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第10話:辺境の独眼竜
#08
しおりを挟む模擬戦開始時は総旗艦『リュウジョウ』の、別々の格納庫から発進したノヴァルナとマーシャルであったが、帰りは肩を並べて同じ格納庫へ戻って来た。
結局はそういう事である。ノヴァルナもマーシャルも最初に対面した時、直感的に“コイツとは馬が合う”と、すでに互いを理解していたのだ。
であるのに、わざわざ喧嘩上等で挑発し合い、BSIで模擬戦まで行ったのは、それもまたこの二人に共通する、一筋縄ではいかない性格と生きざまから辿り着いた、いわば“通過儀礼”であった。そもそもノヴァルナもマーシャルも、こういった回りくどいやり方は、相手を認めていなければ行うような人間ではない。
総旗艦『リュウジョウ』からの牽引ビームで、ランディングデッキに引き寄せられる、二機の『ショウキ』。マーシャルはまだ肝心な事を訊いていないのを思い出した。隣に並ぶ模擬戦の相手だった少年にそれを尋ねる。
「そういや、名前をまだ訊いてなかったな。おまえ、なんて名だ?」
するとノヴァルナは偽名のノバック=トゥーダではなく、本名を事もなげに告げた。
「ノヴァルナ・ダン=ウォーダ」
それを聞いてマーシャルはまた「ハハハハハハ!」と大笑いする。さしもの“辺境の独眼竜”もそれが事実と信じられず、出来の悪い冗談だと思ったのだ。
「言うに事かいて、天下の関白殿下の名を騙るたぁ、ほんとにおもしれーヤツだな!」
「アッハハハハ!」
マーシャルにそう返されてはノヴァルナも笑うしかない。ただこの高笑いは傍若無人をもって座右の銘とするノヴァルナにしては珍しく、愛想笑いの類いであった。空気を読んだと言うべきであろうか。
しかしこれがマーシャルにはウケたようだった。「よし、わかった!」と応じると、ノヴァルナも呆れるような事を言い出す。
「おまえの名はノヴァルナ・ダン=ウォーダ! これでいこう!」
「はあ!?」
相手の意表を突くという、自分のお株を奪われた形に頓狂な声を上げるノヴァルナ。それに対しマーシャルは、悪戯っぽい笑みを浮かべて言い放つ。
「だっておまえがノヴァルナなら、『おい、ノヴァルナ!』って、関白殿下の名をを呼び捨てに出来るじゃねえか!」
「いや、そこはどうせなら『関白殿下』って呼べよ! てか、ちぃーせー話だな。おい」
さらりと言い返すノヴァルナの頭の回転の早さに、マーシャルは感嘆しつつ再び大笑いした。
「援軍? そいつは無理だ」
総旗艦『リュウジョウ』の高級士官用食堂で、ローストされた鴨肉を頬張りながら、マーシャルは惑星アデロン奪還を目指すケイシー=ユノーの要請を、あっさりと却下した。手にナイフとフォークを持ったまま凍り付くユノー。同席するノアも茫然とするが、その隣のノヴァルナだけは“やっぱりな”といった表情で、水を入ったグラスをグイ!と飲み干す。
暖色の間接照明が照らす『リュウジョウ』の高級士官用食堂は、軽やかな音楽がそよ風のように流れる、落ち着いた雰囲気の空間であった。ただそこで交わされる言葉は、暖かさを幾分欠いているようだ。
「む、無理と申されますと?」
目をしばたかせるユノーに、マーシャルは悪びれる様子もなく告げた。
「もうすぐアッシナ家の連中との決戦だ。ウチにいま裂ける戦力はない。解除キーを届けた褒美は別のものを望め」
「いえ。ではその決戦が終わったあとでしたら…」
するとそこに、ノヴァルナがぶっきらぼうに口を挟む。
「そんなもん、決戦でこっちが勝つとは限らねーだろ。捕らぬ狸のなんとやらはやめとけ」
