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第11話:未開惑星の謎
#16
しおりを挟む包囲陣形を突破したと思った直後、セルシュは目を見張った。半円状に広がった敵の包囲陣形の底の部分、やや厚みが残っていた部分が、皮を剥がすように分離したのである。艦数はおよそ七十、セルシュの第2艦隊と同程度で、素早く五本の単縦陣に組み変わりながら、タンゲンの本陣とナグヤ艦隊との間に、割り込もうとし始める。
「分離した敵艦隊、信号確認。イマーガラ家第5艦隊です!」
オペレーターの言葉にセルシュの参謀達はざわめいた。敵の分離した包囲陣の一部は、本陣への襲撃に緊急対応で独断分離した艦艇ではなく、統制された一個艦隊による迎撃行動だったからである。
そして敵の第5艦隊といえば、イマーガラ家の猛将モルトス=オガヴェイが率いる、精鋭艦隊だった。それが包囲陣の底の部分に薄く広がって布陣していたという事は、最初からこうなる展開に備えていたに違いない。
「しまった。罠だ!」
参謀達が態勢を立て直す指示を次々と発令する中で、セルシュは呻くように呟いた。イマーガラ艦隊の見事な包囲陣形への移行に、僅かな隙を発見するのは凡将のよくするところではない。タンゲンはセルシュの手腕を評価した上で、この智将なればこそ見つけ出せるレベルの、艦隊運動の齟齬を演出させたのである。
しかもさらに、宇宙城のある惑星アージョンの月に設置されている監視・補給基地から、驚くべき情報がもたらされた。通信士官が慌てた様子で駆け寄って来て、首脳陣に報告する。
「アージョン・ムーンベースより緊急電です!」
「読め!」と参謀の一人が命じる。
「はっ!…“発、アージョン・ムーンベース司令部。宛、ナグヤ家ミ・ガーワ方面軍司令部。本文、敵艦隊見ユ。ワレヨリノ全天方位056-034。艦数、百五十ヲ超ユル”以上」
「なにっ!?」
「百五十を超える敵だと!!」
「馬鹿な! 二個艦隊はあるぞ!」
表情を強張らせる参謀達。このアージョン宇宙城攻防戦にイマーガラ家が展開させている艦隊だけでも、五百隻以上はあるというのに、さらに百五十隻もの増援など、想定出来るものではない。ナグヤと同盟関係にある独立管領ミズンノッド家の、カーリア星系を封鎖している艦隊と、さらにミ・ガーワ宙域の治安維持にあたっている艦隊を合わせれば、千隻以上の艦が入り込んでいる計算になる。これではイマーガラ家本領のスルガルム、トーミ宙域に残る基幹艦隊は、僅か一個程度だ。
“く…これでは勝負にならん!”
圧倒的な戦力差を見せ付けられては、多少の手段を図ったところでどうにもならない。壊滅的打撃を受ける前に後方に下がり、部隊を再編する事が今の最善手だ。
「敵増援部隊の到着まで、どれくらいか?」
セルシュは参謀に努めて冷静に尋ねた。
「おそらく、今の速度ですと二十分程度かと」
戦術状況ホログラムに新たに表示された、敵の増援部隊の表示を見遣って参謀が応える。頷いたセルシュは通信参謀に命じる。
「宇宙城におわすルヴィーロ様に、残存駐留艦隊を率いられ、我が第5戦隊と共に脱出されるよう上奏せよ…アージョン宇宙城を放棄する」
それは重い決定であった。方面軍司令部のあるこのアージョン宇宙城を放棄するという事は、ナグヤ=ウォーダ家がミ・ガーワ宙域に得た、領域と権益を失う事を意味している。そして最後にセルシュは、当然のように付け加えた。
「なお、この責任はすべて、我セルシュ=ヒ・ラティオが負うところである」
ナグヤの一族であるルヴィーロ様の経歴に、泥を塗る訳にはいかない。それがセルシュの思いだった。そしてその一方でどこまでも実直なこの老臣は、自分が後見するノヴァルナ様が帰る場所を失ってはならない、と強く思う。
現在オ・ワーリ本国は、ミノネリラ宙域星大名のサイドゥ家の侵攻を受けて苦戦中であり、ここはミ・ガーワ宙域から撤退してでも、国境防衛を優先する必要があった。
セルシュとて、行方不明になって一ヵ月以上が経つノヴァルナに対し、諦めそうになった事はすでに一度や二度ではない。だがそれでも…と自分に言い聞かせて来たからこそ、本国のナグヤにノヴァルナの親衛隊である『ホロウシュ』を残しているのだ。
“我等が討ち果たされようとも、若様がお戻りになられる場所だけは!…”
眼光鋭く見詰める艦橋のメインスクリーンに、接近して来た敵のオガヴェイ艦隊が砲撃を開始する光景が映し出される。五つの単縦陣はまるでこちらに襲い掛かる毒蛇の群れだ。
「敵の各単縦陣の先頭艦に砲撃を加えつつ、全艦天頂方向に後退。ルヴィーロ様に脱出を急がれるよう連絡せよ! 増援が到着すると二重包囲される恐れがある!」
セルシュは危機的状況に陥りつつある自軍に、性急でありながらも冷静に発令した。戦場における指揮官の動揺は、すぐに全軍に伝播するからだ。
ところが―――
セッサーラ=タンゲンが主君ギィゲルトを盛り立て、当主の座を用意し、イマーガラ家をスルガルム宙域からトーミ宙域、そして今、ミ・ガーワ宙域までもを飲み下す大々名にまで、躍進させた恐ろしさを見せたのはそこからであった。
旗艦『ギョウガク』の艦橋で、自軍と敵軍の動きを確認していたタンゲンは、白い髭をたくわえた龍のような口元を歪めて命令を発した。相手はナグヤ第2艦隊に仕掛けつつある自軍の将、モルトス=オガヴェイである。
「さて…これからが我が本番よ。あとは任せるぞ、モルトス」
「存分に!」
五十歳を超えたオガヴェイだが、通信ホログラムに映るその表情は、生気に満ち溢れていた。戦場の武人としての駆け引きを楽しんだ様子のタンゲンは、当世一流の戦略家の眼に立ち返り、直率の艦隊と増援部隊に次の行動へ移る指示を出す。
オガヴェイ艦隊が放って来るビーム砲の光芒の中で、セルシュは戦術ホログラムが示すイマーガラ軍の動きに、目を見張った。
本陣であるタンゲン直率艦隊は、包囲陣を突破したナグヤ第2艦隊に対して、後退したように見えた。だがその本陣艦隊は、さらにアージョンの惑星圏からも離脱し始める。その方向にいるのは新たに出現した、イマーガラ家の増援二個艦隊だ。だが増援二個艦隊は、こちらに向けていた針路を変更し、緩やかなカーブを描くコースを取りつつある。
「どういう事だ、タンゲン殿…」
戦術ホログラムを睨むセルシュはまるで、眼前にタンゲン本人が居るかのように独り言ちた。増援艦隊と合流して、こちらに逆撃を加えて来るには動きがおかしい。すると合流後の敵の針路を予想したセルシュの老練な将器は、ぞっとする感覚を背筋に走らせた。
タンゲン艦隊は、このままオ・ワーリに雪崩れ込む気なのだ―――
「ぬかったわ!」
突然声を荒げたセルシュに、取り巻きの参謀達が驚いた顔を向ける。
“イマーガラ家の狙いはあくまでも、ミ・ガーワ宙域の治安維持とトクルガル家の失地回復…それがこのヘキサ・カイ星系へ戦力を向けて来たタンゲン殿に対する、我がナグヤ家首脳陣に共通した認識であった。しかしその足でオ・ワーリ領内まで侵攻を目論んでいたとは!”
ほぞを噛む思いのセルシュはオペレーターに問い質す。
「ルヴィーロ様の脱出はまだか!?」
セルシュの問い掛けが直接届いたかの如く、通信ホログラムに方面軍司令ルヴィーロ・オスミ=ウォーダ本人が現れる。
「ルヴィーロ様!」
「セルシュ。私はここに残る」
指令室からの通信と思われるルヴィーロの背後では、彼の参謀達が怒号に近い声で、各部署に指示を出していた。
「何を仰せられます!!」
頬を強張らせるセルシュに、ルヴィーロは淡々と応える。
「敵の意図はこちらでも把握した。セルシュ、おまえは私に構わず、オ・ワーリ侵攻部隊を追撃しろ。こちらは少しでも包囲部隊を引き留めておく」
「そのような事は!…」
セルシュが言いかけると同時に、アージョン宇宙城の外壁を覆う、エネルギーシールドが破られ、激しい光を放って爆発が起きた。画面の中が揺れ、ルヴィーロは体のバランスを取りながら静かに告げる。
「おまえは我が義弟、ノヴァルナの後見人であろう。あやつが戻る事を信じているなら、私に殉じ、ここで斃れてよいはずはあるまい」
「!!!!」
ルヴィーロは、ナグヤ家現当主ヒディラス・ダン=ウォーダのクローン猶子だった。その外見はまだ、セルシュ自身も若かったヒディラスの二十代の頃と同じである。ルヴィーロを見るセルシュの脳裏に、ヒディラスと共にBSIユニットで宇宙を駆けた旧き日々が甦った。
しかしいま目の前にいるのは、ナグヤの当主ヒディラスではなく、運命を共にするべきノヴァルナでもない。
「…御意にございます」
重々しく同意したセルシュは、艦隊に命令を下した。
「全艦後退。敵のオガヴェイ艦隊を引き剥がせ!」
タンゲンのオ・ワーリ侵攻部隊の追撃に掛かろうとする、セルシュ艦隊の状況を見て、宇宙城指令室のルヴィーロは、こちらから打って出る事を命じる。
「セルシュ艦隊の離脱を援護する! 第5戦艦戦隊は残存駐留艦隊と共に、包囲陣の端をこじ開けて脱出ののち、セルシュ艦隊と合流せよ。BSI、ASGUL、宙雷艇、攻撃艇ともに予備も含め全て出せ! 私もBSHOで出る!」
ここが死に場所と覚悟を決めるルヴィーロだが、それも全てがタンゲンの計略の内だった。指揮権を引き継いだモルトス=オガヴェイは、意識的にセルシュ艦隊への攻撃の手を緩め、宇宙城包囲部隊に命令を下す。
「よいか。ルヴィーロ殿が出て来たら殺してはならん。必ずや生け捕りにせよ。これは宰相閣下からの厳命である!」
イマーガラ家第2艦隊旗艦『ギョウガク』の司令官席に着くタンゲンは、爆発の閃光が無数に包むアージョン宇宙城の映像から、接近して来る増援の第8、第9艦隊の放つ、光の群れに視線を移動させて、艦橋オペレーターに問い掛ける。
「合流までの時間は?」
「およそ20分であります」
オペレーターの告げた約20分という時間には、単純に三つの艦隊が集合するまでの時間ではなく、統制をもって次の行動に移れるまでの時間である。それを考えれば、決して長い時間ではない。
「うむ。では我が艦隊は合流後、予定通りこのままアージョン宇宙城を抜き、ヘキサ・カイ星系の向こう側の外縁部まで進んで、超空間転移を行う…通信参謀!」
「はっ!」
居並ぶ参謀達の中から進み出た通信参謀に、タンゲンは念を押すように声を低くして命じる。そこで発した命令こそこのミ・ガーワ宙域を貫き、オ・ワーリ宙域まで我が手に握ろうとする、イマーガラ家宰相セッサーラ=タンゲンの戦略の要であった。
そう…戦乱の世に星大名イマーガラ家を揺るぎなきものとするため、明に暗に策を組み上げ、練り上げて来たのはこの時のためだ。
「オ・ワーリ領内の超空間通信可能圏に到達と同時に、暗号文を発信。キオ・スーのダイ・ゼン=サーガイとイル・ワークランのカダール=ウォーダ…そして、ミノネリラのギルターツ=サイドゥに手筈通り行動を開始させよ」
時空を遠く離れた故郷の危機を知る由もなく、ノヴァルナ・ダン=ウォーダは惑星アデロンの雪に覆われた崖の上から、谷底を這うように進むオーク=オーガーの機動城『センティピダス』の、巨大なムカデを模した姿を電子双眼鏡で見下ろしていた。その傍らには反重力バイクが置かれているだけで、このウォーダ家の若者以外に誰もいない。
『センティピダス』が進む谷の出口から望む先には、積雪のない黒い台地が見え、さらに黒褐色の煙が幾つか立ち昇っている。所々に空いた溶岩穴から上がる煙だ。そこがノヴァルナがオーガーに対し、決戦の地に指定したサーナヴ台地である。『センティピダス』の行進速度から判断すると、到達まではまだ一時間といったところだろう。
「さて…そろそろ行くとするか」
双眼鏡を下ろしたノヴァルナは不敵な笑みで呟くと、反重力バイクにまたがり、崖下の機動城に向けて発進した………
【第12話につづく】
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