威界史記ギアマゾーダ

娑婆聖堂

文字の大きさ
上 下
3 / 12

第三話 機人招来

しおりを挟む
 星明りも目に入らぬ程の、狂ったような光が踊っていた。余りの美しさに思わず息を呑む。やけに息苦しい。ゆらゆらと揺れる宇宙からの色が屈折していることに気が付き、自分のいる場所が何処か悟る。
 水の中だ。

「ぶおはぁ!!!」

 幸いにも浅い所まで打ち上げられたようで、腹筋で跳ね上がると空気が吸えた。水の匂い。その冷たさ。肌を流れる感触。目に入ると沁みる痛み。肉が声を上げていた。生きていた。蘇ったのだ。
”ふはっ。ふははっ。やったぁぁぁ!身体だ!自由だー!”
 叫び、転げまわろうとして、動かない。感覚はあるにも関わらず、指令が行き届かない。困惑が浮かぶ。そういえば久しぶりの体で忘れていたが、かつてのそれと今の肉体ではなにかが違う。遠いのだ。ハンディカメラ越しに映像を見ているような。リアルなドキュメンタリー映画を鑑賞しているような、受容だけでこちらから操作出来ない。どういうことだ。なにかがおかしい。

 「ふはっ」

 声が出た。やたらと高い。声変わりは終えていたはずだ。これでは少女のソプラノではないか。それにこれは彼の意思ではなかった。別の誰かが、いや、本来の持ち主が動かしている。オーロラの灯りに照らされて、水面に写る顔は磨き抜かれた赤銅。黒水晶の瞳。波打つ髪はその一筋に至るまでが金属質の光沢を帯びて、物理エンジンで映されたホログラムのように、非現実的な滑らかさで揺れていた。

 エキゾチックな顔貌と、切れ長の強烈な眼光の眼に賛否は分かれるだろうが、美少女という結論に反対は出ないであろう。惜しむらくは、彼女の浮かべた笑みが年頃に見合ったそれではなく、猛獣そのものの牙を剥く動作であったことか。
 だがそれはいい。いやそれさえもどうでもいい。彼女の持った最大の特徴はその喉にあった。なにかの装飾であろうか、蟲の甲殻のような銀の首輪を付けている。ところどころに樹枝状の幾何学模様が走り、その隙間からどういった仕組みか、紅い光が漏れ出ていた。そしてその中央、ちょうど喉ぼとけのあたりを斜めに貫く剣。
 剣である。レイピアのような甘っちょろいものではない。幅は拳一つ分はある。刃渡りは1mにわずかに届かない程度。柄は黄金の凝った装飾がなされており、幻想生物の顎のようにも見える。刃には首輪と似たような溝が掘ってあり、鏡のような表面を血のような赤に染めていた。その光は一秒に一回くらいの頻度で脈打っている。これは生きている。なぜかそう思った。

 少女が立ち上がる。薄い脂肪の奥から顔を覗かせる脚の筋肉。引き締まった胴体は鎌倉の木仏のような簡素かつ雄弁な線を描く。薄絹を肩にかけ、胸に巻いた布と腰布の他に一糸纏わぬ端麗な肉体には染みの雫さえも無い。下腹が膨らみ、大口を開ける。
「うふアーッハッハッハッハァ!やったぞ!選ばれたのだ!父イグザーガ=ザンガでさえ成しえなかった選王の儀を、ヴァルナは生き延びた!ヴァルナこそ真の機士!力を掴む者!」
 凄まじいテンションで胸板を割らんばかりに大笑する。理由は想像もつかぬが、高揚の激しさは感じられた。しかし笑わせてばかりでは状況が掴めない。意思を疎通させねば。

"おい、聞こえてるか?"
 高笑いしていた顔が一瞬で正面に戻り、獣のの眼光に狩人の知性が差す。
「おお!無論聞こえているとも!どこだ!今私は機嫌が良い、タコ殴りで済ましてやろう!とっとと出てこい!」
"いやそうじゃなくて、頭の中に話しかけてるっぽいんだけどさ"
「けったいな技を使いよる!だが話してばかりでは私は倒せんぞ!出て来いやァ!」
 どうも意志疎通は限りなく不可能に近い困難であるらしかった。
「うーむ声はすれども姿は見えず。静法は苦手なんだよなあ」
 髪が浮かび上がり、何らかの波のようなものが放たれるのを感じたが、それがなんなのか、正体が見えない。だが古い型のレーダーのごとくぐるんぐるん回る様子を見ていると、周辺を捜索しているようである。

"あー違くてな。つまりどっかから話してるんじゃなくて、つまりなんだ。精神が融合して一つの肉体に収まったというか"

「融合?そうか、貴様つまり」

"分かってくれたか"

どうにか話が合ったと安堵する。

「選王の剣の機人だな!」

"ん?うーん?"

