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第12話:灼熱の機動城
#09
しおりを挟むレブゼブ=ハディールがオーク=オーガーに告げた、ウイルスプログラムが発動した段階で、侵入者は『センティピダス』から脱出を図っているはず―――という推測は、至極当然なものであった。事実、潜入したノヴァルナとノアも、『恒星間ネゲントロピーコイル』の情報を抜き出した五分後に、ウイルスプログラムをメインコンピューターに注入するように仕掛けていた。
だがどのような物事にも、思わぬ事態…齟齬は生じるものだ。
時間は少し巻き戻り、ノヴァルナがノアに渡したメモリースティックに、『恒星間ネゲントロピーコイル』を含む、『航過認証コード』のデータコピーが完了した直後である。
端末コネクターからメモリースティックを抜き取ったノアが、ノヴァルナを振り向いて言う。
「ノバくん。コピー出来たわ!」
「おう。ノバくん言うな!」
おかしな応じ方をして、ノヴァルナは持ち込んだ小型の汎用コンピューターの、キーを操作した。インジケーターが赤色に変化し、『センティピダス』のメインコンピューターに、ウイルスプログラムを注入するタイマーが作動した事を知らせる。
「行くぞ、ノア! このポンコツムカデから脱出して、『デラルガート』に連絡するんだ」
ノヴァルナは汎用コンピューターの状態を確認してノアを促した。この作戦の本命は軽巡級の主砲を搭載した、工作艦『デラルガート』による『センティピダス』に対する、衛星軌道上からの艦砲射撃だったのだ。その一撃を確実なものにするために、エネルギーシールドの解除が必要なのである。
ところがノアはコンピュータールームの隣の部屋―――つまり侵入時に通り過ぎた手前の部屋の中を、ガラス張りになった壁面から見たまま、立ち止まっていた。
来た時は死角になっていたその壁面は、幾つものモニター画面が埋め尽くしており、各部屋の映像が映し出されている。どうやら通り過ぎた部屋は警備室だったようだ。モニターの一つには指令室が映っており、音声はないが、オーク=オーガーが何かを喚いている様子が見て取れた。
「はん。もうすぐ焼豚になんのも知らねーで、いい気なもんだぜ…いいから行くぞ、ノア」
指令室の映像をせせら笑ったノヴァルナは、もう一度ノアを促す。だがノアの見詰めていたのは別のモニターであった。それを指差して告げる。
「駄目よ…あの部屋、人が…女の人達が囚われてる」
「なにっ?」
ノアの指摘にノヴァルナは表情を硬くした。人質がいる事にまで、思いを至らせていなかったからである。そのモニター画面には、倉庫のような部屋の一つに、ヒト種の若い女性が、二十人ほど押し込められていた。
正確に言うと、それは人質ではなく、オーガー一味がなぐさみものにするために、タペトスの町で捕らえた女性達だ。例のノヴァルナがオーガーに挑発の通信を送った際、麻薬のボヌークを打たれて弄ばれそうになっていたところを、救われた女性達であった。
しまった…とノヴァルナは思う。
女性達を放置して、自分とノアだけ『センティピダス』を脱出するのは、もちろん選択肢の一つである。そしてそのまま『デラルガート』に砲撃させる事も。そもそも、今回の作戦に人質の存在は想定していなかったのだから。
“だが、そんな事を―――”
兵士であれ、民間人であれ、人の生き死にを自分の匙加減で左右する。それが星大名の一族…戦国の銀河に覇を目指す者達には、必要な冷淡さだった。事実、自分はすでに惑星パグナック・ムシュでは、オーガーの貨物船乗組員による原住民の惨殺を見逃したではないか。
そして…初陣では自分を捕らえるため、五十万人もの命が犠牲になったではないか。
無論『デラルガート』に艦砲射撃を行わせず、『センティピダス』から脱出し、そのまま自分とノアだけは『恒星間ネゲントロピーコイル』の中心部に向かって、元の世界への帰還を図る手もある。元々このオーク=オーガー討伐は、ノヴァルナが連中に腹を立て、その結果として自分から首を突っ込んだだけの話であるからだ。
ただそうなるとレジスタンスはさらに戦力を減らし、来るアッシナ家との決戦でダンティス家が敗北した場合、代官オーク=オーガーによる圧政が続く事になる。
するとそんなノヴァルナの、逡巡する気持ちをノアがあっさりと蹴飛ばしてみせた。惑星パグナック・ムシュで、ノヴァルナの向こうずねを蹴飛ばしたように。
「大変だわ、ノヴァルナ! 助けに行かなきゃ!!」
「え…?」
「だからあの女の人達を助け出して、『デラルガート』にこの大ムカデを、砲撃してもらうって話でしょ!」
ノヴァルナからすれば、二十名の女性を連れての脱出と、機動城への艦砲射撃。これを短時間に行う事など不可能であるから、迷っていたのだ。
「お…おまえ、分かって言ってんのかよ?」
怪訝そうな顔をするノヴァルナ。それに対しノアはきっぱりと答える。
「もちろん分かってるわよ。ほら、急がないと、もうウイルスプログラムが起動するわ!」
「いや、だからな―――」
ノヴァルナは改めて自分の考えをノアに伝えようとしたが、不意にノアは真剣な眼差しになってその言葉を遮った。
「理屈を無理に通して、後悔して、自分一人で傷付くのはやめて!」
「ノア…」
「あなたは、自分が今そうすべきだと思った事をするんでしょう!? 彼女達を見捨てる事が、今のあなたにとって、本当にそうするべき事なの!!??」
そう言うノアはここ最近見せなかった、未開惑星パグナック・ムシュに不時着した頃の、辛辣な口調でノヴァルナに詰め寄る。ただその眼差しはパグナック・ムシュにいた時のような、口喧嘩を招く攻撃的な眼差しではなく、ノヴァルナを諫め、気遣うような、訴える視線だ。
「………」
無言で見詰め返すノヴァルナにも、ノアの気持ちは伝わっていた。
“ノアは気付いているんだ…あの惑星で原住民たちの虐殺を見過ごした事が…中途半端な理屈付けで自分の矜持を裏切った事が…俺にとって、喉を掻きむしりたくなるほどの、忸怩たる思いがあるのを”
ノヴァルナは、ふぅ!と大きく息をついて肩の力を抜き、もう一度ノアを見詰める。
“―――ったく、毎回ずけずけと踏み込んで来やがって…大したお姫様だよ、おまえは”
胸の内で呟いて、ノヴァルナは不敵な笑みで右手をノアの頭に、荒々しくボンと置く。
「いたっ…こら! 年上のお姉さんに、生意気でしょ!?」
無造作に頭に置かれた手を自分の右手で振り払い、ノアは抗議の声を上げた。ただやはりその表情に怒りはない。そんなノアの顔を見て、ノヴァルナは理解した。
“ああ、そうか。これが…かけがえのない、ってヤツか………”
元の世界に戻る事が出来たなら、ノアの言ってたサイドゥ家との同盟を、マジでオヤジに進言してみるか―――
「わーったよ! 女達も助けて、このポンコツムカデをぶっ潰す。それでいいか!?」
葛藤を洗い流した目でさらりと言い放つノヴァルナに、ノアは胸を反らし、ノヴァルナの不遜な態度と口真似で応じる。
「おう」
「よし。あのモニターだと、女達の囚われてるのは下の階だ。行くぜ!」
▶#10につづく
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