銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第10話:辺境の独眼竜

#12

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 カールセンの妻、ルキナの容態を見舞ったノヴァルナとノアは、改めてダンティス家の若き当主マーシャル=ダンティスの招きを受け、彼の私室を訪れていた。

 マーシャルの私室は総旗艦『リュウジョウ』の中央部に位置し、家一軒ほどの広さがあった。
 適度に落ち着いた色調のカーペットにアンティーク調の家具は、やはりマーシャルという若者が、世間一般で言われた“傲岸不遜”な人物ではない事を示している。

 マーシャルの副官、ショートカットの黒髪が可愛らしい印象の、リアーラ=セーガル少尉に案内されてやって来たノヴァルナとノアは、リアーラに従い、私室の中へ入った。するとマーシャルはカーペットを敷いた床の上に胡坐をかき、マーシャルと同年代の女性将校―――おそらく武将に違いない女性を相手に将棋に似たゲームに興じていた。

 その女性武将はノヴァルナからすると年上で、豊かな茶髪を、紫色の細いリボンで巻いて右肩から垂らした、艶やかな印象の美女である。表情は至って柔らかだが、実戦馴れをした碧眼は輝きが鋭い。

「よう、来たか。待ってたぞ」

 最初の謁見の時のように、マーシャルは気安くノヴァルナ達に声を掛けて来た。それに応じてノヴァルナも、「よ!」と気軽に言葉を返す。その様子にノアは眉をひそめ、マーシャルと一緒にいた女性武将は、興味深げな目を向ける。

「この子があなたの言ってる、“面白いヤツ”ね?」

 女性武将の声は見た目と合って艶やかで、一語一語をはっきりゆっくりと喋る印象があった。マーシャルはその女性武将に対し、親しげに応じる。

「そうだ。コイツが自称“ノヴァルナ・ダン=ウォーダ”。そして隣の美人がノア・ケイティ=サイドゥだ」

 それを聞いた女性武将は目を丸くして「なにそれ?」と応えると、笑い声を上げる。そして軽く会釈してノヴァルナ達に自己紹介した。

「あたしの名はセシル=ダンティス。彼と同じダンティスの一族で、副司令官をやってるの。マーシャルとは親戚筋ゆえの腐れ縁てとこかしら。よろしくね」

 そう言うセシルだが、当主の親戚筋とは言えこの歳でダンティス軍の副司令官とは、相当な実力の持ち主なのであろう事は、ノヴァルナも容易に想像がついた。当主は世襲制であっても、それを補佐する立場の副司令官などは、実力が伴わないと、血縁者だと言うだけで容易くなれるものではない。

「はあ。どうも」

 いや、ホントに俺はノヴァルナ・ダン=ウォーダなんだが…と微かに苦笑いして、ノヴァルナはセシルに軽く会釈した。マーシャルは胡坐をかいたままで向かい合うセシルを指差し、ノヴァルナとノアに告げる。

「おまえらが怪我人の見舞いに行ったすぐあとに、コイツが戻って来たんでな。ついでに紹介しとこうと思ったのさ。コイツはまぁ、俺の幼馴染みで、俺がBSHOで飛び出したあとの全軍を、指揮したりしてくれてる」

 するとセシルはからかうような口調でマーシャルに言う。

「あら。あんたにしては珍しく、まともな紹介の仕方をするのね」

「おまえ、それじゃ俺がいつもは、まともじゃねえみたいだろが」

 顔をしかめるマーシャルに、セシルはさらに言い放つ。

「え? まともだと思ってたんだ」

 マーシャルはため息をつき、ノアに顎をしゃくってセシルへ言葉を返した。

「…たく、ちったぁそこのノアたんみたいに、おしとやかになれねえもんかね」

「ノ、ノアたん!?」

 妙な呼び方を、まだ知り合って間もないマーシャルにされて、ノアは目を白黒させる。しかしその直後、隣にいたノヴァルナが呑気そうに放った余計な一言で、膨れっ面になった。

