190 / 422
第12話:灼熱の機動城
#10
しおりを挟むその頃、時空を超えたノヴァルナ達の元の世界では、ナグヤ=ウォーダ家とイマーガラ家によるヘキサ・カイ星系アージョン宇宙城攻防戦が、終息を告げていた。
六角形の独楽を二つ、向かい合わせに貼り合わせた形の宇宙城は、遠目からは塵芥のように見える無数の破片の中で機能を停止している。そしてその周囲を、イマーガラ軍の宇宙艦艇が埋め尽くし、城の占領を確実なものに見せ付けているようであった。
城の内部ではいまだに、一部のウォーダ兵が立て籠もって抵抗を続けているようだが、その制圧も時間の問題と思われる。
さらに戦闘で発生した大小の破片は、相当数が惑星アージョンの引力に捕らえられ、大気との摩擦熱で、オレンジ色の炎の尾を曳く流れ星となって降り注いでいた。
そのような光景の中、手足をもがれた一機のBSHOが、複数のイマーガラ軍BSIユニットに取り囲まれ、イマーガラ軍第5艦隊旗艦に連行されて行く。ナグヤ=ウォーダ家ミ・ガーワ方面軍司令官ルヴィーロ・オスミ=ウォーダの乗機、ノヴァルナの『センクウNX』と同系列の機体であった。
ルヴィーロは、イマーガラ家宰相セッサーラ=タンゲン率いる、オ・ワーリ宙域侵攻部隊の追撃に移った、重臣セルシュ=ヒ・ラティオの艦隊を援護するため、自らもBSI部隊を指揮して直接出撃したところを、イマーガラ軍BSIの主力部隊に狙われたのである。
旗艦に収容されたルヴィーロは両手を拘束され、六人もの兵士によって第5宇宙艦隊司令官、モルトス=オガヴェイの元へ連行された。
「この度は、武運に恵まれませんでしたな。ルヴィーロ様」
司令官室の中央に座る、白髪が目立つ頭の五十を過ぎたモルトス=オガヴェイは、息子ほども年の離れたルヴィーロに丁寧な言葉で語りかけた。捕虜とはいえ、相手が星大名の一族であれば当然である。だがルヴィーロを立たせておき、オガヴェイは座ったままなのが勝者と敗者の違いを示している。オガヴェイはさらに続けた。
「しかし単機となってなお、我が軍BSIを二十機近く撃破とは、さすがと申せましょう」
「モルトス=オガヴェイ。武人の誉れ高い貴公が、恥をかかせてくれるものよ」
ルヴィーロは言葉を噛み締めるような口調で非難した。ルヴィーロのBSHOに搭乗しての出撃は、アージョン宇宙城の失陥に司令官自らの生命をもって、責任を取る覚悟に基づくものだったのだ。
「そのお言葉、甘受するしかございません。何ぶんにもルヴィーロ様捕縛は、我等が宰相閣下の厳命にございますれば」
オガヴェイが軽く頭を下げてそう告げると、ルヴィーロは表情を険しくした。
「イマーガラ家宰相、セッサーラ=タンゲンか」
「さようです。ルヴィーロ様には我等の人質となって頂きます」
「………」
無言で睨み付けるルヴィーロ。オガヴェイはルヴィーロの傍らに立つ兵士に、目配せで合図を送ると、両手の拘束具を外させる。
「とは申しましても、ルヴィーロ様はウォーダ家御一族。人質であっても御客人として遇させて頂きますゆえ、御家との交換が果たされるまで、この艦でごゆるりとお寛ぎください」
「交換…人質交換だと? 我を誰と交換するつもりか?」
自分が人質交換の材料だと知って問い質すルヴィーロに、オガヴェイは柔和な表情で答えた。
「御家におられる、ミ・ガーワ宙域星大名トクルガル家御嫡男、イェルサス様にございます…」
再び舞台は戻り、惑星アデロンの衛星軌道上で待機する工作艦『デラルガート』では、カールセン=エンダーが、不安そうな表情をして顎の無精髭を指で撫でている。
“遅いな…”
