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第七話 旅路
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ギアとヴァルナはよく話した。退屈しのぎの意味もあるし、会話をしているうちに、互いの常識が著しく乖離していることが分かってきたので、そのすり合わせの意味もあった。もっともギアは最初の30秒でおかしいと分かっていたが、ヴァルナがそこに気づくまで5時間ばかり消費した。
言葉は通じる、というよりなんとなく掴めるのだが、どちらかの常識には存在しない概念はただの音として認識された。その間を埋めるために話して得られた情報は、ギアが想定していたよりも遥かに遠い時間軸にいるという事、少なくとも己が生きていた時代の痕跡は、幾つか残っていた共通の単位以外には片鱗さえも無いという厳然たる事実をしめしていた。
”お前さんの都市が出来て813年で、おっきな戦から1672年!?”
「うむ!大戦後1672年、絶対秒換算でいくと、……1700万時間くらいか?どうも時間換算はややこしくていかん」
戦闘時には流体金属のケーブルで隙間なく覆われていたヴァルナだが、今は繊維で編まれた椅子に座ってふんぞり返っている。ある程度機体内の操作も出来るようだ。剣は喉に刺さったままだが負担では無いらしい。
”せんまん!え、じゃあその前は?何年くらい住んでるんだ、人類は”
「そんなこと私が知るか!ずっとずうっと前だ。最初の機士が船の神ホープライトに井戸を掘ってもらってから一万何千年だとか言ってたような気もするが。それが第二文明期の話らしい。第一文明期はさっぱりだ。紙からの情報は多すぎて整理さえままならんしな」
”文明期ってえと?”
「大戦後から今までが第四。そこからまた二回なんらかの断絶がある。第一期は保存技術がいいので資料だけは多いが、はっきり言って我らには処理できん。神代の時代だ」
一万との言葉に愕然とする。有史以来の年月の何倍、下手をすれば何十倍にもなるか。親兄弟と再び会うことは無いだろうと覚悟はしていたが、まさか文明が入れ替わるほどの長さとは。星が変わるのも無理はない。
「まあ昔の事など、酒の席での笑い話に使えればそれでいい!大事なのは今だ!とにかく機士を集めねばならん。一機で出来ることなどたかがしれておる」
”そうは言ってもよ。お前さん王女だって言ってたけど、なんかつてでもあるのか”
「あるわけなかろう!王女だって都市を取り返さなければ亡国のの但し書きがつくしな」
思わず足を滑らせる。それではほぼ無目的にさまよっているだけではないか。
「だからこそ戦わねばならん!威力を示せばおのずと人はついてくる。しばらく旅の機士というのも悪くない」
”そんな適当でいいのか?つーか何度も聞いているけど、威力ってそもそもなんなんだ?聞いてる分にはえらい便利なパウアーらしいけど”
ギアの胸の中で、ヴァルナが困ったような顔をする。中世の人間が、火はなぜ燃えているのかと子供に聞かれたような反応であった。
彼女の言うことには、世界中に満ちているが、通常の五感では捉えられない力をそう呼ぶらしい。波だと言う者もいるし、小さな粒だとか、全く未知の水のようなものだとも言われる。ギアのような機人や、蟲と呼ばれる見た目は虫だがそれらより遥かに大きい金属生命体などはこの力で動いているそうである。
「鋼血という、まあそのまま金属の血だな。それを操るのにも使う。建物にするために固めたり、機士にするために繊維状にしたりな。鋼血を流して固めるだけなら人間の威力でもなんとかなるが、ものを動かすとなると、人間の収束出来る威力には限界がある」
つまるところ馬力が足りないらしい。威力は首の、ヴァルナで言えばちょうど大剣が貫いている場所にある威力腺という銀の首輪型の器官で集め、それを放射することで力を及ぼす。だが掌二つで大部分を覆える面積しかない器官で集められる力は限定される。人と同質量の蟲では、ほとんどが金属の後者に分があるのは明らかである。
"ほーん、ままならないもんだね"
「だが人にあって蟲に無い能力がある。威力の増幅だ!なぜかは知らんが人にだけ威力を倍加させることが出来る。といっても元が小さすぎて生身では大した違いはないがな」
そこでギアも機士の利点が理解できた。
"そこで機人に乗るってことか"
「察しがいいな!その通りだ!」
人間は威力を増幅出来るが収束力が弱い。機人は大量の威力を集められるが、体積相応の力しか出せない。これが繋がることによって、人の10倍以上の金属の塊が飛んだり跳ねたりできるわけである。この双利共生の仕組みが機士をして天下無敵の存在たらしめているのだ。
特権階級にいるのも納得できる。こんな無茶な性能の鉄人形を操れるなら、国の一つも取れねば嘘だろう。
「まあ、いくら戦で無敵であっても、機士とて飯も食えば眠くもなる。下々の者を守ってやらねば干からびるのはこちらだからな。だからこそ仕事探しだ。安心しろ、つては無いがあてはある」
赤い甲殻の色が夜光虫の群れのように揺らめくと、軽やかに砂利、人間から見れば岩だらけの荒野を駆け抜ける。自身が数百共通貫の金属でできている事を忘れそうなほど違和感の無い動きだ。戦闘状態にない時はギアにもある程度の身体操作権があるが、それにしても生身と変わらない足運びが可能なのは、肝心な箇所の権限を譲り渡して威力の運用に集中する操者の技量によるところも大きいだろう。
それほど歳もかわらない、むしろ少し幼いくらいの少女が人生のどれだけの割合を費やしたのか。異国の王女の歴史に無駄と知りながらも思索をめぐらせる。
ぼんやりした目線の先がわずかに曇った。風も湿気も無い大地は地平の奥まで見通せるが、青い空と赤茶けた大地が重なる間、その中に白く濁っている箇所がある。火事かと慌てかけるが、煙の中に黒いものが混じっていない。
”湯けむりか?にしたって湧きすぎじゃね?”
