銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
203 / 422
第12話:灼熱の機動城

#23

しおりを挟む
 
 一回転した『センティピダス』の胴体は、ついに魔女の大釜―――火口の底で煮えたぎる溶岩の中へ落下した。その内部に残っていた、オーガーの手下達の運命は言わずもがなである。

 ただノヴァルナ達のいる前方部分は、胴体が一回転した事が怪我の功名となった。へし折れていた箇所でまだ繋がっていたところが、完全に断裂して落下を免れたのだ。
 しかし同時にそれは、一時的なものに過ぎなかった。前方部分もは崩れかけた崖の縁に斜めになり、かろうじて乗っているだけの状態となっている。残された時間は少ない。



 その『センティピダス』のちぎれ残った前方部分では、横転していた状態が元に戻った事で、天井扉から出ようとしていたノアが宙吊りとなっていた。ノアの手を握るのは先に外へ出ていたノヴァルナである。

「ノア、手を離すな!」

「ノヴァルナ!」

「いま引き上げる。待ってろ」

 するとそこで溶岩の中に落下した『センティピダス』の胴体が、大きな爆発を起こした。巨大な火柱と熱風が巻き上がり、崖の上に残っていた『センティピダス』の前方部分は、ドスンという衝撃に跳ね上がる。ノヴァルナとノアは思わず声を上げた。

「ぅあッ!!」

「きゃああッ!!」

 しかも断崖の崩れが大きくなり、傾斜を増した『センティピダス』の前方部分は、次第に火口の方へ移動し始める。上空に留まる『デラルガート』では、この状況にカールセンがアンドロイド達に命令を下した。

「すぐに救命班をワイヤーで降ろせ。あのままでは駄目だ」

 カールセンの判断は正しい。天井扉の端から上体を乗り出したノヴァルナは、ノアを吊り下げる右腕が伸び切っていた。しかもその腕は右脇腹の傷の激痛が広がって、“いま引き上げる”とは言ったものの、腕に感覚がない状態なのだ。

“くっそぉおお!…腕に力が入らねぇえええ!!”

 シャトル格納庫は床から天井扉までの高さが六メートル程はある。当初の予定通りシャトルを使っての脱出に切り替えたとしても、飛び降りるのは危険な高さだ。しかも眼下にはシャトルの短い主翼と、翼端に取り付けられた短い垂直尾翼がある。落下して激突でもすれば、さらに危険度が増す。

“このぉお! 動きやがれぇえええ!!!!”

 胸の内で自分の意のままに動かない右腕を罵り、苦痛に顔を歪めながら、ノヴァルナは必死にノアを助け上げようとした。ノヴァルナの苦闘に、上空の『デラルガート』からカールセンの声が告げる。

「待ってろ、ノバック。すぐに救命班が降りる!」

 だがその声は当のノヴァルナの耳に届いているかも疑わしかった。苦痛に負けまいと、意識を右の腕先に集中させるので精一杯だからだ。
 やがて僅かずつだが、ノヴァルナが腕に込める渾身の力にノアの体が上がり始める。驚異的なノヴァルナの精神力だと言っていい。

 ところがその時、火口の崩落が進んで、ノヴァルナ達のいる『センティピダス』前方部はさらに傾き、溶岩の湖に近付いた。その震動が、せっかく上がりかけたノアの体をまた下げる。そして悪循環で、それが脇場に電流のような激痛を走らせ、ノヴァルナを責めさいなんだ。

「うぐッ!!!!」

 痛みに呻き声を上げるノヴァルナを、その右腕にぶら下がるノアが沈痛な表情で見上げて呼び掛ける。

「ノヴァルナ…」

 傾きが大きくなると、ノアを腕に提げるノヴァルナの負担も大きくなる。そして溶岩に近付く事で、噴き上がる熱風と硫化水素の火山ガスが、天井扉の上にいるノヴァルナに襲い掛かった。

「ぐぐぅう…」

 苦しむノヴァルナの姿に『デラルガート』の艦橋では、モニターの前で振り返ったルキナが、悲痛な声で叫ぶ。

「救命班はまだなの!!」

「いま降りる!」と応じるカールセンの声も切迫している。

 するとカールセンの言葉とタイミングを合わせたかのように、『デラルガート』の底部が開いて、六本のワイヤーがノヴァルナのいる近くに投げ下ろされた。すぐさまそのワイヤーを使い、六人のアンドロイドが降下を開始する。



その時だった―――



 ノヴァルナの右腕に釣り下がるノアの足首を、下からむんずと握り掴む大きな手があった。

 驚いて下を向いたノアの視線の先にいたのはオーク=オーガーである。全面に刺青を施した、イノシシのようなピーグル星人のその顔は、右半分が黒く焼け焦げていた。ノヴァルナと戦った時に格納庫の管理パネルを金属棍で叩き壊し、感電して大きな火傷を負ったのだ。

 シャトルの翼端の上に立つオーガーは、感電のダメージにゼェゼェと息を切らしながら、足首を掴んだノアとその先のノヴァルナを見据えて喚き咆えた。

「にっ…に、逃がさねえぞ、ガキ共が!」

 そう言い放ちノアの脚を引っ張るオーガー。だが体勢が悪く、思ったほど力が入らない。


「ノアを離せ!!!!」

 それはノヴァルナが発した、いつも見せる不敵な笑みも、挑発的なセリフの付随もない、心からのひたむきな言葉だった。オーガーを睨み据えるその目には、悲愴なまでの焦燥感すらある。その眼差しを見上げて、ノアは一瞬、およそ場違いな気持ちを抱いた。



そっか…私のために、そんな目をしてくれるんだ―――




馬鹿で…生意気で…横着者で―――


自分はなんでもお見通しみたいに尊大で―――


………そして、私の大切な…やさしいひと


 実際に微笑んだのか、それとも気持ちの中で微笑んだのかは分からない。

 ただノアが確実に行った事は、ノヴァルナから預かるように頼まれ、パイロットスーツの懐に入れていた、元の世界に戻るために必要な『ネゲントロピーコイル』の航過認証コードが入ったメモリースティックを取り出したこと。

 そして、自分を引き上げようとしていたノヴァルナの手を、自分の方から離す間際、そのメモリースティックをノヴァルナの手に握らせたことであった。


このままでは二人とも助からない、それなら―――




「あなたは元の世界に帰って」



 そう告げてノアは、オーガーに足を引っ張られるまま格納庫の中に落下した。シャトルの翼端にいたオーガーは、落ちて来たノアにバランスを崩し、さらにノアを体の上に乗せた形で、格納庫の床に転げ落ちる。

 その刹那、何が起きたのか理解出来なかったノヴァルナの周囲では、時間が止まった。いや、それはノヴァルナがそう感じただけであり、その間に『デラルガート』からワイヤーで懸吊降下して来た、汎用タイプのアンドロイドがノヴァルナを助けるために取り囲む。

 茫然と自分の右手に残されたメモリースティックを見下ろし、なんだこれ…なんで俺の手は、ノアの手を握ってないんだと自問すると、ノヴァルナは我に返った。

「ノ!…ノアっっ!!!!」

 ノヴァルナは自分の周りにいるアンドロイドにすら気付かない。その視界には格納庫の床の上で体を起こしだすオーク=オーガーと、気を失ったノアが映るだけだ。ノヴァルナあらん限りの声で叫んだ。

「ノアーーーっ!!!!」




▶#24につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...