158 / 422
第10話:辺境の独眼竜
#12
しおりを挟むカールセンの妻、ルキナの容態を見舞ったノヴァルナとノアは、改めてダンティス家の若き当主マーシャル=ダンティスの招きを受け、彼の私室を訪れていた。
マーシャルの私室は総旗艦『リュウジョウ』の中央部に位置し、家一軒ほどの広さがあった。
適度に落ち着いた色調のカーペットにアンティーク調の家具は、やはりマーシャルという若者が、世間一般で言われた“傲岸不遜”な人物ではない事を示している。
マーシャルの副官、ショートカットの黒髪が可愛らしい印象の、リアーラ=セーガル少尉に案内されてやって来たノヴァルナとノアは、リアーラに従い、私室の中へ入った。するとマーシャルはカーペットを敷いた床の上に胡坐をかき、マーシャルと同年代の女性将校―――おそらく武将に違いない女性を相手に将棋に似たゲームに興じていた。
その女性武将はノヴァルナからすると年上で、豊かな茶髪を、紫色の細いリボンで巻いて右肩から垂らした、艶やかな印象の美女である。表情は至って柔らかだが、実戦馴れをした碧眼は輝きが鋭い。
「よう、来たか。待ってたぞ」
最初の謁見の時のように、マーシャルは気安くノヴァルナ達に声を掛けて来た。それに応じてノヴァルナも、「よ!」と気軽に言葉を返す。その様子にノアは眉をひそめ、マーシャルと一緒にいた女性武将は、興味深げな目を向ける。
「この子があなたの言ってる、“面白いヤツ”ね?」
女性武将の声は見た目と合って艶やかで、一語一語をはっきりゆっくりと喋る印象があった。マーシャルはその女性武将に対し、親しげに応じる。
「そうだ。コイツが自称“ノヴァルナ・ダン=ウォーダ”。そして隣の美人がノア・ケイティ=サイドゥだ」
それを聞いた女性武将は目を丸くして「なにそれ?」と応えると、笑い声を上げる。そして軽く会釈してノヴァルナ達に自己紹介した。
「あたしの名はセシル=ダンティス。彼と同じダンティスの一族で、副司令官をやってるの。マーシャルとは親戚筋ゆえの腐れ縁てとこかしら。よろしくね」
そう言うセシルだが、当主の親戚筋とは言えこの歳でダンティス軍の副司令官とは、相当な実力の持ち主なのであろう事は、ノヴァルナも容易に想像がついた。当主は世襲制であっても、それを補佐する立場の副司令官などは、実力が伴わないと、血縁者だと言うだけで容易くなれるものではない。
「はあ。どうも」
いや、ホントに俺はノヴァルナ・ダン=ウォーダなんだが…と微かに苦笑いして、ノヴァルナはセシルに軽く会釈した。マーシャルは胡坐をかいたままで向かい合うセシルを指差し、ノヴァルナとノアに告げる。
「おまえらが怪我人の見舞いに行ったすぐあとに、コイツが戻って来たんでな。ついでに紹介しとこうと思ったのさ。コイツはまぁ、俺の幼馴染みで、俺がBSHOで飛び出したあとの全軍を、指揮したりしてくれてる」
するとセシルはからかうような口調でマーシャルに言う。
「あら。あんたにしては珍しく、まともな紹介の仕方をするのね」
「おまえ、それじゃ俺がいつもは、まともじゃねえみたいだろが」
顔をしかめるマーシャルに、セシルはさらに言い放つ。
「え? まともだと思ってたんだ」
マーシャルはため息をつき、ノアに顎をしゃくってセシルへ言葉を返した。
「…たく、ちったぁそこのノアたんみたいに、おしとやかになれねえもんかね」
「ノ、ノアたん!?」
妙な呼び方を、まだ知り合って間もないマーシャルにされて、ノアは目を白黒させる。しかしその直後、隣にいたノヴァルナが呑気そうに放った余計な一言で、膨れっ面になった。
「んー? コイツ、全然おしとやかなんかじゃねーぞ」
「なんですってぇ!?」
声を上げたノアは、ノヴァルナの二の腕をつねり上げる。
「いてててて! だからそれだ、それ! おしとやかじゃねーだろーよ!!!!」
そう言いながら身をよじらせるノヴァルナ。マーシャルとセシルは笑い声を発した。
「あはは…本当に面白い子達ね」
「だろ?」
そんなマーシャルとセシルに、ノヴァルナはノアにつねられた二の腕を摩りながら尋ねる。
「で? そこのねーさんに紹介って、俺にそのねーさんの彼氏になってやってくれってか?」
ノヴァルナの軽口にマーシャルとセシルは再び笑い出し、ノアはまた機嫌を損ねてノヴァルナの腕をつねり上げた。
「いてぇなっ! なんだてめ、今つねるトコじゃねーだろ!」
「なによ、バカ!」
そう言ってプィ!とそっぽを向くノア。マーシャルは笑いの勢いに任せて言い放つ。
「ははは! この男勝りのセシルに彼氏探しとか、俺はそんな酔狂じゃねえって!」
すると一緒に笑っていたセシルがピタリと真顔になって問い質した。
「なんですって?」
セシルに拳骨制裁を喰らった頭を摩りながら、マーシャルはノヴァルナとノアを広いリビングへと案内した。この時のマーシャルの表情は、星大名ダンティス家の当主というより、友人を自宅に呼んだ二十二歳の若者そのものであった。
円形のリビングは中央が丸く一段低くなっており、そこに半ば埋め込まれる形でソファーが設置されている。リビングの色調は暗緑色で、壁の半分ほどはマーシャルの故郷の惑星と思われる風景が、奥行きを感じさせるホログラムで映し出されていた。
「飲み物を用意させる。ゆっくりして行ってくれ」
ノヴァルナ達にソファーを促して、マーシャルは自分からも腰を下ろすと、テーブル脇のインターホンのスイッチを操作する。
「マーシャルだ。何か飲み物を頼む。四人分だ」
ノヴァルナはマーシャルのその言葉を聞きながら、ソファーに座ろうとしかけたが、正面に据えられたホログラムスクリーン発生機の、脇に設置されている映像データラックに目を留めて、「ああっ!」と声を上げた。
「ん?」
不思議そうな顔をするマーシャル達に構わず、ノヴァルナはラックに近寄ってその中にある、市販品らしいデータのパッケージを指差しながら言葉を続ける。
「こいつは『閃国戦隊ムシャレンジャー』の、データパックじゃねーか!」
ノヴァルナが指を差したデータパックは、確かに『閃国戦隊ムシャレンジャー』の映像データを全話収録した市販品であった。この未来のムツルー宙域に来る前、ナグヤ城でクローン猶子の三兄弟に熱弁を振るった、幼少時代にノヴァルナが夢中になった子供番組だ。だがこのような市販の映像データパックは、ノヴァルナが本来いた皇国暦1555年の世界では、販売されていなかった代物である。
するとそんなノヴァルナの反応に、今度はマーシャルが「おっ!」と声を上げる。
「おまえ、ムシャレンジャー知ってんのか!?」
「たりめーよ!」
マーシャルの問い掛けにノヴァルナは振り返って即答した。そして二人とも子供の如く目を輝かせたかと思えば、変身後の決めゼリフを高らかに口にする。
「奇跡の星の輝く時!」
「正義の閃光、悪を討つ!」
「閃国戦隊!!」
「ムシャレンジャー!!!!」
盛り上がるノヴァルナとマーシャルのはしゃぎようを前に、セシルは「うわぁ…」と呟き、あからさまに引いた顔で白い眼を向けた。
▶#13につづく
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる