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第10話:辺境の独眼竜
#16
しおりを挟むノヴァルナ達がダンティス軍と合流して二日が過ぎた。
ナヴァロン星系第三惑星レンパレスの衛星軌道上に浮かぶダンティス軍主力艦隊の中、ひときわ巨大な総旗艦『リュウジョウ』に滞在するノヴァルナとノアの元に、ダンティス家当主のマーシャルから連絡が入ったのは、その日の午後の事である。
「工作艦の手配が完了しました。マーシャル様がお呼びです」
通信スクリーンの中からそう告げるのはマーシャルの副官、リアーラ=セーガル少尉だ。その通信相手のノヴァルナとノアは、『リュウジョウ』艦内の士官用トレーニングジムの一つで、体を動かしている最中であった。
真面目なノアはともかく、傍若無人な印象のノヴァルナは、ジムで体を動かすなどといった、健康的なイメージにそぐわない感じだが、元来体を動かす事が好きなノヴァルナにとっては、他人の艦の中で二日間もじっとしているのは、耐えられない苦行だ。
パンチングマシンを殴り倒していたノヴァルナは、その手を止め、リアーラの映るスクリーンに向かって、「わかった。軽くシャワー浴びてから行く」と応じる。
「了解です」
自分の主君を待たそうとするノヴァルナだが、リアーラは別段、批判的な目を向けたりはしなかった。マーシャルがノヴァルナを友人と認め、そういうノヴァルナの振る舞いを許しているからである。
そのノヴァルナはジムの奥で、自転車のペダルを漕ぐノアに顔を向け、大声で言い放つ。
「ノア。工作艦が用意できたらしい。一緒にシャワー浴びてマーシャルのトコ、行こうぜー!」
するとノアはさらりと切り返して応じた。
「一緒に行くのはオッケー。一緒にシャワー浴びるのはエヌジー!」
ノアの言葉に“やれやれ”と肩をすくめたノヴァルナは、通信スクリーンに向き直って、とぼけた表情でリアーラに告げる。
「そういうこった」
リアーラは笑い顔で「お待ちしています」と応え、通信を終了した。
やがて約四十分後、司令官室のマーシャルの元を訪れたノヴァルナとノアは、壁面スクリーンが映し出す外の映像―――惑星レンパレス上空に集結するダンティス艦隊を背景にして、自分達がいる総旗艦『リョウガイ』と並んで浮かぶ、一隻の工作艦をマーシャルから紹介された。
「工作艦『デラルガート』。ウチで一番新しい工作艦だ。修理・整備機能は最新で充実、しかも砲戦能力は軽巡並みだぜ。あれを使え」
マーシャルが指差す工作艦『デラルガート』は、全長約220メートル。全幅約60メートルのサイズで、戦闘艦艇とは趣が異なる、むき出しの機械的な外観をしていた。
自分より大型の宇宙戦艦から小型連絡艇、そしてBSIユニットの修理を行う設備を搭載している。その上さらに軽巡並みの砲戦能力があるというのは、この工作艦が艦隊随伴型の上位クラスである事を示していた。
「こいつはまた、随分と上物じゃねーか」
『デラルガート』を眺め、ノヴァルナは目を輝かせる。ノヴァルナとしてはマーシャルが手配してくれるのが、中古のくたびれた工作船でも御の字だと思っていたのだ。常識的に考えれば、十七、八の青二才が何の根拠もなしに、一つの惑星を宇宙マフィア上がりの統治者から解放すると豪語しているのだから、まともに取り合う価値を見出さなくても当然の話だ。
しかしマーシャルも常識外という点では、ノヴァルナに引けは取らなかった。だからこそ二人は一瞬で波長が合ったのであり、この件に関してはノヴァルナの方が珍しく、常識にとらわれていたのだろう。そのマーシャルはノヴァルナの驚く表情を見て、「だろ?」とドヤ顔で応じる。
「だがご他聞に漏れず、あの艦にはアンドロイドしか乗せてねえ。悪いが人間の乗員はこっちで別に使わせてもらう」
マーシャルがそう続けると、ノヴァルナは「おう、もちろん構わねーぜ」と返した。ダンティス軍の人員不足はノヴァルナも充分知る所であって、無理強いは出来ない。
「それで、俺達が乗って来た貨物船は?」
ノヴァルナが尋ねたそれは、オーク=オーガーの一味から奪取し、この惑星レンパレスまでの航行に使用した、『クランロン』型武装貨物船の事であった。
「ああ。あれなら『デラルガート』に横づけしてる。こっちからは反対側で見えないがな。にしてもどうすんだ?…あんなもん」
「使えるものはなんでも使うさ。てゆーか、あれにはまだ使い道があるんでな」
「そうか…で、いつ出発する?」
「すぐだ」
即答するノヴァルナに、マーシャルはニヤリと笑みをこぼした。
「そう言うと思って、ユノー達を先に『デラルガート』に乗せておいた…それと、これも持っていけ!」
笑顔で告げたマーシャルが、広い執務机の端に置いていた四角いケースを手に取り、ノヴァルナに投げ渡す。それは『閃国戦隊ムシャレンジャー』のデータパックだった。
やがて身支度を整えたノヴァルナとノアはアーシャルの『リュウジョウ』から、工作艦『デラルガート』へと、シャトルで移乗した。無骨な機械の塊といった感のある『デラルガート』の外観だが、乗り込んでみると新造艦だけあって、設備は申し分ないようだ。
「ひゅう。ピカピカだぜ」
通路を眺めて軽口を叩きながら、シャトルのドッキングゲートをくぐり抜け、エアロックに足を踏み入れるノヴァルナと、そのノヴァルナを“いちいちうるさいんだから、もう…”と呆れた目を向けてあとに続くノア。そんな二人をエアロックの出口で出迎えたのは、ダンティス軍が使用する標準型のアンドロイドの一体であった。
そのアンドロイドに案内され、『デラルガート』の艦橋に入ったノヴァルナとノアは、そこで待っていた人物達に驚きの表情を見せる。
レジスタンスのケーシー=ユノーと二人の部下は当初の予定通りだが、その他にカールセン=エンダーと、そして車椅子に乗った妻のルキナが一緒にいたからだ。
ルキナは惑星アデロンを脱出する際、追撃して来た高速砲艦の攻撃で背骨に重傷を負った。そして四日前に『リュウジョウ』で緊急手術を行い、どうにか起きられるようになったばかりのはずだった。無論これはこの世界の進んだ医療技術の賜物であって、惑星上だけで活動している文明レベルの世界では、何ヵ月も寝たきりでいなければならないような、傷の重さである。
普段は傍若無人を装うノヴァルナも、喜び半分、戸惑い半分といった表情でルキナに歩み寄って声を掛けた。
「ルキナねーさん、もういいのか? てゆーか、どうして…」
「もちろん。あたしもカールと一緒に、ノバくんについて行くからよ」
「はぁ!?」
さすがにこれはノヴァルナも想定外で、目を向いて頓狂な声を上げる。ノアも困惑した表情で車椅子のルキナの背後にいるカールセンを見据えた。
「昔から、言い出したら聞かない嫁なんでね」
軽い口調で言い放って肩をすくめるカールセンに、ノヴァルナとノアは顔を見合わせて“仕方ないか…”と苦笑いを見せる。くどくど聞かなくとも、これが熟慮の結果である事は理解出来たからだ。
そして一行を乗せた工作艦『デラルガート』は、ノヴァルナとノアがこの34年後のムツルー宙域に飛ばされて来て、最初に辿り着いた例の未開惑星を目指し、星の海に漕ぎ出して行った…
【第11話につづく】
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