銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第12話:灼熱の機動城

#05

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 機動城『センティピダス』と、それを待ち受けるレジスタンス達の周囲では、白い雪が舞い降り始めていた。黒く、起伏の激しい溶岩台地は無数の壕のようで、歩兵中心のレジスタンスが潜むには最適な地形である。

 重く垂れこめた雲と、次第に量の増える降雪が、三千メートル程前方をゆっくりと移動する、四輌の重多脚戦車に施された、白とグレー系の積雪地迷彩塗装の効果を高めて、視認を大きく妨げていた。ユノーと同様に元はダンティス軍の兵士だったリーダーの一人が、電子双眼鏡で重多脚戦車を確認しようとする。

 するとその男は双眼鏡を外して両目を瞬かせ、もう一度目に当てた。画面では中央に重多脚戦車を一輌捕捉しているはずなのだが、その部分が細かなノイズで埋め尽くされて、姿が見えない状態になっている。重多脚戦車は正式な軍用兵器であり、電子妨害機能を有しているのだ。

 男は双眼鏡での監視を諦めて、通信機に呼び掛けた。傍受を回避するため、通信機は無線ではなく、細いワイヤーケーブルの繋がった有線通信であった。

「敵は陣形を変えつつあるようだ。『想定パターン1』の通り、小型多脚武装機を出しているに違いない…各員、用意はいいな」

 その問い掛けに、少人数に分かれたレジスタンス兵を小隊規模で率いる、他のリーダー達から「用意よし」「準備完了」の応答が一斉に返って来る。それに対して男は次の行動への移行を、決意を込めた目で指示した。

「よし。総員、浸透行動開始。奴等の進出をやり過ごし、内懐に入る。信号弾を上げろ!」

 程なくしてサーナヴ溶岩台地に、赤い光を放つ信号弾が打ち上がる。それは重多脚戦車へ牽制射撃を続けていた、ユノーと部下のマルロへの合図だった。ノヴァルナの『センクウNX』を代わりに操縦しているケーシー=ユノーは、それを視認してノアの『サイウンCN』を操縦するマルロに告げる。

「信号弾だ、マルロ。射撃を続けながら所定位置まで後退して、敵を引き付ける!」

「り、了解」

 ユノーの言葉におっかなびっくりな調子で応える、部下のマルロ。ユノーは『センクウNX』の操縦に多少は馴染んで来たが、BSIユニットではなく、その簡易型のASGUL乗りであるマルロは、まだ『サイウンCN』のパワーに振り回されているような状況だ。しかし今はそれをどうこう言っている場合ではない。歯車はもう回っているのだから。

 機体制御コンピューターがノヴァルナの操縦のクセを覚え込んで、とんでもなくピーキーな反応を示す『センクウNX』に、自分の方が合わせなければならないユノーだったが、パイロットとしての資質は良いらしく、戦闘開始後しばらくして、敵の重多脚戦車に超電磁ライフルの命中弾を得るようになった。

 ただ重多脚戦車のエネルギーシールドは、耐弾性より避弾性を重視したタイプである。これは大型の大気圏内兵器がよく装備しているタイプで、直角に近い深い角度でなければ、命中弾を喰らっても、弾丸やビームがシールド表面を滑って弾かれ、機体に被害を及ぼさない仕組みとなっていた。
 重多脚戦車の表面でせっかくの命中弾が、青い光の波紋を残しただけで跳ね飛ばされる。それを見て軽く舌打ちをしたユノーは、超電磁ライフルの弾倉を取り換えながら、『センクウNX』を後方へ下がらせた。

 大地を踏む一歩一歩の震動が脳を揺らすように激しく、頭痛すら感じる。機体が地上戦仕様ではなく、宇宙戦仕様のままのため、惑星の重力の影響をまともに受けていたのだ。反転重力子を放出してホバリング移動も出来なくはないが、そうすると今度は本来の操縦者であるノヴァルナのクセがさらに大きく出て、ますます制御に苦労する事になる。

 ダンティス軍の工作艦『デラルガート』では、機体の修理や補給は出来ても、さすがにウォーダ家やサイドゥ家の個人用BSHOの仕様変更までは不可能だった。超電磁ライフルもダンティス軍の量産型『ショウキ』用のもので、ローカルNNLによる照準センサーとのサイバーリンクも出来ないため、マニュアル照準に頼るしかない状況である。

 一方の重多脚戦車は四輌共が一時停止して、二輌が主砲のブラストキャノンを連射して来た。だがこちらもユノー達には当たらない。BSHOは大気圏内戦闘時に、重力子偏向を円滑にするための荷電粒子フィールドを機体に纏うため、かなり出力の高いビーム兵器でなければ、直撃は難しいのだ。

 荷電粒子の膜に触れ、小さな稲妻と共に向きを変えたビームが、『センクウNX』の足元で爆発する。そのコクピットでは、ユノーが前進を中断した重多脚戦車の映像を拡大して、状況を探った。巨大な重多脚戦車の脚の脇に、オーガー達が“子蜘蛛”と呼ぶ、多脚式小型戦闘歩行機の群れが進出して来る。そしてその後方に『センティピダス』が到着すると、一団は再び前進を始めた。

