銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第10話:辺境の独眼竜

#15

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 嬉々として『閃国戦隊ムシャレンジャー』の映像データを観賞し始めた、マーシャルとノヴァルナ。そして仕方ない…といったふうに、それに付き合うノアに呆れたセシル=ダンティスが、マーシャルの私室をあとにしたその頃、皇国暦1555年の世界では、ノヴァルナの生家であるウォーダ家支配地の一角で、また新たな動きが起きていた―――



ミ・ガーワ宙域ナグヤ=ウォーダ家占領地統括星系ヘキサ・カイ。

 白と朱の小さなガス星雲が取り巻く、ヘキサ・カイ星系の第五惑星アージョン…南北極地以外の全土が森林に覆われる中に点在する、森を切り拓いて建設した白い植民都市を、超高速鉄道が都市と同じ白い色のラインで結びつけている。

 このような惑星環境という事もあり、アージョンの城は衛星軌道上に浮かぶ要塞―――宇宙城となっていた。
 六角形の独楽を二つ、向かい合わせに貼り合わせたような形状をした宇宙要塞アージョンの指令室。そこもやはり六角形となっていて、六つの壁面全てに映像スクリーンが設置されている。
 その指令室中央部やや後方の、手摺に丸く囲まれた部分の床が開き、中からエレベーターがせり上がって来た。そこには三人の男が乗っており、停止する寸前で早くも降りて歩き出す。先に行く一人にあとの二人が従う形だ。

 先頭を行くのは二十代後半の、がっしりとした体格の男だった。名をルヴィーロ=ウォーダ、ナグヤ=ウォーダ家当主ヒディラス・ダン=ウォーダのクローン猶子で、家督継承権は消滅しているものの、立場的にはノヴァルナの義兄となっている。このアージョン宇宙城の城主であり、同時にナグヤ=ウォーダ家ミ・ガーワ方面軍司令長官であった。

 クローンだけあって、ルヴィーロは“父親”と見掛けが瓜二つであり、顔立ちは整っているがノヴァルナやカルツェのように、どこか中性的な印象はない。これはノヴァルナとカルツェが、どちらかと言えば母親のトゥディラに似ているためだ。

 二人の参謀を連れたルヴィーロは、要塞の防御指揮官と駐留艦隊司令の元へ歩み寄り、真面目な表情で問い掛けた。

「大規模通信障害の原因が分かっただと?」

「はい。オ・ワーリ方面へ派遣した哨戒部隊の連絡艦一隻が戻って参りました」

「それで?」

 艦隊司令の報告にルヴィーロは先を促す。この数日、オ・ワーリ宙域方面に大規模通信障害が発生して、ナグヤとの連絡が不通となっていたのだ。

「は。これをご覧ください」

 駐留艦隊司令がホログラムを立ち上げる。同時に六面ある壁面スクリーンの正面部が、連絡艦の持ち帰った映像を映し出した。そこには暗黒の宇宙空間に浮かぶ、ヒトデのような形の金属製の物体がある。

「超空間通信妨害用の宇宙ブイです」と艦隊司令。

 ルヴィーロは「なに…」と呟き、眉をひそめた。超空間通信は指向性の強い通信で、彼等のいるヘキサ・カイ星系と、ナグヤ=ウォーダ家のオ・ワーリ=シーモア星系を結ぶ直線状に、これを複数配置すれば、通信を遮断する事が可能だった。

「この宇宙ブイがかなりの数、発見されております。現地に残った哨戒部隊が処理にあたっておりますが、全てを発見するまでさらに数日はかかるものと思われます」

「そんなものを、大量にどうやって…」

 ルヴィーロの疑念に、防御指揮官が険しい表情で意見を述べる。

「おそらく、複数の高々度ステルス艦…潜宙艦で我等の哨戒網の裏側に侵入し、ブイを敷設していったのではないかと」

「潜宙艦!?」

 俗に“潜宙艦”と呼ばれる高々度ステルス艦とは、光学迷彩、各種センサー波吸収機能、その他あらゆる探知機器から逃れて敵艦に接近、宇宙魚雷による奇襲攻撃を行う艦である。サイズ的には駆逐艦程度だが建造コストは戦艦並みで、どの星大名もそう多くは保有していない、いわば虎の子のような存在だった。

「潜宙艦をそのような敷設任務に使用したのか?…いや、それ以前にこのミ・ガーワ宙域では、潜宙艦を保有している勢力はなかったはずだぞ」

「確かにそうです」

 駐留艦隊司令はルヴィーロの言葉を肯定したが、それゆえに事態は深刻である事を示す。

「確かにそうですが…イマーガラ家であれば、数隻の保有が確認されております」

「!」

 ギクリ!とした表情でホログラムを見遣るルヴィーロ。そこにはイマーガラ軍の『ラヴァル』型という呼称で、まるでウミウシを思わせるのっぺりとした姿の艦が立体映像で浮かび、ゆっくりと回転していた。

 そしてイマーガラ軍が、盟友であるミ・ガーワ宙域星大名トクルガル家の当主、ヘルダータの急死を受け、同宙域の政治的混乱を回避するために治安維持部隊を送り込んでいる事は、この宇宙城でも警戒を要する事態だと認識していたのだ。しかも現在、自分達のオ・ワーリでもミノネリラ軍の侵攻が開始され、予断を許さない状況である。

