銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
193 / 422
第12話:灼熱の機動城

#13

しおりを挟む
 
 その頃、女性達を連れたノヴァルナとノアは、三つの階層に分かれた『センティピダス』の内部で、女性達が囚われていた倉庫のあった最下層から、細い非常用梯子を使って最上層へ向かっていた。
 激しく揺れる城の内部では、梯子を登るという行為は思うようにいかない。振り落とされまいとしがみつく度に、脱出までの時間が停止する。だがノヴァルナはここでも冷静だった。

「慌てるな。大きく揺れた時は、しっかり梯子につかまればいい。踏み外さないように一歩ずつ着実に登るんだ」

 先に最上層に上がったノヴァルナは、梯子を上って来る女性達に声を掛けて励ました。一方の最下層では、ノアが非常階段の出入口の扉に向けて、鋭い目で銃を構え、梯子を昇っていく女性達を護衛している。断続的に押し寄せる激しい揺れに、閉めた扉の向こうで、金属製の大きな缶が転がるような音と、悪態をつく声が小さく聞こえた。オーク=オーガーの声だ。

「クソッ! これじゃまともに走れねえぞ! バカ野郎が!!」

 扉の向こうで喚きながら走り去るオーガーの気配に、ノアは緊張した面持ちで、扉に向けた銃を両手に握り直す。もしこちらに気付いて扉を蹴破って来るようなら、ありったけのビームを浴びせる決意だった。

「だが城が移動を始めたうえに、この揺れなら、女連れには簡単に降りられねえはずだ! 今のうちに追いつけ! 急げ!!」

 しかしオーガーはそう言い放ち、幸いにも手下を連れて、扉の向こうの通路をドタドタと駆けていく。彼等が目指しているのは、『センティピダス』の長大な胴体部中央に設けられている、底部昇降ハッチであった。

 ところでこれは奇妙な状況である。オーク=オーガーはノヴァルナ達が『センティピダス』の底部中央にある、ハッチから脱出を図るに違いないと判断しているが、その当のノヴァルナ達は非常用梯子を使って、『センティピダス』の最上層へ登ろうとしているのだった。
 無論上部にもハッチはあり、この機動城の見張り台や幾つかの外殻構造物へ、出られるようになってはいる。ただそこから外へ出ても、この揺れでは溶岩台地の上へ転落するのが関の山だ。

 だがノヴァルナは、囚われていた女性達を助けると決めた最初から、底部ハッチを使って脱出する事など考えてはいなかった。彼が考えていた脱出方法は、指令室の近くに格納庫がある、連絡用シャトルを奪う事だったのだ。ノアの協力によって得た機動城の内部見取図で、指令室のある頭部の二区画後ろに、連絡用シャトルが格納されているのを知った上で、逃走を図る侵入者が女性達を連れたまま、わざわざ指令室方向へ来るとは考えないだろうと算段したのである。

 非常用梯子で最上層へ上がったノヴァルナ達は、主通路ではなく、整備用と思われる細い通路を使って、シャトル格納庫へと近づいていた。ただその通路も、格納庫の前のスペースまでで、格納庫前のスペースは左右に二十メートル程ある、『センティピダス』内部の幅を全て使った、開放された状態となっている。そしてその内側へ通じる扉の前には、格納庫を管制するためのものと思われる、小さなボックス型のコーナーが設置されていた。

 そのコーナーには、安っぽい椅子に腰かけて操作パネルの両端を手で掴み、機動城の大きな揺れに、椅子から転げまいとしている一人の作業員がいる。オーガーと同じピーグル星人の男だ。傍らの武器ラックにはブラスターライフルが掛かっている。

 とその時、ズズズン!と機動城がひときわ大きく揺れた。

 ノヴァルナは揺れの勢いに任せて整備用通路の端から飛び出し、傾く床に体を斜めにしながら突っ走って、ノヴァルナに気付いて唖然とするピーグル星人の顔面を、問答無用に殴り付ける。そのピーグル星人の作業員は、ライフルも取れないまま鼻を潰され、格納庫の壁に後頭部を強かに打ち付けて気絶した。

 相手が動かなくなったのを確かめたノヴァルナは、整備通路の端から顔を覗かせる女性達を振り向いて手招きをする。掴まる所がなく、女性達は機動城の揺れに何度か転びながら、ノヴァルナの元へ辿り着いた。ただ流石というべきか、殿(しんがり)を守るノアは、BSIパイロットとしても一流で、この揺れの中でも転ぶ事無くやって来る。

 その間に、ノヴァルナは気を失った作業員の懐を探り、格納庫へ繋がる扉のカードキーを手に入れていた。そしてやって来たノアと目を合わせ、軽く頷き合うとカードキーを認証スキャナーに通す。カチャリという音がして解錠するのが分かった。

 スライド式の扉を僅かに開けて中の様子を窺う。格納庫の中は薄暗く、楔型の黒いフォルムしか見えないが、大きな金属の塊が据えられているのが分かった。あれがシャトルであろう。



だが―――


“誰か…居やがるな”

