銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第12話:灼熱の機動城

#11

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 白い雪が降りしきる中、黒い溶岩台地にまた新たな爆炎が出現し、多脚戦車モドキが片側の脚を吹き飛ばされて横転する。だがその爆炎は、レジスタンスのロケット弾によるものではなかった。自軍の機動城『センティピダス』の副砲群の砲撃が再開されたのだ。

 しかもその砲撃はオーク=オーガーの命じた通り、レジスタンスの浸透戦術に嵌って混戦状態となっている、多脚戦車モドキの戦場の只中を狙ったのである。

「ム、ムカデ城からの砲撃だと!? どういう事だ!!」

「ガンブッシ! ラシュ・アシュ・ザリキッシュ!!!!」

 多脚戦車モドキの乗員達の間に、動揺の言葉が銀河皇国公用語とピーグル語で飛び交う。だがいずれにしても、このまま砲撃に巻き込まれてはいられない。

「引き上げろ! ムカデ城まで撤退だ!」

 しかしそう叫んだ男の乗る多脚戦車モドキは、直後にレジスタンスの放った大口径ブラスターライフルに、下部から撃ち抜かれて爆散した。ただしそれを放ったレジスタンス兵達も、『センティピダス』による砲撃の爆風で飛んで来た岩に、頭を砕かれて絶命する。
 まさか自分達の頭の上に、味方の砲弾が降り注ぐとは思わなかった多脚戦車モドキの乗員と、浸透戦術で乱戦に持ち込めば、『センティピダス』の砲撃は封じられるだろうと考えていたレジスタンスは、敵も味方もなく混乱の渦に飲み込まれた。



 機動城『センティピダス』の内部で、拳銃型ブラスターの発砲音が響いたのは、その砲撃開始より少し前の事である。

「クソッタレ!」

 銃を構えて毒づくノヴァルナの目の前の通路には、息絶えたオーガーの手下が、胸板に血を噴き出す穴をあけて転がっていた。タペトスの町で捕らえた女達を閉じ込めた、部屋の前に達した途端、通路の反対側の部屋からその手下が現れ、こちらに銃を向けたのだ。オーガー達ももう侵入者に気付いているであろうから、今の銃撃音でこちらの位置を知られた可能性は高い。

「急げ、ノア!」

 ノヴァルナは銃を両手で構え、護衛態勢で背後のノアに告げた。

「了解!」

 ノアは短く応えて倉庫の扉の前に立つ。ロック機構は古臭いコード打ち込み式で、数字キーの描かれたパネルが傍らの壁に取り付けてあった。ただ古臭くてもコードか分からない限り、有効な施錠手段である。そこでノアは自分もハンドブラスターを取り出した。

「扉を焼き切ります。扉の周囲から下がって!!」

 ノアは扉越しに倉庫の中の女性達に強い口調で警告すると、ハンドブラスターを連続照射モードに切り替えて、扉の施錠部に銃口を向けた。引き金を引くと施錠部がたちまち白熱化する。内側から女性達の怯えた声が微かに聞こえ、次の瞬間、融けた穴の奥でコトリと音がした。ロック機構が融解し、解錠した音だ。ほぼ同時にハンドブラスターはエネルギーが空になって、使用できなくなる。連続照射は思いの外、エネルギーを消費するのだ。

 ノアは扉の熱が冷めるのを待たず、扉を押し開いた。簡易宇宙服でもあるパイロットスーツには耐熱性もあるからだが、今はそれ以上に時間が惜しい。

 倉庫の中には、身をすくめる二十一人の女性が薄暗い中で立ち尽くしている。その光景に一瞬息を呑んだノアだが、どの女性も着衣にそれほど乱れはなく、まだ暴行を受けていないらしい事が判って、僅かに安堵の表情を見せた。だがすぐに顔を引き締め、女性達に声を掛ける。

「ここから脱出します! ついて来て下さい!!」



 一方ノヴァルナは、コンピュータールームの前に残しておいた対人センサーが、複数の人間の反応を検出したのを知り、そちらの方向へ通じる隔壁の扉を閉め、足元にワイヤーと手榴弾を使用したトラップを仕掛けていた。

 そこに女性達を連れ出したノアが告げる。

「こっちはいいわよ! 行きましょう!」

「おう! 俺が先に行く!」

 ノヴァルナはそう応えて、ノアと女性達の傍らを駆け抜け、反対側の隔壁に向かった。その途中で撃ち殺したオーガーの手下から銃を奪い取り、安全装置を掛けてノアに放り投げる。エネルギーの切れたノアの銃の代わりにしろ、という事だ。

「そいつを使え!」

 だがノアが受け取ったその銃には、死体の血糊がベッタリと飛び散っていた。思わず顔をそむけそうになるノアだったが、これが現実なんだと自分に言い聞かせ、歯を喰いしばってグリップを握り締める。血糊を何かで拭いていては、その間に何が起こるか分からない状況で、致命的な隙になるかも知れないからだった。そもそもが二十人余りの女性を二人だけで守り、この機動城から逃げ出すという、想定外の無茶な話なのである。

