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第12話:灼熱の機動城
#21
しおりを挟む大きく傾いた『センティピダス』は、長大な胴体の左側前方を溶岩台地にこすり付けていた。その理由は、指令室と連絡が取れなくなった機関部の乗員達が、もうこれ以上は待てないと、独断で対消滅反応炉を緊急停止させた事にある。
反応炉緊急停止の安全処理のため機動城は一定時間、予備電力で自動的に稼働するのは前述の通りだが、その切り替わりの際に、胴体左側前方の脚六本が動かなくなったのだ。
そのため動かなくなった脚が溶岩台地の溝に嵌り込み、左側前方が地表に激突すると、稼働を続ける残りの脚に押されて、『センティピダス』は前につんのめった状態で前進を続ける。
左に三十度以上も傾いたまま激震が続き、内部にいる全員が左隅に押しやられて身動きも出来なくなった。ノヴァルナは囚われていた女性達と共に、シャトルの格納庫の壁に体を押し付けられ、シャトルの中で格闘していたノアとレブゼブも、激突の拍子に、コクピットからキャビンに投げ出され、座席に体を打ち付けられて動けない。
無論、動けないのは彼等だけでなく、『センティピダス』に乗っているオーク=オーガーの手下達全員が、立ち上がる事も出来ずに悲鳴と怒号を繰り返していた。
そしてその状態のまま『センティピダス』は、進行方向でサーナヴ溶岩台地に口を開ける火口に差し掛かる。黒い台地が裂けて、底では赤い溶岩が煮えたぎる光景は、まるで巨大な魔女の大釜である。そこへ『センティピダス』の、ムカデ型の機体が落ち込もうとする姿は、魔女が何かの秘薬を作ろうとしているようにも見えた。
すると『センティピダス』は、噴き上がったマグマが固まったと思しき、火口の周囲に小高く突き出た岩棚へ頭部を衝突させる。その衝撃で指令室のある頭部はひしゃげ、搭載していた主砲が外れて浮き上がった。
しかも体を押す脚の動きは止まらず、二十二の体節に分かれたムカデ型の機体は、頭部を岩棚に押し付けたまま「く」の字に折れ曲がる。
どのような地形にも対応できるよう、体節を曲げられる構造になっている『センティピダス』ならではの柔軟性だが、しかしそれにも限界があった。なおも前進を続ける三十本の脚に、折れ曲がった体節が可動域の限界を超え、前から四分の一辺りで大量の火花と、鼓膜を掻きむしるような金属音と共にベキリとへし折れたのである。しかも完全に切り離されたのではなく、最悪な事に左側は繋がったままだ。
へし折れた『センティピダス』は、胴体は岩棚に頭部を引っ掛けた状態で半回転して、断崖となっている火口の縁に沿うような形となった。そこでようやく緊急停止した対消滅反応炉の安定化が完了して、自動稼働していた全ての脚が停止する。
しかし時すでに遅かった。大地を突き刺して機体の姿勢を安定させるはずの、鋭い爪が付いた金属脚が逆に断崖を崩し、『センティピダス』は自重でズルズルと火口の中へ滑り落ち始める。しかも半回転した事で岩棚に引っ掛かっていた頭部が外れ、ノヴァルナ達のいる前方部分まで、引きずり込んでいく状況だ。
すると状況が理解出来ないまま、機動城が停止した事で脱出を図ろうとした乗組員達が数人、後部のハッチを開いて飛び降りた。だが地面があると思って飛び降りた彼等を待っていたのは、溶岩の湖である。断末魔の絶叫が起こり、それと同じ数の火柱が溶岩の湖に林立した。
その『センティピダス』の格納庫では、一連の衝撃が止み、どうにか体を起こし出した女性達の前で、渾身の力を使って立ち上がろうとするノヴァルナが、傷の激痛を振り払うようにシャトルに向かって叫んだ。
「ノアーっ!!」
とその時、この危機に駆けつけて来るものがあった。
地表を高速で低空飛行する工作艦『デラルガート』だ。その高度は20メートルほど、全長が二百メートル以上ある艦がそのような高度を飛ぶなど、狂気の沙汰の範疇と言っていい。
無論『デラルガート』を指揮するカールセン=エンダーは、狂気に駆られているのではない。衛星軌道上で待機していたところを、オーク=オーガーの偵察艇に発見されたため、敵の注意が上空に向くのを見越して一旦地表近くに降り、機会を窺っていたのだ。
そしてカールセンが、妻のルキナと共に険しい表情で急ぐ理由はただ一つ、ノアの機転で作動させた通信機が、窮地を告げて来たからである。
白い平原を雪を巻き上げながら突き進む『デラルガート』は、真横に飛んで来る雪竜巻のようであった。それは黒い溶岩台地に達するとフワリと浮き上がって高度を一定に保つ。雪原が終わり、巨体が今度は黒い砂粒を巻き上げ始めた。正確に高度を保っているのは、この狂気じみた航行に恐怖を感じないアンドロイド達のおかげ…感情を持たない彼等が運用する、この艦ならではの“ケガの功名”とも言える。
