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第三章(月・火・水・木)
第12話
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「ユミ、『温』がどうかした?」ユミの答えに怯えながら和也は尋ねた。
「ええと……」ユミがやけに歯切れ悪い。和也に伝えたくない事がある、と和也は思った。おそらく悪い報せだろう。
「どんなことでも、驚かないから話してごらん?」和也は覚悟して優しく訊ねる。
「そのあの……和也さんお風呂でえっちしたことある? えへ」突然のユミの照れ笑いだった。和也は身構えていたので拍子抜けしてしまう。和也には智美と数回、風呂でセックスをした経験があった。
「ああ。何回かあるけど……それが?」
ユミに隠し事はしないほうがいいだろう。正直に和也は答える。
「あのその……ふだんと比べて気持ちよかった?」ユミはもじもじと、恥じらいで身体をくねらせている。
「場所が普段と違うから、少しワクワクしたけれど、気持ちよさ自体は普通のほうが上かな。のぼせたりもするし」和也は率直な感想を答えた。
「そっかあ……」ユミはやや残念そうな顔つきをしている。
「ユミはお風呂でしたいの?」紙片の『温』が温泉だと気付いて、ユミと温泉に行って混浴も楽しそうだ、と和也は考えた。
「私の中が冷たかったら、和也さんが満足できないかな、って訊いてみただけ。和也さんと温泉で、背中を流しっこするのは楽しそうだけど」
なるほど。ユミは自分の体内の冷たさを気にしていたのか。実際に和也には中折れの『前科』があるので、大丈夫とは断言はできない。しかし湯船でユミが初体験を迎えるのは、いくらなんでもまずい。
湯船でなければ――ユミと一泊の温泉旅行は魅力的なプランだ。ユミの素晴らしい身体を混浴で、じっくり鑑賞したい気持ちは、和也にも充分あった。
「どうせだったら、一泊で温泉旅行してみる?」
「えっとね。身体を明るい場所で和也さんに見られるのが恥ずかしいから、もう少し慣れてから連れてって。ということで、『温』は残念ながら却下なのです」
ユミに無理強いする必要はない。
「うん。そうだな」和也は答える。
「和也さんと意識のすり合わせをしてみたら、遊園地、水族館、動物園、鉄道の博物館の四パターンだと、ふたりとも楽しめそうね。和也さんが、特に行きたい場所はある?」
―◆―◆―◆―
遊○ 魚◎
動△ 鉄△
―◆―◆―◆―
当初の候補を踏まえると、どうやらユミは生き物や乗り物に興味があるらしい。ならば、二重丸マーク付きの水族館ならば、きっと大丈夫だろう。
「水族館なら、アシカやイルカのショーで楽しめそうだね」
「そうね。エイの裏側やダンゴウオも可愛いのよ」
ユミの返事が噛み合ってるようで、噛み合っていない。和也は思わずくすりと笑ってしまった。エイの裏側やダンゴウオを、即座に和也はイメージできない。だがユミが目をキラキラさせながら、力説しているのが面白く、和也も興味が湧いた。
「エイの裏側? ダンゴウオ?」
「うん! きっと和也さんも可愛いと思うはず。どこの水族館で楽しめるか、調べておくね」
「オッケー。頼む」
週末デートの目的地が、水族館に決まって一段落したのだろう。ユミの興味は今日連れてきた、セキセイインコのもふもふ佐吉に移ったようだ。ユミはケージに顔を寄せて「佐吉、おはよー」と呼びかけている。
既に夜も更けてきたので、『おはよう』は不自然だろう。和也はそう思って尋ねた。
「この時間でも、おはようなんだ?」
「セキセイインコは、同じ言葉を根気よく教えると話すらしいの。ただ佐吉は何も話してくれないんだけど。あはは」
寂しがり屋のユミは、一人暮らしのアパートで、きっと何度も佐吉に話しかけたのだろう。天才的な頭脳を活かして、驚異的な物覚えの良さを誇るユミのペットが、物覚えが悪くてかなりの皮肉になっている。
「ほう、なるほど。そうなのか。佐吉もちゃんと覚えろよ」和也も佐吉に声を掛けた。
「佐吉、おはよー」ユミはもふもふインコにご執心の様子だ。