 ただノヴァルナはこのような展開でも冷静だった。比較的精神状態の落ち着いている、年長の女性を三人ほど選んで、他の女性達の面倒を見るよう告げる。

「あんたとあんたと…あんた。悪いが他の女達も見てやってくれ。俺は先行して様子を見ながら行くから、三メートルほど離れてついて来てほしい。ノア、おまえは殿(しんがり)を頼む!」

「ええ。わかったわ」

 そう応えるノアは、ノヴァルナを頼もしそうに見ていた。いつもの乱暴な言葉遣いと打って変わり、女性達に対する今の口調は紳士的だ。危機に際して心を躍らせるような危うさはあるが、それでも今のノヴァルナが本当の姿なのだと、改めて確信する事が出来る。

「行くぞ!」

 強い口調で、女性達を励ますように言い放ったノヴァルナは、銃を構え、早足で通路を進み始めた。するとちょうどその保安映像を、コンピュータールームに駆けつけたオーク=オーガーと手下達が目に留める。ノヴァルナがオーガーの手下を射殺した発砲音を聞きつけ、警備モニターの映像をチェックしていたのだ。

「オーガー様、あれを!!」

 手下の一人が指差す先のモニター画面には、倉庫から逃げ出していく、タペトスの町の女達の後ろ姿があった。

「ぬがぁっ!! 女共を逃がす気だ、追え!!!! 城の後部から来る奴等と、挟み撃ちだ!!」

 オーガーは咆哮とともに指示を出して、コンピュータールームを飛び出していく。現在『センティピダス』は停止しており、胴体底部には外へ出られるハッチが幾つもあった。侵入者と女達がそこへ辿り着く前に、城の後部にいる手空きの部下に退路を断たさせなければならない。
 その直後、砲撃音が幾つも起こり、『センティピダス』が身震いし始める。照準センサーがウイルスプログラムで作動しないまま、目測で砲撃を開始したのだ。

「グハハ! いいぞ、レジスタンス共を挽き肉にしてやれ!! グハハハハハ!」

 通路を走り出したオーガーは、イノシシのような顔を禍々しく歪めて笑い声を上げた。ただ肥満体のため足は速くない。手下達が三人四人と追い抜いて、先に行くのに任せる。

 ところがその鈍重さが、逆にオーガーを命拾いさせた。女達を監禁していた倉庫の手前の、隔壁扉を手下の一人が開けた次の瞬間、ノヴァルナが仕掛けていたトラップの手榴弾が爆発して、オーガーの先を走っていた四人を吹き飛ばしたのだ。

「ぶごぉおおッッッ!!!!」

 爆風で仰向けにひっくり返ったオーガーは、豚のような叫び声を発して、自分の後に続く手下達を薙ぎ倒した。

「リシュ・サシュ・アハルシュ!!??」

 ピーグル語で喚きながら体を起こしたオーガーは、扉の前後で倒れている、四人の手下達を唖然と見据えた。三人は即死し、一人は顔を血塗れにして呻き声を漏らしている。こういった扉のトラップに意識が回らないあたりが、軍事的に素人なオーガー一味だった。

「なっ!…舐めた真似しやがってぇえええ!!!!」

 叫んでみたオーガーだったが、その行く手には閉じられたまた別の隔壁がある。「ぬう…」と小さく唸り、背後にいた手下の一人を前に押し出して命じた。

「お、おまえ。開けろ」

「そっ…そんな!」

 拒む手下にオーガーは、黒い金属棍を荒々しく突き出した。

「早くやれ! コイツでアタマをカチ割るぞ!!」

 無論、警戒しながら先行するノヴァルナに、扉ごとにトラップを仕掛けている余裕はなく、次の扉には何の細工も施してはいない。だが殿(しんがり)を務める頭の回転の早いノアが、隔壁を通り過ぎざま、二つ三つの扉を閉めたため、オーガー達はそこに達する度に警戒心を煽られて、足止めを喰らう結果となった。




 一方で、オーガーから『センティピダス』の指揮を任されたアッシナ家参事官、レブゼブ=ハディールはレジスタンスの意図を、ようやく読み解き始めていた。

 レジスタンス共の防衛線に突撃をかけた重多脚戦車から通信が入り、レジスタンスのBSIは当初の2機だけで、あとは超電磁ライフルを置いただけのダミーであった事が判明。さらに上空を偵察した高速連絡艇からは、正体不明の大型艦が衛星軌道を遊弋しており、これが航空支援に向かった4隻の武装貨物船を、破壊したと思われる旨の報告が入ったのだ。

「敵の真の目的は侵入者の脱出に伴い、支援艦の砲撃を行うつもりに違いあるまい。偵察プローブを打ち上げ、この機動城を移動させろ」

「移動させるんスか?」

 レブゼブの指示に、オーガーの幹部の一人が尋ねた。『センティピダス』の停止はオーガーの命令であるから、移動はそれに反する事になるため、指令室にいるメンバーはレブゼブを除き、全員が緊張した面持ちとなっている。

「そうだ。上空にいる艦からの攻撃を封じる。この機動城を、レジスタンス共のいる場所に接近させ、盾代わりにするのだ。その間に侵入者と、逃げた女を捕らえて人質に使う」




▶#12につづく
 
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