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第12話:灼熱の機動城
#12
しおりを挟むノヴァルナ達がいまだ機動城を脱出していなかったのは、レブゼブ達にとって幸いであった。ノアが捕らえられている女性達に気付かなければ、今頃ノヴァルナとノアは目的を果たして『センティピダス』を離脱し、オーガー一味は捕らえた女性達ごと、『デラルガート』の艦砲射撃を喰らっていただろう。
そしてその艦砲射撃が行われていない事実が、侵入者と女達が人質に使える事を、レブゼブに告げている。
「し、しかし。移動しだすと、砲撃の照準が低くなりますが」
そう尋ねるオーガーの幹部に、レブゼブは“なにを本末転倒な事を…”といった目で応じる。
「どのみち、そう効果のある砲撃ではなかっただろう。そんな事よりここに寝そべっていて、上空から砲撃は喰らいたくあるまい? いいから、我の言う通りにしろ…オーガーと通信を繋げ、我が説明する。砲撃中止だ」
「かしこまりやした」
会釈して了解した幹部は、機動城の操縦を担当する部下達に向き直って告げた。
「ムカデ城を動かせ。前進だ! 砲撃は中止」
「例のウイルスプログラムが、操縦系コンピューターにも侵入してます。重力子バランサーに障害が出て、自動で姿勢制御が出来ません」
部下達が困惑した表情で言葉を返す。それに幹部は苛立った口調で命じた。
「だったら手動でやれ! 急げ!」
『センティピダス』の操縦席は、旧時代の原子力潜水艦や大型航空機のような、操縦桿で動かす方式となっている。操縦担当の手下は副操縦士席の男に、手動で姿勢制御を補助するように言い、這いつくばっていた巨大なムカデ型の機動城を、無数の脚で支えて起き上がらせた。
それと同時に副砲群は砲撃を停止する。そして長い胴体の中ほどで上部のハッチが開き、目玉に羽が生えたような形状の反重力式偵察プローブが三つ、小さな黄色の重力子リングを残して空へ駆け上がって行った。偵察艇が発見したという上空の大型艦を確認するためだ。
ところが『センティピダス』が動き出した途端、レブゼブ達のいる指令室は、大波に呑まれた船のように大きく揺れだした。「おおおっ!?」と驚きの声を上げて、身近なものにしがみつくレブゼブ達。
いや、揺れ出したのは指令室だけでなく、この機動城の内部全体である。重力子バランサーによる城内の水平面安定状態が、手動制御に切り替えたために思うようにいかず、地形の起伏の影響をほぼまともに受け始めたのだ。
「な、何をしてやがる! ちゃんと安定させろ!」
怒鳴る幹部に、副操縦士席の男が振り返って振り返って詫びる。
「すっ! すいやせん! ですが、手動操作なんざ初めてなもんで」
その光景に一瞥し、レブゼブは城内で侵入者を追っているオーク=オーガーに連絡を取るために、インターコムの操作パネルに手を伸ばそうとした。すると先にスピーカーがオーガーの怒鳴り声を吐き出す。
「指令室!! 何やってやがる!! なぜ勝手に城を動かした!!?? 砲撃はどうした!!??」
そこでレブゼブはレジスタンスの目論見を告げ、侵入者達を殺さずに捕らえるよう説いた。しかし当然、オーク=オーガーが二つ返事で承知するはずもない。
「バカ言え! こんだけナメた真似されて、生かしておけるかよ!! ヤツらを捕まえて、なぶり殺しにしてやらねえと、気が済まねえだろが!!!!」
するとレブゼブは強い口調で諫めた。
「貴様の気が済む、済まないの問題ではない! 聞き分けろ、オーガー!!」
「む…」
「レジスタンスの術中に落ちれば、貴様は全てを失う事になるんだぞ! それでよいのか!!」
レブゼブにすれば、もはや猛獣使いにでもなったような心境だ。頭に血が上った時のオーガーは、まさに野生動物そのものである。もっとも、レブゼブはすでにオーガーに見切りをつけており、状況によってはこの機動城に搭載している連絡用シャトルを奪い、オーガー達を見捨てて、アッシナ家に帰還する算段をつけていたのだが。
「とにかく―――」とレブゼブ。
「この城が動き出したからには、侵入者達も簡単には外へ出られないはずだ。もう一度言うぞ、生かして捕らえろ。手足の一、二本は切り落としてもよいが、命まで奪う事はまかりならん! いいな!!」
レブゼブは叩きつけるようにオーガーに告げると、相手に何も言わせずにインターコムの通信を切った。キリがないからだ。機動城は相変わらず上下に大きく揺れている。胃に不快感を感じながら、レブゼブはオーガーの手下に問い質す。
「レジスタンス共が展開している地点までの距離は?」
「あと約千メートルです」
操縦桿を握る男が応えると、幹部がレブゼブに懸念を示した。
「しかしハディール様。エネルギーシールドを張れないままレジスタンス共に近付くと、まともに攻撃を喰らいますが?」
大きく揺れる機動城に、レブゼブは身近にある椅子の背もたれを右手で、指令室の壁面を縦に伸びる太いパイプを左手で掴みながら告げる。
「対戦車ロケット程度なら、外殻装甲でも耐えられるだろう。侵入者を逃がさない限り、奴等はこの城を破壊するだけの攻撃は仕掛けられまい。それよりこの城の対人近接戦闘用兵器は、どのような状況か?」
「そ、それが…固定式のものは、頭と尻尾の先に二つの大型火炎放射器を付けている程度で…」
それを聞いてレブゼブは顔を僅かにしかめた。火炎放射器という言葉で“火を噴く大ムカデ”という、怪獣じみた姿を連想したからだ。しかし今は選り好みをしている場合ではない。いや、ウイルスプログラムが侵入した機動城の各システムの今の状態では、火炎放射器のような兵器の方が有効かもしれなかった。
そう判断したレブゼブは気を取り直し、オーガーの手下達に命じる。
「よし。“子蜘蛛”と連携して、レジスタンスをあそこに追い込む」
レブゼブが指令室の窓に向けて指を差したその先には、サーナヴ溶岩台地に幾つかある、火口の一つが噴煙を上げていた。地表に置かれた超電磁ライフルを隠し、オーガー一味に、BSIを伴うレジスタンスの防衛線だと思わせる煤煙を流していた火口だ。火口と言っても、火山のように隆起しているのではなく、大地を引き裂いたように、地表に菱形の裂け目があって、その中心ではオレンジ色をした、煮えたぎる溶岩を窺う事が出来た。
「奴等を火口の縁まで追い詰め、上空の大型艦とBSIに対する人質を増やすのだ!」
それはつまり、城内で侵入者を追跡中の、オーク=オーガーに対する“保険”でもあった。もしオーガーが侵入者を取り逃がしたり、捕らえても怒りに任せて殺害した場合、レジスタンス自体を人質にして、上空の支援艦や、いまだ重多脚戦車と戦闘を続けている2機のBSIユニットとの、交渉材料にしようという、レブゼブの抜け目のなさである。そういった意味ではさすが、アッシナ家の家督相続騒動の際に、上司を裏切り、保身を図った周到さと言ったところだ。
巨大なムカデ型の機動城が、自分達の方へ向きを変えたのを、多脚戦車モドキに大口径ブラスターライフルを放った直後のレジスタンス兵が目にしたのは、それから程なくであった。まだ顔にあどけなさが残るその若い兵士は、あらん限りの声で仲間に警告する。
「大ムカデが来るぞ!」
▶#13につづく
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