 中を窺うノヴァルナは気配を感じ、双眸を鋭くした。


 格納庫の中の気配―――それは殺気であった。

 無論、そのような殺気を、素人に感じ取る事は出来ない。だが十七歳という感受性の高い年齢で、すでに死線を何度も超えて来たノヴァルナにはそれが分かる。相手が危険な存在である程、強く感じる。

 しかしここまで来て逃亡する事は出来ない。シャトルを奪う以外の選択肢は残されていない。

「ノア」

 ノヴァルナに呼び掛けられたノアは思わず固唾を飲んだ。ノヴァルナの表情から、緊迫した状況に陥った事を知ったからである。

「ここを頼む」

 無言で頷くノアに頷き返し、ノヴァルナは武器ラックのブラスターライフルを手にすると、女性達の一人、他の女性の面倒を見るように頼んだ三人のうちの一人に、声を掛けた。その相手は丈の長い外套を羽織っている。

「あんた。その上着を貸してくれ」



 シャトル格納庫に潜んでいたのは、レブゼブ=ハディールの親衛隊である、寒冷地迷彩服の男であった。レブゼブに命じられ、万が一の場合、オーク=オーガーとこの機動城『センティピダス』を見捨てて脱出するため、シャトルの確保に動いていたのだ。
 男は特殊部隊上がりと思われ、ノヴァルナがタペトスの町の戦闘でこの男の同僚に、一対一であわやというところまで追い詰められた通り、相当な手練れだった。

 男は侵入した格納庫の反対側の出入り口付近で、ノヴァルナが作業員を殴り飛ばした一連の物音を聞き、その意図を察知して身構えていた。
 ヘルメットと一体化したゴーグルは赤外線による熱感知モードにしてあり、薄暗い格納庫内に入って来たところを、ブラスターライフルで狙撃するつもりである。

 すると銃口を向けていた扉がスライドして開き、人の姿をしたものが飛び込んで来た。熱感知でも体温でオレンジ色の人型が、ゴーグル内のモニターに浮かぶ。即座にライフルを放つ親衛隊員。だがライフルのトリガーを引き終える刹那、その男は自分のミスを胸の内で呪った。
 男が狙撃したのは女性が着ていた、まだ体温が残る外套だったのだ。瞬時に気付いたものの、トリガーを引きかけた指は止められなかった。

 そしてその僅かな時間に、ノヴァルナは外套を引っ掛けたブラスターライフルを放り出し、野球のスライディングを思わせる動きで、格納庫の中に滑り込んでいた。その次の瞬間には、敵が狙撃して来た位置に見当をつけて、ハンドブラスターを撃ち放つ。

 ノヴァルナが二発、三発と放ったビームは、敵兵を倒す事無くシャトルの外殻に当たって、火花を散らした。敵兵に命中させる事よりも、格納庫の中へ飛び込むための牽制が目的であり、ノヴァルナの目に失望の色はない。
 敵の親衛隊員を牽制射撃でひるませておき、格納庫の中に侵入を果たしたノヴァルナは、扉の脇の密集した金属パイプの列の陰に、素早く身を潜り込ませた。即座に敵兵の反撃があり、複数のビームの射撃を受けてパイプの一本が火花と共に砕け、白い気体を勢いよく噴き出す。



 一方、『センティピダス』の指令室では、上空に打ち上げた偵察用プローブからの情報に、レブゼブ=ハディールが眉をひそめていた。

「敵艦がいなくなっただと?」

 レブゼブが問い掛けるのは、プローブを遠隔操作しているオーク=オーガーの手下である。侵入者の脱出に応じて『センティピダス』に対し、衛星軌道上からの艦砲射撃を企図していると思われた大型艦、つまり工作艦『デラルガート』の姿が消えているという報告だ。

「はい。映像カメラをはじめ、どのセンサーにも反応がありやせん」

「むう…」

 思案顔のレブゼブに、幹部の一人が進言する。

「俺達に気付かれて、逃げたんじゃねえですかい?」

「安易に楽観的な予測は、するべきではない」

 と窘めてみるものの、ここはレジスタンスを押し返すチャンスであった。それを煽るように、『センティピダス』を操縦する手下が報告する。

「レジスタンス共の一部が、まもなく火炎放射器の射程に入ります!」

 火炎放射器の射程に入った―――それはつまり、たとえ再び敵艦が現れて艦砲射撃を加えようとしても、連中の味方である地上のレジスタンス兵達も、巻き添えになる距離まで接近したという事を表していた。であれば、敵艦はそう簡単にこちらを攻撃できなくなる道理である。

“よし。いいぞ、我の目論見通りだ!”

 目を細めてほくそ笑んだレブゼブは、嘲るような口調で命令を下した。

「先の指示通り、残った“子蜘蛛”と連携して、レジスタンス共を火口へ追い込め!」



 高い地熱で積雪のないサーナヴ溶岩台地を、金属の脚爪が騒がしく音を立て、『センティピダス』のムカデ型をした異様な姿が迫って来る。それを認めたレジスタンス兵が愕然として叫ぶ。

「機動城だ! 『センティピダス』が接近して来るぞ!!」




▶#14につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...