「おお!泉が見えたな。もう着くぞ!ユラマだ!」
言葉は通じる、というよりなんとなく掴めるのだが、どちらかの常識には存在しない概念はただの音として認識された。その間を埋めるために話して得られた情報は、ギアが想定していたよりも遥かに遠い時間軸にいるという事、少なくとも己が生きていた時代の痕跡は、幾つか残っていた共通の単位以外には片鱗さえも無いという厳然たる事実をしめしていた。
”お前さんの都市が出来て813年で、おっきな戦から1672年!?”
「うむ!大戦後1672年、絶対秒換算でいくと、……1700万時間くらいか?どうも時間換算はややこしくていかん」
戦闘時には流体金属のケーブルで隙間なく覆われていたヴァルナだが、今は繊維で編まれた椅子に座ってふんぞり返っている。ある程度機体内の操作も出来るようだ。剣は喉に刺さったままだが負担では無いらしい。
”せんまん!え、じゃあその前は?何年くらい住んでるんだ、人類は”
「そんなこと私が知るか!ずっとずうっと前だ。最初の機士が船の神ホープライトに井戸を掘ってもらってから一万何千年だとか言ってたような気もするが。それが第二文明期の話らしい。第一文明期はさっぱりだ。紙からの情報は多すぎて整理さえままならんしな」
”文明期ってえと?”
「大戦後から今までが第四。そこからまた二回なんらかの断絶がある。第一期は保存技術がいいので資料だけは多いが、はっきり言って我らには処理できん。神代の時代だ」
一万との言葉に愕然とする。有史以来の年月の何倍、下手をすれば何十倍にもなるか。親兄弟と再び会うことは無いだろうと覚悟はしていたが、まさか文明が入れ替わるほどの長さとは。星が変わるのも無理はない。
「まあ昔の事など、酒の席での笑い話に使えればそれでいい!大事なのは今だ!とにかく機士を集めねばならん。一機で出来ることなどたかがしれておる」
”そうは言ってもよ。お前さん王女だって言ってたけど、なんかつてでもあるのか”
「あるわけなかろう!王女だって都市を取り返さなければ亡国のの但し書きがつくしな」
思わず足を滑らせる。それではほぼ無目的にさまよっているだけではないか。
「だからこそ戦わねばならん!威力を示せばおのずと人はついてくる。しばらく旅の機士というのも悪くない」
”そんな適当でいいのか?つーか何度も聞いているけど、威力ってそもそもなんなんだ?聞いてる分にはえらい便利なパウアーらしいけど”
ギアの胸の中で、ヴァルナが困ったような顔をする。中世の人間が、火はなぜ燃えているのかと子供に聞かれたような反応であった。
彼女の言うことには、世界中に満ちているが、通常の五感では捉えられない力をそう呼ぶらしい。波だと言う者もいるし、小さな粒だとか、全く未知の水のようなものだとも言われる。ギアのような機人や、蟲と呼ばれる見た目は虫だがそれらより遥かに大きい金属生命体などはこの力で動いているそうである。
「鋼血という、まあそのまま金属の血だな。それを操るのにも使う。建物にするために固めたり、機士にするために繊維状にしたりな。鋼血を流して固めるだけなら人間の威力でもなんとかなるが、ものを動かすとなると、人間の収束出来る威力には限界がある」
つまるところ馬力が足りないらしい。威力は首の、ヴァルナで言えばちょうど大剣が貫いている場所にある威力腺という銀の首輪型の器官で集め、それを放射することで力を及ぼす。だが掌二つで大部分を覆える面積しかない器官で集められる力は限定される。人と同質量の蟲では、ほとんどが金属の後者に分があるのは明らかである。
"ほーん、ままならないもんだね"
「だが人にあって蟲に無い能力がある。威力の増幅だ!なぜかは知らんが人にだけ威力を倍加させることが出来る。といっても元が小さすぎて生身では大した違いはないがな」
そこでギアも機士の利点が理解できた。
"そこで機人に乗るってことか"
「察しがいいな!その通りだ!」
人間は威力を増幅出来るが収束力が弱い。機人は大量の威力を集められるが、体積相応の力しか出せない。これが繋がることによって、人の10倍以上の金属の塊が飛んだり跳ねたりできるわけである。この双利共生の仕組みが機士をして天下無敵の存在たらしめているのだ。
特権階級にいるのも納得できる。こんな無茶な性能の鉄人形を操れるなら、国の一つも取れねば嘘だろう。
「まあ、いくら戦で無敵であっても、機士とて飯も食えば眠くもなる。下々の者を守ってやらねば干からびるのはこちらだからな。だからこそ仕事探しだ。安心しろ、つては無いがあてはある」
赤い甲殻の色が夜光虫の群れのように揺らめくと、軽やかに砂利、人間から見れば岩だらけの荒野を駆け抜ける。自身が数百共通貫の金属でできている事を忘れそうなほど違和感の無い動きだ。戦闘状態にない時はギアにもある程度の身体操作権があるが、それにしても生身と変わらない足運びが可能なのは、肝心な箇所の権限を譲り渡して威力の運用に集中する操者の技量によるところも大きいだろう。
それほど歳もかわらない、むしろ少し幼いくらいの少女が人生のどれだけの割合を費やしたのか。異国の王女の歴史に無駄と知りながらも思索をめぐらせる。
ぼんやりした目線の先がわずかに曇った。風も湿気も無い大地は地平の奥まで見通せるが、青い空と赤茶けた大地が重なる間、その中に白く濁っている箇所がある。火事かと慌てかけるが、煙の中に黒いものが混じっていない。
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