ノヴァルナの隣に座るノアはまた始めたと思い、「ちょっと!」と小声できつく窘めると、ノヴァルナの太腿をつねった。「いてぇ! なにすんだ、てめ!」と、ノヴァルナは座ったままで跳ね上がり、ユノーはノヴァルナに抗議の言葉を発する。
「お、おまえ。無礼だぞ、口を慎め!」
だがマーシャルは苦笑いをし、「いや。ノヴァルナの言う通りだ」と肯定した。その言葉にノアは眉をひそめる。マーシャルが敗北の可能性を否定しなかった事ではなく、ノヴァルナを本名で呼んだ事に対してである。もっともユノーは最初、自分の聞き間違いだと思ったらしいが。
「しかしまぁ、そうずけずけ言われるのも、気分のいいもんじゃねえからな」
とマーシャルはノヴァルナに切り返すと、さらに続けた。
「おいノヴァルナ。おまえが思う、俺が負ける要素ってのは何だ?」
呆れた事にマーシャルは本気でノヴァルナを、“ノヴァルナ呼ばわり”するのを楽しんでいるようである。ただノヴァルナもそういった戦略、戦術に関する話題は好むところであって、マーシャルから偉そうに呼び掛けられても、気にするふうもなく「そうだなぁ…」と、食事の手をとめて天井を見上げた。
「メシが出来るのを待つ間、あんたの軍の状況や、これまでの戦いの資料を見てたんだが…まず何よりも人員が足りてねえ」
「と言うと?」
ノヴァルナが遠慮なしに指摘するのを、マーシャルは嫌な顔もせずに問い質した。物言いも、最初の謁見の時のような荒い口調ではなく、落ち着いており、本来はこういった人物である事が垣間見れる。そんなマーシャルに、ノヴァルナはさらに続ける。
「艦やBSIの戦力的には問題ねえが、BSIはともかく、艦の半数近くはアンドロイド兵だけで運用している半自動艦だ。これは臨機応変さが求められる大規模会戦には不向きってもんさ。だから半自動艦隊は後詰めに回し、人間の兵士が運用する少数艦と、あんた自らが陣頭に立つBSI部隊の機動戦でここまで凌いで来たってところだろ?…それが逆に、あんたの戦場での強さを際立たせ、“辺境の独眼竜”の名を奉られた」
「ほう…だがそんな場当たり的なやり方だけで、勝ち続けられるものか?」」
マーシャルはその隻眼に興味深げな光を帯びさせ、まるで他人事のように尋ねた。
「そいつについては、このムツルー宙域の事情ってヤツが絡んでるんだろな。この宙域はそれぞれの星大名や、独立管領が独自の価値判断で動いていてまとまりに欠けている。それを各個撃破するなら、まぁ可能だろう。あんたの実際の強さは、俺も分かったからな」
「それほど強い“辺境の独眼竜”が、人員が足りてないだけで、負ける要素になるのか?」
「なる」
「えらくあっさり言うもんだな」
「今も言ったろ?…半自動艦隊じゃあ、大規模会戦には不向きだって。想定外の局面に陥って、各艦隊が独自の判断で行動しなければならなくなった時、有機的で柔軟な連携に欠くのさ。アンドロイドも先を読んだり、作戦を組み立てたりする事は可能だが、往々にして画一的で、見抜き易いからな。あんただって、分かってて俺に訊いてるはずだ」
「フ…まあな」
「聞きゃあアンタ、何年か前に大負けしたらしいが、そん時はセターク家やアッシナ家に、複数の独立管領が加わった連合軍相手の大規模会戦だったんだろ?…つまり自軍の弱点が露呈したってワケだ。そして今度の戦いは、その時のような大規模会戦。あんたの苦手な戦いになる。これがあんたの負ける要素。そしてそれもあんたは分かってる」
ノヴァルナの指摘に、マーシャルは無言をもって同意した。
▶#09につづく
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