威界史記ギアマゾーダ

娑婆聖堂

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第五話 新生騎士

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 イェールメザール率いる機士6機は等間隔で円陣を組み、その中心に隊長である彼が位置する。あらゆる場面に対応出来る布陣ではあるが、いかにも面白みがない。彼は臆病な男である。捜索の長を任せられたのも、裏切りそうに無い事と、探知能力である静法が上手いからというだけのことだ。
 装甲の色からして弱々しい橙赤色だが、それを言えば深紅の機士であるカイラギの姫は勇猛果敢。機士の鑑となるべき暴力そのものである。実力と尊敬は決して見目で決まるものではなく、自分にはその中身が足りないことは、彼自身が良く知る所である。
 だからこそここで失敗する訳には行かない。逃げ出したところで惰弱な機士の身分など奴隷以下なのだから。

 一刻(約3時間)あれば目的地に着く。だが幅30共通里はある渓谷内を7機体制で調べ尽くすのは困難である。自身の静法で広範囲の探査を行いつつ、部下に二機編隊で威力の届かない凹凸を視覚で確認させるべきか。
 目的地に着いてからの段取りをつらつら考えていた時、首筋に痺れるような感覚。威力、それもかなり強い。真正面から恐ろしい速さで突撃してくる。


「密集!蜂矢陣形!」

 装甲から放射される色が目まぐるしく濃淡を変え、ついで明度が急速に上下、三度点滅した。6機の機士で作られた真円が60度右回転し、2つに割れる。機人の身長の3倍はとっていた距離を、手を伸ばせば肩に触れるまでつめる。隊長機、すなわちイェールメザールのドラヴァは前に突出し、隊は先端角度約30度の二等辺三角形の形をとった。

 この隊形は隊長が危険に見えるが、実のところ最初の一撃をしのいで右か左に進むと敵は後続とぶつかるので、後ろを気にせずに済む。相手が1機ならそのまま数で押せる訳だ。そして機士の闘いで一撃必殺はまずありえない。
 十重二十重とえはたえに巡る威力の壁と、鋼血によって固められた装甲は、都市防衛用の大型光熱砲の直撃かよほど上手く刃が通らない限り、中の操者を守り抜く。誰かは知らないが、その武勇天下になり響くカイラギの機士7機に、ただ一人で挑みかかるとは。正気とは思えない。がしかし、馬鹿の首でも手柄は手柄である。
 イェールメザールも機士の端くれ。取れる首なら取っておきたい。そう思った彼が前進を指示したことはやむを得ないし、仮に相対を避けようとしたところで血の気の多い部下達が聞き入れた筈もない。彼の判断は正しかった。相手を見誤ったこと以外は。






 肌を撫でる波のような威力の波動が色を成していき、機人の収束する威力がもたらす情報が、操者の視界という形で出力される。色彩は鮮烈なまでの赤。同心円状に放出される力の渦は、雪花のごとくきらめき、嵐がごとく荒れ狂う。その色合いに見覚えが、いやつい先日まで数えきれないほど見ていた。
 複眼がついに機士の影を捉える。距離を勘案すれば自分より頭一つ、2共通尺メートルは大きい。肉食の虫に似た頭の後ろから4本の角。ドラヴァのそれより二回り太い手足。鏡面のような装甲の関節部から、岩でもかちわれそうなスパイクが生える。その金属質の深紅の色は、操者の激情に合わせて波打つ。見たこともない機体の、その色にだけは覚えがあった。

「げえ!殿下!」

「お早うだなイェールメザール!朝っぱらから任務ご苦労!勢い良く死ね!」

 目にもまぶしい深紅の機人が跳ねる。いくら金属繊維の腱を持っていた所で、この大きさの人型物体では、身長の半分も跳べば物理限界が訪れるはずである。しかし、紅く輝く装甲が一層強く色を呈すると、一瞬その重量が消えうせたかのように巨体が浮かび上がり、空中で膝を抱え丸くなる。輪郭が球体に見えるほどに回転すると、見えない坂道を車輪が転げ落ちるようにして、イェールメザール達の編隊の内に飛び込んだ。3本指の足が唸り、蹴爪の付いた踵が先頭機の頭頂へと振り下ろされる。