 とその時、指令室の一角、通信科のセクションがざわめき始めた。宇宙城の通信統合管制室から上がって来た情報に、担当兵達が動揺したためだ。ルヴィーロらが訝しげな視線を向けると、通信士官が一人、データパッドを手に急ぎ足でやって来る。

「情報収集艦より至急の暗号電です」

 その通信士官は、緊張した表情でルヴィーロに報告した。情報収集艦とはいわゆるスパイ艦の事だ。自分達の領域内で活動するのが哨戒艦艇であるのに対し、他の星大名などの勢力圏内深くにまで潜入して、通信傍受や無人偵察ポッド群による総合監視を行う事を任務としている。

「読め!」

 ルヴィーロと共にいる参謀の一人が通信士官に命じた。

「はっ、読み上げます。『発、情報収集艦DF258。宛、ナグヤ=ウォーダ家ミ・ガーワ方面軍司令部。本文、イマーガラ軍宇宙艦隊発見。位置、アズーク・ザッカー星団外縁より約260光年。基準座標44189675Cから44567879Cへ移動中。艦数、五百を超える』…以上!」

 それを聞いて、ルヴィーロ達の表情が瞬く間に強張る。

「五百を超えるイマーガラ艦隊だと!?」

「アズーク・ザッカー星団付近にか!?」

 アズーク・ザッカー星団は二年前のヒディラス・ダン=ウォーダが、ミ・ガーワ宙域に侵攻した際にも、イマーガラ軍との会戦の舞台となった星団であった。この会戦に勝利して、ナグヤ=ウォーダ家の勢力はミ・ガーワ宙域の一部―――つまりルヴィーロ達がいる、このヘキサ・カイ星系周辺にまで及ぶようになったのだが、それ以来アズーク・ザッカー星団は敵対するトクルガル家や、それを支援するイマーガラ家に対する防衛拠点となっているのだ。
 そのアズーク・ザッカー星団付近にイマーガラ艦隊が出現したとなると、こちらへの侵攻の可能性が高い事を示していた。

「奴等が潜宙艦を使ってまで、ナグヤとの連絡を断ったのはこれが目的か」

 ルヴィーロは参謀が指令室中央に起動させた、周辺星図の大型ホログラムを睨み付けながら呻くように言う。前述のようにオ・ワーリの宙域内に、ミノネリラのサイドゥ家が侵入している状況を考えれば、イマーガラ艦隊の動きは抜け目のないタイミングと言える。

 ルヴィーロは眉間に皺を寄せ、駐留艦隊司令に向き直って尋ねた。

「全駐留艦隊の出動は、どれぐらいで可能か?」

「十二時間…急がせても十時間は必要でしょう」

 そう答える駐留艦隊司令だが表情は冴えない。それもそのはずで、駐留艦隊の戦力は巡航戦艦6隻を主力に、重巡4、軽巡8、軽空母3、駆逐艦14と、報告にあったイマーガラ家艦艇五百以上とは、比べるまでもない。

 ただルヴィーロも当然、その戦力差は把握している。駐留艦隊司令にはすぐに出動準備に取り掛かるよう命じる一方で、大規模通信障害の調査報告に帰還した哨戒艦に、障害を受けない位置までオ・ワーリ宙域方向に戻り、ナグヤにこの状況を通報するよう指示を出した。

 するとそこに参謀が、大型星図ホログラム内の星系の一つを指差して進言する。この城のあるヘキサ・カイ星系よりアズーク・ザッカー星団に近い星系で、『カーリア』という名称が表示されていた。

「ミズンノッド家に協力を求めましょう。あそこの戦力ならあてに出来るはずです」

「そうだな。位置と距離的にも近い。先にイマーガラ艦隊に仕掛けて時間稼ぎしてくれるよう、シン・ガン殿に要請しろ」

 シン・ガン=ミズンノッドは参謀が進言した、カーリア星系を統治する独立管領で、準星大名とも言える勢力を持ち、元々はこのヘキサ・カイ星系も彼が統治下に置いていたのであった。

 独立性が高いミ・ガーワ宙域独立管領達の中で、最たるものの一つで、二年前のヒディラス・ダン=ウォーダによるナグヤ=ウォーダ家のミ・ガーワ宙域侵攻も、このミズンノッド家が手引きしたようなものなのだ。
 その目的はミ・ガーワ宙域内での勢力拡大で、ナグヤ=ウォーダ家がトクルガル家とイマーガラ家の連合軍と争っている間に、ミズンノッド家は幾つかの独立管領を征服し、こんにちの準星大名ともいうべき勢力を確立したのである。

 イマーガラ家艦隊の出現はミズンノッド家にとっても脅威となる。協力を断る理由はないはずであった。しかもミズンノッド家の艦隊戦力は勢力を拡大出来た結果、百隻程度と星大名家の基幹艦隊一個に匹敵している。上手く連携出来ればこちらの駐留艦隊とで、イマーガラ艦隊を分断し、各個に叩く事も可能だろう…そう考えるルヴィーロだが、ただし星図を見詰める双眸は厳しいままだった。

“問題はナグヤと連絡がついたとしても、親父殿がどれぐらいの戦力を増援に回してくれるかだ…最悪、ミ・ガーワからの撤退も考えておかねばならんだろうな”


▶#16につづく
 
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