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第12話:灼熱の機動城
#03
しおりを挟むケーシー=ユノーももう一人の若い兵士も、ダンティス軍のパイロットであり、機体の操縦については問題が……あった。
BSHOは元来、将官の個人用完全カスタマイズ機として建造された、人型機動兵器BSIユニットの上位機種である。対消滅炉の総出力は量産型BSIユニットの比ではなく、その操縦レスポンスも、サポートシステムが特定搭乗者の特性を学習する事で、機体の方がそれに合わせていく仕様となっているのだ。
そんなものにいきなり別人を乗せても、本来の性能を発揮出来るはずがなかった。しかもBSIパイロットのユノーはともかく、ノアの『サイウンCN』を操縦している方は、地上戦闘が苦手な簡易型BSIの、ASGULのパイロットだったのである。
「なんだこりゃあ!!」
『センクウNX』のコクピットでユノーが顔を引き攣らせて叫ぶ。10キロメートルほど先を近付いて来る重多脚戦車に向け、撃ち放った超電磁ライフルが掠めもせずに、弾丸が右側を通り過ぎて行ったからだ。
かつて自分が操縦していたダンティス軍の主力BSI、『ショウキ』とはまるで機体の反応が違う。ちゃんと狙ったはずの弾が、当てずっぽうで撃ったように見当違いの位置を飛んで行く。
“ノヴァルナ殿下は普段、どんな操縦してるんだ!?”
焦るユノーは向こうの方でやはり岩陰に隠れ、超電磁ライフルを放った部下の『サイウンCN』に目を遣った。だがその一撃も弾が飛んで行くのは、自分以上に“明後日の方向”に近い。
「マルロ。落ち着いて撃て」
『サイウンCN』に乗る若い兵士はマルロという名らしい。正確な射撃を促すユノーだが、それはむしろ、自分に向けた言葉であった。それに『サイウン』の方は本当なら、正式な搭乗者のノア姫が乗るはずだったのである。
それが作戦開始直前になって、“自分もノヴァルナのところに行く”と言い出し、機体を近くにいたマルロに預けて、反重力バイクで飛び出して行ったのだから無茶苦茶な話だ。
ノバックと名乗っていた少年が、本物の銀河皇国関白ノヴァルナ・ダン=ウォーダと同一人物だと分かり、事実上その指揮下に組み込まれてしまったユノーだが、当然ナグヤ=ウォーダの兵士ではないため、実戦でも一見すると傍若無人な行動を取るノヴァルナを理解出来はしない。
不敬だと分かっていても、ユノーは思わざるを得なかった。
“こんな作戦で…大丈夫なのか?”
『センティピダス』の頭の付け根にある、この機動城の指令室では、アッシナ家からの参事官レブゼブ=ハディールが、先行させた四輌の“大蜘蛛”の報告に、眉をひそめていた。
サーナヴ溶岩台地に布陣したレジスタンスの戦力に、二機のBSIユニットがいるらしく、それが盛んに撃って来て、こちらの接近を阻む行動に出ているという話である。
“おかしい…これまでレジスタンス共の戦力には、BSIユニットなどなかった。アッシナ軍がこの周辺宙域を掃討した際に、残存機全てを喪失したはずだぞ”
これはもしや、レジスタンスにダンティス家との補給路が確立されたのでは―――レブゼブの意識に、懸念の渦が巻き起こった。
レジスタンスはダンティス軍残党が中心である。奴等がオーク=オーガーの元から奪い取ったNNL封鎖解除キーのコピーデータを、主君マーシャル=ダンティスの元に届ける事に成功したのならば、その見返りとしてレジスタンスに、この惑星を奪還出来るだけの戦力を与える事も充分あり得た。
だがそんな風に思考を巡らせるレブゼブをよそに、惑星アデロン差配アッシナ家代官オーク=オーガーは、重多脚戦車からの報告を受けて吠えるように指示を出す。
「たかがBSIの二機程度で、ガタガタ言うんじゃねぇ!! 『センティピダス』はこのまま前進しろ! 雪のない場所に着き次第、“子蜘蛛”も全部出せ!!」
オーク=オーガーにすれば、レジスタンス共に協力しているノバックという名の小僧から届いた、挑戦状めいた通信で見せ付けられたものが、気が気ではなかったのだ。
それは未開惑星パグナック・ムシュに極秘で建設していた、ボヌリスマオウの大農園がノバックの小僧の仕業で火を掛けられ、今この時点でも燃え広がっている現状である。
“一刻も早くレジスタンス共を壊滅させ、あの小僧をぶっ殺して、農園に火を掛けて回っているロボットのコントローラーを奪い取らねぇと!”
