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第12話:灼熱の機動城
#04
しおりを挟む『センティピダス』内主通路に、等間隔に並ぶ隔壁の陰に潜んでは進み、ノヴァルナは傍らにいるノアに、小声で語った。
「―――てなワケで、あの豚野郎は軍事的な事はズブの素人だし、ハディールとかいうおっさんも二束三文の類いなもんで、『センクウ』の妙な動きを、かえって疑っちまうって寸法さ」
「呆れた…そんな理由で、いきなりユノーさんをあなたのBSHOに乗せたの?」
「囮なら俺じゃなくても充分だろうよ。『センクウ』の防御力なら、簡単にやられたりはしねーから大丈夫だぜ。ともかく宇宙戦仕様のままのBSHOが二機と、一個中隊分のレジスタンスだけじゃ、いくら相手が宇宙マフィアと傭兵でも、これだけの戦力に勝つのはしんどいからな。そこでコイツの中身を、メインコンピューターにブチ込むってわけさ」
ノヴァルナはそう言って、手にした小型の汎用コンピューターを掲げて見せる。その中には、ノヴァルナがこの惑星に来るまでの間に、工作艦『デラルガート』のコンピューターを使用して作成した、ウイルスプログラムが仕込まれていた。
「だからって、自分一人で忍び込むなんて危険じゃない。無鉄砲なんだから」
「そんな無鉄砲なヤツの後を、のこのこついて来るような女に、言われたかねーよ」
「偉そうに言っても、私がいなかったら―――」
その時、二つ向こうの隔壁の先にある、部屋の扉が開くのが見えた。ノヴァルナとノアは口をつぐみ、目の前の隔壁に背中を張り付ける。二人のならず者が部屋から姿を現し、無駄口を叩きながらノヴァルナとノアの方へ向かって来た。
ノヴァルナは銃をノアに預けると、腰のベルトに提げた、刃渡り30センチ弱のアーミーナイフを取り出す。場合によっては、気付かれて声を上げられないうちに、二人を始末しなければならない。ノアはノヴァルナの握るナイフの、冷たい輝きに息を殺した。
ところが二人はノヴァルナとノアの存在に勘付く事無く、口汚い言葉に下品な笑いを交えながら、すぐ脇を通り過ぎていった。ノヴァルナとノアは、二人のならず者と適度な距離が開くのを待って、音を立てないように用心深くかつ素早く、隔壁の反対側に滑り込んだ。
すると巨大な歩行機械である機動城『センティピダス』は、打ち上げ花火を連発したような、硬い足音の連打と共に不意に停止する。その直後、機動城の主通路に、古臭いブザーの音が“ビーッ!”と響いた。自分達の潜入が気付かれたのかと身をすくめるノヴァルナとノア。
だがそれは“子蜘蛛”部隊の発進の合図だった。けたたましいブザー音に続いて、城内放送でオーク=オーガーの不快な声が、割れるようにがなり立てる。ピーグル語だ。
「バシャッシ・ランズッシュ・アシャ・アシャ・バッキーシュ!!!!」
その言葉を聞いて、通路の奥まで進んでいた二人のならず者は、何かを毒づいて小走りに歩を速め、視界から去って行った。一方でピーグル語を解するようになったノアが、ノヴァルナに通訳してやる。
「例の小型の多脚戦車部隊に、発進を命じたわ」
「て事は、このポンコツムカデが溶岩台地の、雪の無い場所まで来たって話だな」
と応えるノヴァルナ。戦場に設定したサーナヴ溶岩台地は地熱が高く、積雪しない。だがその代わり、そこに至るまでの周辺は雪深い平原となっていて、積雪地でも運用が可能な多脚戦車モドキでも、移動は困難であった。その多脚戦車モドキの部隊に発進指示が出たという事は、機動城『センティピダス』が、サーナヴ溶岩台地にまで到達したという事を示している。
「急ぎましょう―――」とノアは、ノヴァルナから預かった銃を返して言葉を続けた。
「見取図だと、メインコンピューターの置いてある場所は、さっきの二人が出て来た部屋の、二区画先だったはずよ」
「お、おう…」
先に行こうとするノアに、ノヴァルナは鼻白んだ表情で応じて続く。これではどちらがこの機動城に、単身乗り込もうとしていたのか分からない。
「…ったく。用が済んだら帰って、『サイウン』に乗りゃいいってのによ…」
小声で愚痴るノヴァルナにノアは言い返す。
「だって私、地上戦なんて訓練もやった事ないもの。囮しか出来ないんなら、そっちは誰かに任せて、あなたを手伝った方が合理的というものでしょ? 実際、私が居て助かったじゃない」
「そうじゃなくてだな…」とノヴァルナ。
「なによもう、面倒臭いわね。くどくどと、らしくないわよ!」
勝気な面をさらけ出して言い放つノア。ノヴァルナに対して良かれと思ってやった事なのに、当の本人は気に入らない様子なのが腹立たしくなって来る。しかしノヴァルナの気持ちは、また別のところにあったのだった。
「んだと? 面倒臭ぇのは俺の方だ!」
真意はともかく、つい強い口調で返してしまうノヴァルナ。そうなって来るとノアも引き下がれなくなる。
「なんですって!? 私のどこが、面倒臭いって言うのよ!!」
今ではすっかり“打てば響く”ようになった二人だが、こういう形での発露は相変わらずで、蛇足以外の何ものでもない。ただ今回は“雨降って地固まる”の類いだったようである。
「おまえが、こんな危ねーとこまでついて来たら、心配しなきゃなんねーだろが!」
「え………」
ノアは菖蒲の花を思わせる紫色の双眸を見開いた。そしてそれに続くノヴァルナの言葉はなんとも不器用で、この傍若無人な若者をして、かえって誠実であった。
「あ…あの豚野郎共の言葉までマスターして、手伝いに来てくれたのは感謝してる…うん。だがこれ以上は、おまえを…その、危険な目には遭わせたくねえって…は、話だ。だから、こっから先は、まあ…俺一人でも大丈夫なんで…」
ノアは嬉しかった。
この天衣無縫、何ものにも縛られない生き方を演じようとする、ノヴァルナ・ダン=ウォーダが語る、精一杯の誠実な言葉を聞けるのが自分である事が…自分がその資格を得た事が。
だけど、それでも、足りないと思う。
このひとに認められるには―――
「やなこった」
それがノヴァルナに最後まで言わせず、ノアが放った言葉であった。
「はあぁっ!!??」
自分が我を通す時のお株の台詞を奪われて、ノヴァルナは反射的に頓狂な声を発した。
「私、戻らないから」
「てっ!…てめ―――」
ノヴァルナが“ふざけんな!”と怒鳴る前に、ノアは左手を腰に当て上体をやや前屈みにし、右手の人差し指をノヴァルナの胸元に向けて突き出した。怒った時のポーズだ。
「大きな声を出さないで、ここは敵の城の中よ。頭に血が上ると、そんな事も分からないの?」
「う…」
「私は自分の意志で、ここに来たいから来てるの。俺が守ってやらなきゃ…みたいな考え方は、ご不要に願いたいわ」
「なんだと?…」
「………」
無言で睨み合ったノヴァルナとノア。やがてノヴァルナの方が先に視線を逸らし、クルリと背を向けて言い捨てる。
「ふん。好きにしろ…」
とは言えノヴァルナの声に怒った調子はなく、続く「転んでも起こしてやんねーからな」という言葉に、ノアは安堵の微笑みを浮かべた。
▶#05につづく
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