銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第12話:灼熱の機動城

#23

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 一回転した『センティピダス』の胴体は、ついに魔女の大釜―――火口の底で煮えたぎる溶岩の中へ落下した。その内部に残っていた、オーガーの手下達の運命は言わずもがなである。

 ただノヴァルナ達のいる前方部分は、胴体が一回転した事が怪我の功名となった。へし折れていた箇所でまだ繋がっていたところが、完全に断裂して落下を免れたのだ。
 しかし同時にそれは、一時的なものに過ぎなかった。前方部分もは崩れかけた崖の縁に斜めになり、かろうじて乗っているだけの状態となっている。残された時間は少ない。



 その『センティピダス』のちぎれ残った前方部分では、横転していた状態が元に戻った事で、天井扉から出ようとしていたノアが宙吊りとなっていた。ノアの手を握るのは先に外へ出ていたノヴァルナである。

「ノア、手を離すな!」

「ノヴァルナ!」

「いま引き上げる。待ってろ」

 するとそこで溶岩の中に落下した『センティピダス』の胴体が、大きな爆発を起こした。巨大な火柱と熱風が巻き上がり、崖の上に残っていた『センティピダス』の前方部分は、ドスンという衝撃に跳ね上がる。ノヴァルナとノアは思わず声を上げた。

「ぅあッ!!」

「きゃああッ!!」

 しかも断崖の崩れが大きくなり、傾斜を増した『センティピダス』の前方部分は、次第に火口の方へ移動し始める。上空に留まる『デラルガート』では、この状況にカールセンがアンドロイド達に命令を下した。

「すぐに救命班をワイヤーで降ろせ。あのままでは駄目だ」

 カールセンの判断は正しい。天井扉の端から上体を乗り出したノヴァルナは、ノアを吊り下げる右腕が伸び切っていた。しかもその腕は右脇腹の傷の激痛が広がって、“いま引き上げる”とは言ったものの、腕に感覚がない状態なのだ。

“くっそぉおお!…腕に力が入らねぇえええ!!”

 シャトル格納庫は床から天井扉までの高さが六メートル程はある。当初の予定通りシャトルを使っての脱出に切り替えたとしても、飛び降りるのは危険な高さだ。しかも眼下にはシャトルの短い主翼と、翼端に取り付けられた短い垂直尾翼がある。落下して激突でもすれば、さらに危険度が増す。

“このぉお! 動きやがれぇえええ!!!!”

 胸の内で自分の意のままに動かない右腕を罵り、苦痛に顔を歪めながら、ノヴァルナは必死にノアを助け上げようとした。ノヴァルナの苦闘に、上空の『デラルガート』からカールセンの声が告げる。

「待ってろ、ノバック。すぐに救命班が降りる!」

 だがその声は当のノヴァルナの耳に届いているかも疑わしかった。苦痛に負けまいと、意識を右の腕先に集中させるので精一杯だからだ。
 やがて僅かずつだが、ノヴァルナが腕に込める渾身の力にノアの体が上がり始める。驚異的なノヴァルナの精神力だと言っていい。

 ところがその時、火口の崩落が進んで、ノヴァルナ達のいる『センティピダス』前方部はさらに傾き、溶岩の湖に近付いた。その震動が、せっかく上がりかけたノアの体をまた下げる。そして悪循環で、それが脇場に電流のような激痛を走らせ、ノヴァルナを責めさいなんだ。

「うぐッ!!!!」

 痛みに呻き声を上げるノヴァルナを、その右腕にぶら下がるノアが沈痛な表情で見上げて呼び掛ける。

「ノヴァルナ…」

 傾きが大きくなると、ノアを腕に提げるノヴァルナの負担も大きくなる。そして溶岩に近付く事で、噴き上がる熱風と硫化水素の火山ガスが、天井扉の上にいるノヴァルナに襲い掛かった。

「ぐぐぅう…」

 苦しむノヴァルナの姿に『デラルガート』の艦橋では、モニターの前で振り返ったルキナが、悲痛な声で叫ぶ。

「救命班はまだなの!!」

「いま降りる!」と応じるカールセンの声も切迫している。

 するとカールセンの言葉とタイミングを合わせたかのように、『デラルガート』の底部が開いて、六本のワイヤーがノヴァルナのいる近くに投げ下ろされた。すぐさまそのワイヤーを使い、六人のアンドロイドが降下を開始する。



その時だった―――



 ノヴァルナの右腕に釣り下がるノアの足首を、下からむんずと握り掴む大きな手があった。

 驚いて下を向いたノアの視線の先にいたのはオーク=オーガーである。全面に刺青を施した、イノシシのようなピーグル星人のその顔は、右半分が黒く焼け焦げていた。ノヴァルナと戦った時に格納庫の管理パネルを金属棍で叩き壊し、感電して大きな火傷を負ったのだ。

 シャトルの翼端の上に立つオーガーは、感電のダメージにゼェゼェと息を切らしながら、足首を掴んだノアとその先のノヴァルナを見据えて喚き咆えた。

「にっ…に、逃がさねえぞ、ガキ共が!」

 そう言い放ちノアの脚を引っ張るオーガー。だが体勢が悪く、思ったほど力が入らない。


「ノアを離せ!!!!」

 それはノヴァルナが発した、いつも見せる不敵な笑みも、挑発的なセリフの付随もない、心からのひたむきな言葉だった。オーガーを睨み据えるその目には、悲愴なまでの焦燥感すらある。その眼差しを見上げて、ノアは一瞬、およそ場違いな気持ちを抱いた。



そっか…私のために、そんな目をしてくれるんだ―――




馬鹿で…生意気で…横着者で―――


自分はなんでもお見通しみたいに尊大で―――


………そして、私の大切な…やさしいひと


 実際に微笑んだのか、それとも気持ちの中で微笑んだのかは分からない。

 ただノアが確実に行った事は、ノヴァルナから預かるように頼まれ、パイロットスーツの懐に入れていた、元の世界に戻るために必要な『ネゲントロピーコイル』の航過認証コードが入ったメモリースティックを取り出したこと。

 そして、自分を引き上げようとしていたノヴァルナの手を、自分の方から離す間際、そのメモリースティックをノヴァルナの手に握らせたことであった。


このままでは二人とも助からない、それなら―――




「あなたは元の世界に帰って」



 そう告げてノアは、オーガーに足を引っ張られるまま格納庫の中に落下した。シャトルの翼端にいたオーガーは、落ちて来たノアにバランスを崩し、さらにノアを体の上に乗せた形で、格納庫の床に転げ落ちる。

 その刹那、何が起きたのか理解出来なかったノヴァルナの周囲では、時間が止まった。いや、それはノヴァルナがそう感じただけであり、その間に『デラルガート』からワイヤーで懸吊降下して来た、汎用タイプのアンドロイドがノヴァルナを助けるために取り囲む。

 茫然と自分の右手に残されたメモリースティックを見下ろし、なんだこれ…なんで俺の手は、ノアの手を握ってないんだと自問すると、ノヴァルナは我に返った。

「ノ!…ノアっっ!!!!」

 ノヴァルナは自分の周りにいるアンドロイドにすら気付かない。その視界には格納庫の床の上で体を起こしだすオーク=オーガーと、気を失ったノアが映るだけだ。ノヴァルナあらん限りの声で叫んだ。

「ノアーーーっ!!!!」




▶#24につづく
 
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