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第12話:灼熱の機動城
#17
しおりを挟む何とかしろと詰め寄るレブゼブに、幹部は頬の肉を引き攣らせながら答えた。
「無理です! こいつの反応炉は旧式なもんで、手動で緊急停止させ、対消滅反応自体は解消しても安全確保のため、予備電力による停止作業が数分は続きます。今回の場合、その予備電力でムカデ城も数分は動いたままになるはずです!」
その言葉を聞いて動揺が決定的となったのは、レブゼブだけでなく、指令室にいる十人程の全員であった。答えた幹部とレブゼブの二人に、一斉に視線を向けて息を呑む。
「………」
次に起こるであろうパニックを察知したレブゼブは、無言のまま胸を反らし、鼻で大きく息を吸った。もはや『センティピダス』は終わりだ。恐慌状態に陥ったこの指令室の連中は、自分を押し退け、我先に逃げ出し始めるだろう―――
その直後、機動城を再び激しい揺れが襲う。それを機にレブゼブは、アッシナ家のカーキ色をした軍服のホルスターからハンドブラスターを抜いて、目の前にいる幹部の腹に銃口を押し当ててトリガーを引いた。
腹の中で起こる小爆発に、ピーグル星人の幹部は目を見開き、「ハッ!…」とレブゼブの苗字を呼ぼうとして事切れる。するとレブゼブはその幹部の背中を盾代わりに左手で支え、脇から伸ばし出した銃で、呆気に取られている他の手下達に、次々と銃撃を浴びせた。
手下達は咄嗟の事になすすべもない。最後の二人がかろうじて銃で反撃するが、彼等のビームは盾代わりにされた、幹部の屍の背中を焼け焦げさせただけで、雑作もなくレブゼブに撃ち殺された。
まだ銃身から熱を放つハンドブラスターをホルスターに戻しながら、レブゼブは死体ばかりとなった指令室をひとわたり見回す。そして自らも死体のような顔で背中を向け、部下の親衛隊員が確保しているはずの、連絡用シャトルの格納庫に向かうため、開いたままの扉を抜けて、立ち去って行った。
一方、溶岩台地の戦場では、起伏の上を飛び跳ねるようにして疾走する、二人のレジスタンス兵が必死の形相で身を躍らせた。その先には身の丈ほどの深さの溝があり、中に飛び込んで二人は岩肌に胸を強かに打ち付ける。するとそのすぐ脇に『センティピダス』の巨大な脚爪が、轟音と震動を伴って突き刺さった。
「伏せろ!」
二人が溝の底で身を縮こませるその背中に、大地から引き抜かれた脚爪が弾き飛ばした、岩片の雨が降り注ぐ。
機動城『センティピダス』の機械脚は片側十八本。それが身を伏せた二人のレジスタンス兵の至近距離を次々と突き刺し、時速30キロ以上で前進して行く。
『センティピダス』が通過して、唖然として溝から身を乗り出すレジスタンス兵。だが二人のその油断が命取りとなった。背後に現れた多脚戦車モドキにガトリング砲を喰らい、全身から血飛沫を噴き出して絶命する。
二人のレジスタンス兵を片付けた多脚戦車モドキの四人の乗員はしかし、怪訝そうな目を直進して行く『センティピダス』に向けた。
「おい。ムカデ城の連中、速度を出し過ぎてないか?」
オープンデッキの操縦席で、ヘルメットに雪を積もらせた乗員の一人が誰とは無しに訊く。弓なりの陣形で、レジスタンス達を漸減しながら、前方の火口に追い詰めるという作戦なら、その中心となる『センティピダス』は、もっと速度を落とすべきではないかと思うのだ。追い詰めるべきレジスタンス達を抜き、置き去りするほどの速度では意味を成さない。もっともその『センティピダス』が制御不能であり、指令室にはもはやレブゼブに殺害された、死体しか乗っていないという事は、彼等も知りうべくもないが。
その少し前、『センティピダス』の格納庫では、ノヴァルナとノアがシャトルの発進準備を急いでいた。
機体は六人乗りで、21人もの女性を同乗させるのは完全に定員オーバーだが、目的は大気圏離脱ではない。とにかく『センティピダス』から脱出し、距離さえ開けられればいいのである。
重力子エンジンが甲高い唸りを次第に大きくしていくコクピットでは、発進に充分な出力を得たと判断したノヴァルナが、シャトルの通信機を使って、カールセンが指揮する工作艦『デラルガート』に周波数を合わせ、傍受を避けるためにそれまで封鎖していた通信を入れる。
「デラルガート。こちらノバックだ。カールセン、聞こえるか?」
しばらく間が空き、応答がある。カールセンの声だ。
「カールセンだ。どうした? えらく遅いから、心配したぞ」
「すまねぇ。ちと、状況が変わってな。これから奴等のシャトルを奪って脱出する。次の連絡で頼む」
ここで告げた“頼む”とは、“艦砲射撃を頼む”という意味である。
「了解した。こちらも状況が変化している事を告げておく」
カールセンの方も、衛星軌道から離脱しなければならなくなった状況を、暗に伝えた。
カールセン達が衛星軌道を離れた事までは、理解出来なかったノヴァルナだったが、それでも何らかの事情がある事は察しが付く。
「わかった。お互いに臨機応変にいこうぜ。脱出後に連絡する。オーバー」
そう言って通信を切ったノヴァルナは、副操縦士席に座るノアと視線を交わして頷き合い、格納庫の天井部分を開いて、シャトルを発進させようとした。『センティピダス』が激しく揺れている状態の中であるため、姿勢が安定した一瞬を狙って、素早く発進させねばならない。
ところがここで問題が起きる。コクピットを見渡すものの、その格納庫の天井部分を開くための、スイッチらしきものがどこにも見当たらないのだ。
「ノア。そっちはどうだ?」
「駄目。こっちにはそれらしいものは無いわ」
ノヴァルナの問いにそう答えながら、ノアは足元の奥をもう一度覗き込む。するとノヴァルナが「クソ、ぐずぐずしてらんねぇぞ!」と毒づいた直後に、ある事に閃いて勢いよく頭を上げ、ノヴァルナに振り向く。
「そうだ、外にある管理用の操作パネルよ!」
それはこのシャトル格納庫の外側にコーナーが設置されていた、管理用と思われる操作パネルの事であった。ノヴァルナも反射的に「おう、なるほど!」と声を張り上げ、操縦士席を立つのと身を翻すのと、ノアに声を掛けるのを同時に行う。
「すぐ戻る!」
そう言ってコクピットを脱兎の如く飛び出していくノヴァルナに、ノアは振り返って「気を付けて」と言葉を返し、その流れでノヴァルナの座っていた操縦士席に何気なく目を遣った。だがその直後、ノアは背筋が凍り付くのを感じる。ノヴァルナ座っていたそのシートは、大量の血液がしみ込んで濡れていたのだ。ノヴァルナが親衛隊員と戦った時に受けた、右脇腹の傷からの出血が続いていたのである。
であるのに、ノヴァルナはそんな素振りはおくびにも出さず、シャトルの発進準備を進めていたのだ。
“私や、女性達が動揺しないように、黙ってたのね…”
と胸の内で呟いて再び振り返ったノアは、ノヴァルナが出て行ったあとの扉を、心臓を鷲掴みにされるような思いで見詰めた。まるで自分が傷を負ったように心が痛い。
たいせつなひと―――
ずっと前から…自分にとってそうである事はわかっていた。認めたくなかっただけなのだ。
そしてノアはそんなふうに思う自分を、もう否定しなかった………
▶#18につづく
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