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変化の時代1936
夕焼け
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孤児院を出て、街並みから差し込む夕陽を浴び、十字路にある公衆電話へと足を歩める。
今からカンタベリーに帰っても遅いので、電話で中将に報告しようとするのだ。
建物との間から、公衆電話の赤さを強めるように夕陽が差し込み、眩しさで僕をつぶしてしまいそうだ。
公衆電話の中は好きだ。
道路を忙しく走る自動車や、帰宅中の人々が歩いている、外。それと受話器を隔別している。完全に隔てているわけでは無いのが、僕が好きなところだ。車、人、ロンドンの音がかすかに聞こえるこの狭い空間が、僕を外界から切り離す。
受話器を取り、管区内直通の番号を押す。
「こちら、カンタベリー管区直通電信"connective"です。認証番号と通話先をどうぞ」
「認証番号M-1922001 ウィリアム・アーチリステ少佐です。カンタベリー教区本部室に繋いでください。」
「承知致しました。15秒後に繋ぎます。」
「お疲れ様です。」
本部室に一般回線から繋げることはできないので、こう言った時のために、公衆電話には管区内の電信がある。固定電話ではできず、ブリテン島各地に置かれている公衆電話専用のサービスだ。
「電話越しですいません、中将、ロンドンでの報告をしたく…」
「少佐、話を遮って悪いが、国教会本部から新情報が入った。」
国教会本部から?ということは、SISの情報網に何か引っかかったのか。
「孤児院にはもう行ったんだったな。そうか、彼女はいたのか?」
「はい、ですが話ができるような状況ではありませんでした。今は1人にしておくべきかと。」
「それどころじゃあないぞ、情報局によると、今、ロンドンに、ローマ・カトリックの神父がいる。」
ローマ・カトリックだと?
ヴァチカンからわざわざロンドンへ、何をしに来たのだろうか。
「神父?どこの課の神父なんですか?」
「君も察しがついているだろう、ヴァチカンから敵地に堂々と"観光"に来れる旧教徒など、たった1人、」
ローマ教皇直轄騎士団、対異教徒専門の特殊機関"イェルサレム十字軍"─
「ヨンパルト神父だ。」
カトリックの神父がロンドンに来る目的は通常3つだ。潜入か再征服か布教
ローマから事前情報もなくロンドンにいるということは、潜入でまず間違いない。
しかし、その目的が分からない。国教会情報局も分析中とのことだが、放っておくわけにもいかないだろう。
それに、思い当たる節もあったのだ。
受話器を降ろし、電話ボックスからでて、孤児院に向けて駆け出した。
ローマ・カトリックはいつだってプロテスタントの不倶戴天の敵だ。とすると神父は国教会の邪魔をしにきたはずだ。もしヴァチカンが"彼女"をカトリックの敵とみなしているのなら、必ずどこかで干渉してくる。第一、優秀な福音教会の聖職者がスイスにしろ、英国にしろ、生き延びているのを黙って見ているわけではないだろう。今、福音教会の後処理があやふやなうちに、直接介入することも考えられる。
その場合にはその目標が、福音教会唯一の、使徒の生き残りである、彼女であることは確実だ。
ホーカー孤児院に戻ってきた。既に闇掛かった小さな教会に灯りはついておらず、奥の孤児院の、方にしか人はいないようだ。
全速力で走ってきたため、息を切らしながら玄関の扉を叩く。
「はいはい、今行きますからねー」
さっきも会ったシスターが出てくる。
「もう遅いのに再度すいません。ユーディットラウトちゃんともう一度お話がしたいんですが…」
「まあまあ、少佐さんでしたのね。ごめんなさいねえ、ユーちゃん、さっき牧師さんが連れて行ったのよ。」
「知っている牧師だったんですか?」