艦長席に座るカールセンに、アンドロイドのオペレーターが抑揚のない声で報告する。
「前方、多脚歩行式重戦車、2。距離約1万2千」
それはユノーの『センクウNX』とマルロの『サイウンCN』が苦戦している、2両の重多脚戦車だった。高速で低空飛行している『デラルガート』はみるみるうちに距離が詰まる。カールセンはアンドロイド達に命じた。
「主砲、咄嗟射撃。破壊しろ!」
前方を向く主砲塔が僅かに回転し、ビームを放つ。それはまさに『センクウNX』に乗るユノーが、危険な突撃を掛けようとしていた時であった。センサーが左斜め後方から接近する、巨大な物体を捉えた事に気付いた瞬間、その方向から飛んで来たビームが、一輌の重多脚戦車の本体を吹っ飛ばしたのだ。
その直後、『センクウ』の左向こうを、『デラルガート』がもの凄い勢いで通過して行った。本体が消し飛び、残った六本の脚が真ん中に集まるように倒れる光景に、残った重多脚戦車には明らかに動揺が見て取れる。
この隙を突いて、ユノーは『センクウNX』をホバー走行させた。残った重多脚戦車に向かって一直線だ。真っ直ぐ進むだけなら、本来の搭乗者の操縦の癖も関係ない。
「マルロ、援護だ!」
そう叫んでユノーはポジトロンパイク(陽電子鉾)を起動させた。後方でマルロの『サイウン』が超電磁ライフルを乱射する。重多脚戦車が慌てて主砲を向けた。するとその脚の一本にマルロの放った一弾が命中し、機体を傾かせる。崩れた体勢で撃った主砲弾が、ユノーの足元で爆炎を上げた時には、ユノーの繰り出したパイクの斬撃は、重多脚戦車の本体を下から真っ二つに裂いていた。
「や、やった…」
紙一重の戦果に半ば茫然とするユノーだったが、そこへ今『デラルガート』で飛び去ったばかりのカールセンから連絡が入る。
「二人とも急いでついて来てくれ。ノバック達がピンチだ!」
その切迫した口調が只事ではない事を示していた。そもそも、カールセンの『デラルガート』がこんな低空をすっ飛んでいく事自体、想定にない状況だ。
「マルロ。ホバリングで追従するぞ」
「り、了解です」
専属搭乗者の操縦の癖がより大きく出るホバー走行を命じられ、そうでなくともBSHOを扱いかねていたマルロは、声に緊張を滲ませて応じる。その直後、2機のBSHOは足元に黄色い反転重力子の光のリングを放ち、高速で移動を始めた。
ただその間にも火口の断崖は崩れ、それに伴って『センティピダス』は、さらに溶岩の湖に向けて傾いていた。
そこに『センティピダス』の後部を支える形となっていた大きな岩が、縦に裂けるようにして溶岩の中に倒れ沈んだ。これによって、『センティピダス』は長い機体が半回転しながら、崖を落下しかける。三十六本の機械脚の爪が、火口の底に至るまでの岩肌をどこかしらで引っ掛け、かろうじてその灼熱地獄に飲み込めれるのを遅らせている状況だった。
その内部に残されているオーガーの手下達は、機関部で、機械室で、通路で、各砲座で、倒れ込みながら悲痛な声で叫ぶ。機動城内は溶岩に近付いた事で、蒸し風呂同然である。
「うゎあああ!!」
「助けてくれぇえええ!!!!」
しかも半回転した事でシャトル格納庫のあるへし折れた前方部分も、シャトルを固定台に乗せたまま横転してしまった。これでは発進は不可能だ。
さらにこの時、レブゼブと共にシャトルの中にいるノアを助けるために、タラップを昇りかけていたノヴァルナは、横転で投げ出されそうになり、手摺に掴まったまま宙吊りになった。
「ぐぅう…」
奥歯を噛み締め、ノヴァルナは懸垂の要領で体を引き上げ、手摺に片足をかけた。下を見下ろすと囚われの身であった女性達は、この横転でも幸い全員無事のようだ。さらにその向こうでは格納庫が横転した事で、開いていた天井扉から外へ出られそうだった。そこでノヴァルナは女性達に大きな声で告げる。
「シャトルは駄目だ! みんなそこの開いた所から、先に逃げてくれ!」
当然、外も安全とは言えない状況である。だが、このまま格納庫の中に待たせていても、危険度が増すだけなら、その判断もやむを得ない。ただそう言われても女性達も怯えており、すぐには動こうとしなかった。そこでノヴァルナは民衆を従える星大名の一族特有の、打ち響くような発声で再度命じる。
「早く行け!! 急げッ!!」
その声にまるで気付け薬を嗅がされたように、表情に生気を取り戻した女性達は「はい!」と応えて、小走りに天井扉に向かった。
一方のノヴァルナは彼女達が走り出すと、すぐにタラップの手摺を這い上がり、シャトルのエアロック入口にしがみつく。右脇腹の負傷が生み出す大量の出血と、神経をねじ切られるような激痛で気を失いそうになるのを、ノアへの思いだけで体を前へと進めた。
▶#22につづく
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