銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第12話:灼熱の機動城

#10

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 その頃、時空を超えたノヴァルナ達の元の世界では、ナグヤ=ウォーダ家とイマーガラ家によるヘキサ・カイ星系アージョン宇宙城攻防戦が、終息を告げていた。

 六角形の独楽を二つ、向かい合わせに貼り合わせた形の宇宙城は、遠目からは塵芥のように見える無数の破片の中で機能を停止している。そしてその周囲を、イマーガラ軍の宇宙艦艇が埋め尽くし、城の占領を確実なものに見せ付けているようであった。
 城の内部ではいまだに、一部のウォーダ兵が立て籠もって抵抗を続けているようだが、その制圧も時間の問題と思われる。

 さらに戦闘で発生した大小の破片は、相当数が惑星アージョンの引力に捕らえられ、大気との摩擦熱で、オレンジ色の炎の尾を曳く流れ星となって降り注いでいた。



 そのような光景の中、手足をもがれた一機のBSHOが、複数のイマーガラ軍BSIユニットに取り囲まれ、イマーガラ軍第5艦隊旗艦に連行されて行く。ナグヤ=ウォーダ家ミ・ガーワ方面軍司令官ルヴィーロ・オスミ=ウォーダの乗機、ノヴァルナの『センクウNX』と同系列の機体であった。
 ルヴィーロは、イマーガラ家宰相セッサーラ=タンゲン率いる、オ・ワーリ宙域侵攻部隊の追撃に移った、重臣セルシュ=ヒ・ラティオの艦隊を援護するため、自らもBSI部隊を指揮して直接出撃したところを、イマーガラ軍BSIの主力部隊に狙われたのである。


 旗艦に収容されたルヴィーロは両手を拘束され、六人もの兵士によって第5宇宙艦隊司令官、モルトス=オガヴェイの元へ連行された。


「この度は、武運に恵まれませんでしたな。ルヴィーロ様」

 司令官室の中央に座る、白髪が目立つ頭の五十を過ぎたモルトス=オガヴェイは、息子ほども年の離れたルヴィーロに丁寧な言葉で語りかけた。捕虜とはいえ、相手が星大名の一族であれば当然である。だがルヴィーロを立たせておき、オガヴェイは座ったままなのが勝者と敗者の違いを示している。オガヴェイはさらに続けた。

「しかし単機となってなお、我が軍BSIを二十機近く撃破とは、さすがと申せましょう」

「モルトス=オガヴェイ。武人の誉れ高い貴公が、恥をかかせてくれるものよ」

 ルヴィーロは言葉を噛み締めるような口調で非難した。ルヴィーロのBSHOに搭乗しての出撃は、アージョン宇宙城の失陥に司令官自らの生命をもって、責任を取る覚悟に基づくものだったのだ。

「そのお言葉、甘受するしかございません。何ぶんにもルヴィーロ様捕縛は、我等が宰相閣下の厳命にございますれば」

 オガヴェイが軽く頭を下げてそう告げると、ルヴィーロは表情を険しくした。

「イマーガラ家宰相、セッサーラ=タンゲンか」

「さようです。ルヴィーロ様には我等の人質となって頂きます」

「………」

 無言で睨み付けるルヴィーロ。オガヴェイはルヴィーロの傍らに立つ兵士に、目配せで合図を送ると、両手の拘束具を外させる。

「とは申しましても、ルヴィーロ様はウォーダ家御一族。人質であっても御客人として遇させて頂きますゆえ、御家との交換が果たされるまで、この艦でごゆるりとお寛ぎください」

「交換…人質交換だと? 我を誰と交換するつもりか?」

 自分が人質交換の材料だと知って問い質すルヴィーロに、オガヴェイは柔和な表情で答えた。

「御家におられる、ミ・ガーワ宙域星大名トクルガル家御嫡男、イェルサス様にございます…」





 再び舞台は戻り、惑星アデロンの衛星軌道上で待機する工作艦『デラルガート』では、カールセン=エンダーが、不安そうな表情をして顎の無精髭を指で撫でている。

“遅いな…”