 なにがなんだかわからない。勘違いしているようだが機人とは何ぞや。どうも単語の理解に乖離がありそうだった。

「ふっ、確かにこのヴァルナ、選王の儀をやってのけたことに、喜びのあまり浮ついておったわ!生き残ったならばいくさあるのみ!機士が無くては話にならぬ!」

"いや、確かに話になってないけどさ。機士ってなに?"

「即ちお前と私!喋る機人など聞いたこともないが、珍しいので良しとする。さあ!来い!」

"いや、だから機士って"

「なれば解る!即ち威力!今こそ逆臣討つべき時!来い!」

 髪が仄かに蛍光を放ちだし、オーロラを見上げる少女が右腕を掲げた。

 当然何も来ない。

「どうした?何をしている!敵は目前だぞ!」

"いや、もうなんというか。そうだ、名前聞いてもいいか?"

 颯太の問いに虚を突かれたように押し黙る。少し間抜けさが滲む顔に、結構可愛いじゃないかと不覚にも萌える。
 少女は気を取り直したのか、直ぐに表情を不敵なそれに戻し、またも叫ぶように話す。

「確かに!名前も無しに機士はやれまい。これは不覚!ならば名乗ろう!」

「我が名はヴァルナ!サラ・イミキ・ヴァルナ=メザリア・カイラギ!カイラギの機士にしてその右の翼を担う者!静かに満つる赤き神威の夜!選王の剣に選ばれし戦士!」

 さっぱりわからない。名前も長いので覚えられたか不安だ。というかわからない単語が増えた。神威ってなんぞ。

「お前は?」

"へ?"

「お前の名は何だ!?声有るからには名の一つもあるだろう?」

 いきなり問われてつい聞き返したが、なるほど名乗られたからには返礼が必要であろう。素直に答える。

"木山颯太。俺の名前は木山颯太だ"

 普通の名である。ありふれ過ぎない所が逆に印象に残らない。学園もののモブに混じっていそうな特徴の無さであった。

「ギアマゾーダか!良い名だ!」

 "いや聞き間違いってレベルじゃねえぞ!輪郭ぐらいしか合ってねえ!"
「だが長いな!ギアで良い!」

"勝手に省略までされた!"

 たちまち国産RPGで最後から二番目くらいに倒される敵にクラスチェンジしたギアマゾーダ略してギアである。

「ようし!これで準備は整った!さあ来い!来たれ我が鎧!我が半身!威力の司よ!来たれ!ギア!」

 どうやってこの娘に伝わるように突っ込もうかを考えて、違和感を覚えた。彼女は俺を見ている・・・・・・・・・俺も彼女を見ている・・・・・・・・・。同じ体にいるにも関わらず、別の身体からの映像も脳裏に映っているのだ。意識がヴァルナの肉体から抜け出す。魂は空へと昇り、神威の渦巻く向こう。星の世界へと到達する。
 ギアは己が何かに釣り下げられていることを知った。それは薄いケイ素の羽根で出来た翼であり、オーロラの向こう、磁力線の境界面を滑るように滑空していた。自分の身長の5倍はある大きく広がった4枚の羽根から、その内に流れていた知性ある液体金属、鋼血が自分の中に入っていく。同じく鋼血で接着されていたがらんどうの鉄人形に銀の血液が流れ込み、たちまち変性して繊維状に凝縮。鋼鉄よりも強靭、金糸のごとくしなやかな筋肉と化す。血管が通り神経が流れ、骨が積み上げられる。水晶の羽根は組織を維持する力を失い、水を失った青葉の如くたわむと、次の瞬間粉々に砕け散った。
 支えを失った我が身は、重力と、それを上回る絶大な引力に引かれ、主のもとへ一直線に落ちる。

