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第11話:未開惑星の謎
#10
しおりを挟む「酷いものだな…」
第二次アズーク・ザッカー星団会戦の終了から二日後、ヘキサ・カイ星系まで撤退して来たルヴィーロ・オスミ=ウォーダ艦隊を、駐屯地の第五惑星アージョン衛星軌道上で出迎える形となった、ナグヤ=ウォーダ第2艦隊司令官代理セルシュ=ヒ・ラティオは、ルヴィーロ艦隊の惨状を眺め、旗艦『ヒテン』の艦橋で重々しく呟いた。
三本の巨大な楔を繋げた形状の巨大戦艦である『ヒテン』は、本来はナグヤ家次期当主ノヴァルナの専用艦だが、それが行方不明となっている今は、セルシュが司令官席に座している。
当初は巡航戦艦6、重巡航艦4、軽巡航艦8、巡航母艦3、駆逐艦14の戦力だった駐留艦隊だが、退避行動に失敗し、帰還出来たのは巡航戦艦3、軽巡航艦2、巡航母艦2、駆逐艦5だけであったのだ。重巡航艦とBSI部隊などは全滅である。
また共同戦線を張った独立管領ミズンノッド家の艦隊は、百隻以上あった戦闘艦を、約四割にまで減らされて、イマーガラ艦隊の一部に本拠地のカーリア星系へ閉じ込められてしまった。
隊列も乱れたまま、ルヴィーロ艦隊は全ての艦が損害を受け、傷ついた体を引きずる獣のような姿で、アージョン宇宙城の駐屯エリアへ進入して来る。それに対して宇宙城から発進した無数の小型作業艇が、急いで応急修理に取り掛かろうと矢のように飛んで行った。
セルシュの傍らに控える参謀が、ルヴィーロ艦隊が受けた大損害の顛末を口にする。
「ミズンノッド家艦隊を追撃しようとした敵の突出を叩き、自らの後退の契機とする戦術だったようですが、その敵が撤退せずに踏みとどまって最後まで抵抗したため、ルヴィーロ様の本隊が逆に退路を断たれる形となり、総崩れとなったとか」
アズーク・ザッカー星団での戦闘の経緯は、すでにセルシュも把握していた。そしてセルシュが見たところでも、ルヴィーロの判断に誤りはないように思う。ただ、トクルガル家筆頭家老のホーンダート率いる艦隊が、潰滅するまで戦闘を継続した事が予想外であったのだ。
「うむ…その代わり、司令官のダグ=ホーンダート殿は討ち死にか」とセルシュ。
敵艦隊のダグ=ホーンダートは自らBSHOで出撃し、ナグヤ家のBSI部隊、さらにミズンノッド家も応援に発進させたBSI部隊の、総勢三十機以上を相手によく戦い、壮絶な最期を遂げたという。
「しかし、当主ヘルダータ殿を失い、嫡子イェルサス殿は我がナグヤの人質。そして今また筆頭家老のホーンダート殿まで討ち死にとは、トクルガル家もこれまで…でありましょうな」
参謀の口調には僅かながら嘲りと、それに相反した同情が感じられた。筆頭家老ホーンダートの無謀とも思える最期に、トクルガル家の落日を感じ取ったのかも知れない。だが武人としても百戦錬磨のセルシュはむしろ、そのホーンダートの最期に畏怖を覚えていた。
「いや…その逆だ」とセルシュ。
「は?」眉をひそめる参謀。
「武人の死にざまは、生きざまを表すもの。ホーンダート殿の遺志は、必ずやこれからのトクルガル家に仕える者達の胸の内に刻まれる事であろう。たとえトクルガル家がこれ以後、イマーガラ家に呑み込まれる事になろうと、その結束は揺らぎはすまい」
セルシュはそう言うと、艦橋の窓の向こうに青白い雲海を湛える、惑星アージョンに目をやった。その一方、内心ではそんなトクルガル家臣団から翻り見て、自分達ウォーダ家の実情にほぞを噛む。イル・ワークラン家、キオ・スー家、ナグヤ家が互いに権勢を巡って争い合い、団結という言葉を、まるで知らないかのようであるからだ。セルシュからすれば、侵攻して来たミノネリラ軍に対する第一次防衛線を先日失陥したのも、今のウォーダ家の状況を鑑みて、無理からぬ結果であった。
さらにナグヤ家に限っても、次期当主のノヴァルナが行方不明のままであり、次男カルツェを新たな次期当主に据えようという連中が、陰で策動しているのは明らかだ。
「厳しい戦いになるな…」
セルシュの言葉に参謀は「そうですな」と応じる。接近中のイマーガラ艦隊に対する言葉だと受け取ったのだろうが、セルシュの言った意味はそれだけではなかった。
そこに別の参謀が駆け足でやって来て報告する。
「哨戒ラインに敵が引っ掛かりました!」
「どこだ?」
即座に尋ねるセルシュ。すると艦橋の真ん中に、戦術状況ホログラムが大きく展開され、ヘキサ・カイ星系周辺の星図と、それに合成した哨戒網が浮かび上がった。さらにその一部がピックアップされて拡大図となり、両方にイマーガラ艦隊を示すマーカーが出現する。約250光年離れた位置だ。緊張した面持ちで確認したセルシュは、通信士官に告げた。
「よし。ルヴィーロ様のご指示を仰ぐ。連絡をとれ。急げ!」