 艦長席に座ったカールセンは、傍らに立つ妻のルキナに視線をやった。眼差しを返すルキナの表情にも不安の色が浮かぶ。

 二人が待っているのは、『センティピダス』から離脱したという、ノヴァルナの通信だった。その通信が入り次第、『デラルガート』をサーナヴ溶岩台地の直上に移動させ、『センティピダス』に対して主砲射撃を加える手筈なのだ。

 だがその通信が、三十分近く遅れている。

 無論、万事がタイムスケジュール通りに進むなどとは思わないが、武門の出であるカールセンが感じる、どうにも嫌な部分の遅れであった。

「状況を確かめるために、もっと戦場に近付いた方がいいんじゃない?」

 そう問い掛けるのはルキナだ。しかしカールセンは首を振る。

「いや、だめだ。もし敵が健在で、強力な対空兵器があった場合、この艦のエネルギーシールドでは耐えられない可能性がある」

 『デラルガート』は軽巡航艦並みの主砲こそ備えているとは言え、艦艇やBSIユニット等を修理・補給するための工作艦でしかない。エネルギーシールドも戦闘用艦艇ほどの出力は、出せないのだ。
 事実、アッシナ軍でも正式採用している重多脚戦車は、主砲のブラストキャノンを最大出力で撃てば、衛星軌道上の艦艇への攻撃も可能で、機体のVLSに格納している汎用ミサイルも、小型とは言え、衛星軌道辺りまで到達させる事が出来る。攻撃力では、オーガーの軍に航空支援を行おうとしていた、『クランロン』型武装貨物船より上だった。

 そうであるなら、状況が把握出来ない以上、迂闊に接近して地上から迎撃されるのは危険だ。『デラルガート』はノヴァルナとノアが、元の世界に戻る際に必要であり、絶対的に有利な場合を除いて、戦闘するわけにはいかない。

「だけど、あのムカデの怪物に忍び込んだの、ノバくん一人なんでしょう? やっぱり危な過ぎたんじゃない? あの子が脱出出来ないと、作戦全体に影響すると思うんだけど」

 生まれも育ちも民間人のルキナは、単純にノヴァルナの身を案じていた。これで実は、ノアもノヴァルナのあとを追って潜入していると知れば、もっと強硬な態度をとったはずである。

 妻の言葉にカールセンは考える目をした。確かにルキナの言う通りだった。自分がアンドロイドの代わりに艦長役を依頼されたのも、アンドロイドには出来ない、柔軟な状況判断を求められたからだ。

 するとその直後、センサー担当のアンドロイドが新たな反応を告げる。

「センサーに反応。探知方位225マイナス32。距離1万。高速で移動中」

「なに?」とカールセン。さらにアンドロイドは続けた。

「反応は高速連絡艇。方位169マイナス16に針路を変更」

 その報告にカールセンは頭の中で舌打ちする。

「針路を変更?…戦闘行動を取らない? 偵察か」

 敵は連絡の途絶えた四隻の武装貨物船の状況を確認するため、高速艇を偵察に上げて来たのに違いない。オーガーの軍が武装貨物船と連絡が取れなくなった以上、いずれ現れるとは思ってはいたが、これは面白くないタイミングだ。

 連絡艇は『デラルガート』を確認すると、一目散に逃げて行く。おそらくすぐにオーガーの元へ伝わるだろう。それならこれを利用してこちらから動くしかない。

「艦を動かす。針路、054マイナス22。前進微速」

 右舷に針路を変え、サーナヴ溶岩台地の上空付近から移動を始める乗艦に、ルキナは怪訝そうな顔を夫に向ける。その表情に気付いてカールセンは応えた。

「心配するな。俺に考えがある」




▶#11につづく
 
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