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第10話:辺境の独眼竜
#13
しおりを挟む「いやぁ、いいな『ムシャレンジャー』は! てゆーか、なんでこんな市販品があるんだよ? いつ売り出されたんだ?」
と屈託のない笑顔で尋ねるノヴァルナ。マーシャルはさも当たり前のように答える。
「ノヴァルナ・ダン=ウォーダが関白になった時、子供の頃ファンだったとかで、皇都惑星中を探し回って昔のデータを見つけて、関白就任記念とか言って大々的に売り出しただろ? おまえ知らねえのか?」
「おう、そうか。さすが俺だ、気の利いた事するじゃねーか」
「なんだそりゃ。ははははは」
ノヴァルナの言葉を、マーシャルは百パーセント冗談だと思って一笑に付した。
「しかしおまえ、そんなに『ムシャレンジャー』が好きなら、これぐらい買っててもおかしくはねえだろ? そんな高いもんでもねえし」
「俺のいた辺りじゃ、置いてなかったんだよ」
まさか過去の世界とも言えず、ノヴァルナは適当にはぐらかす。ただ全くの嘘とは言い切れない部分もある。皇国暦1555年の世界では、まだ販売されていないからだ。
するとそこに、マーシャルの副官のリアーラが飲み物を持って来た。
少し場が落ち着くと一同はソファーに掛け直す。そしてマーシャルは飲み物の入ったグラスを手にして、ノヴァルナに話を切り出した。
「なんなら、その『ムシャレンジャー』のデータパック…おまえにやるぜ」
「マジか?」
ノヴァルナは先日、三人のクローン猶子に、『ムシャレンジャー』の映像データを探してやる約束をしていた。これがあればその手間も省けるというものだ。もっとも、元の世界に帰れるという事が大前提であるが。
「おうよ」
マーシャルはソファーに背中をもたれさせながら応じる。
「実は、俺は保存用に開封してないのを、もう一本余分に持ってんだ。そっちをやってもいい」
「おう」
「その代わり…俺んトコに来い」
「なに?」
思わぬ話の展開にノヴァルナは眉をひそめた。マーシャルの本意はノヴァルナを、ダンティス家にスカウトしようというのだった。
「ユノーの部下からの報告を受けた。おまえ、アデロンを脱出する時も大活躍だったらしいな。ウチが人手不足なのは分かっただろ? 兵士もそうだが将官も足りてなくてな。おまえなら上を目指せるだけの素質があると見込んだのさ。俺の司令部付きのBSI部隊でどうだ?」
司令部付きのBSI部隊とはつまり、ノヴァルナのナグヤ=ウォーダ家で言えば、親衛隊である『ホロウシュ』の事だ。言い方は悪いが、“どこの馬の骨とも知れない流れ者の”ノヴァルナを、いきなりそのような地位に取り立てようというのだから、マーシャルも豪気と言えば豪気であった。
無論これはマーシャルの単なる思い付きではなく、ノヴァルナと行ったBSIの模擬戦と、そこから食事の終了に至るまでの間に、マーシャルの副官のリアーラ=セーガルが、無事であったユノーの二人の部下から惑星アデロンでのノヴァルナの行動を聞き取った結果だ。
「えらく高くつく『ムシャレンジャー』だな」と不敵な笑みのノヴァルナ。
「だが悪い話じゃねえだろ?」
マーシャルはそう言ってセシルに「なあ?」と同意を求める。セシルは「そうね」と応じて、ノヴァルナとノアに視線を移し、語りかけた。
「このひねくれ者が、直接そんな風に言うのは珍しいのよ。受けてくれないかな? 正直、あたしだけでこれの面倒見るのもしんどいの。あなたならこれの優秀な右腕になりそうだし」
セシルのそんな言い草に、説得を頼んだはずのマーシャルが顔をしかめて言い放つ。
「セシル、おまえ! ドサマギで“ひねくれ者”とか“これ”とか、ひでえ女だな!」
「確かに悪い話じゃねーな」
ノヴァルナがそう応えると、隣に座るノアが“えっ?”と不安げな顔を見せた。マーシャルの話を受けるのではないか、と思ったのだ。
「―――だが断る」とノヴァルナ。
「なんでだよ?」
マーシャルは機嫌を損ねるふうもなく問い質す。それにセシルが付け加えた。
「ひょっとして、もうどこかに召し抱えられる事が、決まってるとか?」
マーシャルもセシルも、ノヴァルナをノアという恋人を連れた流れ者…つまり浪人であろうという前提で話をしているのだから、セシルがそういった方向に考えてもおかしくはない。
「だとしたら?」と尋ねてみるノヴァルナ。
「戦場で会わねえ事を祈るだけだな」
マーシャルは苦笑いを交えて応えた。ただそれが本音でもある事は、模擬戦の結果を見れば明らかである。それに対しノヴァルナは「冗談さ」と告げた。
「俺とノアには帰らなきゃなんねえ所があってな。この宙域に来たのも、不測の事態ってヤツなんだ。少なくとも今はあんたらの敵に回るつもりはねえ」
マーシャルは「そうか。そいつは残念だが、戦わずに済むのは助かる」と応じたが、その表情は外交辞令ではなく本当に残念そうであった。幹部候補を含めて、やはり人材不足は深刻なのであろう。そこでノヴァルナは逆に尋ねてみる。
「そういや、あんたらの領地にボヌークとかいう麻薬をバラ撒いたのが、オーク=オーガーのブタ野郎らしいが、ヤツがアッシナ家から惑星アデロンの代官に取り立てられるほど、あんたらに被害が出てるのか?」
するとマーシャルはセシルと顔を見合わせて、表情を曇らせた。それまでの歯切れの良さが、急に影をひそめる。
「まぁ…今は昔ほどじゃないがな」
隠し立てしても仕方ないかとばかりに、マーシャルとセシルはボヌークの大量流通によって、ダンティス家が被ったダメージを語り始めた。
彼等のいるムツルー宙域をはじめとするヤヴァルト銀河皇国の辺境部は、この時代においてもいまだ開拓中の植民星が多く存在している。そのため社会的に不安定なままの星が多く、人口もそう多くはなかった。それゆえ軍に徴用出来る数が限られており、これが軍に慢性的な人材の不足を招いているのである。ロボットやアンドロイドの数が多いのもそのためだ。
これには辺境部の開発が終了しない状況で、今日の戦国の世を招いた、銀河皇国自体の混乱も大いに影響していると言えた。そして不安定な社会は様々な犯罪の温床となる。
マーシャルの父で先代当主のティルムールの治世に、ダンティス家領地の各犯罪組織を傘下に収めたオーク=オーガーは、ティルムールの死とマーシャルの家督継承の混乱に乗じて、ボヌークの密売ルートを、ダンティス軍幹部の中にまで浸透させたのだった。
ボヌークは以前にも述べたように、一度の使用だけでほぼ完全に常習化してしまう強力な麻薬である。ダンティス軍幹部にまで密売ルートを伸張したオーク=オーガーは、ボヌークを軍医局指定の疲労回復剤と偽って、前線の兵士に配付する事に成功したのだった。
マーシャルらダンティス家首脳はその事実を知ったものの時すでに遅く、中毒症状に苦しむ兵士を多数抱えた状態で、セターク家連合軍とのヒルドルテ会戦に臨む事となり、大敗の一因ともなったのである。現在は領地と軍内部での取り締まりを大幅に強化し、常習者数は減少したが、ボヌークの蔓延が残した影響には、いまだ大きいものがあった。
▶#14につづく
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