「いいえ、でも国教会の礼状も見せられたから、引き渡さないとって思って。元々あの子も訳ありらしくて、よく知らないんだけど、国教会にとって大事なんじゃないかしら。」
違う
ユーディットラウトを連れて行った、いや連れ去ったのはカトリックだ。どう偽造したのか分からないが、相変わらず約束を守らない旧教徒共が、こそこそと隠れて何か企んでいるということだ。
第一、中将から国教会が直接動いたという情報はまだない。
「ありがとうございます、シスター。もう夜になりますし僕は帰りますよ。」
「あらそう?ゆっくりしてっても…行っちゃった…」
神父が来たタイミングは、僕が孤児院を出てすぐ後だ。おおよそ30分も間はないだろう。しかし、この太平洋より行方をくらませやすい街で、人を探すのは不可能に近い。
だが、僕には、微かだが当てがある。孤児院に戻ってきたのもそのためである。彼女は使徒の能力がまだ残っていると言っていたので、未だに微弱ではあるが魔力を帯びている。その魔力を辿っていけば、理論上は追跡可能だ。
彼女に使ってもらう予定だったのだが、そんな機会はなかったのでここで増幅機を使わしてもらおう。通常不可視の魔力波を、増幅し、種類によって着色することができるものだが、精度も悪く、持続時間も短い。もって10分。この10分で勝負は決まると言っていい。
だがこれだけではとても心許ない。こんなものを道端で使って追跡しても、すぐ10分経ってしまい、途中で分からなくなってしまう。
「こちらカンタベリー教区航空基地所属第12夜間偵察飛行隊隊長機、今、タワーブリッジを越えましたぜ。観測地点の正確な座標を乞う、どうぞ。」
既に手は打ってある。
「ロンドン中央部寺院通り228番地ホーカー孤児院から方角は不明、行動範囲30分内を集中探索、魔力波増幅と観測目標の位置を頼む。」
超低速低空からの複葉機による魔力波追跡。
少佐の権限では独断で航空隊なんて使えないが、一応直轄部隊という括りになっているので、少ない機数だが、最近暇してるであろう彼らに働いてもらうとしよう。
日の落ちたロンドン上空を、5機の複葉機が低速飛行する姿は、件の神父にもすぐに気づかれてしまうのは致し方ないが…
「了解、観測開始地点上空に到着。これより追跡任務を開始します。」
Fairlyの気持ちいいエンジン音と、プロペラが生み出す風が僕を撫でる。
追跡可能限界まで、あと600秒。
今からカンタベリーに帰っても遅いので、電話で中将に報告しようとするのだ。
建物との間から、公衆電話の赤さを強めるように夕陽が差し込み、眩しさで僕をつぶしてしまいそうだ。
公衆電話の中は好きだ。
道路を忙しく走る自動車や、帰宅中の人々が歩いている、外。それと受話器を隔別している。完全に隔てているわけでは無いのが、僕が好きなところだ。車、人、ロンドンの音がかすかに聞こえるこの狭い空間が、僕を外界から切り離す。
受話器を取り、管区内直通の番号を押す。
「こちら、カンタベリー管区直通電信"connective"です。認証番号と通話先をどうぞ」
「認証番号M-1922001 ウィリアム・アーチリステ少佐です。カンタベリー教区本部室に繋いでください。」
「承知致しました。15秒後に繋ぎます。」
「お疲れ様です。」
本部室に一般回線から繋げることはできないので、こう言った時のために、公衆電話には管区内の電信がある。固定電話ではできず、ブリテン島各地に置かれている公衆電話専用のサービスだ。
「電話越しですいません、中将、ロンドンでの報告をしたく…」
「少佐、話を遮って悪いが、国教会本部から新情報が入った。」
国教会本部から?ということは、SISの情報網に何か引っかかったのか。
「孤児院にはもう行ったんだったな。そうか、彼女はいたのか?」
「はい、ですが話ができるような状況ではありませんでした。今は1人にしておくべきかと。」
「それどころじゃあないぞ、情報局によると、今、ロンドンに、ローマ・カトリックの神父がいる。」
ローマ・カトリックだと?