 イェールメザールのドラヴァが周囲を青く映す銀の柄を握った。鞘と剣にかかっていた鉤型のロックが音をたててはずれ、紅い弾丸を迎え撃つ。踵と剣が触れ合う直前、威力の相互干渉によって表皮を雷が撫で、水面に一握りの砂利を投げ入れたような赤と橙の幾何学文様が大気に焼き付けられる。
 重力と威力による加速が橙赤色の腕をきしませ、鱗胴の鎧が無数の鼠のように甲高く鳴く。だが重圧は一瞬で消え失せ、後ろから爆音が上がった。
 
「ぬかった!」

 イェールメザールが失策に気づき、歯噛みする。あの一撃はフェイント。多少の威力は乗っていたが、大部分は加速に使用された。そして回転した車輪が障害を乗り越えれば、後ろには密集した部下の機士達。流石になぎ倒されはしなかったものの、踏ん張って衝撃を受け止めれば速度を殺さざるを得ない。全速で切りかかったイェールメザールはそのまま直進。隊は完全に分断された。

 ヴァルナはピンボールの玉のように跳ね返ると、着地と同時に地を蹴り、背中の水晶翼を震わせ瞬時に距離を詰める。イェールメザールも反転して切り返すが、意識に頭脳が追い付いていない。遠目にはゆっくりとした動作で振り返り、逆袈裟に切り上げる。
 途中まで腕の動きに合わせていた剣が、装甲と同じ色の光が走ると質量を忘れたらかのように加速し、ついには音を破って雲を突き抜ける。動法の基礎である力積の法であるが、刃筋と斬撃の方向に僅かのブレも無い。流石隊一つを任されるだけの技量である。
 しかし虚をつかれた隙は大きい。予測できた攻撃だけに対応も容易であった。右脇腹を通過する8共通尺メートルの金属塊を右拳で弾き上げ、腰を落として回避する。音速の運動量に引っ張られて揺らいだイェールメザールのとすれ違い、後ろに回る。

「「何!?」」

 驚愕は同時であった。ヴァルナは圧倒出来たはずの敵がまだ動いていることに。イェールメザールは致命的な反撃カウンターを打ち込まれたはずの己がまだ生きていることに。
 機体が泳いだ時に左を打っていれば、たとえ威力に守られていようと貫通して装甲をぶち砕いていたはずである。だがヴァルナの機体、ギアマゾーダは想定外の機動で離脱、逃げるように距離をとった。
 イェールメザールにしてみればただの幸運では説明がつかない。あるいはこの難局を突破する攻略の糸口か。

「何やっとるかこのバカ!機士だろキサマー!」

"いやいやいや無理無理無理!なにあれ絶対無理、音超えてんじゃんおかしいだろあれ!"

 ぎくしゃくした挙動で離れようとするが、ヴァルナの意志力で押しとどめられる。

「あんな隙だらけのふにゃ剣から逃げてどーする!殴れ!殺すのだ!」

"速すぎだろ見えないって!"

「鋒を見てどーする!威力だ!威力を観ろ!目で見るな、肌で感じろ!」

 威力ってだからなんだよ。と何度目かわからない疑問を浮かべ、仕方なしに視覚以外に集中する。当然なにも見えやしない。

 観える。

 視界に入るのは、やたら派手な色のロボット達が変に軽やかな動きで後ろから向かってくる様子だけだ。

 その間から色とりどりの流れが、身体を穿ち抜き、体表を滑り、天女の羽衣のような力場を織り成している。

 体がヴァルナと名乗った少女の意を受け、勝手に動き出す。さっきのオレンジ色のロボットが、剣を右上に構え迎撃の態勢に入った。

 その鉄皮から溢れ、複雑な相互作用によって刃を運ぶ光。見える。観える。その流れ、動き、道筋。筋繊維の最も細い一筋までが感じ取る。威力が指し示す死の運行。その上に身を踊らせた。


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