ナグヤ第2宇宙艦隊司令官代理のセルシュからの問いに、ミ・ガーワ方面軍司令官のルヴィーロ・オスミ=ウォーダが、アージョン宇宙城に拠って徹底抗戦する事を告げた翌日、時空を超えたムツルー宙域の惑星アデロンでは、星大名アッシナ家の代官、オーク=オーガーが自らの機動城『センティピダス』の中で、口ごもりながら声を上げていた。
「ほ、ほほほ、本当でございますですか!?」
通信制御室でひざまずくオーガーの隣には、アッシナ家の参事官レブゼブ=ハディールが同様に片膝をついており、二人の眼前にはアッシナ家の側近、コウモリのような頭を持つワドラン星人の、スルーガ=バルシャーの全身ホログラムが立っている。
「うむ…言った通りだ。貴様らの罪は問わぬ。クィンガ様には我れが取りなしてやる」
「あッ!…ありがたき幸せ!!」
そう叫んだのはレブゼブで、背骨が折れそうなほどの勢いで頭を下げると、オーガーも慌ててそれに倣った。
オーク=オーガーとそれを指導するレブゼブ=ハディールは、領有する惑星アデロンに保管していた、銀河皇国によるNNL封鎖の解除データキーのコピーをレジスタンスに盗まれ、アッシナ家筆頭家老のウォルバル=クィンガに奪還を厳命されていたにも係わらず、取り逃がすという失態を犯してしまった。
NNLの使用の可否は戦略的に重要で、アッシナ家が宿敵ダンティス家に対して優位を保つためには、欠かせない要素である。
ダンティス家残党が中核となっているレジスタンスが、奪った解除キーをダンティス家に届けたのはほぼ間違いなく、そんな事を直接クィンガに報告などすれば、問答無用で処刑されるのは火を見るより明らかだった。窮したでオーガーらは、自分達の直接の上司であるスルーガ=バルシャーに連絡して、慈悲を乞うたのだ。
「数日のうちに、我等はダンティス家を粉砕する―――」と断定的な物言いのバルシャー。
「ここでダンティス家を滅ぼすなり、併呑するなりしてしまえば、解除キーをダンティス家が所有していようがいまいが、活用する暇(いとま)はなかろう」
「お、仰せの通り」
感心したふうな口ぶりでレブゼブが持ち上げる。バルシャーは軽く頷いて言葉を続けた。
「問題はその後の事だ。オーク=オーガー…また貴様の出番だぞ」
「と、申されますと?」
「次はアッシナ家の内部に、ボヌークを蔓延させるのだ」
「う…は?」
思いがけないバルシャーの言葉に、オーガーとレブゼブは目を白黒させた。強力な麻薬であるボヌークを、自分達が所属するアッシナ家の内部に蔓延させるなど、理解できない話だ。
「分からぬか…」とバルシャー。
「はあ…」
「ならば分からずともよい。だがオーガー。抜け目のない貴様の事だ、どうせ我がアッシナ家の領内にも、すでにボヌークの密売網を所持しているのであろう?」
「うへへ…それはまあ」
首の後ろを片手で撫でながら、オーガーはそれとなく密売網の存在を認めた。
「ふむ…では、アッシナ家に入り込むのも可能だな。この我等とダンティス家との決戦が終われば、ダンティス家の領域も我等のものとなり、相当な広さを持つ事になる。古い血は入れ替えるべき時だ…とだけ、思っておけ。あとは我の指示を待つがいい」
「か、かひこまりまてっ、てててございます」
助命嘆願が叶い、気分が高揚している事も加わっているらしく、使い慣れない敬語にいつも以上に悪戦苦闘しながら応じるオーガー。と言ってもバルシャーが口にした“古い血云々”のくだりは、このイノシシのようなピーグル星人には意味不明であった。
「うむ。ただしこの話は他言無用…特に、クィンガの周辺にはな。それと、貴様らが失態を犯した事に変わりはない。その星にまだレジスタンスとやらが残っているのであれば、今のうちに根絶やしにしておくのだ。よいな」
「はっ! ははっ!…今度こそ必ずや!」
オーク=オーガーとの超空間通信を終えたスルーガ=バルシャーは、アッシナ家宇宙艦隊総旗艦『ガンロウ』の執務室に設置された、専用のホログラム通信ポートから出ると、自分と同じく当主ギコウ=アッシナのもう一人の側近、大柄なヒト種の男、サラッキ=オゥナムが待つテーブルの元へと向かう。そのテーブルには年代物のワインのボトルとグラスが置かれていた。
「悪だくみが好きだな、卿も」
席に着くバルシャーの空になっているグラスに、対面に座るオゥナムがワインを注ぎながら声を掛ける。
「良い機会だからな。ダンティス家を覆滅したのちは、旧来のアッシナ家勢力を一掃する…これはギージュ様から命じられた、我等が使命だ。卿も忘れたわけではあるまい」
バルシャーの言葉にオゥナムは、口に入れていたワインをゴクリ!と喉を鳴らして飲み下し、「無論」と応じた。
▶#11につづく
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