銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第11話:未開惑星の謎

#05

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 惑星パグナック・ムシュの謎の巨大建造物を間近に眺め、ノヴァルナとノアは、やはりこの建造物全体が、何かの回路となっているように感じていた。

 上空から見るとそれは直径三十キロメートルほどの、単なる円盤型建造物であったが、近くで見ると中心部以外は、高さ約五メートルの青銀色をした金属製の壁によって、迷路状の構造を形成していたのである。

 その外周は、建造物と同じ高さの、透明アルミニウムと思われるシールドフェンスで囲まれており、ノヴァルナとノアが反重力バイクで半周してみた限りでは、出入り口らしきものはどこにも見当たらなかった。残りの半周に出入り口があるのかもしれないが、一周してしまうと約九十キロメートルにもなるため、カールセンの作業やBSHOの回収・整備の時間を考えれば、あまり長居もしてはいられない。

 そんな中、ノアはこの建造物の構造をつぶさに観察していた。その目はキヨウ皇国大学で次元物理学を学ぶ、研究者そのものだ。一方のノヴァルナは、ここはノアに任せた方が良さそうだと思ったらしく、ブラスターライフルを手にしてノアの背後に立ち、周囲を警戒している。

「どうだ、ノア。なんか分かりそうか?」

 ノアを振り返り、声を掛けるノヴァルナ。それに対してノアは半ば独り言のように応じた。

「構造体の一番端にあるのは、たぶん…何かのパワーセルね。おそらく時計の文字盤みたいに、十二個が均等に並んでて、あの中央の少し高い部分にエネルギーを供給してるのよ」

 ノヴァルナは「へぇ~…」と感心してみせ、気になる事を気安く尋ねる。

「しかし、パワーセルから真ん中にエネルギー供給するにしても、なんでわざわざ、こんな迷路みてえな中を通らせてるんだ? 真っ直ぐでいいじゃねーか」

「そうなんだけど…」

 と言葉を濁すノア。確かにノヴァルナの言う通り、わざわざこんな複雑で迷路のように奇妙な構造体の中を通して、エネルギー供給する意味が分からない…

 だがその直後、ノアは意識の中で何かが引っ掛かるのを感じ取った。何かを見落としている気がし始めたのだ。

“なんだろう…私、もしかしてこれを知っている?”

 小首を傾げるノア。するとそこに、建造物を見遣ったノヴァルナがポツリと言った。

「そういや、なんか上空から見た時、大昔のレシプロ飛行機の空冷式エンジンみてーだったな」
 
 ノヴァルナの発した言葉に、ノアの頭の中に閃くものがあった。

「エンジン…モーター…コイル…そうよ。そうだわ!」

 最後の言葉で声量を上げ、目を輝かせて見詰めて来るノアに、ノヴァルナは「なんだよ?」と引き気味に訊く。するとノアは真面目な表情に戻って告げた。

「どこかで見た気がしたの。これは『ネゲントロピーコイル』よ!」

「ネゲントロピーコイル?…なんだそれ?」

 初めて聞く言葉に、ノヴァルナは眉をひそめる。だがノアは少し気持ちが高ぶっているのか、ノヴァルナの問い掛けに的外れな返答をした。

「皇都の大学で学んでた時、これと同じものをホログラムデータで見たの」

「いや、だから、何のためのコイルなんだよ?」

 らしくねーな…という顔を向けるノヴァルナ。そのノヴァルナの表情を見て、我に返ったノアは「あ、ごめん…」と詫び、説明を始めた。

 『ネゲントロピーコイル』とは、反転重力子による一種のブラックホール発生装置であり、時空次元を貫く形で、熱力学的非エントロピーフィールドを作り出す事が出来ると言われている。

 熱力学的非エントロピーフィールドは、この宇宙の全ての物理法則から切り離された完全独立系であって、その内側では時間さえも存在しない宇宙の始まり以前、いわゆるビッグバン以前の状態を形成すると予測されていた。

 これも理論としては現在のヤヴァルト銀河皇国が、まだ惑星キヨウ上のみで存在していた時代に、すでに確立され、コイルの基本的構造も完成していた。
 以前にノアが推論をノヴァルナに話した時、この宙域まで一瞬で飛ばされた可能性として挙げたトランスリープ航法も、技術的にはこの『ネゲントロピーコイル』を利用したものだったのである。ただこれも前述した通り、当時の科学技術では実験設備すら作る事は出来ず、超高圧縮重力子を使って恒星間航行が可能になった現在でも、実用化には至っていない。

「私の専攻してる次元物理学とは少し分野が違うから、参考データとして見ただけだけど」

 説明のあとにノアがそう付け加えると、ノヴァルナは疑念を口にした。

「じゃあ、そのコイルがここにあるってのは、トランスリープ航法のその技術的課題が、クリア出来たって事なのか?」

「出来てないわ」

「なんでだよ?」

「だってこんな大きさなのよ。宇宙船に積めるような代物じゃないでしょ」

 確かにノアの言う通り、直径約三十キロメートルもの転移用コイルなどと言った、巨大な装置を搭載する恒星間航行船を建造するならば、どれほど大きさの船体となるか、即座に想像がつくものではない。だがそうであっても、瞬時に何万光年も超空間転移が可能な、トランスリープ航法宇宙船の実用化にめどが立ったのであれば、ヤヴァルト銀河皇国に生きる者が、新たな段階に進化する時を迎える事が出来るだろう。いやそれだけにとどまらず、数多(あまた)の銀河を越えた銀河間国家を、形成する事も可能なはずだ。

 それを言葉にしてノヴァルナはノアに伝えた。しかしノアはゆっくりと顔を左右に振って、ノヴァルナのトランスリープ航法宇宙船の考えを否定する。

「なんでだよ?」とノヴァルナは再び問い質した。

「今ここにあるこの施設は―――」と、巨大建造物に向き直って切り出すノア。

「超大型ネゲントロピーコイルの一部に過ぎないからよ」

「なに?…どういう意味だ?」

「この地表に見えているのは、一つのコイルのごく一部…十パーセントにも満たないわ。残りの九十パーセント以上は、この惑星の地下に存在しているはずよ」

「はぁ? そんなもん…エネルギーはどうしてるんだ?」

「たぶんこの星のコアの、ダイナモ効果を利用してるんだと思うわ。それに…」

「それに?」

 問い掛けるノヴァルナに、ノアは振り向いて答える。

「これと同様のコイルが、あと五つ…この周辺の星系にあるはずなの」

「なんだと?」

 ノアの思わぬ言葉に、さすがのノヴァルナも顔を引き攣らせた。

「そう…ここにあるのは、ネゲントロピーコイルのパーツの一部よ。全体像は大学の講義で見た覚えがあったんだけど、規模が大きすぎて分からなかったのよ」

「この星が、パーツの一つに過ぎないってのか?」

 ノアの言葉によると、この惑星パグナック・ムシュにある円盤状の巨大建造物は、『ネゲントロピーコイル』を構成する六つの次元誘導コイルの一つに過ぎないらしい。そして六つのコイルは、超空間ゲートと同じように六角形または円形に配置され、その中心部に熱力学的非エントロピーフィールドが発生するという話だ。

「確かに…それほどまでにデカい規模だと、まだ実用化以前の話だな。てことはやっぱここは、銀河皇国によるトランスリープ航法の実験場か何かか?」

 予想を遥かに超えて大きくなっていく話に、ノヴァルナの表情も自然と真剣なものになった………



▶#06につづく
 
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