明日の木曜日は早めの出勤予定なので、和也は就寝の準備を整えた。週末以来毎晩ユミと、同じ布団で抱き合って寝ているし、寂しがり屋で甘えん坊のユミのことだから、『私も和也さんと一緒に寝る』という言葉を、和也は期待していた。
「私は佐吉のしつけと、もう一つ頑張ることがあるから、和也さんは休んでて」
ユミはインコの佐吉が来たのが、よほど嬉しかったのだろう。性的な行為を期待してはいなかったが、和也は一抹の寂しさを感じてしまった。
◇◇◇
――木曜日
和也は勤務中も昨晩のユミの様子が気になっていた。今朝も朝食をきちんと作ってくれたし、コーヒーも和也の飲みたいタイミングで淹れてくれる。
「ユミ、週末は水族館はどこがいいの?」と和也が訊けば、
「うん! H水族館が良さそう。距離もさほどないし」と微笑みながら返事をする。
ただ弾むような明るさが殆ど感じられなくて、ユミからの会話が減ったような気がするのだ。体調が悪いのか、と思って訊ねても、問題ないといった答えが返ってくる。ユミとの関係に不協和音のような、居心地の悪さを和也は感じてしまった。ただ女性の感情の不安定さは、和也は智美相手で経験済みだ。なので、和也はユミに深く追求せずに静観する方針に決めた。
和也が業務を終えて帰宅しても相変わらず、ユミはどことなく元気がないように思えた。和也が寝ようとしても、昨晩と同じくユミはもふもふ佐吉に付きっきりだ。ユミはなんとしても、もふもふ佐吉に話をさせたいようで、躍起になっている感じがした。和也が耳を澄ませてみれば、ユミは「和也さん……」とインコに呼びかけている。
『和也はこっちだろ』と、和也は言いたくなったが、ユミの好きにさせるのが、一番の成仏に繋がるだろう。和也はあえて、ユミとの衝突を招く言動はしなかった。
「俺は寝るけど、ユミも一緒に寝る?」と和也は誘いをかける。だがユミは、「和也さん、ごめんね。今夜は、考え事を一人でしたいの」と微笑んでいる。ユミの表情に作ったような印象は全く見られない。やはり天才と凡人とは感覚が違うのだろうか。和也は寂しさを感じてしまう。一晩寝たら、ユミの様子が戻っていますように。和也は心から願った。
「ええと……」ユミがやけに歯切れ悪い。和也に伝えたくない事がある、と和也は思った。おそらく悪い報せだろう。
「どんなことでも、驚かないから話してごらん?」和也は覚悟して優しく訊ねる。
「そのあの……和也さんお風呂でえっちしたことある? えへ」突然のユミの照れ笑いだった。和也は身構えていたので拍子抜けしてしまう。和也には智美と数回、風呂でセックスをした経験があった。
「ああ。何回かあるけど……それが?」
ユミに隠し事はしないほうがいいだろう。正直に和也は答える。
「あのその……ふだんと比べて気持ちよかった?」ユミはもじもじと、恥じらいで身体をくねらせている。
「場所が普段と違うから、少しワクワクしたけれど、気持ちよさ自体は普通のほうが上かな。のぼせたりもするし」和也は率直な感想を答えた。
「そっかあ……」ユミはやや残念そうな顔つきをしている。
「ユミはお風呂でしたいの?」紙片の『温』が温泉だと気付いて、ユミと温泉に行って混浴も楽しそうだ、と和也は考えた。
「私の中が冷たかったら、和也さんが満足できないかな、って訊いてみただけ。和也さんと温泉で、背中を流しっこするのは楽しそうだけど」
なるほど。ユミは自分の体内の冷たさを気にしていたのか。実際に和也には中折れの『前科』があるので、大丈夫とは断言はできない。しかし湯船でユミが初体験を迎えるのは、いくらなんでもまずい。
湯船でなければ――ユミと一泊の温泉旅行は魅力的なプランだ。ユミの素晴らしい身体を混浴で、じっくり鑑賞したい気持ちは、和也にも充分あった。
「どうせだったら、一泊で温泉旅行してみる?」
「えっとね。身体を明るい場所で和也さんに見られるのが恥ずかしいから、もう少し慣れてから連れてって。ということで、『温』は残念ながら却下なのです」
ユミに無理強いする必要はない。
「うん。そうだな」和也は答える。
