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第10話:辺境の独眼竜
#10
しおりを挟むオ・ワーリ宙域ドルドラム恒星群、対ミノネリラ軍第一防衛線。ムルク星系―――
赤と緑の曳光ビームが飛び交う漆黒の闇の宇宙空間で、単縦陣を組んで戦闘航行中のオ・ワーリ軍第3艦隊の二番艦、戦艦『ラキシレン』がダメージに耐えきれず、隊列から脱落する。
「ワレ操舵不能。ワレ操舵不能」
水色の縞模様が美しいムルク星系第八惑星を背後に、『ラキシレン』は悲痛な無電を繰り返しながら、宇宙の深淵へ遠ざかっていく。そこにハイエナのように群がるのは、ミノネリラ軍の主力BSI『ライカ』の二個小隊だ。超電磁ライフルから対艦仕様の成型炸薬弾を撃ち込まれ、身震いしながら爆発を繰り返すその光景はまさに、傷ついて群れから脱落した獲物に容赦なく襲い掛かる、肉食獣の一団を思わせる。アクティブシールドも外殻エネルギーシールドも喪失した今となっては、もはや自ら手の施しようはない。
そして窮地に陥っているのは『ラキシレン』だけではない。この星系に展開しているウォーダ家の三つの臨時編成艦隊―――キオ・スー家の第1艦隊、イル・ワークラン家の第2艦隊、そしてノヴァルナの父ヒディラス・ダン=ウォーダ率いる第3艦隊の全てが、ドゥ・ザン=サイドゥ直率のサイドゥ家第1艦隊と、その家臣コーティ=フーマの第5艦隊に圧迫されていたのだ。
「ぬおおおっ!」
ウォーダ家家臣カッツ・ゴーンロッグ=シルバータが雄叫びを上げて振るった、彼の親衛隊仕様BSI『シデンSC』のポジトロンパイクが、サイドゥ家の『ライカ』を両断する。斬り捨てた『ライカ』が背後で爆発するのには目もくれず、ゴーンロッグは断末魔の『ラキシレン』に取り付く敵のBSI群を睨み付けた。
「ラキシレンの救援に向かう。続け」
ゴーンロッグは自分の率いるBSIの大隊に命じて、最短コースを取ろうとする。ところがそれを、この強者(つわもの)の直接の主人であるナグヤ家次男、カルツェが通信で制止して来た。
「やめろゴーンロッグ。持ち場を離れるな」
ヒディラス麾下の分艦隊の一つを指揮するカルツェの声はこの苦戦の中でも落ち着いていた。その一方で直情型のゴーンロッグは、そのような命令に納得など出来ない。
「なんと! カルツェ様は御味方を見捨てなさりますか!?」
「そうではない。これは父上のご命令だ」
その言葉にゴーンロッグは眉間に皺を寄せた。
「ヒディラス様の!?」
「そうだ。父上からゴーンロッグが先走りせぬよう、気を配っておけと仰せつかっているのだ。主力艦を失うのは痛いが。ここは自制して戦線の維持に努めよ」
「むう…」
当主のヒディラス・ダン=ウォーダからそんなふうに思われていたとは、ゴーンロッグにとって不徳の至りであった。ただその一方でカルツェに対し、“そのようにあからさまに申されなくとも、言いようはあろうものを…”と不満を感じなくもない。通信機に向かって「御意」と応答しながらも、ヘルメットの中では口を“への字”に曲げる。
しかしカルツェがゴーンロッグに対して命じた“戦線の維持”は、すでにウォーダ家全軍レベルにおいて不可能になりつつあった。
そもそもウォーダ家はここ最近の不和で、全く連携が取れるような状況ではない事は、これまでのいきさつで述べた通りである。それが指揮系統も一本化出来ないまま艦隊を展開しても、一流の戦術家であるドゥ・ザンに敵うべくもない。
ディトモス・キオ=ウォーダのキオ・スー艦隊は開戦当初から突出し過ぎ、集中砲火を浴びて各艦がバラバラに回避行動をとったために大混乱を起こしており、ヤズル・イセス=ウォーダのイル・ワークラン艦隊は動きが鈍く、防御に徹して攻勢に参加して来ない。