「んー? コイツ、全然おしとやかなんかじゃねーぞ」

「なんですってぇ!?」

 声を上げたノアは、ノヴァルナの二の腕をつねり上げる。

「いてててて! だからそれだ、それ! おしとやかじゃねーだろーよ!!!!」

 そう言いながら身をよじらせるノヴァルナ。マーシャルとセシルは笑い声を発した。

「あはは…本当に面白い子達ね」

「だろ?」

 そんなマーシャルとセシルに、ノヴァルナはノアにつねられた二の腕を摩りながら尋ねる。

「で? そこのねーさんに紹介って、俺にそのねーさんの彼氏になってやってくれってか?」

 ノヴァルナの軽口にマーシャルとセシルは再び笑い出し、ノアはまた機嫌を損ねてノヴァルナの腕をつねり上げた。

「いてぇなっ! なんだてめ、今つねるトコじゃねーだろ!」

「なによ、バカ!」

 そう言ってプィ!とそっぽを向くノア。マーシャルは笑いの勢いに任せて言い放つ。

「ははは! この男勝りのセシルに彼氏探しとか、俺はそんな酔狂じゃねえって!」

 すると一緒に笑っていたセシルがピタリと真顔になって問い質した。

「なんですって?」

 セシルに拳骨制裁を喰らった頭を摩りながら、マーシャルはノヴァルナとノアを広いリビングへと案内した。この時のマーシャルの表情は、星大名ダンティス家の当主というより、友人を自宅に呼んだ二十二歳の若者そのものであった。

 円形のリビングは中央が丸く一段低くなっており、そこに半ば埋め込まれる形でソファーが設置されている。リビングの色調は暗緑色で、壁の半分ほどはマーシャルの故郷の惑星と思われる風景が、奥行きを感じさせるホログラムで映し出されていた。

「飲み物を用意させる。ゆっくりして行ってくれ」

 ノヴァルナ達にソファーを促して、マーシャルは自分からも腰を下ろすと、テーブル脇のインターホンのスイッチを操作する。

「マーシャルだ。何か飲み物を頼む。四人分だ」

 ノヴァルナはマーシャルのその言葉を聞きながら、ソファーに座ろうとしかけたが、正面に据えられたホログラムスクリーン発生機の、脇に設置されている映像データラックに目を留めて、「ああっ!」と声を上げた。

「ん?」

 不思議そうな顔をするマーシャル達に構わず、ノヴァルナはラックに近寄ってその中にある、市販品らしいデータのパッケージを指差しながら言葉を続ける。

「こいつは『閃国戦隊ムシャレンジャー』の、データパックじゃねーか!」

 ノヴァルナが指を差したデータパックは、確かに『閃国戦隊ムシャレンジャー』の映像データを全話収録した市販品であった。この未来のムツルー宙域に来る前、ナグヤ城でクローン猶子の三兄弟に熱弁を振るった、幼少時代にノヴァルナが夢中になった子供番組だ。だがこのような市販の映像データパックは、ノヴァルナが本来いた皇国暦1555年の世界では、販売されていなかった代物である。

 するとそんなノヴァルナの反応に、今度はマーシャルが「おっ!」と声を上げる。

「おまえ、ムシャレンジャー知ってんのか!?」

「たりめーよ!」

 マーシャルの問い掛けにノヴァルナは振り返って即答した。そして二人とも子供の如く目を輝かせたかと思えば、変身後の決めゼリフを高らかに口にする。

「奇跡の星の輝く時!」

「正義の閃光、悪を討つ!」

「閃国戦隊!!」

「ムシャレンジャー!!!!」

 盛り上がるノヴァルナとマーシャルのはしゃぎようを前に、セシルは「うわぁ…」と呟き、あからさまに引いた顔で白い眼を向けた。


▶#13につづく
 
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