「来るぞ、マルロ。射撃しつつ後退。距離を詰められるな」

 陣形を再編した敵の前進開始を確認し、ユノーは口元を引き締めて部下に命じた。汎用サブコンピューターを立ち上げ、片手で素早くキーを操作する。

「は、はい」

 マルロという名の部下は、操縦する『サイウンCN』をつまづかせそうになりながら、超電磁ライフルを放って後ろに下がった。

「8分だ―――」と、横目でサブコンピューターの画面を見遣るユノー。

「奴等を現在の距離と速度で、8分…前進させるんだ」




 21輌の多脚戦車モドキを全て発進させた、『センティピダス』が再び動き出す。それをリズミカルな震動の再開で知ったノヴァルナは、ノアを連れ、隔壁とパイプで出来たような主通路からコンピュータールームを覗き込んだ。ここの扉にも窓があって中の様子が見渡せる。
 部屋の中にはもう一つの扉があった。その先の透明金属製の窓越しに見える部屋には、一見すると味気ない社員用のロッカーのように思える、コンピューターが奥の壁一面に並んでいる。照明は点いておらず、無人のようだ。

 ここもやはり扉には鍵が掛けられていない。ノヴァルナとノアは一つ目の扉を開けて、中へ侵入する。しかしその先にあるもう一つの扉は、メインコンピューターに直接触れる部屋に繋がるため、さすがに施錠がなされていた。

 そうなれば重多脚戦車の搭乗ハッチから内部に侵入した時と要領は同じである。ノヴァルナは扉の制御パネルを外し、小型汎用コンピューターを取り出して情報端末に接続。解錠コードをスキャンして鍵を開ける。全くの不用心だが本来が軍用のものではないため、コードセキュリティもそれほど厳重ではない。

 逆にノヴァルナは一旦主通路に戻り、小型の対人センサーを片隅に置いて来た。その間に早くもノアはメインコンピューターの端末ポートの一つに立ち、アクセスを試みていた。ノヴァルナはノアの隣のポートに歩み寄ると、自らも端末を起動しながら、先にキーを叩き始めたノアに尋ねる。

「どうだノア。使えそうか?」

「ええ。この移動基地自体は、私達が本来いる時代より六十年ほども前のものだから、相当古いタイプのコンピューターだけど、状態は悪くないみたい」

「オッケー。じゃあ、始めるか。おまえはあのパグナック・ムシュとかいう惑星の方から集めてくれ。俺はここの連中の会計帳簿を探ってみる」

「会計帳簿?…そんなものどうして?」

 ノアはノヴァルナの調べようとしているものが会計帳簿だという言葉に、小首を傾げて問い質した。二人が探しているのは、未開惑星パグナック・ムシュにその一部が置かれていた、恒星間にまたがる『超巨大ネゲントロピーコイル』を建造した、謎の存在に関わるデータのはずだからである。

 ところがノヴァルナはモニターを見詰めたまま、「いいから手を動かせ」とだけ言葉を返し、キー操作を続けた。

「なによ。さっきは帰れって言っといて、偉そうに」

 不満げなノア。ただ文句は言っても、動かしている指は速度を緩めない。見据えるモニターの画面を、呼び出されたデータが高速で流れて行く。

「好きにしろとも言ったぜ、俺は。それでおまえは好きにしたんだから、偉そうにも言うさ」

「あー、ノバくん。その言い方、優しくないー」

 ルキナの口真似をするノアに、ノヴァルナは苦笑を浮かべて言い放つ。

「ノバくん言うな」



 そこで会話は途切れ、二人は作業に集中した。コンピュータールームに機動城の歩行の震動が伝わり、巨大な脚が大地を杭打つ音と、遠雷のような砲撃音が聞こえて来る。そのまま、二分、三分と時間が流れていった。



「あった…けど、これじゃ駄目だわ」

 やがてノアが、関連があると思われるデータフォルダを発見して声を上げたが、中を開いて落胆気味に言葉を繋げる。

「あの未開惑星については、ボヌリスマオウの農園に関するデータばかり。唯一“航過認証コード”って名前のフォルダがあったから、開いてみたんだけど、インストール用のコードプログラムがそのまま入ってるだけ」

 ノアがそう告げると、ノヴァルナは軽く頷いて応じた。

「おう。だがそいつは使えるかもしれねーぜ。一応こいつにコピーしといてくれ」

 そう言ってノヴァルナはポケットから、半透明の紫色をした細い六角柱のメモリースティックを取り出してノアに手渡し、自身はさらにキーを叩く。

「了解…コピーを開始したわ。あなたの方はどう?」

「うん…たぶん…コイツだ。ちょっと待ってくれ」

 ノヴァルナの言葉にノアは意外そうな顔をした。

「本当なの? 会計帳簿を調べてるんでしょ?」



「―――っと、よし。やっぱコイツだ。これが裏帳簿だ」

 いつもの不敵な笑みになり、ノヴァルナはノアに画面を指差して告げる。




▶#06につづく
 
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