音として認識された。その間を埋めるために話して得られた情報は、ギアが想定していたよりも遥かに遠い時間軸にいるという事、少なくとも己が生きていた時代の痕跡は、幾つか残っていた共通の単位以外には片鱗さえも無いという厳然たる事実をしめしていた。
”お前さんの都市が出来て813年で、おっきな戦から1672年!?”
「うむ!大戦後1672年、絶対秒換算でいくと、……1700万時間くらいか?どうも時間換算はややこしくていかん」
戦闘時には流体金属のケーブルで隙間なく覆われていたヴァルナだが、今は繊維で編まれた椅子に座ってふんぞり返っている。ある程度機体内の操作も出来るようだ。剣は喉に刺さったままだが負担では無いらしい。
”せんまん!え、じゃあその前は?何年くらい住んでるんだ、人類は”
「そんなこと私が知るか!ずっとずうっと前だ。最初の機士が船の神ホープライトに井戸を掘ってもらってから一万何千年だとか言ってたような気もするが。それが第二文明期の話らしい。第一文明期はさっぱりだ。紙からの情報は多すぎて整理さえままならんしな」
”文明期ってえと?”
「大戦後から今までが第四。そこからまた二回なんらかの断絶がある。第一期は保存技術がいいので資料だけは多いが、はっきり言って我らには処理できん。神代の時代だ」
一万との言葉に愕然とする。有史以来の年月の何倍、下手をすれば何十倍にもなるか。親兄弟と再び会うことは無いだろうと覚悟はしていたが、まさか文明が入れ替わるほどの長さとは。星が変わるのも無理はない。
「まあ昔の事など、酒の席での笑い話に使えればそれでいい!大事なのは今だ!とにかく機士を集めねばならん。一機で出来ることなどたかがしれておる」
”そうは言ってもよ。お前さん王女だって言ってたけど、なんかつてでもあるのか”
「あるわけなかろう!王女だって都市を取り返さなければ亡国のの但し書きがつくしな」
思わず足を滑らせる。それではほぼ無目的にさまよっているだけではないか。
「だからこそ戦わねばならん!威力を示せばおのずと人はついてくる。しばらく旅の機士というのも悪くない」
”そんな適当でいいのか?つーか何度も聞いているけど、威力ってそもそもなんなんだ?聞いてる分にはえらい便利なパウアーらしいけど”
ギアの胸の中で、ヴァルナが困ったような顔をする。中世の人間が、火はなぜ燃えているのかと子供に聞かれたような反応であった。
彼女の言うことには、世界中に満ちているが、通常の五感では捉えられない力をそう呼ぶらしい。波だと言う者もいるし、小さな粒だとか、全く未知の水のようなものだとも言われる。ギアのような機人や、蟲と呼ばれる見た目は虫だがそれらより遥かに大きい金属生命体などはこの力で動いているそうである。
「鋼血という、まあそのまま金属の血だな。それを操るのにも使う。建物にするために固めたり、機士にするために繊維状にしたりな。鋼血を流して固めるだけなら人間の威力でもなんとかなるが、ものを動かすとなると、人間の収束出来る威力には限界がある」
つまるところ馬力が足りないらしい。威力は首の、ヴァルナで言えばちょうど大剣が貫いている場所にある威力腺という銀の首輪型の器官で集め、それを放射することで力を及ぼす。だが掌二つで大部分を覆える面積しかない器官で集められる力は限定される。人と同質量の蟲では、ほとんどが金属の後者に分があるのは明らかである。
"ほーん、ままならないもんだね"
「だが人にあって蟲に無い能力がある。威力の増幅だ!なぜかは知らんが人にだけ威力を倍加させることが出来る。といっても元が小さすぎて生身では大した違いはないがな」
そこでギアも機士の利点が理解できた。
"そこで機人に乗るってことか"
「察しがいいな!その通りだ!」
人間は威力を増幅出来るが収束力が弱い。機人は大量の威力を集められるが、体積相応の力しか出せない。これが繋がることによって、人の10倍以上の金属の塊が飛んだり跳ねたりできるわけである。この双利共生の仕組みが機士をして天下無敵の存在たらしめているのだ。
特権階級にいるのも納得できる。こんな無茶な性能の鉄人形を操れるなら、国の一つも取れねば嘘だろう。
「まあ、いくら戦で無敵であっても、機士とて飯も食えば眠くもなる。下々の者を守ってやらねば干からびるのはこちらだからな。だからこそ仕事探しだ。安心しろ、つては無いがあてはある」
赤い甲殻の色が夜光虫の群れのように揺らめくと、軽やかに砂利、人間から見れば岩だらけの荒野を駆け抜ける。自身が数百共通貫の金属でできている事を忘れそうなほど違和感の無い動きだ。戦闘状態にない時はギアにもある程度の身体操作権があるが、それにしても生身と変わらない足運びが可能なのは、肝心な箇所の権限を譲り渡して威力の運用に集中する操者の技量によるところも大きいだろう。
それほど歳もかわらない、むしろ少し幼いくらいの少女が人生のどれだけの割合を費やしたのか。異国の王女の歴史に無駄と知りながらも思索をめぐらせる。
ぼんやりした目線の先がわずかに曇った。風も湿気も無い大地は地平の奥まで見通せるが、青い空と赤茶けた大地が重なる間、その中に白く濁っている箇所がある。火事かと慌てかけるが、煙の中に黒いものが混じっていない。
”湯けむりか?にしたって湧きすぎじゃね?”
