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第12話:灼熱の機動城
#15
しおりを挟むノヴァルナに蹴り上げられた親衛隊員は、背後にある連絡用シャトルの機体に、背中を激突させて動きが鈍った。その隙にノヴァルナは顔をしかめて瞼を一旦きつく閉じ、視力の回復を急ぐと同時にベルトからアーミーナイフを抜き取りつつ、立ち上がる。
親衛隊員はライフルを薙ぎ払うように振るい、ノヴァルナの側頭部を銃床で殴ろうとするが、ノヴァルナはボクシングのスウェイのように、素早く上体を翻して回避した。そしてアーミーナイフでUの字を描くように斬撃を繰り出す。敵の左手首に傷が生まれ、切り裂かれた白系の迷彩服が赤く染まった。
すると相手はライフルをノヴァルナに投げつけ、自らもアーミーナイフを取り出して構える。相手は間違いなく生粋の軍人らしく、鍛えられた体はどのパーツも、ノヴァルナよりふた回りほども大きい。腰を落として身構えるノヴァルナのこめかみに、冷たい汗が流れた。
その一方、侵入者を追っているつもりであったオーク=オーガーと随行者は、探し出す相手を見つけられぬまま、『センティピダス』の後部から挟み撃ちにするためやって来た、別働隊の配下達と鉢合わせしていた。
「なんだ、おまえ達! 見つけてねえのか!?」
複数ある外部ハッチの最後の一ヵ所の前で、オーガーは別働隊の男達に半ば怒鳴って尋ねる。
「へえ。申し訳ありやせん」
「逃がしたんじゃ、ねえだろうな!!」
両眼をカッ!と見開き、殴り掛かりそうな勢いのオーガーに、別働隊の男の一人は激しく頭を振って否定した。
「とっ!…とんでもない!!」
その返答にオーガーは歯ぎしりをして、閉まったままの外部ハッチを睨み付ける。侵入者がどんな人間かは分からないが、捕らえていた女達は兵士などではなく、それが移動中の『センティピダス』から、二十人近くもそう簡単に脱出できるものではない。
そこに配下のピーグル星人の一人が、はた!と思いついた表情になって呟く。
「そ、そうだ。シャトルを使えば…」
その言葉を聞いてオーガーは「ぬがっ!」と声を上げて、突き刺すような視線で振り向いた。見据えられたその配下は、失言だったのかと勘違いして震え上がる。
だがオーガーは「それだ!」と言い放ち、その配下の脇を大股で通り過ぎて、壁のインターコムに手を伸ばした。スイッチを入れた通信先は、シャトル格納庫の管理コーナーだ。
「オーガーだ! 異常はねえか!?」
オーク=オーガーが通信を入れた相手は他ならぬ、格納庫の前にいてノヴァルナに殴り倒されたあの作業員である。当然、その男は気を失って床に転がったままであり、通信に出られるはずもない。
「おいッ! どうした!? 返事しろ!!!!」
虚しくがなり立てる無人の操作パネル。それを囚われの女性達を守るノアは、緊張した面持ちで見詰めた。するとオーガーからの通信は、部下に向けたと思われる「クソ、行くぞ!」という声を残し、ブツリと途切れる。程なくここへやって来るに違いない。
だが格納庫の中では、いまだにノヴァルナと敵の親衛隊員が戦っている。このままでは袋の鼠であった。ノアはオーガー達が来ると予測される通路の隔壁扉に駆け寄り、それを閉めてロックを掛け、施錠部をブラスターで撃ち抜いて焼き付かせる。これでオーガー達は、すぐには入って来られないはずだ。
“ノヴァルナ…急いで!”
ノアはノヴァルナが中で戦っている格納庫を振り返って唇を噛んだ。
そのノヴァルナに、白系迷彩服の親衛隊員がアーミーナイフを突き出す。咄嗟にかわすノヴァルナに、親衛隊員はさらにその隙を狙って組み付こうとした。ノヴァルナは身をよじりながら低く伏せて、相手の掴みかかろうとする手をすり抜けると、素早く逆手に持ち変えたアーミーナイフで斬り付ける。
しかし相手も反射的に繰り出したアーミーナイフでそれを斬り防いだ。ガキンという金属音と火花が飛ぶ。そして逆に、親衛隊員がその勢いのまま、流れるように繰り出した連続の斬撃に、ノヴァルナの右脇腹と右頬が切り裂かれた。
「ぐっ!」
右頬の傷は大した事はない。流血の赤い直線が僅かに引かれた程度だ。だが右脇腹の傷は、着ているのが金属繊維で出来たパイロットスーツでなければ、肋骨にまでダメージが及んでいたであろう危ういものだった。激しい痛みと共に、パイロットスーツの中に、生温かくぬるりとした出血の感覚が広がりだす。
そしてその手応えを得た親衛隊員は、ノヴァルナに息をもつかせぬ攻勢を仕掛けて来た。
無言のまま次々と繰り出される親衛隊員のアーミーナイフの斬撃。視覚では捉えられないほど速いナイフが、格納庫の照明に銀色の輝きを放つ。生身の格闘術では一枚上手の敵に、右脇腹の負傷で動きの鈍ったノヴァルナは、防戦一方とならざるを得ない。
しかも親衛隊員が繰り出して来るのは斬撃だけではなかった。特殊部隊上がりと思われるだけあって、肘打ち、拳撃、蹴りなどは、ノヴァルナも防御するものの、一発一発の衝撃が大きく、体力を奪い取っていく。
追い詰められていくノヴァルナだが、敵の一撃が決定打とはならないのは、彼等のいる『センティピダス』が重力制御の利かない状態で、上下に大きく揺れて移動しているためで、その揺れが、敵の親衛隊員の正確な攻撃を妨げていたのだ。
しかし敵の親衛隊員も、今の状態を続けているつもりは毛頭なかった。体ごとノヴァルナにぶつかって行って、肩でタックルを喰らわせる。ノヴァルナは激突のダメージに怯まず、右手に握るアーミーナイフを親衛隊員の背中に突き刺そうとした。
すると親衛隊員はすかさず体をひねり、ノヴァルナのナイフを握る右腕を左脇で挟み込む。動きを読んでいたのだ。ただこの絡み合った体勢では、親衛隊員もノヴァルナにアーミーナイフを振るう事が出来ない。
そこで親衛隊員は体勢はそのままで、さらに押しやり、シャトルの船体にノヴァルナの背中を打ち据えて、負傷している右脇腹を左膝で蹴り上げた。
「ゥあッッ!!!!」
許容量を超えた激痛に、さしものノヴァルナも絶叫して身をよじらせる。次の刹那、親衛隊員はノヴァルナの右手をシャトルの船体に叩きつけ、アーミーナイフを打ち落とした。ノヴァルナのナイフが、甲高い金属音と共に床で跳ねる。
圧倒的優位をとった親衛隊員は、即座にノヴァルナの顎に左手で喉輪をかけて、締めつけながら床に押し倒した。さらに負傷しているノヴァルナの右脇腹を左の膝頭で押さえつけ、何の感情も映し出さない醒めた目で、自らのアーミーナイフを振り上げる。
脇腹の負傷を押さえつけられる激痛と、喉を締められる窒息状態の窮地。朦朧となりかける意識の中で、剥き出しとなったノヴァルナの生存本能だけが、喉笛を掻き切ろうとする親衛隊員のアーミーナイフを持つ右手首を、両手でガチリと掴み取らせた。無感情だった親衛隊員の瞳に、驚きの色が浮かぶ。
しかしノヴァルナが絶体絶命なのは変わらない。親衛隊員の渾身の力を込めたナイフに、双方の手がワナワナと震えた。ノヴァルナは歯を喰いしばり、必死にナイフを押し戻そうとするが、その刃先は着実に喉元へと近付いていく。
ところがその時、これまで以上の激しい揺れが機動城全体を襲った。
▶#16につづく
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