ヴァチカンからわざわざロンドンへ、何をしに来たのだろうか。
「神父?どこの課の神父なんですか?」
「君も察しがついているだろう、ヴァチカンから敵地に堂々と"観光"に来れる旧教徒など、たった1人、」
ローマ教皇直轄騎士団、対異教徒専門の特殊機関"イェルサレム十字軍"─
「ヨンパルト神父だ。」
カトリックの神父がロンドンに来る目的は通常3つだ。潜入か再征服か布教
ローマから事前情報もなくロンドンにいるということは、潜入でまず間違いない。
しかし、その目的が分からない。国教会情報局も分析中とのことだが、放っておくわけにもいかないだろう。
それに、思い当たる節もあったのだ。
受話器を降ろし、電話ボックスからでて、孤児院に向けて駆け出した。
ローマ・カトリックはいつだってプロテスタントの不倶戴天の敵だ。とすると神父は国教会の邪魔をしにきたはずだ。もしヴァチカンが"彼女"をカトリックの敵とみなしているのなら、必ずどこかで干渉してくる。第一、優秀な福音教会の聖職者がスイスにしろ、英国にしろ、生き延びているのを黙って見ているわけではないだろう。今、福音教会の後処理があやふやなうちに、直接介入することも考えられる。
その場合にはその目標が、福音教会唯一の、使徒の生き残りである、彼女であることは確実だ。
ホーカー孤児院に戻ってきた。既に闇掛かった小さな教会に灯りはついておらず、奥の孤児院の、方にしか人はいないようだ。
全速力で走ってきたため、息を切らしながら玄関の扉を叩く。
「はいはい、今行きますからねー」
さっきも会ったシスターが出てくる。
「もう遅いのに再度すいません。ユーディットラウトちゃんともう一度お話がしたいんですが…」
「まあまあ、少佐さんでしたのね。ごめんなさいねえ、ユーちゃん、さっき牧師さんが連れて行ったのよ。」
「知っている牧師だったんですか?」
「いいえ、でも国教会の礼状も見せられたから、引き渡さないとって思って。元々あの子も訳ありらしくて、よく知らないんだけど、国教会にとって大事なんじゃないかしら。」
違う
ユーディットラウトを連れて行った、いや連れ去ったのはカトリックだ。どう偽造したのか分からないが、相変わらず約束を守らない旧教徒共が、こそこそと隠れて何か企んでいるということだ。
第一、中将から国教会が直接動いたという情報はまだない。
「ありがとうございます、シスター。もう夜になりますし僕は帰りますよ。」
「あらそう?ゆっくりしてっても…行っちゃった…」
神父が来たタイミングは、僕が孤児院を出てすぐ後だ。おおよそ30分も間はないだろう。しかし、この太平洋より行方をくらませやすい街で、人を探すのは不可能に近い。
だが、僕には、微かだが当てがある。孤児院に戻ってきたのもそのためである。彼女は使徒の能力がまだ残っていると言っていたので、未だに微弱ではあるが魔力を帯びている。その魔力を辿っていけば、理論上は追跡可能だ。
彼女に使ってもらう予定だったのだが、そんな機会はなかったのでここで増幅機を使わしてもらおう。通常不可視の魔力波を、増幅し、種類によって着色することができるものだが、精度も悪く、持続時間も短い。もって10分。この10分で勝負は決まると言っていい。
だがこれだけではとても心許ない。こんなものを道端で使って追跡しても、すぐ10分経ってしまい、途中で分からなくなってしまう。
「こちらカンタベリー教区航空基地所属第12夜間偵察飛行隊隊長機、今、タワーブリッジを越えましたぜ。観測地点の正確な座標を乞う、どうぞ。」
既に手は打ってある。
「ロンドン中央部寺院通り228番地ホーカー孤児院から方角は不明、行動範囲30分内を集中探索、魔力波増幅と観測目標の位置を頼む。」
超低速低空からの複葉機による魔力波追跡。
少佐の権限では独断で航空隊なんて使えないが、一応直轄部隊という括りになっているので、少ない機数だが、最近暇してるであろう彼らに働いてもらうとしよう。
日の落ちたロンドン上空を、5機の複葉機が低速飛行する姿は、件の神父にもすぐに気づかれてしまうのは致し方ないが…
「了解、観測開始地点上空に到着。これより追跡任務を開始します。」
Fairlyの気持ちいいエンジン音と、プロペラが生み出す風が僕を撫でる。
追跡可能限界まで、あと600秒。
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