惑星パグナック・ムシュの亜熱帯地域を占めるボヌリスマオウの大農園は、麻薬のボヌークで今の地位を得たオーク=オーガーの命綱だった。アッシナ家の側近スルーガ=バルシャーの思惑により、解除キーを奪われた罪を揉み消され、命が救われた事などもはや頭になく、レジスタンスを潰す事だけに躍起になっている状態だ。
「急げ! 射程に入り次第、『センティピダス』も砲撃開始だぁッ!!」
右手に握る愛用の黒い金属棍を、メインスクリーンに向けて突き出し、叫ぶオーガー。それに対してレブゼブは警戒を促した。
「待て、オーガー。少し速度を落とせ」
「あぁん!? 何言ってるんだ、ハディールさんよ! 早く奴等を叩き潰さねえと、パグナック・ムシュの農園は、今この時も燃えてるんだぜ!!」
喚くように言うオーガーに、レブゼブは強い口調で告げる。
「だからそうやって、貴様を焦らせるのが奴等の狙いかも知れんのだ! 落ち着け!」
「ぬう…」
「考えてもみろ、レジスタンス共がこれまで、この機動城と四輌の重多脚戦車を擁する我等に、正面から挑む事はなかった。それを今回は奴等から決戦を求めて来た。それを企図できるだけの戦力が整っていると考えるべきだろう。そうでなければ、わざわざあのような子供に挑発させて来るものか」
「だ、だがな」
「それに、出現したBSIの動きが妙だ。適当な射撃でこちらを誘い込もうとしている可能性が高い。そもそもBSIが二機だけのはずはなく、残りは周囲に潜んで縦深陣を組んでいる恐れがある。冷静に対処しろ!」
「む…ぬ…くそ、わかった」
レブゼブに筋道立てて諭されると、短絡的なオーガーも聞き分けないわけにはいかなかった。そういった軍事的な面も含めた、クェブエル星系代官という地位を補佐するため、参事官としてアッシナ家が派遣して来たのがレブゼブだからである。
部下に『センティピダス』の進行速度を落とすよう命じ、レブゼブに向き直ったオーガーは、不満げな表情を残したまま尋ねる。
「で、どうしろってんだ?」
「必要なのは、航空支援だ」
レブゼブはそう応じて、通信担当のオーガーの手下に自ら問い掛けた。
「出撃を命じた、武装貨物船はどうしている?」
戦場における立体戦では、上空から敵の戦力と布陣を偵察するのが定石だ。ところがそれに対して通信担当官は、困惑気味な顔をして振り返った。
「それが…さっきから何度も呼び出してやすが、全く応答がねえです」
「なに? あれほど厳命していたのに、まだ発進しておらんのではないだろうな! 貨物船ではなく、各宇宙港に確認してみろ!」
だがこの時すでに、航空支援に向かっていた四隻の武装貨物船が、『デラルガート』に撃破されていたとは知るはずもない。
「………宇宙港から返信が来ました。ですがどの宇宙港も、指示通り貨物船を発進させたと言っておりやす」
通信担当官の報告を聞き、レブゼブは苛立ちを隠せなくなった。
「ええい、何をやっている…もういい。オーガー、こちらの陣形を変更させよ」
「どんな風にだ?」とオーガー。
「四輌の重多脚戦車を、この機動城の前方に半円状に配置して、牽制行動と思われる二機のBSIに応戦しつつ等速で前進。地表露出箇所に到達したら、小型歩行戦車をその四輌の重多脚戦車の間に並べ、面制圧を行うのだ。待ち伏せているはずの残りのBSIが出現したら、この機動城の砲撃で潰していけ」
「なるほど…俺達の方から逆に、奴等のBSIを誘い出すってワケだな。だが急がねえと、農園が燃やされちまっては―――」
また話を蒸し返そうとするオーガーを、レブゼブは詰問調で叱り付ける。
「貴様は“命あっての物種”という言葉を知らんのか! バルシャー様に叶えて頂いた折角の助命を、奴等の誘いに乗って無駄にするつもりか!!」
「わかった、わかった」
不承不承といった様子で応じたオーガーは、通信担当官に丸投げする形で命じた。
「おい。今のハディール参事官の作戦を、“大蜘蛛”と“子蜘蛛”の連中に指示しろ!」
レブゼブ=ハディールはアッシナ家の武官だけあって、ひと通りの戦術的知識を有していた。
だがそれはあくまでも、常識的な戦術知識の範疇に限られており、そこをノヴァルナにつけ込まれる形になっていたのである。
オーガー達の中核戦力である機動城『センティピダス』と四機の重多脚戦車に対抗するには、陸戦仕様のBSIユニットが一個中隊12機は必要な事と、実際にはマーシャル=ダンティスに支援要請を却下され、ノヴァルナとノアの宇宙戦仕様のままのBSHOが、二機しかない事は前述の通りだ。
そこでノヴァルナは『ネゲントロピーコイル』建造者の情報収集を兼ね、『センティピダス』のメインコンピューターを破壊して、指揮系統を麻痺させるために潜入したのだった。
ユノーを『センクウNX』に乗せたのも、二機のBSHOをいきなり出現させて、適当な射撃をさせているのも、ノヴァルナが工作を終えるまでの時間稼ぎである。そうとは知らないレブゼブはなまじ戦術知識があるため、レジスタンスの行動から勝手に、BSI一個中隊の待ち伏せという罠の存在を想像していたのだ。
▶#04につづく
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