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第12話:灼熱の機動城
#20
しおりを挟むノアに迫る脅威…それは、こちらもシャトルの奪取を目論むアッシナ家参事官、レブゼブ=ハディールの出現である。ノヴァルナが天井扉を開けていたその頃、格納庫の反対側の扉からシャトルに乗り込んで来たレブゼブは、キャビンにひしめく女達に銃を向け、眉をひそめていた。
「なんだこれは…」
機体の近くで親衛隊員の死体を発見していたため、誰かが先に乗り込んでいるのは認識済みであったが、定員の六名を遥かに超える女達が乗っているこの状況が一瞬、理解出来なかったのである。だがともかく、今やる事は決まっている。レブゼブは怯える女達に銃口を向けたまま、出口に向けて顎をしゃくり、命令した。
「全員、シャトルから降りろ」
その言葉に慌ててキャビンを出て行く女達。するとレブゼブはそのキャビンの奥にある、コクピットとの扉を一瞥し、最後に降りようとしていた女が脇を通り過ぎた途端、振り返ってその二の腕を掴み取った。それはノヴァルナに外套を貸した女だ。腕を掴まれた彼女は、恐怖の表情で息を呑みレブゼブを振り向く。
「貴様は来い」
とその時、格納庫の壁の向こう側で爆発音が起こり、続いて数発の銃声が響いた。ノヴァルナがオーガー達との戦闘に入ったのだ。その音に何事かと一瞬身構えたレブゼブだが、残り時間の無さを考慮して、腕を掴んだ女を連れ、コクピットの扉の前でその先に向けて声を張った。
「人質を取った! 抵抗すればこの女を撃つ」
そう宣しておいて女を盾にコクピットの扉を開く。そこにいたのは立ち上がり、こちらに銃を向けたパイロットスーツ姿のノアだ。レブゼブはノアに気付いて細い眼を僅かに広げる。
「貴様は…見覚えがあるぞ。レジスタンス共の映像に映っていた女だな。銃を床に捨てろ」
ノアは言われた通りに、銃をレブゼブの足元に滑らせた。するとレブゼブはノアのパイロットスーツの、左胸に付いている家紋に目を留める。打ち寄せる波に五つの星が輝く家紋だ。
「その家紋…『打波五光星』か? なぜ滅びたはずのサイドゥ家の人間が、ここにいる」
レブゼブの言った事はノアに少なからず衝撃を与えた。この皇国暦1589年の世界では、ノアのサイドゥ家がすでに滅んでいるというのである。ただ今はその事に気を取られている場合ではない。ノアはレブゼブの疑問には答えず、「その女の人を離しなさい」と言いつつ、副操縦士席の中で体の位置を変える。
ノアはレブゼブの気を逸らしながら僅かに体をずらし、自分の背後に隠した、通信機のスイッチを後ろ手で作動させた。その回線は艦砲射撃の要請に備えてノヴァルナと、カールセン達の乗る工作艦『デラルガート』の間で共有の設定となっている。
そうしておいてノアは、怯む事無くレブゼブに問い掛けた。その口調には星大名の姫君らしい凛とした響きがある。
「どうしてあなただけなのですか? あなたはアッシナ家の上級士官なのでしょう?」
ノアにとって、質問の内容などはどうでもよかった。目的はこの状況を格納庫の向こうにいるノヴァルナと、『デラルガート』に知らせる事なのだから。しかしそんなノアも、オーク=オーガーと遭遇したノヴァルナの苦戦は知る由もない。するとレブゼブはノアにとって、サイドゥ家の話以上に驚くべき事を告げた。
「この機動城はもうすぐ火口へ落下する。だからこのシャトルで脱出するのだ」
「えっ!?」
これにはノアも顔色を変えざるを得ない。事実、『センティピダス』の外では、火口に向かって前進をやめない機動城に、レジスタンス達を追い立てていた多脚戦車モドキの乗員達が、騒ぎ始めていた。何輌かの多脚戦車モドキが『センティピダス』と連絡を取ろうとするが、指令室にはレブゼブに撃ち殺された幹部と配下の死体しかなく、当然応答はない。
さらにその混乱に乗じ、多脚戦車モドキに半包囲されつつあったレジスタンスは、再び反撃に転じた。当初の作戦とは程遠いが、地形を利用した火砲による接近戦を再開し、残存する多脚戦車モドキを、溶岩台地のそこかしこで屠り始める。
そのサーナヴ溶岩台地の西方の端では、戦場が移動したオーガー配下の2輌の重多脚戦車と、ユノーが操縦するBSHO『センクウNX』、さらにユノーを支援する形の、マルロという兵士が乗るBSHO『サイウンCN』の戦闘が続いていた。
ノヴァルナのウイルスプログラムで、エネルギーシールドを消失させられた重多脚戦車は、反転重力子によるホバー移動に切り替え、ユノー達のBSHOに高速機動戦闘を仕掛けている。
蟹か蜘蛛を思わせる巨体が、まるで氷の上をスケートで滑るように、スルスルと高速移動を行う様子は、どこかしらユニークだった。しかしその主砲から放たれるのが命中と同時に、超高熱変換して爆発する高荷電粒子のビームである以上、面白がっていられはしない。
