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第10話:辺境の独眼竜
#07
しおりを挟むマーシャルの斬撃をQブレードで打ち返し、ノヴァルナは急速離脱しようとした。それを好機とマーシャルはポジトロンパイクを一閃する。ガン!と大きな衝撃がノヴァルナの乗った『ショウキ』のコクピットを揺さぶった。加速の瞬間に斬撃を受けたのだ。
「クソッ!」
歯を喰いしばるノヴァルナ。コンピューター判定が機体左腕を付け根から喪失した事を表示、NNLが反応しなくなった。合わせて左手に握っていたクァンタムブレードも、使用できなくなる。ブレードを握ったまま切断されたと判定したのだ。ノヴァルナは損害に構わず加速を続け、やや左斜め上にいる駆逐艦の裏側へ向かった。
“どうなってやがる!?”
追跡して来るマーシャル機を睨み付け、ノヴァルナは疑念に首を傾げる。急に敵弾を喰らうようになり、それならばと接近戦に持ち込んだが、ここでも相手の術中に嵌った感が否めない。これほど一方的に攻め込まれるなど、思いも寄りはしなかった。『ナグァルラワン暗黒星団域』でノアと戦った時以上の苦戦だ。ノアか…とノヴァルナはサイドゥ家の姫の顔を脳裏に浮かべた。
“さんざんデカい口を叩いといてこのザマじゃあ、こりゃあ帰ったらノアの奴に、どんだけ言われるかわかんねーぞ…”
そう思って苦笑したその時、ノヴァルナの頭の中に閃くものがある。惑星アデロンから脱出する際、貨物船の制御系をノヴァルナ用に調整したノアが告げた、操縦のクセ―――加速する時に僅かだが操縦桿を握り直すため、タイムラグが生じるクセだ。
“まさかコイツか?”
そう考えれば、マーシャルに動きを先読みされた事にも合点がいく。機体の進行方向を決めて、加速にかかるまでワンテンポ空いていれば、機動の先読みも不可能ではないはずだ。無論それは誰にでも出来るような真似ではないが、ノアもこのマーシャルもパイロットの腕は一級品である。そして今の自分が乗っているのは専用にカスタマイズされた、上位機種のBSHOではなく、一般兵用量産型BSIの訓練機となれば、タイムラグも大きくなるというものだ。
機体の反応が鈍いのは訓練用BSIのせいだとばかり思っていたが、自分の操縦のクセがそれを大きくしているのであれば、戦闘をしているうちにマーシャルに見抜かれるのも道理だった。
ただそれを確かめてみる余裕はない。こっちがそれに気付いた素振りを見せては、相手も次の手を打ってくるに違いない。
「イチかバチか、賭けるしかねぇな!」
もしこの推測が外れていれば、それでおしまい―――そう自分の気持ちを割り切ってノヴァルナは舌を出し、唇をペロリとひと舐め、周囲を見渡した。するといま航過した駆逐艦の隣にいる巡航艦、そのさらに左前方に浮かぶ大型の打撃母艦―――いわゆる宇宙空母に目を留める。ハーモニカのような平たい形の艦体からは、艦載機管制用の太長いアンテナが幾つも突き出ていた。
“あれだ!”
あれを使ってケリをつける。と考えたノヴァルナは速度を落とす事無く、打撃母艦へと針路を取る。一方でノヴァルナを追うマーシャルにも油断はない。結果的に模擬戦が長引いたために、加速の際に一拍の間が空く相手の操縦のクセが見抜けたのであって、これが短期戦で決着がつく展開となっていた場合、勝敗は全く予想できなかっただろう。
“確かにいい腕してやがる。認めてやるぜ…”
勝負は時の運とはよく言ったものだ―――マーシャルは艦隊左手奥にいる古参の打撃母艦『カルゲル・リューゼア』に向かう、ノヴァルナ機を見据えながら胸の内で呟いた。
“そしてあの生意気なガキが運が良かったのは、これが模擬戦であって負けても死なず、俺に一発ぶん殴られるだけで済むって事だ”
向こうはダメージ判定で右脚と左腕を失っており、実際には動かない。そのようなバランスを失った機体では、いずれこちらが追い付く。それに左方向へ行きたがるのは、右側のモニターが部分的に映らなくなって死角が出来ており、そこに入られたくないからに違いない。
しかしあの打撃母艦の至近に位置を取って移動範囲を限定すれば、ダメージによる死角と機動の不利を補えると判断したのだろう…なるほど、口は悪いし態度は生意気なガキだが、行動は至極理論的だ。あの見かけに騙されると痛い目に遭うというわけか。
「認めてやるが気に入らねえ…俺と同じってのはなあ! だからヘコませてやるぜ!」
快活な口調でそう言い放ったマーシャルは、矢のような勢いでノヴァルナ機に迫った。相手は右の視界が限定され、左腕が使えない。武器はポジトロンパイクのみ。とすれば打撃母艦の艦体を背後に置いて、後ろに回り込まれるのを防ぐ位置取りをするはず。今の飛行コースなら旋回が必要だ。旋回は速度を落としてからの再加速が基本。論理的思考をするヤツなら基本には忠実というもの。その再加速の隙を狙う!
ノヴァルナ機の旋回と再加速の瞬間を狙って、マーシャルは距離を詰めて行く。間もなく二機の訓練用『ショウキ』は、目指す打撃母艦『カルゲル・リューゼア』へ到達した。マーシャルの意識は、相手が艦の横腹目がけて旋回に入る瞬間を捉える事に集中する。
ところがノヴァルナ機は大幅な針路変更をせず、艦と衝突しそうな接近コースを取った。艦の外殻へ斜めに突っ込んで行く形である。
“まさか、このまま艦をやり過ごし、裏をかく気か!?”
全長が五百メートル以上ある大型の打撃母艦とはいえ、超高速で機動するBSIにとっては、一瞬で航過してしまうサイズだ。速度を落として急旋回するには、現在のコースでは艦の外殻に近すぎる。マーシャルの目は不審げな光を帯びた。何か仕掛けがあるなら、それを読めないまま追撃している今の状態は危険である。ただ幸い、超電磁ライフルには万が一の場合に備え、ペイント弾が一発残してあった。
“格闘戦はやめだ。ヤツが何かを仕掛ける前に、ライフルで狙撃する!”
直線飛行中の今なら!―――そう意を決し、マーシャルがポジトロンパイクをバックパックに収めようとしたその時、前方を行くノヴァルナ機が思いも寄らぬ行動を取った。打撃母艦の真横スレスレ達したところで、前を向いたままで振り返りもせず、手にしていたポジトロンパイクを投擲して来たのだ。
「!!!!」
自分に向かって来るノヴァルナ機のポジトロンパイク。予期せぬ出来事にマーシャルは驚き、収納しかけていた自らのポジトロンパイクを咄嗟に突き出す。だが確実に握らないまま突き出したパイクは、ノヴァルナ機のパイクと絡み合ってその手を離れ、宇宙の虚空へ飛ばされた。
しかもノヴァルナの恐るべき挙動はそれだけではない。マーシャルがポジトロンパイクに気を取られた僅かな一瞬、打撃母艦の外殻に生えている艦載機管制用の、太長いアンテナの一つに使用可能な右手でつかまり、一気にUターンを掛けたのだ。これなら再加速する際にタイムラグが出る、ノヴァルナのクセも関係ない。マーシャルとの間合いが詰まる。
「行くぜぇぇぇッ!!!!」吠えるノヴァルナ。
「ガキが! 体当たりで相打ちなんざ…見苦しいぜ!!」
素早くクァンタムブレードを抜くマーシャル。その手首をいち早く、ノヴァルナ機の左脚が蹴り飛ばした。マーシャルは機体を翻し、体当たりを紙一重で回避する。
間一髪で交錯するノヴァルナとマーシャルの『ショウキ』。ただしマーシャルに回避されたノヴァルナは、タックルを喰らわせるのが目的ではなかった。マーシャル機とすれ違った瞬間、反転重力子のオレンジ色の光輪を二重、三重に発して急ブレーキを作動させ、同時にバックパックから超電磁ライフルを掴み取る。そして振り向きざまにマーシャルの機体に銃口を定めた。残しておいた最後の一弾。狙いはバックパックの小型対消滅反応炉だ。
ノヴァルナは照準すると反射的にライフルのトリガーを引く。相手のマーシャルの高い技量を考えれば、僅かな遅滞も許されないからだ。
だがその時―――
トリガーを引く間際のノヴァルナの視界に飛び込んで来たのは、背中を向けたマーシャル機のバックパックではなく、こちらに正面を向けたマーシャル機と、その右腕から突き出された超電磁ライフルの銃口であった。まるでスローモーションを見るが如く、互いの銃口からペイント弾が飛び出すのが認識出来る。
次の瞬間、ノヴァルナの乗る『ショウキ』のコクピットの前面モニターが、ペイント弾の塗料で真っ青に塗り潰された。ヘルメットに死亡判定の報告音がピーーーッとか細く響く。
その一方で、マーシャルの『ショウキ』も腹部のコクピットの部分が、ノヴァルナ機のペイント弾で真っ赤に染まっていた。双方とも格闘戦で決着をつけるように見せ掛けて、最後は一発だけ弾を残しておいた、超電磁ライフルのゼロ距離射撃でとどめを刺す、奥の手を用意していたのである。
ボクシングで言う“クロスカウンター”のように、振り向きざまに放ったライフルのゼロ距離射撃により、全周囲モニターが相手のペイント弾の色に塗りたくられたコクピットの中で、思いがけない結末にポカンとしていたノヴァルナとマーシャル。すると二人は同時に我に返り、高笑いを始めた。
「アッハハハハハ!!!!」
「ハーッハハハハ!!!!」
そしてどちらからともなく、模擬戦開始と同時に閉じていた通信回線を開く。
「おまえ、おッもしれーヤツだな!」とマーシャル。
「あんたこそ、おもしれーじゃねーか!」返すノヴァルナ。
波長の合う破天荒な人間同士の邂逅とはこういったものであろうか、マーシャルはもう、これまでのいざこざなどなかったように親しげにノヴァルナに語りかけた。
「オッケー。いい具合に腹も減ったし、帰ってメシにしようぜ」
▶#08につづく
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