「和也さんと意識のすり合わせをしてみたら、遊園地、水族館、動物園、鉄道の博物館の四パターンだと、ふたりとも楽しめそうね。和也さんが、特に行きたい場所はある?」
―◆―◆―◆―
遊○ 魚◎
動△ 鉄△
―◆―◆―◆―
当初の候補を踏まえると、どうやらユミは生き物や乗り物に興味があるらしい。ならば、二重丸マーク付きの水族館ならば、きっと大丈夫だろう。
「水族館なら、アシカやイルカのショーで楽しめそうだね」
「そうね。エイの裏側やダンゴウオも可愛いのよ」
ユミの返事が噛み合ってるようで、噛み合っていない。和也は思わずくすりと笑ってしまった。エイの裏側やダンゴウオを、即座に和也はイメージできない。だがユミが目をキラキラさせながら、力説しているのが面白く、和也も興味が湧いた。
「エイの裏側? ダンゴウオ?」
「うん! きっと和也さんも可愛いと思うはず。どこの水族館で楽しめるか、調べておくね」
「オッケー。頼む」
週末デートの目的地が、水族館に決まって一段落したのだろう。ユミの興味は今日連れてきた、セキセイインコのもふもふ佐吉に移ったようだ。ユミはケージに顔を寄せて「佐吉、おはよー」と呼びかけている。
既に夜も更けてきたので、『おはよう』は不自然だろう。和也はそう思って尋ねた。
「この時間でも、おはようなんだ?」
「セキセイインコは、同じ言葉を根気よく教えると話すらしいの。ただ佐吉は何も話してくれないんだけど。あはは」
寂しがり屋のユミは、一人暮らしのアパートで、きっと何度も佐吉に話しかけたのだろう。天才的な頭脳を活かして、驚異的な物覚えの良さを誇るユミのペットが、物覚えが悪くてかなりの皮肉になっている。
「ほう、なるほど。そうなのか。佐吉もちゃんと覚えろよ」和也も佐吉に声を掛けた。
「佐吉、おはよー」ユミはもふもふインコにご執心の様子だ。
明日の木曜日は早めの出勤予定なので、和也は就寝の準備を整えた。週末以来毎晩ユミと、同じ布団で抱き合って寝ているし、寂しがり屋で甘えん坊のユミのことだから、『私も和也さんと一緒に寝る』という言葉を、和也は期待していた。
「私は佐吉のしつけと、もう一つ頑張ることがあるから、和也さんは休んでて」
ユミはインコの佐吉が来たのが、よほど嬉しかったのだろう。性的な行為を期待してはいなかったが、和也は一抹の寂しさを感じてしまった。
◇◇◇
――木曜日
和也は勤務中も昨晩のユミの様子が気になっていた。今朝も朝食をきちんと作ってくれたし、コーヒーも和也の飲みたいタイミングで淹れてくれる。
「ユミ、週末は水族館はどこがいいの?」と和也が訊けば、
「うん! H水族館が良さそう。距離もさほどないし」と微笑みながら返事をする。
ただ弾むような明るさが殆ど感じられなくて、ユミからの会話が減ったような気がするのだ。体調が悪いのか、と思って訊ねても、問題ないといった答えが返ってくる。ユミとの関係に不協和音のような、居心地の悪さを和也は感じてしまった。ただ女性の感情の不安定さは、和也は智美相手で経験済みだ。なので、和也はユミに深く追求せずに静観する方針に決めた。
和也が業務を終えて帰宅しても相変わらず、ユミはどことなく元気がないように思えた。和也が寝ようとしても、昨晩と同じくユミはもふもふ佐吉に付きっきりだ。ユミはなんとしても、もふもふ佐吉に話をさせたいようで、躍起になっている感じがした。和也が耳を澄ませてみれば、ユミは「和也さん……」とインコに呼びかけている。
『和也はこっちだろ』と、和也は言いたくなったが、ユミの好きにさせるのが、一番の成仏に繋がるだろう。和也はあえて、ユミとの衝突を招く言動はしなかった。
「俺は寝るけど、ユミも一緒に寝る?」と和也は誘いをかける。だがユミは、「和也さん、ごめんね。今夜は、考え事を一人でしたいの」と微笑んでいる。ユミの表情に作ったような印象は全く見られない。やはり天才と凡人とは感覚が違うのだろうか。和也は寂しさを感じてしまう。一晩寝たら、ユミの様子が戻っていますように。和也は心から願った。
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