そして比較的統一性を維持しているヒディラスのナグヤ艦隊は、統一性を維持しているがゆえにサイドゥ家につけ狙われる結果となっていたのである。
ヒディラス・ダン=ウォーダが座乗する、ナグヤ艦隊総旗艦『ゴウライ』が左舷側に展開した複数のアクティブシールドに、連続してサイドゥ家主力艦隊からのビームが命中、青いプラズマを盛大に輝かせる。
「AESD四番、負荷率49。六番、負荷率58」
「軽巡バシュール中破。駆逐艦ロンヴィア大破…第11宙雷戦隊、損耗率30パーセント」
『ゴウライ』の艦橋に各オペレータからの報告が飛び交う。それらに対し艦の事には艦長が、各戦隊の事には艦隊参謀が指示を出す。そんな中で全ナグヤ艦隊を統括指揮するヒディラスは、苦々しげな表情で戦術状況ホログラムを見詰めていた。
そこに表示されている敵艦隊は、一部が背後の第八惑星の裏側へ向けて移動を始めている。こちらを挟撃する意図に違いない。だが、おそらくドゥ・ザン自らが指揮を執っているであろう正面の敵からの砲火が激しく、挟撃部隊への阻止行動を取る事が出来ない。
「ヒディラス様。このままでは敵に後方へ回り込まれまする! いかがされますか!?」
総司令官席に座すヒディラスを中心にして、両脇を固めるように並んだ参謀の一人が、敵艦隊の動きに焦った口調で指示を求める。
「我がナグヤ艦隊の状況ではどうにもならん。イル・ワークラン艦隊に迎撃を要請しろ!」
「ですが…」
「今は動いてはいかん。ドゥ・ザンの本隊が正面におる!」
ヒディラスは戦術状況ホログラムから視線を外し、前面スクリーンに映る敵艦隊を見据えた。識別信号では自分達の前方にいるのが、ドゥ・ザン=サイドゥが直率するミノネリラ軍第1艦隊となっている。その位置関係からヒディラスは、後方の第八惑星背面に回り込もうとしている部隊が、本当は陽動ではないかと怪しんでいたのである。
だとすれば後方の敵に気を取られるのは危険だ。下手に対応戦力を動かせば“マムシのドゥ・ザン”の餌食になりかねない。ヒディラスは鋭い眼差しで命じた。
「前進だ。艦隊前進、前へ押し出せ。後詰めのBSI部隊も全て投入せよ!」
ミノネリラ軍総旗艦『ガイライレイ』の広い艦橋の中央で、戦術状況ホログラム上に、眼前のナグヤ=ウォーダ艦隊がにじり寄るように、ジワリと前進を開始する様子が映し出されると、それを眺めるドゥ・ザンは「ふん」と鼻を鳴らし、猛禽類を思わせる目を幾分細める。
「ヒディラスめ、陽動を見抜いたか…さすがよの」
ドゥ・ザンの目論見は、敵後方へ差し向けた別動隊に敵が気を取られる隙を突き、本隊による半包囲を完成させるというものだった。しかしその意図に勘付いたらしいヒディラスは、ミノネリラ軍の連携を断つべく、前進を始めたのである。少々強引なやり口ではあるが、妥当な判断と言える。
艦橋の前面スクリーンが拡大モードに変わり、前進を始めたナグヤ艦隊から、予備兵力として温存していたBSIユニットと、その簡易型のASGULの混成部隊が一斉に発進する光景を映し出した。
「こちらもBSI部隊の予備を投入致しますか?」
そう尋ねて来る参謀に、ドゥ・ザンは「ふぅむ…」と唸り声を漏らし、戦術状況ホログラムに視線を戻す。そしておもむろに右手を挙げて「いや、よい」と制し、言葉を続けた。
「待ち人来る…というわけよ」
戦術状況ホログラム上に新たな反応が表示され、ドゥ・ザンはニヤリと獰猛な笑みを見せた。
▶#11につづく
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