そのような高速機動戦闘を挑んで来る重多脚戦車に対し、『センクウNX』のユノーも『サイウンCN』のマルロも、攻撃を回避し、機体を保持する事で精一杯となっていた。
ビームの着弾で二人の機体の周囲に爆炎が幾つも起こる。重多脚戦車の方も、エネルギーシールドだけでなく照準システムにも障害が出ているため、高速機動戦闘では命中弾を得られないのだ。
それに対してユノー達も積極攻勢には出られない。BSHOも反転重力子によるホバー移動は可能だが、いかんせん、ノヴァルナやノアの操縦の癖を覚えてそれに合わせるよう、機体自らが調整しているため、空中に浮かぶとどのような挙動になるか分からない。
操縦桿を握るユノーは、苦々しげな表情で部下のマルロに命じる。
「マルロ! ロックオン警報が鳴ったら、とにかく動け!」
「了解!」
宇宙戦仕様のままの他人のBSHOなど、いくら量産型BSIより遥かに高性能でも、地上で使えたものではない。そもそも当初の作戦では、2機のBSHOは重多脚戦車をおびき寄せるための囮であり、実際に攻撃して撃破するのは、浸透戦術で足元に忍び寄ったレジスタンスの歩兵による、対戦車ロケットの集中攻撃だったのだ。
それを短絡的なオーク=オーガーがあり得ない判断で、自分の配下ごとレジスタンス達を砲撃し始めた。しかもノヴァルナとノアの『センティピダス』からの脱出が遅れたために、上空にいる工作艦『デラルガート』からの艦砲射撃も遅滞し、全てが狂ってしまったのである。
『センクウNX』のコクピットでは全周囲モニターの正面に、1キロほど先で右に左に滑りながら、主砲を放って来る重多脚戦車の姿があった。その着弾が目の前に起こって爆炎に一瞬、視界が妨げられる。
「いずれにせよ、このままではジリ貧だ…」
そう呟いたユノーは、イチかバチかの賭けに出るべきか…と眉間に深く皺を刻んだ。
場面は戻り、『センティピダス』のシャトル。レブゼブ=ハディールが人質の女に銃を突きつけたまま忌々しそうに言い放つ。
「貴様らがウイルスプログラムを流し込んだためにこの有様だ。もはやオーク=オーガーなど、どうでもよい。我はアッシナ家へ帰還する」
「仲間を見捨てるつもりなのですか!?」
詰問するノア。するとノアの視界の隅でシャトルの外に動く人影がある。必死に立ち上がり、格納庫の中へと戻って来たノヴァルナだ。ノヴァルナは、ノアがレブゼブに気付かれないようにして作動させた通信機で、ノアの危機を知り、助けに来たのだった。
しかしノアの目が捉えたノヴァルナは、かなりのダメージを受けていた。いつものように口元を歪めてはいるが、それは不敵な笑みではなく、苦痛に耐えている表情だと分かる。格納庫の壁に右腕をついて支える体も足元がおぼつかない。レブゼブが現れた直後、格納庫の外で爆発音と銃声がしたが、それが関係しているに違いなかった。
“ノヴァルナ、どうして…そんな体じゃ、もう戦うのは無理よ。あなたは逃げて”
これも齟齬と言えば齟齬であろうか。ノアが通信機を作動させノヴァルナにこの状況を知らせたのは、体にあんなダメージを負った状態で、無理にでも助けに来い…というメッセージではないのだ。
するとそんなノアの窓の外を見る視線に気付き、レブゼブもその方向を振り向く。そしてそこに、シャトルに向けて歩み寄るノヴァルナの姿を発見した。
「む。あれは―――」
次の瞬間、隙を見せたレブゼブにノアが飛び掛かる。銃を持つ右の手首を両手で掴み取り、銃口を頭上に向けてねじり上げた。今度は私が戦わなければ!…その強固な意志が、ノアの相貌を鋭くさせる。
「ぐあ! 貴様!!」
レブゼブが怒りの表情で叫び、人質にしていた女性の襟を握っていた左腕の力が緩む。すかさずノアは、レブゼブの銃をねじり上げたまま強く押し、コクピットの壁面に背中を激突させた。その反動で人質の女性を捕らえた腕が離れる。ノアは女性に強い口調で告げた。
「あなたは逃げて下さい!」
「は、はい!」と応じたその女性は、一目散にコクピットからキャビンを抜けて、昇降口のタラップを降りて行く。その先には、すでにレブゼブに脅されてシャトルを降りていた、あとの女性達がひとかたまりになって立っている。
そこへ歯を喰いしばって歩いて来た、生傷だらけのノヴァルナが立ち止まった。女性達に短く尋ねる。
「ノアは!?」
その問いに答えたのは、今しがた逃げて来た女性だ。
「まだ中に!」
女性の言葉を聞いたノヴァルナは、シャトルのタラップを見上げた。
「よし。みんなここで待っててくれ!」
女性達とそして何より、負傷と疲労で昏倒寸前の自分自身を励まし、ノヴァルナはタラップを昇ろうする。だがその直後、機動城は爆発的な激しい揺れを伴って大きく傾いた。
▶#21につづく
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