銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第12話:灼熱の機動城

#16

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 体が跳ね上がるほどの激しい揺れ―――

 咄嗟にノヴァルナは親衛隊員のナイフを握る右腕手首をねじり、体勢を立て直しながら顔面を覆うゴーグルに、あらん限りの勢いで肘打ちを放つ。ガシャン!という鈍い音がして、ゴーグルの前面がひび割れて砕けた。

 親衛隊員のそれはただのゴーグルではなく、暗視装置や熱感知装置を組み込んだ電子機器で、ノヴァルナの一撃でスパークが発生する。すると感電でもしたのか、親衛隊員は「ギャッ!」と叫んでたじろいだ。そこにまたも、下から突き上げるような激しい揺れが格納庫を―――『センティピダス』全体を包む。

 その衝撃でぶつかり合ったノヴァルナと親衛隊員は、再び床に倒れ伏した。ノヴァルナの目の前には、親衛隊員に叩き落された自分のアーミーナイフが転がっている。一方で親衛隊員は左手で破損したゴーグルを放り出し、今のスパークで目尻に火傷を負った顔を晒して、ノヴァルナに襲い掛かろうと起き上がった。
 ノヴァルナは素早く自分のナイフを拾い上げ、親衛隊員に向けて突き上げる。その一撃はカウンターとなって、ナイフを握る親衛隊員が振り下ろす、その右腕手首を刺し貫いた。

 愕然とする親衛隊員の右手が握力を失って、アーミーナイフを落下させる。ノヴァルナはそれが床に落ちきる前に掴み取り、すかさず親衛隊員の背後に回り込むと、相手のナイフで首を掻き切った。ノヴァルナの首を掻き切るはずの、自分のナイフでとどめを刺された親衛隊員は、ゴボゴボと喉から溢れる大量の血液を泡立たせながら絶命する。

 危機一髪であった。ノヴァルナとて無敵ではない。今の激しい揺れが起こらなければ、今回は間違いなく殺されていたはずだ。まだ微かに痙攣している、死んだばかりの親衛隊員を見据え、ノヴァルナはシャトルの船体に背中を預けて、大きな疲労感に肩で息をする。

 ただ再び起こる激しい揺れが、ノヴァルナにそれ以上、小休止を与えはしなかった。

「しかしなんだ、この揺れ具合は。只事じゃねぇぞ…」

 格納庫の中を見渡したノヴァルナは、機動城に起き始めた異常な揺れに眉をひそめる。だが今は格納庫の外で待つノア達が最優先の事項である。ノヴァルナは外のホールへ通じる扉を開け、そこにひと固まりでいるノア達に声を掛けた。

「終わったぞ、ノア。みんなを連れて早く来い! 脱出だ!」

 機動城『センティピダス』を襲った、それまで以上の激しい揺れ。それはノヴァルナの想像していた以上に深刻なものだった。この巨大なムカデ型ロボット城を操る指令室では、乗組員達が大きく動揺している様子が窺える。
 あちこちで壁のパネルが外され、複数の手下達がその中に上半身を突っ込んで、何かの点検や作業らしきものを行っていた。その指令室の中央では、オーガーの代わりに作戦の指揮を執るレブゼブ=ハディールが、表情を強張らせて突っ立っている。

「どうした!? まだコントロールが効かないのか!!??」

 オーク=オーガーの幹部のピーグル星人が、豚のような顔を引き攣らせて操縦士に詰問した。

「だ、駄目です! 操縦桿が全く反応しやせん!」

 操縦士が青ざめた顔で言葉を返すと、その幹部はインターコムのマイクを荒々しく掴み取り、この指令室の一階層下にある補助操縦室へ回線を繋いだ。

「そっちはどうだ!? 動かねえのか!!??」

「こっちも全然です! 舵が真っ直ぐになったまま、反応しませんです!」

 マイクを叩きつけるようにして操作パネルに戻す幹部に、レブゼブが詰め寄った。

「一体どうなっておる!!?? 早く修復しろ!!」

「ですが、原因が分からない事には、手の打ちようが―――」

 とその時、インターコムが呼び出し音を鳴らす。見れば今通話した補助操縦室ではなく、対消滅反応炉の隣に位置する、機関制御室からである。

「どうした!!??」叫ぶように問い質す幹部。

「たっ!…大変です! 震動の連続で操舵系のアナログケーブルが切断されて、針路が固定されました。直進以外出来なくなってます!!」

「なんだと!!??」

 そう叫んで振り向いたのは問い質した幹部ではなくレブゼブだった。ムカデ城こと『センティピダス』はその胴体同様黒い溶岩台地を、降りしきる雪をかき回しながら、ひたすら前進し続けている。それは左右の多脚戦車モドキと連携して、レジスタンス達を前方の火口に追い詰める事が目的であったが、このままでは『センティピダス』自身が火口に飛び込む事になる。

「どういう事だ!? 非常回線か、それに類するものぐらいあるだろう!?」とレブゼブ。

「いえ。それが、破壊されたのがその非常回線でして…」

「なに!?」

「メインの回線は、例のウイルスプログラムの影響下にあって、使用不能です!」

 通常の『センティピダス』は、低出力ではあるが重力子機関によって、城内の姿勢制御と共に歩行の衝撃を緩和していた。だがメインコンピューターに注入されたノヴァルナのウイルスプログラムが、各システムを麻痺させたために、手動操作で前進しなくてはならなくなったのは、前述した通りである。

 しかし乗組員は手動での重力制御など、やった事がない。しかもボヌリスマオウ農園で働かされていた中古ロボットや、ノヴァルナ達が奪取した貨物船などを見ても分かるように、オーガー一味の機械類に対するメンテナンスの意識は、杜撰と言っていいレベルである。

 それは当然、彼等の根拠地である機動城、『センティピダス』についても同様だった。その前身となる移動式地下資源調査基地が、放棄されてどれぐらい経つのか正確には不明だが、少なくとも機動城に改造されて以来、ろくな整備もされていない箇所は無数にある。

 そしてその一つが、操舵系をはじめとする非常回線の類いだ。

 全長四百メートル弱、重量三千トン以上の巨体が、重力制御がまともに効かない状態で、サーナヴ溶岩台地の激しい起伏のある地形を突っ走ったために、特に足回りと操舵系を中心として、まるで連続して大地に杭を打つような震動に、整備不良の箇所が次々と不具合を起こし始めた。

 メインの姿勢制御系や操舵系が、ウイルスプログラムによって使用不能となっていたため、すでにアナログ非常回線に頼らざるを得なくなっていたのが、その震動でケーブルの接続箇所が破断して、指令室からの指示を受け付けなくなったしまったのだ。

 さらに併記すると、その断線の直接の原因となったのは、『センティピダス』の脚の関節駆動部が幾つか破損し、数ヵ所で底部を溶岩台地に衝突させるようになって、これまで以上の激しい震動が起こるようになったためである。

「そんな馬鹿な事があるか!!」

 レブゼブ=ハディールは血相を変えて叫んだ。元はと言えばレブゼブが、メインシステムのダウンした『センティピダス』に前進を命じたのだが、本人には自覚どころか、責任の所在を探っている余裕などあるはずがない。

「なんとかしろ! 反応炉を緊急停止させろ!!」

 今の速度では落下するまで10分もない。レブゼブが怒鳴る指令室の窓からは、前方に口を開ける溶岩台地の火口の一つから立ち上る、黒と焦げ茶が絡み合った噴煙が次第に大きくなって来た。




▶#17につづく
 
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