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変化の時代1936
対峙
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航空機から増幅された魔力は、上空から見れば非常に目立ち、搭乗員はその先を逐一報告する。
「北方向の道を真っ直ぐ行って、右折、3番目の十字路で左─」
魔力を辿って着実に彼女の元に近づいていく。
「観測目標の移動停止、ターゲットの場所はトラファルガー広場─」
「了解、全速力で向かう。国教会本部に増援を要請してくれ。」
「Ja! My master. 全機引き続き周辺空域の哨戒を行います。」
頼もしい限りだ。僕が持つ唯一の航空戦力として、充分な練度を持っている。
急ぎ、ネルソン像が見えてくると、ひと気の無い広場に大男がいた。首から下げているロザリオの十字架が、きらきらと反射して光っている。
あれこそが、ローマ・カトリックの神父だ、旧教徒の聖職者は初めて目にする。彼は落ちかけた陽を背後に、その巨体をゆっくりと動かした。
「敵地に単身で乗り込ませるとは、ヴァチカンも中々無茶なことをさせますね、神父。」
「待ちくたびれたわ、ああ目障りに飛んでては落としたくなるんじゃがの、そう目立ったことは控えろと言われたんでな。」
読んでいた聖書を閉じて、彼は笑った。
「それで必死になって福音教会のお嬢さんを取り戻そうとしたわけか。まあ、待て、そう焦るな、彼女はここにいる。」
見ると、神父の体で見えなかったが、彼女は隣で眠っていた。
「神父、ヴァチカンは何故彼女を連れて行こうとしたのです?」
「さあ、そこんとこはわしも知らんさ。やり方は気に食わないがな」
呟くようにそう言って、十字架を手に持つ。こちらも応えるようにリボルバーを構える。
「射撃許可は取っとるんか?若いの」
「もちろんです、神父」
撃鉄を引き起こして、銃口を彼の頭につけ、迷いなくトリガーを引く。ウェブリーの発砲音が街路灯に響き、陽が落ちる。
穴が空いた彼の頭部から溢れた血液が、広場に染み落ちる。
「それだけか?」
はっと彼に目を戻すと、笑っている。
頭を撃ち抜いたはず、なのに?
「それだけか?と聞いとるんじゃ。頭を撃ち抜いたぁ?腕を引き千切ったぁ?腑を潰したぁ?それでは足りねえ。それじゃあわしを、殺せぬ。」
頭の銃痕が塞がり、彼の傷が快復する。
魔法でも使ったのか?しかし、何かをした素振りもなく、なにより魔力を感じなかった。
幻影?いや、ありえない。確かに血が出たじゃないか。死に至る致命傷を治す、そういった類いの封儀をカトリックが持っている、いや開発した…、銃が効かないなんて…バケモ…
「一発は一発で返すんが、礼儀じゃと思わんか?」
神父が、どこから出したのか分からないが、木製のライフルを大きく振りかぶる。銃床で殴って頭を砕く気なのだ。
そうだ、僕は昔から銃が好きだったのだ。人が持っている銃を一目見るだけで、名前から型までわかる。あまり人には言っていない、自分の特技の一つだ。
そう、だから銃を見ると頭の中でそれがどの種類か考えてしまう。銃のことを考えて精神を安定させようとしてしまっている。ちなみに神父の持つライフルはMosina M91 ドラグーンだ。名銃モシンナガンの騎兵用ライフルで、本来の長さより10cmばかり短く、取り回しやすい型だ。さぞ、人を殴りやすいライフルなのだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。今はまさに振り下ろされようとするライフルをどうにかしなければならない。銃は効かないから今更撃っても無駄。そして、僕は官僚軍人だから、このライフルを避けきる速さも体力もない。国教会の増援も来る気配はなく、フェアリー部隊も帰投させてある。つまり僕ひとりでこのバケモノを相手取る必要がある。
やばい、死ぬ
もうライフルは避けきれない位置まで僕に接近している。この速さと力で頭に当たれば一撃で僕の脳天は砕け散り、歴史ある広場を汚してしまう事になるだろう。それだけはごめんだ。
ああ、終わった。僕の短い人生もこれまでか。
せめて、せめて最後に何か一言でも言い遺したい。この世界に僕がいた記憶を遺したい。それは人間の自然な思考であろう。病死にせよ、衰弱死にしても、戦死にしても、誰もが言うであろう最期の言葉。そんな起こりもしないありきたりな奇跡の願いを、死を覚悟した瞬間、僕は叫んでいたのだ。
人を呼ぶ言葉を─
「助けてくれ!ユー!」
「北方向の道を真っ直ぐ行って、右折、3番目の十字路で左─」
魔力を辿って着実に彼女の元に近づいていく。
「観測目標の移動停止、ターゲットの場所はトラファルガー広場─」
「了解、全速力で向かう。国教会本部に増援を要請してくれ。」
「Ja! My master. 全機引き続き周辺空域の哨戒を行います。」
頼もしい限りだ。僕が持つ唯一の航空戦力として、充分な練度を持っている。
急ぎ、ネルソン像が見えてくると、ひと気の無い広場に大男がいた。首から下げているロザリオの十字架が、きらきらと反射して光っている。
あれこそが、ローマ・カトリックの神父だ、旧教徒の聖職者は初めて目にする。彼は落ちかけた陽を背後に、その巨体をゆっくりと動かした。
「敵地に単身で乗り込ませるとは、ヴァチカンも中々無茶なことをさせますね、神父。」
「待ちくたびれたわ、ああ目障りに飛んでては落としたくなるんじゃがの、そう目立ったことは控えろと言われたんでな。」
読んでいた聖書を閉じて、彼は笑った。
「それで必死になって福音教会のお嬢さんを取り戻そうとしたわけか。まあ、待て、そう焦るな、彼女はここにいる。」
見ると、神父の体で見えなかったが、彼女は隣で眠っていた。
「神父、ヴァチカンは何故彼女を連れて行こうとしたのです?」
「さあ、そこんとこはわしも知らんさ。やり方は気に食わないがな」
呟くようにそう言って、十字架を手に持つ。こちらも応えるようにリボルバーを構える。
「射撃許可は取っとるんか?若いの」
「もちろんです、神父」
撃鉄を引き起こして、銃口を彼の頭につけ、迷いなくトリガーを引く。ウェブリーの発砲音が街路灯に響き、陽が落ちる。
穴が空いた彼の頭部から溢れた血液が、広場に染み落ちる。
「それだけか?」
はっと彼に目を戻すと、笑っている。
頭を撃ち抜いたはず、なのに?
「それだけか?と聞いとるんじゃ。頭を撃ち抜いたぁ?腕を引き千切ったぁ?腑を潰したぁ?それでは足りねえ。それじゃあわしを、殺せぬ。」
頭の銃痕が塞がり、彼の傷が快復する。
魔法でも使ったのか?しかし、何かをした素振りもなく、なにより魔力を感じなかった。
幻影?いや、ありえない。確かに血が出たじゃないか。死に至る致命傷を治す、そういった類いの封儀をカトリックが持っている、いや開発した…、銃が効かないなんて…バケモ…
「一発は一発で返すんが、礼儀じゃと思わんか?」
神父が、どこから出したのか分からないが、木製のライフルを大きく振りかぶる。銃床で殴って頭を砕く気なのだ。
そうだ、僕は昔から銃が好きだったのだ。人が持っている銃を一目見るだけで、名前から型までわかる。あまり人には言っていない、自分の特技の一つだ。
そう、だから銃を見ると頭の中でそれがどの種類か考えてしまう。銃のことを考えて精神を安定させようとしてしまっている。ちなみに神父の持つライフルはMosina M91 ドラグーンだ。名銃モシンナガンの騎兵用ライフルで、本来の長さより10cmばかり短く、取り回しやすい型だ。さぞ、人を殴りやすいライフルなのだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。今はまさに振り下ろされようとするライフルをどうにかしなければならない。銃は効かないから今更撃っても無駄。そして、僕は官僚軍人だから、このライフルを避けきる速さも体力もない。国教会の増援も来る気配はなく、フェアリー部隊も帰投させてある。つまり僕ひとりでこのバケモノを相手取る必要がある。
やばい、死ぬ
もうライフルは避けきれない位置まで僕に接近している。この速さと力で頭に当たれば一撃で僕の脳天は砕け散り、歴史ある広場を汚してしまう事になるだろう。それだけはごめんだ。
ああ、終わった。僕の短い人生もこれまでか。
せめて、せめて最後に何か一言でも言い遺したい。この世界に僕がいた記憶を遺したい。それは人間の自然な思考であろう。病死にせよ、衰弱死にしても、戦死にしても、誰もが言うであろう最期の言葉。そんな起こりもしないありきたりな奇跡の願いを、死を覚悟した瞬間、僕は叫んでいたのだ。
人を呼ぶ言葉を─
「助けてくれ!ユー!」
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