艦長席に座ったカールセンは、傍らに立つ妻のルキナに視線をやった。眼差しを返すルキナの表情にも不安の色が浮かぶ。
二人が待っているのは、『センティピダス』から離脱したという、ノヴァルナの通信だった。その通信が入り次第、『デラルガート』をサーナヴ溶岩台地の直上に移動させ、『センティピダス』に対して主砲射撃を加える手筈なのだ。
だがその通信が、三十分近く遅れている。
無論、万事がタイムスケジュール通りに進むなどとは思わないが、武門の出であるカールセンが感じる、どうにも嫌な部分の遅れであった。
「状況を確かめるために、もっと戦場に近付いた方がいいんじゃない?」
そう問い掛けるのはルキナだ。しかしカールセンは首を振る。
「いや、だめだ。もし敵が健在で、強力な対空兵器があった場合、この艦のエネルギーシールドでは耐えられない可能性がある」
『デラルガート』は軽巡航艦並みの主砲こそ備えているとは言え、艦艇やBSIユニット等を修理・補給するための工作艦でしかない。エネルギーシールドも戦闘用艦艇ほどの出力は、出せないのだ。
事実、アッシナ軍でも正式採用している重多脚戦車は、主砲のブラストキャノンを最大出力で撃てば、衛星軌道上の艦艇への攻撃も可能で、機体のVLSに格納している汎用ミサイルも、小型とは言え、衛星軌道辺りまで到達させる事が出来る。攻撃力では、オーガーの軍に航空支援を行おうとしていた、『クランロン』型武装貨物船より上だった。
そうであるなら、状況が把握出来ない以上、迂闊に接近して地上から迎撃されるのは危険だ。『デラルガート』はノヴァルナとノアが、元の世界に戻る際に必要であり、絶対的に有利な場合を除いて、戦闘するわけにはいかない。
「だけど、あのムカデの怪物に忍び込んだの、ノバくん一人なんでしょう? やっぱり危な過ぎたんじゃない? あの子が脱出出来ないと、作戦全体に影響すると思うんだけど」
生まれも育ちも民間人のルキナは、単純にノヴァルナの身を案じていた。これで実は、ノアもノヴァルナのあとを追って潜入していると知れば、もっと強硬な態度をとったはずである。
妻の言葉にカールセンは考える目をした。確かにルキナの言う通りだった。自分がアンドロイドの代わりに艦長役を依頼されたのも、アンドロイドには出来ない、柔軟な状況判断を求められたからだ。
するとその直後、センサー担当のアンドロイドが新たな反応を告げる。
「センサーに反応。探知方位225マイナス32。距離1万。高速で移動中」
「なに?」とカールセン。さらにアンドロイドは続けた。
「反応は高速連絡艇。方位169マイナス16に針路を変更」
その報告にカールセンは頭の中で舌打ちする。
「針路を変更?…戦闘行動を取らない? 偵察か」
敵は連絡の途絶えた四隻の武装貨物船の状況を確認するため、高速艇を偵察に上げて来たのに違いない。オーガーの軍が武装貨物船と連絡が取れなくなった以上、いずれ現れるとは思ってはいたが、これは面白くないタイミングだ。
連絡艇は『デラルガート』を確認すると、一目散に逃げて行く。おそらくすぐにオーガーの元へ伝わるだろう。それならこれを利用してこちらから動くしかない。
「艦を動かす。針路、054マイナス22。前進微速」
右舷に針路を変え、サーナヴ溶岩台地の上空付近から移動を始める乗艦に、ルキナは怪訝そうな顔を夫に向ける。その表情に気付いてカールセンは応えた。
「心配するな。俺に考えがある」
▶#11につづく
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる