銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第12話:灼熱の機動城

#02

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 オーク=オーガーの機動城『センティピダス』の内部は、戦闘態勢に入ったためか、思いの外静かであった。ただそうは言っても積雪を貫き、その下の地表を打つ歩行脚のリズミカルな響きと震動は止むことがない。

 重多脚戦車との昇降口から『センティピダス』の内部に侵入したノヴァルナは、エアロックの窓から様子を探り、周囲に人の気配がないのを確かめて、慎重に主通路へと出た。

 主通路は、内部の幅が二十メートルほどある『センティピダス』の胴体部分の、やや右寄りを縦に貫く形となっており、幾つもの隔壁によって仕切られていた。四百メートル近い長大な胴体を、二十二の体節に分けているための構造であるが、むき出しのパイプや配電盤なども含めて、ノヴァルナにとっては身を隠す物陰が多く、有難い環境である。

 さらに主通路は右端に等間隔で、上下に通じると思われるハッチが設けられていた。機動城の乗員達の活動空間は事実上、三層に分かれているようだ。
 隔壁の一つに身を隠し、顔を半分だけ覗かせて主通路の先まで窺ったノヴァルナは、拳銃型ブラスターを右手に、誰もいない通路を壁に沿って前進する。

 『センティピダス』の後方は倉庫や物置ばかりだったが、やがて予備制御室の一つと思しき、狭い部屋の前に辿り着いた。背中を張り付けたノヴァルナは、音を立てないようにして扉の窓から中を覗く。純粋な軍用施設であれば、このような窓を扉に取り付ける事はないが、『センティピダス』は元が移動式地質調査基地であるため、その時のままなのだ。

 部屋の内部は何かの制御コンソールが真ん中に据えられており、その左右にはあとから取り付けたらしい、コンピューターやら操作パネルがあった。そして制御コンソールの前に置かれた椅子は、オーク=オーガーの手下であるピーグル星人の男が座っている。一人だけのようだ。
 ノヴァルナは左手でそっと扉の把手を握り、力を込めてみた。手応えが軽く、鍵は掛かっていないのが分かる。



 そのピーグル星人の男は椅子に座り、ウイスキーの入った小瓶を煽っていた。ひどい安物だが退屈しのぎにはなる。機動城は戦闘態勢に入っているが、倉庫係の自分には直接関係ない事だ。

 レジスタンス共との決戦という話も、男にはぴんと来なかった…部屋に忍び込んで来たノヴァルナにいきなり後頭部を強打され、何が起きたのかも知る事無く気を失うまでは………
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 後頭部を激しく肘打ちされた拍子に、飲もうとしていたウイスキーの小瓶の先を、ピーグル星人の特徴の大きな豚鼻にあいた穴の片方に突っ込み、噴き出した鼻血まみれで失神した男を床に転がしておいて、ノヴァルナは制御コンソールに歩み寄った。

“どうやらここは、このポンコツムカデが地質調査基地だった頃の、地下掘削機制御室だったらしいな…”

 今は倉庫係の詰所になっているが、以前はボーリング調査に使用する、掘削機の制御室だったようである。だが今は電源こそ入っているものの、制御コンソールそのものは稼働していないらしい。そこでノヴァルナは、後付けされたコンピューターに手を伸ばした。

 幾つかキーを叩き、『センティピダス』のネットワークに接続を試みる。だがここでも画面に表示されるのはピーグル語であった。ある程度予想できた事なので、ノヴァルナは重多脚戦車のドッキングポートから侵入する時にも使用した、小型の汎用コンピューターを取り出し、端末を繋ごうとする。汎用コンピューターに翻訳させるためだ。

 ところが『センティピダス』は銀河皇国製だが、その後付けコンピューターはピーグル星人の規格らしく、ノヴァルナの持って来た汎用コンピューターとは、コネクターの形状が全く違っていた。これでは接続できない。思わぬ手間にノヴァルナは舌打ちした。

“チッ…とっととメインコンピューターにアクセスしねぇと、時間切れになるってのによ…”

 仕方ない、別の部屋をあたるか…と思った直後、ノヴァルナは扉に誰かの気配を感じ、反射的にブラスターの銃口を向ける。


だが、そこにいたのはノアであった。


 眉間にピタリと銃口を突き付けられたノアは、両手を挙げて引き攣った愛想笑いを浮かべ、ノヴァルナに声を掛けた。

「お…お困りかしら?」

 一瞬、茫然としたノヴァルナだったが、我に返ると慌てて銃を下げ、驚いた顔で声を落として問い詰める。

「馬鹿野郎! てめ、なんでここに居んだよッ!?」

「別のバイクで後をつけて来たの。初めて運転してみたけど結構楽しい乗り物ね。ミノネリラに帰れたら、私も一台買おうかしら」

「そうじゃなくて、どうしてついて来たって話だろが!!」

 それは、とぼけるノアに真面目な表情のノヴァルナと、いつもとは正反対の光景だった。

「それはもちろん、あなたを手伝うためよ」

 ノアはすまし顔で答えると、困惑気味のノヴァルナを押し退けるように前を通り過ぎて、後付けコンピューターの前に立った。そしてピーグル文字で刻まれたキーを軽やかに叩き、画面を確認しながら、迷う事なくデータを処理していく。

「おまえ…」

 呆気に取られるノヴァルナに、ノアは微笑みを浮かべて振り向いた。

「この星に戻って来る間で、あなたが作戦を練ってる時、私、ピーグル語を学習していたのよ。あなた、ずっとこの言語に手こずってたでしょ?」

 それだけ告げると、ノアはピーグルのコンピューターに向き直り、操作を続ける。そんなノアの横顔をノヴァルナ無言で見詰めた。

 ピーグル星人の言語自体はこの宙域では珍しいものではなく、ダンティス家にも記憶インプラントのデバイスはあるはずだ。

 ただしそれを記憶に入力したとしても、知識として活用するには、読解や構文を重ねてそれなりに習練が必要であった。それをこの短期間に果たしたとなると、ノアの努力は相当なものだと理解出来る。ノヴァルナはノアに寄り添うように立ち、「へへ…」と小さく笑いながら、人差し指で鼻をこすって、少々照れた顔にわざと悪ぶりながら告げた。



「おまえさ…いい女だよな」

「そういうヤクザな言い方はやめて」

 とは言うものの、画面を見据えたままのノアに怒った様子はない。キー操作を終えて、ノアは「はい、どうぞ」とノヴァルナに場所を開けてやった。ノヴァルナが画面を覗き込むと、そこにはこの『センティピダス』の内部見取図が表示されている。

「メインコンピューター室はここよ」

 そう言ってノアは画面に表示された、機動城の見取図の真ん中あたりの一室を指差した。そしてさらに言葉を付け加える。

「残念だけどこの部屋のコンピューターじゃ、目的の情報に直接アクセス出来ないみたい。極秘扱いになってるようね」

 ノヴァルナがこの『センティピダス』に潜入し、探ろうとしている情報―――それはあの未開惑星パグナック・ムシュに建造されていた、『恒星間超巨大ネゲントロピーコイル』を構成するパーツコイルの一つに関する情報であった。
 自分で足を運んではみたが、現地でのパーツコイルは、エネルギーシールドが張り巡らされていたため、外から眺めるだけで終えるしかなかったのである。

 しかしノヴァルナ達が奪ったオーガーの貨物船で、パーツコイルに向かった際、船の航法装置が“航過認証コード”なるものを自動送信した事から、『恒星間超大型ネゲントロピーコイル』を建造した謎の存在とオーク=オーガーの間には、やはり何らかの接点があると判明した。

 そうであれば、オーガー一味の本拠地であるこの『センティピダス』には、その謎の存在に関する何らかの情報があるに違いない―――そう睨んだノヴァルナは、単身でこの『センティピダス』に潜入し、コンピューターをハッキングするつもりだったのだ。


 だが思いのほか手間を喰い、ノアの支援を受ける結果となったのは、記した通りである。

 そしてノヴァルナが時間を気にしたのには、もう一つの理由があった。その理由が外から聞こえる、遠雷のような響きの始まりである。ケーシー=ユノー達、アッシナ家の残党を中心としたレジスタンスの攻撃が開始されたのだ。

 ノヴァルナ達に先行してアデロンに降下したユノー達は、サンクェイの街の戦闘で撤退した自分の部隊の生き残りに、周辺に潜伏していた他の部隊の応援を得ておよそ四百名弱、二個中隊程度の戦力がサーナヴ溶岩台地に布陣し、オーガー一味を待ち構えていた。遠雷のように響いて来る音は、『センティピダス』を発進し、前方に進出した四輌の重多脚戦車との間に生起した、戦闘のものに違いない。


 ノヴァルナの潜入の目的は二つ。一つは『センティピダス』のコンピューターシステムをハッキングし、例の『ネゲントロピーコイル』を建造した存在との接点を探る事。そして二つ目は、そのコンピューターシステム自体を破壊して、レジスタンス達の戦闘を支援する事である。

 ただここで奇妙なのは、ノヴァルナのBSHO『センクウNX』とノアの『サイウンCN』がレジスタンスの部隊に加わっている事実だった。搭乗者の二人が『センティピダス』の中にいるのにも関わらずだ。
 地熱で雪が積もらず、むき出しの地表が緩やかに隆起したサーナヴ溶岩台地の、巨大な窪みの多い地形を利用し、身を隠した『センクウNX』と『サイウンCN』は、接近して来る四輌の重多脚戦車に向け、超電磁ライフルを放っている。


 実は『センクウNX』にはユノーが、『サイウンCN』にはタペトスの町から逃げ出す時、地下坑道でノヴァルナに突っ掛かった、若い兵士が操縦していたのだ。



▶#03につづく
 
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