"ってまた落ちるんかー!"
 しかし今度は更に速い。万有引力を追い越す加速度がGを生み出し、炎を抱いて頭から突入した。鰐の横顔のような、山と裂け目が創り出す大陸がみるみる大きくなり、巨大な腕でこじ開けられた八つの谷の一つ。その数百共通尺メートルに及ぶ亀裂の底に立つ真っ赤な髪、漆黒の眼。それが捉えた自らの形相がついに見えた。
 蟲の甲殻を人の輪郭に貼り合わせた装甲。銀に輝く全身に、透明なケイ素の眼球が、左右対称で前に6個、左右に2個ずつ。視界は左右310度。上下に330度。涙滴型の前部の瞳が伝える手足は、カブトムシの節足を人間のプロポーションに直したように太く、逞しく、指は戦艦を繋ぐ碇のようである。流線型の頭部の後ろから4本の触角、あるいは角が突出し、鋭い切っ先は白雲をたなびかせていた。
 全長20.3共通尺。重量231共通貫トン。鋼の血液に満たされた威界の巨人が、自らの半身を目がけ突貫する。

"つーかぶつかるぅぅぅ!避けろこのアホー!"
 金属の人型が少女を叩き潰し、中規模のダムを建造するかに見えたその時。
 ギアは見た。ヴァルナの髪が輝き、紅い電光がその間に走る様を。さらに見た。装甲を火花が打ち、広がる波が銀の鎧を操者の毛色と同じ、深紅に染める神秘の技を。また見た。己の眼が鬼火の如く蒼光を発し、その身に霊が宿る奇跡を!

 ヴァルナが飛ぶ。満身に雷を秘め、後光を纏った体は、風に吹かれた綿毛のように宙を舞う。拳を握り、胸を張り、力の限り叫んだ。

機合一ゴーウナーァァァァ!!」

 ぱしり、と、レンズのように一点の瑕疵も無い胸甲が開く。中から湧き出した鋼血の触手に包まれ、巨人の胸に入る。人間における脊椎に当たる大道管に、威力腺を貫く大剣が接続される。ヴァルナの感じるものはギアの感覚であり、ギアの意思はヴァルナの闘志となった。
 大気が爆ぜ、密集した衝撃の壁が川の底を露出させ、更に掘り下げた。岩が砂粒の如く飛び交い、互いに削りあって砂へと変ずる。足元の空気の圧力に耐えきれず、大地が放射状に割れる。全てが瞬きの間に終わっていた。

 着弾。周囲約30共通尺がシャボン玉じみて膨れ、割れた。一部が液体と化した大地に、傲然とそびえ立つ機士ギアマゾーダ。流れ込んだ水が気化し、蒸気の中にきつ立する様は、王者の風格そのものの気配をほとばしらせ、威力をもって万象を圧していた。

"あ、あぶねー。寿命縮んだぞこれ。いや寿命あるかも分からんけれどね"

「うむ!良い、実に良い機士だ!今ここに、機士サラ・イミキ・ヴァルナ=ギアマゾーダ・カイラギ誕生!さあ行くぞ!」

"え、いやどこに?"

「カイラギだ!憎つきハシュバルドめの手に渡った我が故郷!今取り戻すことは出来ぬ話だが、その前にやることがある!」

"なにすんだよ!つまり敵地ど真ん中なんだろ!?"

「お礼参りだ!」

"ファッ?"

「イェールメザールのボケナスが!か弱い乙女に恥かかせよって!しこたま暴力を加えねば眠れもせんわい!」

"だから誰だよそいつ!"

 ギアの質問を華麗に流して、機士ギアマゾーダが走り出す。装甲の紅が紅玉の煌めきを帯びて、煮えたぎる泥を蹴立てて跳ぶ。目の前には角度70度以上の岸壁。

"いやいやいや無理だろぶつかるって落ちるって!"

「安心せい!威力に不可能は無い!」

 ギアマゾーダの背面、裸身の人間と甲虫の背を足して2で割ったような装甲板が開く。中から現れたのは水晶の羽根。鋼血が入ることで開いたそれは、威力を受けて震え始める。
 工場の中心部じみた高く、しかし重い振動音と共に、背面の空気に熱量と斥力を与える。それが一種の臨界点に達した時に、空が爆ぜ、弾丸替わりに機士を弾き出した。
 足が半ば崖に埋まり、鉤爪で割り砕くように駆け上がる。数百共通尺の標高が、1にコンマゼロを挟んで数秒で消え失せる。岸を削って飛び出すと、朝焼けの光線が深紅の機士をなお紅く彩った。夜はいつの間にか明け、朝が、戦いの朝が訪れる。
 新生の機士は臆することなく駆ける。威力の焔を背に、一路戦場へと。

"だから威力ってなんなんだぁぁぁ"

「森羅を廻す神秘の力!満天全地に満つる意思!」

 噛み合わぬままの会話は機体の中に反響するのみであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

処理中です...