「おお!泉が見えたな。もう着くぞ!ユラマだ!」
言葉は通じる、というよりなんとなく掴めるのだが、どちらかの常識には存在しない概念はただの音として認識された。その間を埋めるために話して得られた情報は、ギアが想定していたよりも遥かに遠い時間軸にいるという事、少なくとも己が生きていた時代の痕跡は、幾つか残っていた共通の単位以外には片鱗さえも無いという厳然たる事実をしめしていた。
”お前さんの都市が出来て813年で、おっきな戦から1672年!?”
「うむ!大戦後1672年、絶対秒換算でいくと、……1700万時間くらいか?どうも時間換算はややこしくていかん」
戦闘時には流体金属のケーブルで隙間なく覆われていたヴァルナだが、今は繊維で編まれた椅子に座ってふんぞり返っている。ある程度機体内の操作も出来るようだ。剣は喉に刺さったままだが負担では無いらしい。
”せんまん!え、じゃあその前は?何年くらい住んでるんだ、人類は”
「そんなこと私が知るか!ずっとずうっと前だ。最初の機士が船の神ホープライトに井戸を掘ってもらってから一万何千年だとか言ってたような気もするが。それが第二文明期の話らしい。第一文明期はさっぱりだ。紙からの情報は多すぎて整理さえままならんしな」
”文明期ってえと?”
「大戦後から今までが第四。そこからまた二回なんらかの断絶がある。第一期は保存技術がいいので資料だけは多いが、はっきり言って我らには処理できん。神代の時代だ」
一万との言葉に愕然とする。有史以来の年月の何倍、下手をすれば何十倍にもなるか。親兄弟と再び会うことは無いだろうと覚悟はしていたが、まさか文明が入れ替わるほどの長さとは。星が変わるのも無理はない。
「まあ昔の事など、酒の席での笑い話に使えればそれでいい!大事なのは今だ!とにかく機士を集めねばならん。一機で出来ることなどたかがしれておる」
”そうは言ってもよ。お前さん王女だって言ってたけど、なんかつてでもあるのか”
「あるわけなかろう!王女だって都市を取り返さなければ亡国のの但し書きがつくしな」
思わず足を滑らせる。それではほぼ無目的にさまよっているだけではないか。
「だからこそ戦わねばならん!威力を示せばおのずと人はついてくる。しばらく旅の機士というのも悪くない」
”そんな適当でいいのか?つーか何度も聞いているけど、威力ってそもそもなんなんだ?聞いてる分にはえらい便利なパウアーらしいけど”
ギアの胸の中で、ヴァルナが困ったような顔をする。中世の人間が、火はなぜ燃えているのかと子供に聞かれたような反応であった。
彼女の言うことには、世界中に満ちているが、通常の五感では捉えられない力をそう呼ぶらしい。波だと言う者もいるし、小さな粒だとか、全く未知の水のようなものだとも言われる。ギアのような機人や、蟲と呼ばれる見た目は虫だがそれらより遥かに大きい金属生命体などはこの力で動いているそうである。
「鋼血という、まあそのまま金属の血だな。それを操るのにも使う。建物にするために固めたり、機士にするために繊維状にしたりな。鋼血を流して固めるだけなら人間の威力でもなんとかなるが、ものを動かすとなると、人間の収束出来る威力には限界がある」
つまるところ馬力が足りないらしい。威力は首の、ヴァルナで言えばちょうど大剣が貫いている場所にある威力腺という銀の首輪型の器官で集め、それを放射することで力を及ぼす。だが掌二つで大部分を覆える面積しかない器官で集められる力は限定される。人と同質量の蟲では、ほとんどが金属の後者に分があるのは明らかである。
"ほーん、ままならないもんだね"
「だが人にあって蟲に無い能力がある。威力の増幅だ!なぜかは知らんが人にだけ威力を倍加させることが出来る。といっても元が小さすぎて生身では大した違いはないがな」
そこでギアも機士の利点が理解できた。
"そこで機人に乗るってことか"
「察しがいいな!その通りだ!」
人間は威力を増幅出来るが収束力が弱い。機人は大量の威力を集められるが、体積相応の力しか出せない。これが繋がることによって、人の10倍以上の金属の塊が飛んだり跳ねたりできるわけである。この双利共生の仕組みが機士をして天下無敵の存在たらしめているのだ。
特権階級にいるのも納得できる。こんな無茶な性能の鉄人形を操れるなら、国の一つも取れねば嘘だろう。
「まあ、いくら戦で無敵であっても、機士とて飯も食えば眠くもなる。下々の者を守ってやらねば干からびるのはこちらだからな。だからこそ仕事探しだ。安心しろ、つては無いがあてはある」
赤い甲殻の色が夜光虫の群れのように揺らめくと、軽やかに砂利、人間から見れば岩だらけの荒野を駆け抜ける。自身が数百共通貫の金属でできている事を忘れそうなほど違和感の無い動きだ。戦闘状態にない時はギアにもある程度の身体操作権があるが、それにしても生身と変わらない足運びが可能なのは、肝心な箇所の権限を譲り渡して威力の運用に集中する操者の技量によるところも大きいだろう。
それほど歳もかわらない、むしろ少し幼いくらいの少女が人生のどれだけの割合を費やしたのか。異国の王女の歴史に無駄と知りながらも思索をめぐらせる。
ぼんやりした目線の先がわずかに曇った。風も湿気も無い大地は地平の奥まで見通せるが、青い空と赤茶けた大地が重なる間、その中に白く濁っている箇所がある。火事かと慌てかけるが、煙の中に黒いものが混じっていない。
”湯けむりか?にしたって湧きすぎじゃね?”
「おお!泉が見えたな。もう着くぞ!ユラマだ!」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
悪役令嬢は処刑されました
菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!
七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ?
俺はいったい、どうなっているんだ。
真実の愛を取り戻したいだけなのに。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる