196 / 422
第12話:灼熱の機動城
#16
しおりを挟む体が跳ね上がるほどの激しい揺れ―――
咄嗟にノヴァルナは親衛隊員のナイフを握る右腕手首をねじり、体勢を立て直しながら顔面を覆うゴーグルに、あらん限りの勢いで肘打ちを放つ。ガシャン!という鈍い音がして、ゴーグルの前面がひび割れて砕けた。
親衛隊員のそれはただのゴーグルではなく、暗視装置や熱感知装置を組み込んだ電子機器で、ノヴァルナの一撃でスパークが発生する。すると感電でもしたのか、親衛隊員は「ギャッ!」と叫んでたじろいだ。そこにまたも、下から突き上げるような激しい揺れが格納庫を―――『センティピダス』全体を包む。
その衝撃でぶつかり合ったノヴァルナと親衛隊員は、再び床に倒れ伏した。ノヴァルナの目の前には、親衛隊員に叩き落された自分のアーミーナイフが転がっている。一方で親衛隊員は左手で破損したゴーグルを放り出し、今のスパークで目尻に火傷を負った顔を晒して、ノヴァルナに襲い掛かろうと起き上がった。
ノヴァルナは素早く自分のナイフを拾い上げ、親衛隊員に向けて突き上げる。その一撃はカウンターとなって、ナイフを握る親衛隊員が振り下ろす、その右腕手首を刺し貫いた。
愕然とする親衛隊員の右手が握力を失って、アーミーナイフを落下させる。ノヴァルナはそれが床に落ちきる前に掴み取り、すかさず親衛隊員の背後に回り込むと、相手のナイフで首を掻き切った。ノヴァルナの首を掻き切るはずの、自分のナイフでとどめを刺された親衛隊員は、ゴボゴボと喉から溢れる大量の血液を泡立たせながら絶命する。
危機一髪であった。ノヴァルナとて無敵ではない。今の激しい揺れが起こらなければ、今回は間違いなく殺されていたはずだ。まだ微かに痙攣している、死んだばかりの親衛隊員を見据え、ノヴァルナはシャトルの船体に背中を預けて、大きな疲労感に肩で息をする。
ただ再び起こる激しい揺れが、ノヴァルナにそれ以上、小休止を与えはしなかった。
「しかしなんだ、この揺れ具合は。只事じゃねぇぞ…」
格納庫の中を見渡したノヴァルナは、機動城に起き始めた異常な揺れに眉をひそめる。だが今は格納庫の外で待つノア達が最優先の事項である。ノヴァルナは外のホールへ通じる扉を開け、そこにひと固まりでいるノア達に声を掛けた。
「終わったぞ、ノア。みんなを連れて早く来い! 脱出だ!」
機動城『センティピダス』を襲った、それまで以上の激しい揺れ。それはノヴァルナの想像していた以上に深刻なものだった。この巨大なムカデ型ロボット城を操る指令室では、乗組員達が大きく動揺している様子が窺える。
あちこちで壁のパネルが外され、複数の手下達がその中に上半身を突っ込んで、何かの点検や作業らしきものを行っていた。その指令室の中央では、オーガーの代わりに作戦の指揮を執るレブゼブ=ハディールが、表情を強張らせて突っ立っている。
「どうした!? まだコントロールが効かないのか!!??」
オーク=オーガーの幹部のピーグル星人が、豚のような顔を引き攣らせて操縦士に詰問した。
「だ、駄目です! 操縦桿が全く反応しやせん!」
操縦士が青ざめた顔で言葉を返すと、その幹部はインターコムのマイクを荒々しく掴み取り、この指令室の一階層下にある補助操縦室へ回線を繋いだ。
「そっちはどうだ!? 動かねえのか!!??」
「こっちも全然です! 舵が真っ直ぐになったまま、反応しませんです!」
マイクを叩きつけるようにして操作パネルに戻す幹部に、レブゼブが詰め寄った。
「一体どうなっておる!!?? 早く修復しろ!!」
「ですが、原因が分からない事には、手の打ちようが―――」
とその時、インターコムが呼び出し音を鳴らす。見れば今通話した補助操縦室ではなく、対消滅反応炉の隣に位置する、機関制御室からである。
「どうした!!??」叫ぶように問い質す幹部。
「たっ!…大変です! 震動の連続で操舵系のアナログケーブルが切断されて、針路が固定されました。直進以外出来なくなってます!!」
「なんだと!!??」
そう叫んで振り向いたのは問い質した幹部ではなくレブゼブだった。ムカデ城こと『センティピダス』はその胴体同様黒い溶岩台地を、降りしきる雪をかき回しながら、ひたすら前進し続けている。それは左右の多脚戦車モドキと連携して、レジスタンス達を前方の火口に追い詰める事が目的であったが、このままでは『センティピダス』自身が火口に飛び込む事になる。
「どういう事だ!? 非常回線か、それに類するものぐらいあるだろう!?」とレブゼブ。
「いえ。それが、破壊されたのがその非常回線でして…」
「なに!?」
「メインの回線は、例のウイルスプログラムの影響下にあって、使用不能です!」
通常の『センティピダス』は、低出力ではあるが重力子機関によって、城内の姿勢制御と共に歩行の衝撃を緩和していた。だがメインコンピューターに注入されたノヴァルナのウイルスプログラムが、各システムを麻痺させたために、手動操作で前進しなくてはならなくなったのは、前述した通りである。
しかし乗組員は手動での重力制御など、やった事がない。しかもボヌリスマオウ農園で働かされていた中古ロボットや、ノヴァルナ達が奪取した貨物船などを見ても分かるように、オーガー一味の機械類に対するメンテナンスの意識は、杜撰と言っていいレベルである。
それは当然、彼等の根拠地である機動城、『センティピダス』についても同様だった。その前身となる移動式地下資源調査基地が、放棄されてどれぐらい経つのか正確には不明だが、少なくとも機動城に改造されて以来、ろくな整備もされていない箇所は無数にある。
そしてその一つが、操舵系をはじめとする非常回線の類いだ。
全長四百メートル弱、重量三千トン以上の巨体が、重力制御がまともに効かない状態で、サーナヴ溶岩台地の激しい起伏のある地形を突っ走ったために、特に足回りと操舵系を中心として、まるで連続して大地に杭を打つような震動に、整備不良の箇所が次々と不具合を起こし始めた。
メインの姿勢制御系や操舵系が、ウイルスプログラムによって使用不能となっていたため、すでにアナログ非常回線に頼らざるを得なくなっていたのが、その震動でケーブルの接続箇所が破断して、指令室からの指示を受け付けなくなったしまったのだ。
さらに併記すると、その断線の直接の原因となったのは、『センティピダス』の脚の関節駆動部が幾つか破損し、数ヵ所で底部を溶岩台地に衝突させるようになって、これまで以上の激しい震動が起こるようになったためである。
「そんな馬鹿な事があるか!!」
レブゼブ=ハディールは血相を変えて叫んだ。元はと言えばレブゼブが、メインシステムのダウンした『センティピダス』に前進を命じたのだが、本人には自覚どころか、責任の所在を探っている余裕などあるはずがない。
「なんとかしろ! 反応炉を緊急停止させろ!!」
今の速度では落下するまで10分もない。レブゼブが怒鳴る指令室の窓からは、前方に口を開ける溶岩台地の火口の一つから立ち上る、黒と焦げ茶が絡み合った噴煙が次第に大きくなって来た。
▶#17につづく
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる