銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第11話:未開惑星の謎

#13

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 ノアが告げた元の世界へ帰れる可能性―――それは惑星アデロンへ向かう二日の間に、惑星パグナック・ムシュで発見した超々大型『ネゲントロピーコイル』の一部から、コンピューターによるシミュレーションを、千回以上も繰り返して導き出した結論であった。

 ノアはノヴァルナが見詰める星図ホログラムの中の、青い円盤を指差しながら告げる。

「この円盤が、『ネゲントロピーコイル』そのものよ」

「直径は580光年弱ってとこか」とノヴァルナ。

「ええ。そしてここが惑星パグナック・ムシュね」

 ノアの言葉で、円盤の外周の一点が赤く光を放ち始める。

「そしてあとの五つのパーツがこの星々」

 するとパグナック・ムシュの赤い輝点を頂点の一つにして、正六角形を描く形で五つの白い輝点が、円盤の外周に追加された。白い輝点も惑星のようだが、表示されている文字はどれもカタログナンバーのみの名称で、銀河皇国の植民星ではないようだ。

「この表示されている惑星に、『ネゲントロピーコイル』のパーツがある根拠は?」

 そう尋ねたのはカールセンだった。顎の無精髭を指先で撫でながら、学術的興味を抱いた目で輝点を見渡す。

「二つあるわ」

 ノアの代わりに答えたのはカールセンの妻のルキナである。こちらも普段の気さくな人柄が、学者然とした表情になっていた。ルキナは昔、銀河皇国の超空間航法を研究するベラルニクス機関で研究員をしていた経歴があり、『ネゲントロピーコイル』に関する技術工学の知識を有していたため、今回のシミュレーションでは大きな助力となっていたのだ。

「一つは惑星パグナック・ムシュのコイルパーツの大きさね。ベラルニクス教授の考案した『ネゲントロピーコイル』に当て嵌め、さらに六つのコイルパーツが平面の円盤状に、正六角形を描く形で配置される惑星を洗い出したの」

「もう一つは?」

 とノヴァルナが尋ねると、今度はノアが回答する。

「この『ネゲントロピーコイル』の円盤が、シグシーマ銀河系の中心に対し、真正面を向いていなければならないからよ」

「なんでだよ?」

「銀河系全体の重力の中心だからよ。銀河の中心には超巨大ブラックホールがあるのは、知ってるでしょ?『ネゲントロピーコイル』による熱力学的非エントロピーフィールドは、銀河を一直線に貫くトンネルとも考えられるから、もう一方の端もそれに正対する必要があるの」

 ノアの解説に、ノヴァルナは首を捻りながら再び問い質す。

「どうも、もう一つ飲み込めねーんだが…その熱力学的非エントロピーフィールドが、銀河中心から伸びる真っ直ぐなトンネル状になってるとして、なんでもう一方の端がここなんだ?」

「それは、『ネゲントロピーコイル』を構成する事が出来る、惑星の配置が可能な場所が限られてるのよ。六つの惑星が直径572プラスマイナス0.518光年で正六角形を描き、なおかつ銀河系中心に対し90度の角度を得る場所なんて、銀河に何千億の星系があっても、そうは存在しないはずよ」

「うーん…そいつはまぁ、分かった。だがノア、俺達がブラックホールに飛び込んだ『ナグァルラワン暗黒星団域』は、銀河中心とこのムツルー宙域の直線上じゃねーぞ?」

「それは言葉のアヤよ。おそらく現在、この銀河のブラックホールは銀河中心から伸びる、熱力学的非エントロピーフィールドと次元的に繋がっていて、中に入ったものは超重力に圧し潰されない限り、私達のようにこのムツルー宙域まで“流されて”来ると考えられるわ」

「つまりは、蓋の開いてるマンホールから下水道に落っこちて、そのまま下水処理場まで流されるようなもんか」

 ノヴァルナがそう言うと、ノアは「あのね、もう少しいい例え方はないの?」と顔をしかめて抗議する。ただし否定までしたわけではなさそうだった。

「んで、どうやって帰る?」とノヴァルナ。

 するとノアはホログラムを星図から、自分達の乗る『デラルガート』のシミュレーション画像に切り替えて説明を始める。

「方法は来た時と同じよ。熱力学的非エントロピーフィールドの入口になる、ブラックホールの中へ飛び込み、私が乗っていた船…『ルエンシアン』号のものと同じ規模の、対消滅爆発を起こす事ね。おあつらえ向きに、この『デラルガート』の対消滅反応炉なら暴走自爆させれば、元の『ナグァルラワン暗黒星団域』付近にまで移動するエネルギーを得られるはずよ」

「そいつは豪気な話だが、大丈夫なのかよ? ここには出口がある終点だが、今度は銀河中心へ向かう道で途中下車するんだぞ。出口もねーのに、そんな事が可能なのか?」

「大丈夫。私達は私達の出発点よりも銀河中心…過去には行けないから」

「なに? どういう事だ?」

 ノアの言葉にノヴァルナは訝しげな表情をした。

「これは一度、あなたに言ったはずだけど」

 ノアはそう前置きして続ける。

「私達がこの34年後のムツルー宙域に飛ばされたのは、本当のタイムスリップではなく、異なる時間系に属する超空間航法が発生した事による、疑似タイムスリップなの。つまり皇国暦1555年のオ・ワーリやミノネリラで起きている事も、この1589年のムツルー宙域で起きている事も、現在進行形の事象というわけ。だけどそれ以前…銀河皇国中心部に近い方向は、確定した過去になり、そこから先へは行く事が出来ないのよ」

「未来の人間が行く事の出来る過去の世界なんてものは、実際には存在しねぇから、『ナグァルラワン暗黒星団域』から先は必然的に行き止まりって話か」

「ええ」

「それであと五日しかないってのは?」

 それに答えたのは、ノアよりも『ネゲントロピーコイル』に詳しいルキナだった。

「『ネゲントロピーコイル』を構成する、惑星の配置が崩れるのよ」

 その全貌が判明した超巨大な『恒星間ネゲントロピーコイル』は、それぞれ別の星系に属する六つの惑星が、直径572プラスマイナス0.518光年の円内で正六角形を描き、その中心部に、時空の空白とも言える熱力学的非エントロピーフィールドを発生させているのである。

 だが六つのパーツコイルを有する個々の惑星は当然、自らが所属する恒星系の公転運動を行っている。その個々の公転運動の相対位置が、あと五日で『ネゲントロピーコイル』を構成する六角形の誤差―――プラスマイナス0.518光年の範囲を超えてしまうのだ。シミュレーションによれば、この『ネゲントロピーコイル』はそれぞれの惑星の相対位置が揃う、七年に一度のおよそ三ヵ月間のみ使用が可能となっているらしい。
 しかもそれぞれの恒星系自体も銀河系内を移動しているため、この『ネゲントロピーコイル』は恒久的なものではなく、あと二百年も経つと構成出来なくなるとの事であった。

「危ないところだったわ―――」とノア。

「もしこのシミュレーション結果が得られるのが遅かったら、あと七年もこの宙域で、次の『ネゲントロピーコイル』の発生を待たなければならなかったところよ…次元工学に詳しいルキナさんがいてくれなかったら、たぶん間に合わなかったはずね」

 それを聞いたノヴァルナは、「おー」と声を上げてルキナに向き直り、礼を言う。

「ルキナねーさん、すげーッスね。あざーッス!」

 するとルキナは上体を反らし気味に、上機嫌で応じる。

「ふふん。ノバくん、もっと褒めて褒めて~。あたしは褒められると伸びる子だからー」

 そんなルキナの様子を見たノアは内心、ルキナを本当は相当な大物なのではないかと思った。夫のカールセンも、先に惑星アデロンへ降下したレジスタンスのユノーとその二人の部下も、ノヴァルナがこの世界で銀河皇国関白の座にある、ノヴァルナ・ダン=ウォーダと同一人物である事が判明したあとは、これまで通りとは言いながらも、まだどこかに遠慮を感じさせるのだが、ルキナだけは第一声から、口調に一点の曇りもなく“ノバくん”呼ばわりなのだ。

「よっ。ルキナねーさん、銀河一! 美人妻!」と煽るノヴァルナ。

「おうよ!」とノヴァルナのいつもの口調を真似るルキナ。

 まだ背中に受けた傷の回復は完全ではないはずだが、ルキナはそのような感じを微塵も見せはしない。その一方でノアは、太鼓持ちのように調子の言いノヴァルナを、“だめだコイツ…”と白い眼で見下した。

「ふーん。ルキナがねぇ…」

 腕組みして半信半疑といった表情を見せる夫のカールセンに、ルキナはビシリと指を差す。

「こらッ! なんでやる気を削ぐかな、ウチの旦那は! ノバくんと浮気しちゃうぞっ!」

「それは困りますっ!!」

 …と思わず声を上げたのは、カールセンではなくノアだ。

「………」

 反射的につい口走ってしまった生真面目なノアを、エンダー夫妻は無言で“おやぁ~”と、冷やかしの目をして振り向く。ノアは自分の右手で口元を隠して真っ赤になり、ノヴァルナは指で顎の先を弄りながら、そっぽを向いて聞いていない振りをした。

「えっと…ま、それでだ。その、肝心の熱力学的非エントロピーフィールドが出現する場所ってのは、どこなんだ?」

「う、うん…」

 互いに気まずい空気に包まれながら、ノヴァルナの問い掛けに応じて、ノアはホログラムを操作した。元の星図に戻して『恒星間ネゲントロピーコイル』の中心を指差す。

「銀河基準座標76093345Nの近くね。そこに行けばブラックホールかワームホールに似たものがあるはずよ。ズリーザラ球状星団の外縁部になるわ」

「ズリーザラ球状星団て言やあ、ダンティスとアッシナの決戦が予想されてる場所じゃねーか」



▶#14につづく
 
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